好きだった事
——数日後の放課後。
今日、白百合さんの家で絵を描く約束をした。
初めて行く女の子の部屋に少し緊張している。
(なんか、めっちゃいい匂いがするな)
「お邪魔します。」
「ふふ…どうぞ」
僕が緊張しているのを察したのか、彼女は少し笑っていた。
軽く部屋を見渡すと、お茶のペットボトルがショーケースに入っていた。
(あれって、確か僕があげた…)
そう思い出してると彼女が話し出した。
「あれは、蓮くんが初めて私にくれた物なので大切に保管してます。私の宝物です!」
「そうか…宝物なら仕方ないか…」
触れてはならないと思い、再び部屋を見渡すと
テーブルの上に、こないだ二人で買ったばかりのスケッチブックと画材が並んでいる。
「では、さっそく描き始めましょうか」
「そうだな」
まずは鉛筆での下書きから始めることになったのだけれど、描き始めてすぐに、僕は自分の手を止めてしまっていた。
(……なんか、全然違うな)
隣に座る白百合さんの横顔に、思わず目を奪われていた。
いつも見せている笑顔とは違い、真剣な表情。
その神妙な顔つきは綺麗で、不覚にもキドキしてしまった。
(僕も描かないと)
慌てて視線を自分の手元に戻し、僕も鉛筆を動かし始める。
「……ふぅ、下書きができました!」
しばらくして、白百合さんが満足そうに声を上げた。
お互いのスケッチブックを見せ合うことになったのだけれど、その完成度の差に僕は思わず絶句した。
僕の絵は、お世辞にも上手いとは言えない、普通の出来栄え。
対して、白百合さんの絵は——めちゃめちゃうまかった。
ただ形が整っているだけじゃない。鉛筆の線一本一本に命が通っているような、圧倒的な表現力だった。
「すごいな、白百合さん……」
「本当ですか? 嬉しいです。……じゃあ、次は色を塗っていきましょう!」
彼女に言われるまま、今度は水彩絵の具をパレットに出していく。
そこからの彼女はさらに凄かった。筆に水を含ませ、迷いなく紙の上に色彩を置いていく。色が重なり、広がるたびに、絵全体がぐっと引き締まった。
描き終えた彼女の絵を見て、感動を覚えていた。
「……本当に、すごいよ。ただ上手いだけじゃなくて、なんて言うか……ずっと見ていたくなるような、すごく綺麗な絵だ」
心の底から溢れた言葉をそのまま伝えると、白百合さんは一瞬だけきょとんとした後、じわじわと顔を真っ赤に染めた。
「蓮くんにそう言ってもらえるなんて……。世界中の誰に褒められるよりも嬉しいです!」
彼女はスケッチブックを愛おしそうに抱きしめ、本当に幸せそうな、心からの笑みを僕に向けた。
「私……やっぱり、絵を描くのが大好きです。……私、これからも絵を描き続けたいと思います。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸にジンとした温かいものが広がっていった。
過去のトラウマに縛られ、自分の殻に閉じこもっていた彼女が。僕という狭い居場所にだけ依存しようとしていた彼女が。
今、前を向き、もう一度「本当に好きだったこと」をしようとしている。
彼女がこうして前向きになってくれたことが、僕は嬉しかった。少し絵の具で汚れた手を眺めながら、僕は彼女がこれからも楽しく絵を描ければいいなと思った。




