呼び方
私たちは蓮くんの部屋で映画を観ていた。
私は、蓮くんの腕の中にすっぽりと身体を埋めるようにして彼にぴったりと寄り添っている。背中から伝わってくる蓮くんの温かい体温と、心地よい匂いに、映画の内容が半分も頭に入ってこないくらい幸せで胸がいっぱいになる。
そんな私の様子には気づかず、蓮くんは私の手元に視線を落とした。
「……あ、白百合さん。グラス、空になってる。飲み物、何がいい?」
気遣ってくれる蓮くん。
だけど、「白百合さん」といういつもの呼び方に、私は少し引っかかった。
ずっと、彼の特別になりたかった。
そして今、私達は晴れて彼の恋人になったのだ。
私は彼の胸元に頭を預けたまま、上目遣いで彼を見つめた。
「ねぇ、蓮くん。私たち、付き合ったんですよね?」
「……おぅ。急にどうしたんだよ」
「呼び方なんですけど……白百合さんじゃなくて、名前で呼んでほしいなぁって……。ダメですか?」
蓮くんは一瞬面食らったように目を見開き、視線を泳がせる。
「う……。いや、ダメじゃ、ないけど……」
「じゃあ、今呼んでください! 今すぐ、ここで聞きたいです!」
グイグイと迫る私に、蓮くんは完全に観念したように小さくため息を吐いた。そして、ゴクリと喉を鳴らし、緊張した様子で私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「奈緒。……これでいいか?」
心臓が、跳ねるようにドクンと大きな音を立てた。
「嬉しいです! 蓮くん、もう一回! もう一回呼んでください!」
嬉しさが爆発して、彼の服の裾をぎゅっと掴みながらおねだりする。
蓮くんは、照れくさそうにしたまま言った。
「奈緒。……よし、これで終わり! 飲み物、注いでくるから!」
限界を迎えた蓮くんは、私から逃げるようにしてソファから立ち上がると、足早にキッチンへと向かって行ってしまった。
残された私は、彼が名前を呼んでくれたことの余韻に浸りながら、顔をクッションに埋めて悶絶するのだった。
◇
キッチンで冷たい麦茶を二つのグラスに注ぎ、ふぅ、と深く息を吐き出す。
心臓がうるさいくらいにバクバクと鳴っていた。名前を呼ぶだけで、あんなに嬉しそうな顔をするなんて反則だ。
少しだけ呼吸を整えてからリビングに戻り、彼女にグラスを手渡してソファに腰掛ける。
白百合さんはさっきの余韻を残したまま、嬉しそうにグラスを受け取った。
「ありがとうございます、蓮くん」
その言葉を聞いて、僕は前々から少し気になっていたことを口にしてみた。
「なぁ、白百合さん。……名前で呼べって言う割にさ、白百合さんってずっと俺に対して敬語だよな」
「え? ……あ、本当ですね。全然意識してなかったです」
白百合さんはハッとしたように目を丸くした。出会った時からずっと敬語だったから、彼女自身、無意識のうちにそれが癖になっていたらしい。
「まぁ、別に無理に直さなくても…。白百合さんらしくて良い気もするし…。」
「ふふ、じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
お互いに少し笑い合い、僕たちは再び画面に視線を戻して、映画の続きを観始めた。
やがて2時間ほどの映画が終わり、エンドロールが流れ始める。
ふと隣を見ると、白百合さんは少し疲れた様子で、小さなあくびをしていた。疲れが溜まっていたのだろうか。
「白百合さん、眠いか? 無理しなくていいぞ」
僕が声をかけると、白百合さんは「んぅ……」と小さく声を漏らし、僕の肩口へとぽすんと頭を預けてきた。そして、僕の腕を自分の両手でぎゅっと抱きしめながら、甘えるように頬をすり寄せてくる。
「……眠くないもん。まだ、蓮くんと一緒にいたい……」
「……っ」
突然くるタメ口は、破壊力がやばいと思った。




