蓮の部屋
「お邪魔します、蓮くん」
白百合さんが僕の部屋のドアを開ける。
僕の聖域——ベッドの上に脱ぎ散らかされた上着や、机の上に積み上がった漫画。それらを見て慌てて片付けた。
だが、白百合さんはそんな僕の慌てようを気にする風でもなく、まるでおもちゃを開けた子供のように目を輝かせて部屋を見渡している。
「わあ……ここが蓮くんの部屋。なんだか、蓮くんの匂いがして幸せです。」
「変なこと言わないでよ。……ほら、座るならそこの椅子に座って」
少し恐怖を感じつつ言うと、彼女は「失礼します」と行儀よく腰掛けた。
そして、机の隣の棚に飾られているフィギュアケースに目を留める。
「ねえ、蓮くん。あそこにあるのはいろんな作品のフィギィアですよね?蓮くんはフィギィア集めが趣味なんですか?」
それは、僕がバイトをして得たお金で手に入れた、バトル系漫画のキャラクターのフィギュアだった。
「あ、うん。フィギュアはなんか見てて癒されるから好きかな。……白百合さん、こういうの知ってるんだ?」
「クラスの男の子たちが話しているのを耳にしたことがあるくらいです。蓮くんは、こういうバトル系の漫画やアニメが好きなんですか?」
「まあね。派手なアクションシーンとか、能力の読み合いとか、見ていてスカッとするからさ」
「ふふ、なるほど。蓮くんの新たな一面を知れて嬉しいです。」
白百合さんは嬉しそうに微笑むと、今度は机に飾られていた小さなフォトフレームへと視線を移した。
そこには、中学時代のテニス部のユニフォームを着て、ラケットを手に笑っている僕と、当時の部活のメンバーたちの姿が写っている。
「あれは……中学の頃の写真ですか? 蓮くん、テニス部だったんですね。」
「ああ、それね。うん、中学の時は一応3年間、テニスやってたんだよ」
「凄いです! 蓮くんがテニスをしている姿、きっと格好良かったんでしょうね……。高校ではどうして続けなかったのですか?もし蓮くんがコートに立っていたら、私、毎日でも応援に行ったのに…」
「いや、そんな大層な理由じゃないよ。ただ……土日も練習があってさ、とにかくしんどかったんだ。せっかくの休日なのに、朝早く起きて運動するのが嫌になっちゃって。高校に入ったら、とにかく休みを満喫したいなーと思って、部活は入らなかったんだよねな」
「そうだったんですね。……ふふ、お休みの時間を大切にするのが蓮くんらしい理由で、なんだか安心しました。」
白百合さんは納得した様子だった。
その様子を見ていて、僕はふと気になった。
「そう言えば……白百合さんは、何か部活やってるの? 学校じゃいつも一人でいるし、あんまりそういうイメージないけど」
僕の何気ない質問に、白百合さんは一瞬、ピクりと肩を揺らした。
それまでの笑顔が少しだけ曇り、どこか気まずそうに視線を泳がせる。
「私は……中学の時は美術部だったんですけど、高校に入ってからは、どこの部活にも入っていないんです」
「え? あ、そうなんだ……」
言葉を濁した彼女の表情には、これ以上踏み込んでほしくないような、どこか暗い雰囲気だった。
(あ、これ……もしかして、聞いてはいけない地雷を踏んじゃったやつか?)
学校での彼女の「孤立」している噂や、何か複雑な事情があるのかもしれない。慌てて僕は話を切り替えることにした。
「あ、そうだ! せっかく部屋に来たんだし、ゲームでもしない? ちょうどテレビのゲーム機に、人生ゲームのソフトが入ったままになってるんだよね。これなら操作も簡単だし、意外と盛り上がるからさ!」
「テレビゲームですか? 私、あまりやったことがなくて、ボタンの使い方もよく分からなくて……」
「大丈夫、基本は画面に合わせてボタンを押して、ルーレットを回すだけだから! ほら、コントローラー持ってみて。まずは自分のキャラクターを作るんだよ」
彼女は困惑しながらコントローラーを握った。
「よし、じゃあゲームスタート! 画面の指示通りにボタンを押してみて」
「はい! ……あ、ルーレットが勢いよく回りました!」
ゲームが始まって、画面の中でアバターが動くたびに、白百合さんは一喜一憂し、子供のようにコロコロと表情を変えていた。
「蓮くん、大変です! 私のキャラクターがフリーターになってしまいました……っ!」
「あはは、序盤でそのマスに止まるか。でも大丈夫、後で一発逆転のイベントがあるから!」
「もう、蓮くんのキャラクターは一流企業に就職してずるいです。……あっ、また変なマスに。『火星に移住する』って、どうして人生ゲームなのに火星に行ってしまうんですか!?」
「いや、僕に言われてもわかんないよw」
彼女は表情を変えないタイプだと思っていたが、ここ最近違うと思ってきた。
笑う時は笑うし、怒る時は怒るし、今みたいに困惑したりもするし、僕の前以外でもこんな感じでコロコロ表情を変えれば、きっといろんな友達もできるだろう。
気づけば、窓の外は綺麗な夕焼け色に染まっていた。
「暗くなる前に帰ろうか。送っていくよ」
そう言うと、彼女は名残惜しそうに頷いた。
家の玄関を出て、彼女の家へと向かう道を、僕たちは並んで歩いていた。
「今日は、突然お邪魔してしまって、本当にごめんなさい。でも……蓮くんのことをたくさん知ることができて、一緒にいれて、本当に幸せな日曜日でした」
彼女は胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、心からの、満面の笑みを僕に向けた。
学校で見せるどんな姿よりも、今この瞬間、僕の目の前で笑っている彼女が綺麗で——僕は一瞬、言葉を失ってしまった。
「……ま、まあ、白百合さんが楽しかったなら、それでいいけどさ。次はちゃんと、事前に連絡してよね」
「はい! 次は必ず連絡しますね!」
気づいたら彼女の家に着いていた。
「じゃあまた明日」そう僕が言うと
「はい!また明日!」彼女が笑顔でそう答えた。
(……まあ、こういう日曜日も、悪くはない、か)
僕は夕暮れの家路を急いだ。




