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二話 敵

ゆっくりとだが意識が浮上していく感覚。

意識が完全に浮上しきった時。

瞼の裏が橙色に透けて見えた。


その意識が覚醒するにつれて、

焼け付くような太陽の日差しを肌に感じるようになった。


何故だろう。

季節はまだ11月の序盤だった。


秋を終え、寒くなり出した頃だ。



ゆっくりと瞼を開けた。


覚醒した意識が届けてくるのは、

視界の先に映る眩しすぎる太陽。


そして何かがパチパチと燃える音。

焦げ付く嫌な臭い。


誰かの叫び声も聞こえる

他にも聞こえる。

何か威圧するような声。



これはなんだろう。

夢なのだろうか…


意識が覚醒するにつれて、

自分がコンビニに向かう途中に倒れたことを思い出した。



そして今、全く季節の接点のない場所で仰向けに倒れているようだ。



「な、なんだ…なにが起こって…」



上手くいうことを聞かない身体に鞭を打ち、

なんとか上体を起こす。

太陽に焼かれた目が辺りを写した時、


呆然とした。


木造の家屋に取り付けられた木の窓が吹き飛び、

中から猛烈な勢いで炎が吹き出る。

隣の家は炎の中でガラガラと崩れ落ち、

次第に黒々しく炭化してゆく。



そして少し離れたところでうつ伏せに男が倒れていた。


編み方の粗い麻で出来たようなごわごわとした上着に、

所々当て布をしたような紺色のパンツ履いた一昔前の農家の人間の様な服装をしている男だ。


ここはどこか田舎なのか?


意識を失っていた間になんでこんなところに…

それに周りは火事になっている。

早く逃げないと…


様々な疑問や焦りが重なる。

異常な光景と現状にただ呆然と座ったままだった。


うつ伏せに倒れていた男がわずかに顔を上げた。

彼の表情は絶望に塗り固められ、

口の端からは少なくない量の血が伝っていた。


そして男と目があった瞬間、

僅かに男の顔に希望が宿ったような気がした。


もごもごと、男の口が動いた。



助けて



口の動きは全く日本語ではないように見えたのに、

不思議とそう言っているとわかった。



「見つけたぞ!散々逃げまわりやがって!死ね!!」



そいつは不意に燃え盛る建物の陰から現れた。

一言で表すなら、

そいつはヒーローショーに出てくる悪役に似ていた。


褐色の肌に、

額を突き破るようにして反り立つ一本の黒い角。


そして全身を何かの皮を使っているのか、

軽そうな鎧に身を包んだ悪魔のような見た目の怪物。


極め付けは背中に生える一対の黒いコウモリのような翼に逞しい腕に握られた黒い両刃の剣。


そいつは倒れていた男に一切の慈悲を与えることもなく背中にその剣を突き刺した。


近くにいたから確かに聞こえた。


麻のような布の上着を突き破り、

その下の皮膚を肉ごと、

骨や臓器ごと貫いて剣先が土にめり込む音を。


男の口からを夥しい量の血がぶちまけられ、

大地にシミを作る。


それを目の前で見せられたらどうなるか、

それは生理的な反射がすぐに教えてくれた。


喉の奥からせり上がる衝動を抑えようと必死に口を抑えようとするが無理だった。



「ゔっ…ゔぇぇぇぇっ…がっ…」



衝動は抑えきれられず、

思わず地面に手をついて胃の中身を全て土の地面の上にぶちまけた。


なんなんだこの状況は、 なんなんだこれは。



人が殺された。


目の前で、それも事故とかじゃない、


故意でだ。



やばい。逃げなきゃ。


立ち上がって逃げ出そうとした時、

みっともない事に腰に力が入らなかった。



「え、なんで…」



それは純粋な恐怖だった。


怖い。立てない。逃げられない。殺される。もうダメだ。



「た、助けて…」



だが、その声を聞き届けたのは正義のヒーローでもなんでもない目の前の悪魔だった。



「ん?まだいたか。逃げ遅れたやつだな。殺してやろう」



尻餅をついて動けなくなった自分に向かって悪魔は手に持った剣を思いっきり振りかぶった。


なにも分からずこうして死んでいくのか。

あまりの恐怖に思わず目を瞑った。


怖くて、地面の土を握りしめることしかできなかった。



その瞬間、走馬灯の様に様々な記憶がフラッシュバックした。


夢を諦めてきた人生。


にも関わらず諦めきれず最後はスーパーの屋上のヒーローショーに縋る。


ダメな人間だった。


そうして、俺はダメな人間のまま終わる。



その瞬間、一度生きることを諦めた。





ガキン!!




