平穏
鏡の前で、入念に髪型と服装をチェックする。
(よし、今日もばっちり)
朝の準備をすべて終わらせた私は、弾むような足取りで家を出て、大好きな彼——蓮くんの家へと向かって歩き出した。
隣に蓮くんがいないこの短い時間が、少しだけ寂しく感じてしまう。
歩きながら、私は蓮くんとの出会いのことを振り返っていた。
(……ふふ、お世辞にも、良い出会い方とは言えなかったよね)
出会った時の状況は私は襲われていたし、廃墟だし、ロマンティックな出会いとはかけ離れている。でも、あの時彼がたまたま廃墟にいて、私を助けてくれたから、今の私がある。
出会った瞬間から、蓮くんはずっと温かかった。不器用だけど、私のことを決して否定せず、真っ直ぐに私という人間を見てくれた。
他人に心を開くのが怖かったはずなのに、気がつけばすぐに気を許して、どうしようもないくらい好きになっていた。
私にとって、蓮くんは最初からずっと、世界で一番特別な人。
『一緒に絵を描かない?』
蓮くんが私にそう言って、背中を押してくれた時、暗闇の中に光が差し込んだみたいで、今までの人生で一番嬉しかったし、何より心強かった。
『俺、白百合さんのことが好きだ』
夕暮れの観覧車の中で、蓮くんが真っ直ぐにそう言ってくれた時、愛される喜びを知って、今までの人生で一番幸せだった。
そんな思い出に浸っているうちに、気がつけば蓮くんの家の前に到着していた。
少しだけ待つと、カチャリと静かに鍵が開く音がして、目の前のドアが開いた。
「……あ、白百合さん。おはよう」
そこには、眠そうな顔をした蓮くんが立っていた。
寝起きの気だるげな彼の姿を見た瞬間、胸の奥から愛おしさがこれでもかと溢れ出してくる。
(これからもずっと、ずっと一緒にいたいな)
世界で一番愛おしい私の恋人に、私はとびきりの笑顔を向けた。
◇
朝、アラームの音で目を覚まし、いつも通りの準備を済ませて玄関へ向かう。
ガチャリとドアを開けると、そこには待ち合わせ相手である彼女——白百合さんが立っていた。
「蓮くん、おはようございます!」
眩しいくらいの笑顔で、白百合さんが挨拶をしてくる。
「……おぅ、ちょっと待たせたか?」
「いえ、今着いたところです!」
そんな何気ないやり取りを交わしながら、僕たちはお互いに手を伸ばし、ごく自然に手を繋いで歩き出した。
「ねぇ、蓮くん。次のデートなんですけど……お家デートがいいです。蓮くんにたくさん甘えながら、隣で絵を描きたいなぁって」
僕の腕に嬉しそうに寄り添いながら、白百合さんが少しおねだりするように見上げてくる。
「お家デートか。いいよ、じゃあ次の週末は俺の家な」
「やった!、 ありがとうございます!」
彼女の笑顔を見ていると、僕の胸の中にも温かいものがじんわりと広がっていく。
思い返せば、初めてあった頃は、彼女が隣にいることで自分の「平穏な日常」が脅かされていると思っていた。愛が重くて、振り回されて、どうすればいいのだろうと考える毎日。
だけど、いつの間にか僕は彼女のことを好きになっていて、気がつけば、こうして白合さんが隣にいてくれることが、僕にとっての「平穏」になっていた。
繋いだ手のひらから伝わる温もりを、これからもずっと守っていこう。
彼女の笑顔を見てそう思った。




