友達
授業中、先生の声を遠くに聞きながら、私は少し退屈な時間を過ごしていた。
手持ち無沙汰な私は、シャーペンを動かし、ノートの隅に小さなイラストを描き始める。描いたのは、蓮くんが好きだと言っていたアニメのキャラクター。蓮くんの喜ぶ顔を思い浮かべながらペンを進めていると、自然と細部まで熱がこもってしまった。
キーンコーンカーンコーン……。
授業終了のチャイムが鳴り、私が小さく息を吐いたその時、後ろの席の星野由良さんが私のノートを覗き込んで声を上げてきた。
「ねえ、白百合さん! その絵、さっきの授業中に描いてたよね? めちゃくちゃ上手いんだけど!」
「えっ……あ、はい。どうも……」
まさか見られているとは思わず、私は慌ててノートを隠す。星野さんの目は、キラキラと輝いていた。
「凄いよ、プロじゃん! ねえ、お願いがあるんだけど……クラスの文化祭のポスター、一緒に作るの手伝ってくれないかな!? デザインできる人が少なくて困ってたの!」
人から純粋に「絵が上手い」と褒められたことに対し、素直に嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。だけど文化祭ポスターの作成は放課後の作業になる。
そうなれば、蓮くんと一緒に帰れなくなってしまう。
今の私にとって、放課後に蓮くんの隣を歩く時間は何よりも譲れない特別なものだ。私は静かに首を振った。
「ごめんなさい……。放課後はちょっと、用事があって。お手伝いできないです」
「そっかぁ……。急に無理言ってごめんね。でも、本当に上手でびっくりしちゃった!」
星野さんは残念そうにしながらも、最後まで笑顔で席に戻っていった。
お昼休み。
私はいつものように、蓮くんと並んでお弁当を食べながら話していた。
「そっか。ポスターの作成を頼まれたんだ」
「はい。でも、断っちゃいました」
「なんで? 絵、また描きたくなったんだろ。褒められて嬉しかったなら、手伝えばよかったのに」
私は、さっき星野さんにポスター作成に誘われたこと、そしてそれを断ってしまったことを、何気ない会話のつもりで蓮くんに打ち明けていた。
「だって……放課後に作業することになると思うので、そうなったら蓮くんと一緒に帰れなくなっちゃいます。それは、嫌ですから」
その返答に対して蓮くんは気まずそうに
「あー……」と声を漏らす。
「俺のクラスもさ、文化祭の出し物の準備がそろそろ本格化するんだ。だからこれからしばらく、放課後は居残りで遅くなると思う」
「え……そうなんですか?」
「うん。だから、一緒に帰れなくなるのはどっちにしろ同じだよ。……だったら、白百合さんもポスター、描いてみたらどうだ?」
蓮くんの言葉に、私はウッと小さく言葉を詰まらせた。
それでも、蓮くんのいない教室で、他のクラスメイトたちと混ざって作業をすることに、どうしても気後れしてしまう。少し渋るような表情を見せる私に、蓮くんはまるで見透かしたかのように、優しいトーンで語りかけてきた。
「他人と関わることでさ、色んな考え方を知ることができると思う。それに……周りの人の意見を聞くことで、自分を客観視できるようにもなる。それは、白百合さんにとって、きっと悪いことじゃないと思うよ」
「自分を、客観視……」
蓮くんの言葉が、私の胸に深く、優しく染み込んでいく。私もできることなら友達を作りたいし、いろんな人に私の絵を見て欲しい。
「……わかりました。私、やっぱりやってみます」
私がそう答えると、蓮くんはどこかホッとしたように「頑張れよ」と微笑んでくれた。
お昼休みが終わる前、私は勇気を出して後ろの席の星野さんに話しかけた。
「あの、星野さん……」
「あ、白百合さん! どうしたの?」
「さっきのポスターの話……やっぱり、私にも手伝わせてください。放課後の用事、なんとかなりそうなので」
緊張で指先を震わせながらそう伝えると、星野さんはパッと顔を輝かせて、私の両手をギュッと握りしめてくれた。
「本当!? やったぁ、めちゃくちゃ嬉しい! ありがとう、白百合さん!」
彼女の温かい手に、私の緊張も少しだけ解けていくのが分かった。
そして、放課後。
私は星野さんを含めた、数人のクラスメイトたちと一緒に、大きめの机を囲んでポスターを描き始めた。
「ここの背景の色、何がいいと思う?」
「白百合さんの描く線、本当に綺麗……! ここ、白百合さんの好きなように描いて欲しいな」
大きな画用紙を前に、みんなで意見を出し合いながら筆を進めていく。
最初は他人に絵を見せることに少しだけ恐怖もあった。けれど、私の描く一線一線に、みんなが「凄い!」「可愛い!」と純粋に声を上げ、何度も褒めてくれる。
「白百合さんを誘ってよかったー。また明日もよろしくね!」
そう明るい笑顔で挨拶をしてくれる星野さんに対して私も自然に笑顔で返事をしていた。
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」




