手紙
曹操の南征を発端とする戦乱によって壊滅的な被害を受けた荊州の復興は、紆余曲折の末、荊州の大半を領する劉備に仕えることになった荊州学派の若者達によって着実に進められていた。
まず、学派の筆頭であり劉備から従事に任命された藩濬は、荊州復興の最優先を農業に置いた。
これは、荊州がその中~南部にかけて長江とその支流による肥沃な大地を有しており、戦火によって荒廃してしまったとはいえ、前君主の劉表時代に培われた生産力を取り戻せば、名実ともに荊州復興の象徴になるからだ。
だが、藩濬としては、そんな理由よりも、現荊州の支配者である劉備が、何れ大規模な戦を始めるのが明白であり、それに備える為に農業を優先するべきと考えていた。
もし兵糧に問題があっても、劉備は躊躇なく民から米粒一つ残らず徴収し、荊州の民を飢え死にさせてででも戦を強行するだろう。
そんな劉備の野望の為に荊州の民を犠牲にしてはならない。食糧を確保する事は、彼らにとって荊州存続のための至上命題だったのである。
しかし、大きな問題があった。
農業の根底を支える民が、先の戦乱で死ぬか逃散し、特に中部においては深刻な人口不足になっていたからだ。
そこで荊州南部四郡の一つ、長沙郡の太守となった廖立は、荊南の農民の中から跡継ぎではない子弟や、州内の蛮族を移住させる献策をした。
当然、劉備陣営からは移住のための予算を渋る動きや荊州学派への反発が出たが、そこは劉備から統治事業を委任された龐統が強行に廖立の案を採用したので、どうにか戦乱で荒れた田畑を修復させる体制を作る準備が出来た。
一方で、農業を優先したことで、彼らが目的とする『知識の府』の復興が後回しになり、学派内部で不満が出ていた。
ただでさえ劉備軍の古参の将兵たちは、ぐうたらで自己の職務も放棄して日々酒食に贅を尽くし、無くなれば略奪に走るという盗賊のような集団であり、その上官である簡雍、麋竺、関羽、張飛らは手の付けられない無能か害悪だった。
飲んだくれの農夫が何を間違ってか人の上に立ったような、まるで楚漢戦争時代の気風を有する簡雍。弓馬の達人ながら軍政はさっぱり駄目なのに文官の長たる麋竺。春秋左自伝を暗誦するだけで理解はせず知識人を馬鹿にして傲慢に振る舞う関羽。そして、盗賊達の首魁と謂える殺戮鬼の張飛。
その下に置かれた荊州学派の若者で、いったい何人が辛酸を舐めさせられただろうか……
特に、張飛は荊州学派が進める農業政策最大の障害になるほどの処刑を任地の宜都郡で乱発し、監視役の鄧方が糾弾して罷免に追い込むまでに数千の犠牲者が出てしまった。
此処に至って学派内部での不満は暴発寸前になり、特に過激な若者たちが集い決起を企てたのである。
事が公になれば、荊州の若き才人達が劉備によって殲滅されかねない一大事であった。
これを間一髪で抑えたのは、荊州一の常識人・習禎と、意外にも血気盛んな劉敏だった。
その顛末は、結局、喧嘩自慢の劉敏が過激派を拳で黙らせたのだが、全員が大人しくなったところで習禎が登場し、反乱の無意味と、劉備軍の将兵は教養が無いのだから教導しなければらならないと説き、最後に『倉稟満ちて栄辱を知り、衣食足りて礼節を知る』という戦国時代の名宰相・管仲の言葉を引いて、生活に余裕が生まれたとき初めて人は学ぼうとするのだから、現行の農業政策は『知識の府』の復興という荊州学派の目標につながると諭したので、習禎が言うなら間違いないと皆を納得させることが出来たのだった。
