好きだった事 (奈緒視点)
放課後デートから数日後、今日、蓮くんと一緒に絵を描く約束をした。
約束した日からずっと落ち着かなくて、緊張している。
「お邪魔します」
「ふふ……どうぞ」
ガチガチになっている蓮くんが愛おしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
部屋に入った蓮くんは、ショーケースに入ったお茶のペットボトルに気づいたみたいだった。思わず声をかける。
「あれは、蓮くんが初めて私にくれた物なので大切に保管してます。私の宝物です!」
「そうか……宝物なら仕方ないか……」
蓮くんは少し引き気味だった。
だけど、あれは私と蓮くんの出会いの証であり、彼の優しさそのものである。毎日見るためにショーケースに飾るのは必然である。
蓮くんが、ペットボトルから視線を逸らし、机の上にある、この前買ったスケッチブックと画材を見る。
緊張するが、さっそく始めようと思い声をかける。
「では、さっそく描き始めましょうか」
「そうだな」
私たちは、この前二人で買ったスケッチブックを広げて、鉛筆での下書きを始めた。
最初、いざ白い紙を前にして鉛筆を握った瞬間——脳裏に、あの中学時代の嫌な記憶がかすかに蘇りそうになった。
引き裂かれた絵、あの時の絶望。
指先が、一瞬だけピクリと強張る。
(……あ)
息が詰まりそうになったその時、すぐ隣から不器用そうに鉛筆を動かす音が聞こえた。
そうだ。今は一人じゃない。
チラリと横を見ると、蓮くんが真面目な顔でスケッチブックに向き合っている。
(蓮くんが、隣にいてくれる)
ただそれだけで、胸の奥に温かい安心感が広がった。彼が隣にいてくれるなら、私はもう何も怖くない。
気づけば私は、時間を忘れて無我夢中に鉛筆を走らせていた。
「……ふぅ、下書きができました!」
彼と絵を見せ合いっこする。
「すごいな、白百合さん……」
「本当ですか?嬉しいです。・・・・・・じゃあ、次は色を塗っていきましょう!」
褒められて嬉しくなるが、まだまだこんなもんじゃない。次に水彩絵の具を塗り始める。
しばらくの間集中していると、気がつけば完成していた。
完成した絵を見せ合う。
蓮くんが絵を見た瞬間に驚いたように目を見開き感想を言う。
「……本当に、すごいよ。ただ上手いだけじゃなくて、なんて言うか……ずっと見ていたくなるような、すごく綺麗な絵だ」
蓮くんの口から、お世辞じゃない、心の底からの言葉が紡がれた。
あまりの嬉しさに、一瞬頭が真っ白になる。その後、じわじわと顔に熱が集まって、りんごくらい顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
「蓮くんにそう言ってもらえるなんて……。世界中の誰に褒められるよりも嬉しいです!」
気付けば、スケッチブックをぎゅっと抱きしめていた。
もう二度と思い出す事ことがないと思っていた、絵を描く楽しさ。それを、蓮くんが私に思い出させてくれた。
「私……やっぱり、絵を描くのが大好きです。……私、これからも絵を描き続けたいと思います」
私の言葉を聞いて、蓮くんが優しく微笑んでくれる。その温かい眼差しに包まれていると、私の胸の中には、もっともっと頑張りたいと言う気持ちが芽生えてくる。
(またたくさん絵を描いて、蓮くんに『すごいね』って褒められたい……。あわよくば頭を撫でられたい……。)
彼とのこれからの未来を想像して、つい楽しくなった。




