放課後デート
——翌日の昼休み。
白百合さんと、いつもの場所でお昼を食べている途中話を切り出した。
「白百合さんって、中学の時美術部だったんだろ? だからその……もしよかったら、今度の放課後にでも、一緒に絵を描かないか?」
「え……っ」
僕の突飛な提案に、白百合さんは目を見開いて硬直した。
やっぱり急すぎただろうかと、僕が焦りかけた、その時だった。
「はい……っ! ぜひ、蓮くんと一緒に描きたいです!」
その返答に安心した。
「あ、受けてくれるんだ。よかった。……じゃあ、さっそく今日の放課後から——」
「あ……でも、蓮くん」
嬉しそうに頷いた直後、白百合さんはハッとして、少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「私、中学の時の画材や道具……全部、捨ててしまっていて。今、手元に何もないんです」
「あ、そっか。……まあ、俺も選択科目で美術取ってないから道具なんか持ってないや。」
2人して道具がないという盲点に気づき、僕は苦笑した。けれど、これくらいで諦める理由にはならない。
「じゃあ、今日の放課後、2人で道具を買いに行こう。駅前のショッピングモールに大きな画材屋が入ってたはずだから」
「放課後に、2人で、お買い物……ですか?」
「うん。画材のことはよく分からないから、白百合さんに案内してほしいんだ」
「はい! 喜んで案内します!」
キーンコーンカーンコーン……。
放課後を告げるチャイムの音が、今日の私にはまるで祝福の鐘の音のように聴こえた。
(蓮くんと放課後デート!)
お昼休みに蓮くんから「一緒に絵を描かないか」と誘われた時、少し怖かった。
だけど、蓮くんが「一緒に」と言ってくれた。
蓮くんと一緒ならどんなことでも怖くないし、どんなことでも楽しめると思った。
「白百合さん、準備できた? 行こうか」
「はい、蓮くん! いつでも大丈夫です!」
教室の入り口で待ってくれていた蓮くんのもとへ、私は小走りで駆け寄った。
ショッピングモールへの道を歩いている途中、チラリと蓮くんの横顔を見る。
たった数週間の付き合いなのにこんなにも私を支えてくれる。私のことを助けてくれる。
(好きにならないほうが無理だよ)
私はこの人と出会うために生きて来たのかもしれない。
「着いたよ、白百合さん。ここだね」
蓮くんの声に顔を上げると、目の前には、大きなショッピングモールが広がっていた。
二人で中に入る。
「さあ、行きましょう、蓮くん! 画材屋さんは確か、三階の奥の方にあります」
私は蓮くんの少し前を歩きながら、弾む足取りでショッピングモールの中へと進んだ。
いつもなら、こんなに人がたくさんいる場所は視線が気になって行かない。でも、今はすぐ隣に蓮くんがいてくれる。ただそれだけで、周囲の雑音はすっと遠ざかり、まるで世界に私と蓮くんの二人しかいないような、不思議な安心感に包まれていた。
エスカレーターを上がり、お目当ての画材屋さんに一歩足を踏み入れた瞬間、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。
隣をそっと見上げると、蓮くんはズラリと並んだ絵の具や筆を前に、「うわ、すごい種類だな……」と少し圧倒されたように目を丸くしていて、可愛かった。
「蓮くん、何から選びましょうか? 水彩絵の具なら扱いやすいですし、気軽に始めるにはスケッチブックとセットで買うのがおすすめです」
「あ、うん。白百合さんのやりやすいやつでいいよ。俺はよくわかんないし、何なら白百合さんが描いてるのを見てるだけでもいいくらいだし」
「ふふ、ダメですよ。蓮くんも一緒に描くって約束ですから」
私は棚からお勧めのスケッチブックを二冊手に取り、一冊を蓮くんに手渡した。
「じゃあ、これにするか」
「パレットはこれが使いやすいですよ」
「筆は太さがいくつかあった方が便利です」
私が説明するたびに、蓮くんは「へえ、なるほど」と真剣に耳を傾け、カゴの中に道具を一つずつ丁寧に入れていってくれる。
(楽しいな……)
彼と出会わなかったら、ここに来ることは無かっただろう。ただ、一人で本を読んで過ごす退屈な日々。
「蓮くん…。ありがとうございます。」
思わず言葉が出た。
「お、おう。急にどうしたんだ?」
「いえ…、たくさん伝えたいなと、思ったので。」
(私も何か蓮くんしてあげることは出来ないだろうか。蓮くんを楽しませることが出来ないだろうか。)
そう思う日々だった。