鈍い音が響く。


それが一瞬、俺の頭蓋を割る音かと思った。



だが肝心の衝撃も、痛みも、迎えの天使様もなにもこない。


瞑った目を開けようか迷っていると悪魔の焦った声が聞こえた。



「なっ!?なんだ貴様は!」



「うるせぇ!! おいっ!あんちゃん!なに目つむってんだ!早く逃げろ!!」



その後に聞こえた野太い声に目を開けると、

自分に振りかざされ、死をもたらそうとしていた剣は1人のムキムキのおっさんの大きな剣によって防がれていた。



「おい!聞こえてんのか!早く逃げろ!」



「は、はいっ!」



二度目の声でやっと正気に戻った。


いつの間にか抜けた腰が治っていたことにも気がつかずに、

ドアの空いている家に転がり込んだ。


少しの距離が空いた事に多少安堵したのか、

巨大な両手剣を持っているおっさんが悪魔の剣を弾き距離をとった。



「ちっ!冒険者か!」



「近くでクエストを受けてたら煙が見えたから来てみればこれかよ、本当ついてないぜ」



窓からこっそりと見えるおっさんは愚痴を零しながらも悪魔と向き合っていた。



「だが一体なら余裕だ!かかって…ありゃりゃ、こりゃ本当についてないな…」



幾分もたたぬうちに、

悪魔の後ろには同じ背格好、

そして同じ様な見た目の悪魔が五人に増えていた。



「はははっ、我らは人類殲滅部隊の偵察隊だ。お前はその偵察隊の下見(・・)に出くわしてしまったのだ」



悪魔はにやにやと笑いながら、剣を肩に乗せておっさんを包囲していく。



「……チッ」



「残念だったな冒険者よ。お前がいくら強かろうが我々中位魔人五人を同時に相手することはできまい。…かかれ!」



中位魔人と名乗る連中はまず二体が様子見なのか剣を片手におっさんに左右から突っ込んで行く。


そのスピードは凄まじく、

一瞬で距離を詰めると左右から同時に斬りつけようと剣を振り上げた。



ユウジは気がついていない。

以前なら目でも追えない様なスピードをいとも簡単に目で追っていることを。






ユウジはその戦いを見ながらも、どこか上の空のように考えていた。


脳裏から離れなかったのだ。

死ぬ間際まで自分のことを見ていた男の顔を。

助けてといった言葉を。



助けてと言われたのに助けられなかった。

その事実がべったりと脳裏に血のようにこびりつく。


僅かな希望を俺に見出したその瞳が絶望に染まるのを見てしまった。

瞳から色が失われ、身体から力が、魂が抜けていく様をまざまざと見せつけられた。



そして自分の無力さを自己嫌悪した。

ヒーローショーに出てくる悪役のような悪魔の集団を前にして、恐怖に腰が抜けみっともなく助けてと命乞いをした。


そして生きることを諦めてしまった。


敵と呼んでもいい存在を前にして、怯え、竦み、目を瞑ってしまったのだ。


そうして今、また自分の弱さのせいで人が死んでしまうかもしれない。


死を覚悟した時に助けてくれた名前も知らないおっさんだ。




自分は弱い。


なんの力もないただのコンビニアルバイターだ。


そして副業にもならないが、趣味でスーパーの屋上のヒーローをやっている。

今ここがどこなのかは分からない。


でも、もし夢だとしてもそうじゃないとしてもだ。

自分が何もかもを諦めて、ただなんの目的もなく生きている人間だとしてもだ。


自分以外の人がヒーローのようにかっこいい事をした。

そんなのを目の前で見せられたのだ。



ユウジは疼いていた。

この理解不能な現状に身をおいて、少し興奮していたのかもしれない。


そして気がついた。



自分の腕に普段は見慣れない、いや、ある時だけはよく見慣れた赤いブレスレットが巻かれていたのを。






「これは…」




巨大な両手剣で敵の剣を受け止めるおっさんの背中が、ソウルレッドに重なって見えた。




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