こうして劉備の配下や未だ青い後輩達に振り回されながらも、荊州学派の指導者達は一致団結し、各々才能を生かして問題を解決していったのである。
そしてその間、劉備自身は荊州の統治に口を出さず、着々と侵略者たちから荊州劉氏の旧領を奪い返す事に集中していて、その姿は荊州民にも好意的に映った。
以前、諸葛亮は、劉備が悪逆非道を行うのは配下に人材がいないからと言ったが、あれは真実だったのだと、荊州学派の中からも劉備を信用する者が出始めていた。
そんなある日、藩濬と鄧方が劉備に呼び出された。
薄暗い室内で二人は劉備に謁見したが、劉備の隣には軍師の龐統と見知らぬ醜面の男が控えていた。
「益州に出兵しようと思う」
劉備は、すぐに本題を切り出した。
二人は自分たちが呼ばれた時点で、軍事に関係することだと察していたが、まさか益州への出兵を打診されるとは思っていなかったので顔を見合わせた。
そもそも、益州には諸葛亮が潜入しており、三年の約束で調略を行っているが、未だ二年しかたっていない。
しかも成果は順調で、先日には内応者の名簿が届けられたばかりだった。
藩濬と鄧方はお互いに目で合図を交わし、出兵を諫めようと確認しあってから、藩濬が進み出た。
「恐れながら……」
劉備は首を傾げながらも手を軽く挙げて、藩濬に発言を促した。
「閣下は諸葛孔明との三年の約束をお忘れでしょうか? 今、無闇に兵を起こせば、諸葛孔明の調略が水の泡となってしまいます。 また、荊州の復興は始まったばかりで、昨年は荒れた田畑の復旧に明け暮れたため最低限の年貢しか得られませんでした。今秋に初めて兵糧となる収穫が得られます。つまり、現状は兵糧が不足しているのです。 諸葛孔明との約束を守り、あと一年お待ちください」
藩濬はすらすらと反論の弁を述べ、劉備も嫌な顔一つせずにその話を聴いていた。
傍観していた鄧方も、やれ無事に説得出来たかと安堵していた。
「藩承明、その心配は無用だ。兵糧についてもアテがある」
「「はい?」」
劉備がいかなる条件を出して来ても、断固として出兵を拒否しようとした藩濬と鄧方だったが、劉備による慮外の返答に間抜けな声を上げてしまった。
ん゛~ん゛~ん゛~
しん、とした室内に劉備の笑い声だけが響いた。
普段、劉備が笑うことなど滅多になく、さも愉快そうなその姿を見て、二人はもしや諸葛亮の指示かと勘繰り、その視線を部屋の隅に佇む醜い顔の男に向けた。
ところが、その男は、顔だけでなく性格にも難があって、二人の期待の眼光に反して、意地の悪い顔のままそっぽを向いてしまう。
ん゛~ん゛~ん゛~
男の態度と、それに憮然とする二人の顔が面白いのか、劉備の笑い声は止まなかった。
そこに、そんな様子を見かねた龐統が、今にも激昂しそうな二人に答えた。
「こちらは益州の張松殿だ。彼を通じて孔明から連絡が入った。必要な物質を用意するので、益州牧劉季玉様の漢中攻略を援けてほしいそうだ」
案の定の回答に二人は納得するも、藩濬は心中で自分たちを通り越して劉備と連絡を取った諸葛亮に不信を抱いた。
荊州復興を丸投げして益州に潜入した件といい、今回の件といい、何故、事前に相談してくれないのか?
