彼の好み
——あの告白の日から、1週間が経った放課後。
あれから私たちの日常は、特に変わっていない。
お昼休みになれば一緒にご飯を食べて、放課後になれば並んで一緒に帰る。
今のままでも十分に幸せだけど、やっぱり少し進展したいと思うのが乙女心というものだ。
ある日の帰り道、私は思い切って隣を歩く蓮くんに話しかけた。
「ねえ、蓮くん。……蓮くんはどんな女性がタイプなんですか?」
不意を突かれた蓮くんは、「えっ」と小さく声を上げて足を止めた。さすがに女の子に直球でタイプを言うのは気が引けるみたいで、気まずそうに答えた。
「……まぁ、優しい子、かな」
「むぅ……それだけですか?」
私は不満を示すようにぷくーっと頬を膨らませた。
「それだけだよ…」
彼が気まずそうにそう答えた。
返ってきたのは、絵に描いたような模範解答だけ。髪型や服装といった見た目の好みも、もっと本質的な性格についても、答えてくれない。
翌日の休憩時間。
私は蓮くんに直接聞くのを諦めて、蓮くんの友達に聞くことに、作戦を切り替えた。ターゲットは蓮くんの友達である三谷健太くんだ。
正直、蓮くん以外の男の子に話しかけるのは、怖いし嫌だなと思ってしまう。けれど、これから蓮くんの隣に居続けるためには、こういう社交性も絶対に必要になるはず。何より、あの蓮くんが信頼している友達なのだから、きっと大丈夫。
「あの、三谷くん。ちょっといいですか?」
教室の隅でスマホをいじっていた三谷くんに声をかけると、彼は「うおっ!?」と飛び上がって、びっくりしていた。学校では蓮くん以外と話をしないから無理もない。
「し、白百合さん!? 俺、なんかしたっけ……?」
「いえ、そうじゃなくて……蓮くんのことについて、少しお聞きしたくて」
そう切り出すと、三谷くんは一瞬で全てを察したように「あぁ、なるほどね」と深く納得した顔になった。
「蓮くんの好みの女性について知ってますか?私には話してくれなくて…」
「蓮の好みねぇ。あいつ、基本そういう話しないんだけどさ。確か1年前くらいに、珍しく具体的に言ってた気がするわ。確か…『明るくて話しやすい、黒髪ロングでハーフアップ、真面目で清楚で、堅実的な人』……とか何とか。これで大丈夫?」
「大丈夫です。すごく参考になりました。ありがとうございます。」
三谷くんにお礼を言って席を離れた後、私は胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
黒髪ロング、真面目、清楚、堅実……。
(……あれ? もしかして、そこそこ当てはまってるかも……)
そう思うと、じわじわと顔が熱くなって、嬉しさで胸が弾んだ。だけど、同時に小さな不安が襲いかかる。『明るくて話しやすい』という部分。これに関しては、蓮くんが私のことをどう思っているのか分からなくて、少しだけ胸がキュッと切なくなる。
(とにかく、できることから始めなきゃ……!)
私は拳をぎゅっと握りしめ、明日の髪型をハーフアップにすることを心に決めた。
翌朝。
鏡の前で、私は大苦戦していた。
「うぅ……思ったより難しい……」
いつもストレートのままにしているから、後ろの髪を綺麗に半分だけすくい上げて結ぶのが信じられないくらい難しい。何度もやり直しているうちに、腕が痛くなってきて半べそをかきそうになってしまう。
「あらあら、奈緒。ずいぶん鏡の前で格闘しているわね?」
通りかかったお母さんが、クスクスと嬉しそうに笑いながら近づいてきた。
「お母さん……ハーフアップが上手くできなくて……」
「ふふ、いいわよ。お母さんがやってあげる」
器用な手つきで髪をまとめながらお母さんが話だす。
「奈緒が男の子のためにおしゃれか…。ふふっ、青春ね〜」
「もう、お母さんからかわないで……」
お母さんが顔を真っ赤にする私を見て嬉しそうにしながら、完璧なハーフアップを完成させる。鏡に映る自分は、いつもより少し大人っぽくて、清楚に見える気がする。
「ありがとう!お母さん!」
「ふふ、頑張ってね」
お母さんにお礼を言って、外に出た。
そして、程なくして彼と会うための待ち伏せポイントについた。
(蓮くん、どんな反応するだろう)
期待を膨らましながら待っていると、少しして彼が来た。
私の近くにやってきた蓮くんに、私は心臓をバクバクさせながら、挨拶をした。
「蓮くん、おはようございます!」
振り返った蓮くんの視線が、私の顔、そしてハーフアップに結ばれた髪へと向かう。
その瞬間。蓮くんは一瞬だけ目を見開いた後、「あ……おはよう」と小さく呟き、照れくさそうに視線を斜め下に逸らした。耳の裏が、ほんのりと赤くなっているのが見える。
(やった……!)
あからさまに動揺して目を合わせてくれない蓮くんの反応を見て、嬉しくてつい蓮くんに見えないように小さくガッツポーズをしたのだった。




