脱出
劉備が作動させた元戎から、爆発音とともに私の視力でさえ追えない速さの弾が飛び出した。
急所に当たれば一撃必殺であり、厳しい鍛錬により岩石の如き硬さを得た我が肉体をもってしても、その威力に耐えることはできなかった。
よって避ける以外の手段はないが、その弾は出口から真っすぐにしか飛ばないことも、私は先の一撃で見知っている。
さらに、動揺して安直になった劉備の狙いが、私の顔面であることも見抜いていたので、劉備が元戎の引鉄を引いたその瞬間、上半身から右側へ倒れることで、弾が左耳を擦りはしたものの、至近距離でも躱すことに成功した。
しかし、一撃を躱したからといって油断は出来ない。
あの兵器は弩弓の様にその都度矢弾を装填する必要はなく、予め何発分か装填しておくことで連続して放つことが出来るという極めて速射性の高い兵器だと私は見た。
つまりは、今、辛うじて弾を躱し劉備の意表をついているこの瞬間が最期の好機と思わなければならない。
まず、奴に追撃をさせぬよう最短での攻撃行動を取るため、そのまま右半身から甲板に倒れ込む。
「ふぬわぁっ!」
そこで、気合一発。
倒れる寸前、右手をついて支えとし、襲い来る激痛に歯を食いしばって耐えながらも、そこから左足で劉備の足元をなぎ払った。
「ん゛ぉわっ!?」
不意に足元をすくわれた格好の劉備は、一瞬宙に浮いたあと右半身を下にして派手に倒れ、迂闊にもその手から自慢の元戎を手放してしまっていた。
空中を彷徨う元戎に劉備の手が伸ばされるも、その手が掴んだのは差し出された私の手であり、掴まれたと同時に捻り返したことで、今度は頭から甲板に激突することとなった。
「ん゛ふー、ん゛ふー、」
甲板に側頭部を強打した劉備は、脳が揺れたのか朦朧としながら喘息していた。
追撃をかけるなら今しかない。
劉備に止めを刺すために、体を起こそうと腹に力を入れて気張る。
「うおおぉっ、うっ、うぐっ!」
しかし、脇腹と足から発した激痛が電撃の如く全身を駆けめぐり、力が入らず膝をついてしまった。
脇腹の負傷と、右足に受けた毒は私の体力だけでなく、気力をも奪っていた。
最早、私の体は、立つことすらままならないようだ。
これでは手刀でも劉備の首に傷をつけることすら出来そうもない…
なにか決め手はないか、思案しようと視線を落としたその時だった
ダンッ
奇跡が起きた。
それは、先程私の足払いによって劉備が倒れた際に手放したもので、暫らく空中を舞った後、偶然にも私の目の前に落ちてきた。
引鉄を引くだけで、鍛え抜いた私の体さえも貫通してしまう恐るべき兵器が目の前に選択の余地はない。反射的に掴んで劉備が使っていた様に持ち、元の持ち主に向けて構えた。
これこそまさに天佑…いや、天網恢々疎にして漏らさず…悪逆非道の劉備に天が罰を下すときがきたのだ!
「ん゛わわわぁ゛~」
私に切り札を奪われ、それを今まさに行使されようとしている間抜けな男は、慌てて尻もちをつく醜態を晒してきた。
さらに、目の前の現実を拒絶するかのように、首を左右に振り、壁際へと後退りする男に、私は失望感すら覚えた。
「ぐ、くくくっ、劉備ぃ〜天の裁きを受けよぉぉぉぉぉ!!」
「ま、待てっ」
聞く耳持たず。手で制止しようとする劉備に向かって、私は躊躇なく元戎の引鉄を引いた。
パァンッ
それは、今までの苦難と絶望の日々を終わらせるには、非常にあっけないものであった。
乾いた破裂音の後、標的となった劉備の額に小さな風穴が開いた。
パァンッ、パァン、パァンッ
蹌踉めいて前のめりに倒れ込もうとする劉備の胸に続けて二発、更に、苦痛で歪むその顔面に一発を¦撃ち込むと、劉備は天を仰ぐように両膝をついたまま仰け反り倒れた。
カチッ、カチッ、カチッ…
劉備が倒れたあとも、私は不安から元戎の引鉄を引き続けた。
しかし、それも劉備が倒れその場に血だまりが広がっていく様を見て、劉備が死んだという実感が愈々湧いてきたところで、構えた元戎を下げた。
ゴトッ…
下げた元戎はそのまま手から離れ甲板に落ちた。
「くふ、くくくっ、くぅ~ふふふ、く~くくくっ、う、ううぅ、う〜うう…」
それは、かつて観た東海の大波のように押し寄せてきた。この感情、声を上げてこの喜びを表現したいが、脇腹の激痛がそれを許さず、ただじっと両拳を握り締める。
宿願を果たしたという喜び、それでも、失った者達は帰って来ないという哀しみ、対してその時何も出来なかった過去の自分への怒り、そして、自由を手に入れたという楽しさ。
あらゆる感情が引いては押し寄せ、喜びはいつしか消え、涙が滂沱と流れ、鼻水は地まで糸を引いていた。
「───」
いつまでそうしていたのか、耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
「父上~!」
遠くで戦っている達が呼びかけていた。
はっと意識が戻り、辺りを見回せば私の周りは火の海と化していた。
そして、目に飛び込んできた光景に唖然とする。
そこには私と劉備を囲むように配置されていた劉備配下の弓兵たちがいたのだが、驚くべきことに彼らは自らの身体に炎が燃え移っているにもかかわらず、うめき声すら上げず平然と立っていたのだ。結局劉備が指示を出さずに絶命したことで、彼らはこの場を離れることができなかったのだろう。
それでも、体の延焼が進むと、熱によって筋が萎縮したのか次々と彼らは倒れていった。
その壮絶な最後を見届けつつ、自らも同じ運命を辿るのかと諦めようとした。
「父上~、どうか返事を下さ~い!」
再び達の声が聞こえる。
周囲を見回すと、僅かに夕闇が見える空間があった。
そうだ。私はまだ死ぬわけにはいかない。
劉備打倒の目的は果たしたが、まだ奴の残党は健在だ。
彼らをあるべき方向に導き、劉備によって歪められてしまったこの世界を元に戻さなければらない!
限界を迎え動かす事すら困難だった体に、再び活力が戻ってくる。
「ここにいるぞ~!」
焼けつく空気をものともせず、力いっぱい返事した。
ブワーッ
そこに、灼熱の風が吹き付けてきた。
私を阻もうというのか?いや違う、私はこの風を待っていた。劉備を葬る為にこの風に賭けたのだ。即ち、風は私の味方だ!
「ふぬおぉぉぉぉぉっ!」
雄叫びを上げ、炎をはらんだ逆風が吹き荒れる中、唯一の活路に向かって私は駆けだした。
脇腹と足の痛みも、炎に焼かれる痛みや臭いさえものともしない全力疾走。
それは、限界を遙かに超えたまさに火事場の馬鹿力だった。
「はあぁぁぁいっ!」
船縁を蹴って船外へと飛翔し、全身に冷気を浴びる一抹の爽快さを味わうもそこに足場は無かった。
「父上~!?」
達の声が背後から聞こえてきた。
「達、脱出せよ。なんとしても生き延びるのだ!」
達からの返事を待たず、ザボンと水中に飛び込む音を最後に私は意識を失った。




