風邪
文化祭から1週間近く経った日の朝。目が覚めた瞬間、僕は自分の身体の異変に気がついた。
頭が痛く、身体が鉛のように重い。喉はカラカラに乾いていて、咳が出る。
「……最悪だ。風邪、引いたか……」
あまり風邪を引かない体質だか、たまに一発デカいのが来る。
なんとか重い身体を起こして体温計を脇に挟む。数分後、ピピピと鳴った電子音の通りに表示されていた数字は——39.0度。
「まじか……思ったより高いな……」
予想以上の高熱に、自分でも少し引いた。
部屋を出て、ちょうど出勤の準備をしていた母親に風邪を引いたことを伝える。すると母親は心配そうにして、「仕事を休む」と言い出した。
「いや、大丈夫だって。そこまでしんどくないし、寝てれば治るから。母さんは仕事行ってきてよ」
渋る母親をなんとか説得して仕事へ送り出した後、僕は学校に欠席の連絡を入れた。
それから這うようにして近くの病院へ行き、診察を受けて薬をもらった。
帰宅後、ゼリー飲料を流し込んで薬を飲み、そのままベッドへと倒れ込む。意識はすぐに深い泥のような眠りへと落ちていった。
「……ん……」
目が覚めたときには、部屋のカーテンの隙間から差し込む光が、オレンジ色に変わっていた。
少しだけ軽くなった頭で、ぼんやりと天井を見上げる。
近くからカサリ、と微かな衣擦れの音が聞こえた。
「あ……蓮くん、目が覚めましたか?」
驚いて視線を向けると、そこにはマスクを付けた白百合さんが座っていた。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「し、白百合さん……!? なんで、ここに……」
「蓮くんの様態が心配でお母様に聞いたら、蓮くんが高熱で寝ていると聞いて……。放課後、鍵を借りてお邪魔したんです。……起こしてしまいましたか?」
優しい声で僕を気遣う彼女。だけど、僕は病人であり、風邪をうつしてしまう可能性がある。
「いや、そうじゃなくて……。風邪、うつるから。もう帰って……」
ガラガラに枯れた声でなんとか拒絶の言葉を口にする。
「嫌です。蓮くんをこのまま一人にできません」
マスク越しでも分かるくらい、彼女の瞳は強い
意志で満ちていた。最近ずっと一緒にいるからわかる。彼女は主張を曲げない。
「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。ありがとな」
「はい!全力で看病させていただきますね」
僕が諦めて受け入れると、白百合さんは嬉しそうに目を細めた。
そこからの彼女の看病は、驚くほど手際が良く、そして優しかった。
汗をかいた僕の背中に素早く温かいタオルを差し込んで優しく拭いてくれたり、台所へ行って作ってくれた熱々のお粥を、「ふーふー」と丁寧に冷ましながら一口ずつ口に運んでくれたりした。
「美味しいですか?」
「あぁ、めちゃくちゃ美味い。染みるわ……」
「良かったです。……じゃあ次、リンゴも剥いたので、食べられますか?」
小さく切られたリンゴをフォークで口元に運ばれる。シャキシャキとした冷たい甘みが、熱を持った身体に心地よく広がっていく。
最初は申し訳なさでいっぱいだったはずなのに、気がつけば一生懸命に看病をしてくれる彼女を受け入れていた。
「蓮くん、少し顔色が良くなりましたね」
「白百合さんのおかげだわ、ありがと……」
薬が効いてきたのか、心地よい温かさに包まれながら、僕の瞼は再び重くなっていく。白百合さんの、僕の髪を優しく撫でる手のひらの感触を最後に、僕の意識は再び途切れた。
ふと目が覚めると、部屋は完全に夜の闇に包まれていた。
身体を起こしてみると、だるさは残っているが、だいぶ良くなっていることが確認できた。
「……白百合さん?」
声をかけてみたけれど、返事はない。机に置いていたスマホを撮ろうとすると、スマホの上に手紙が置かれていたので手に取る。
ノートの切れ端を小さく折ったもの。
それを開いてみると、そこには綺麗な文字で『お大事に。早く良くなってくださいね』と書かれていて、その横には、可愛いくまのイラストが添えられていた。
「本当に絵が上手いな…」
メッセージカードを大切に机の上に置き、スマホを起動する。
『看病ありがとう。白百合さんのおかげですっかり治った。リンゴもお粥も、凄く美味しかったよ』
スマホを置き、手紙を再び手に取る。
自分でも顔が少しニヤニヤしているのがわかった。