ましてや、その遣いにこんな無礼な男を寄越すとは……
結局、諸葛亮は荊州学派を劉備打倒の道具としか見ていないのではないか--と。
藩濬がすっかり黙ってしまったので、鄧方が話を引き継いだ。
「それで我々が呼ばれたということは、出兵の陣容に関する事でしょうか?」
「いかにも。今回の出兵では荊州の将兵を用いようと思っている」
「な、なんと?」
我に返った藩濬が思わず反応するが、食料問題が解決され、出兵する大義もある以上、支配されている側に拒否権がないことは分かっており、劉備も構わず話を続けた。
「勿論、軍師殿は連れて行くが、もう一人補佐がほしい。それから、荊州で軍事に明るい者を推挙してほしいのだが?」
「それでは、私が参りましょう」
返事をしたのは鄧方だった。
彼はこの場に呼ばれた時から、戦になれば自分と藩濬のどちらかは従軍しなければならないだろうと覚悟していて、現況の荊州に藩濬は欠かせない存在と判断して、自ら名乗りを上げたのだった。
「うむ。亡き黃太守の懐刀といわれたお前が付いてきてくれるとは心強い!」
劉備も鄧方が出るだろうと予想していて、満足そうに笑った。
藩濬は、友が自分を庇って名乗りを上げた事に気がつき、たまらず声を上げた。
「人選については、義陽の魏文長を推挙いたします。武術に優れ兵法に通じる勇猛果敢な人物です」
魏延(字は文長)の名が出たことで、鄧方と龐統は驚き、藩濬に目で訴えた。
<魏文長には我らが不在時の荊州を守ってもらわねばならぬ!>
<私はお前たちを失いたくないのだ。心配するな。まだ良将はいる>
<くっ、だが、しかし!>
<しかしもかかしも無い! 人が居なければ荊州復興は不可能だ。魏文長ならば、無闇に荊州の将兵を失わせる戦いはしない。今、荊州兵の命を安心して預ける事が出来る将は彼しか居ないのだ!>
<分かった……友よ、ありがとう>
三人が目で友情を確かめあっている中、張松はその様子を見て嘲い、劉備はブツブツと独り言を呟いていた。
「ギブンチョウ……魏文長……文長? ん゛ん゛? おお~っ、魏延の事かぁ~!? これは、素晴らしぃ~…… いや、よくぞ推挙してくれた!」
劉備の脳内で情報と記憶の合点がいった途端、薄暗かった室内が眩しいくらいの赤い光に包まれた。
「ひぃっ」
突然起こった怪奇現象に、何も知らない張松は両手で目を覆うが、意外と好奇心は有るようで、恐る恐る赤い光の発生源を見ようと試みた。
光源は他でもなく活と開かれた劉備の赤瞳であり、鼻息荒く、舌はつき出され、まさにその表情は狂喜していた。
「ほげぇっ~」
張松が泡を吹きながら倒れる音を背後に、荊州学派の三人は未だ無名のはずの魏延を劉備が知っている事に驚いていた。
「ご、御存知でしたか?」
「ん゛~彼は寡人の剣となる男である」
突拍子も無い劉備の答えに三人は困惑し、どうしようもない不安を覚えたが、今更、推挙を取り止める事など出来はしない。
結局、このあと劉備軍の諸将を集めた軍議が開かれ、益州出兵軍の編成が正式に決定された。
その陣容は、主将に劉備、軍師に龐統、参謀に鄧方、外交官に簡雍、将として魏延、黄忠、霍峻、馮習、輔匡、劉邕等が選ばれ、劉備の望み通りに殆どが荊州出身者で固められた。
荊州には関羽、張飛、糜芳等、劉備軍古参の将兵が残ることとなり、藩濬ら残された荊州学派の文官達は、自衛の手段も乏しく、彼等と付き合って行かなければならなくなったのである。
そしてこれが、堅い結束を誇った荊州学派が瓦解する始まりであった。
未だ日射し弱く、澄んだ空と陽光の下、春風が吹き遊び樹木の花を散らしていた。
華麗に咲き誇っていた花も元を離れては、後は風吹くままに身を任せ、せめて花吹雪となって最期を華やかに飾ろうとしているのだろうか。
そんな花びらを纏った風が吹き荒れる中、木剣が激しく打ち合わされる音が木霊している。
十合、二十合と烈しい音が響き渡り、百合を越えてなお止まない。
一方は長身痩躯の男が繰り出す剛の剣。
長い腕から鞭のようにしなりを加えた一撃は、舞い落ちる花びらを両断し、さらにその先にいる相手を、その獲物ごと叩き折る気概が込められている。
相対するは、未だ成長途中ながら大人顔負けの体躯を誇る青年が見せる剛柔一体の剣。
若さあふれるしなやかな動きで相手の剛剣に抗わず受け流し、剣舞のような連撃の合間に、雷の如く鋭い一撃を放ち、それはちょうど風によって舞い上がった花びらをも突き通してしまった。
合撃を始めて既に半刻が経っている。
当初は、長身の男が経験の差から圧倒していて、対する若い男は瞬発力で何とか追いついていたが、次第に無理なく打ち合う様になっていった。
若者の成長の速さと才能に、長躯の男は感心しながらも、その実直さに隙を見出していた。
若い男の剣は、戦場では無双の域に達しているものの、武を極めた達人を相手にするには些か正直過ぎた。
長時間の戦いで、相手の動きに対応するべく「慣れ」を作ってしまったのだ。
最後はそこを付け入られ、木剣を弾き飛ばされた。
カラン、と乾いた音を立てて離れた地面を転がる木剣を見る事も無く若者はその場に這い蹲る。
それは、剣を落とされた悔しさからではなく、単純に長時間の戦いによって疲労困憊していたためだ。
「これまで!」
長身の男は終了を告げると、這いつくばったままの若い男に声をかけた。
「どういうつもりだ達、吾輩を相手にして雑念を抱くなど?」
長身の男から声をかけられても、息も絶え絶えですぐに返事が出来ない達は、俯いたまま息を整え、最後に深呼吸してから返事する。
「雑念ではありません。文長様に剣を届かせる術を見い出そうとしただけです」
「ふっ、お前は大した若者だ。その年で吾輩と相対し、さらに勝とうというのだから……だが、それ故にお前の剣には焦りが見える。まさか養父に置いて行かれたことをまだ気にしているのか?」
「……」
心中を言い当てられた達は、返す言葉もなく、俯いたまま肩を震わせる。
二年前、養父は達の幼馴染で義理の妹である彊だけを連れて益州に行ってしまった。
何故、自分が残されたのか頭では理解出来ている。
劉備とその配下の魔手から刑州学派の要人達を守るという重要な使命があるからだ。
だが、時折、疑念が涌いてしまう。
養父は自分を必要としていないのではないかと……
叔父の加入もあり、養父に武力での助けはますます不要になっている。
達が焦るのは当然のことだった。
「ふふっ、まあ良い。だが吾輩にその剣を突き立てたくば、さっさと雑念は棄てる事だ。我が剣の真髄は無念無想。弟子よ、そう心得て精進せよ。」
剣を交えた時とは打って変わり年相応の反応を返す達に、長身の男は自らの剣の奥義を諭すと、あとは何も言わず立ち去った。
「あっ、師匠、次の稽古は何時――」
その高く伸びた背が遠ざかっていくのに気がついた達が呼び止めようとしたが、師が振り返ることはなく、直感的に別れを悟った達も、それ以上声をかけるのを止めると、跪き地面に額をつけて礼をするのだった。
二年前、達は養父に置いてきぼりにされた事を知り、酷く荒れていた。
街に出ては、不逞の輩と喧嘩をし、養父の義弟で達の生活をみてくれている馬良を困らせていた。
遂には喧嘩相手に重症を負わせる程苛烈になっていく達に、馬良はその行く末を案じ、荊州でも屈指の武人である魏延と引き合わせたのだった。
達と対面した魏延は、その才能と純粋な性格、そして、心底に芽生えつつある反骨を気に入り、指南を決めた。
魏延の指導は、それまでの養父の理論立ったものとは正反対で感覚的であり、感性に優れる達には相性が抜群であった。
「達よ、自分に正直になれ、人を恨み、人を妬む事は恥ずべき事ではない。その感情は必ず汝の力となる」
魏延に諭され、達は反骨心を糧にして鍛練と学問に打ち込んだ。未だ、剣の師には及ばなかったが、学問の師である馬良には舌を巻かれる博学才穎となった。
「達よ。彊から文が届いているよ」
暫し悄然と師を見送る達に、穏やかな声がかけられた。
振り返れば、馬良が立っており、その手から木製の書簡が差し出されていた。
達は、文の内容を確かめて少し笑みを浮かべたが、最期の文字を見てそれも消え失せ、遂に返事を書くこともしなかった。
「風雪寒冷に耐え、時機到来を待つ君は如何お過ごしでしょうか。
久しく会っていないのは淋しいけれど、再会の時、成長したお互いを見合うのが楽しみでなりません。
師父は変わりなく、日夜、巴蜀の調略に勤しんでおられますが、最近は口数が減り、書斎に籠る事が多くなりました。
近々、巴蜀で大きな戦が起こるやもしれません。
最近、君の夢をよく見ます。
きっと君との再会が近いのでしょう。
殭改め、師父から字を頂きました
諸葛伯松より」
長らく更新を怠っておりました。
私生活で大きな変化があり、執筆する意欲もなくしていたからです。
再会とは言えませんが、暇を見てボチボチ更新したいと思います。




