第九話 ニューロマンサーならぬニューロ肉芽マンサー
端末は、作れば終わりではない。
これは重要である。
肉端末一号は動いた。
歩いた。
持った。
殴った。
転んだ。
泥は食わなかった。
たいへん優秀である。
少なくとも、周囲の同型生命体よりは優秀である。
前世の一部戦闘員よりも優秀かもしれない。
だが、端末は動くだけでは足りない。
命令を正しく受ける必要がある。
命令を間違えない必要がある。
命令を奪われない必要がある。
命令を受けていない時に、勝手に赤いボタンへ近づかない必要がある。
最後が、もっとも重要である。
*
第八冊において、我輩は肉端末一号を作成した。
本体脳。
肉端末一号。
簡易中継肉芽。
神経糸。
振動信号。
肉製ユーピーエス。
パリティ肉芽。
骨片バックアップテープ。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。
赤い肉芽ボタン。
構成は、かなり研究所らしくなった。
まだ洞窟でもない。
秘密基地でもない。
圧力計もない。
真鍮もない。
透明な蓋もない。
だが、端末がある。
中継がある。
命令が流れる。
ならば、ネットワークである。
肉製ネットワークである。
名称は少し不快である。
だが、正確である。
*
問題は、命令が雑であることだった。
進め。
戻れ。
持て。
離せ。
殴れ。
止まれ。
立て。
登れ。
見ろ。
触るな。
泥を食うな。
赤を見るな。
命令が増えている。
増えれば増えるほど、間違う。
肉端末一号は、考えないように作ってある。
考えると食うからである。
したがって、命令を明確にしなければならない。
前世の悪の秘密結社でも、命令が曖昧だと失敗した。
「適当に暴れてこい」
この命令は駄目である。
何を壊すのか。
どこまで壊すのか。
いつ帰るのか。
変身ヒーローが来たらどうするのか。
一般人を人質にするのか、しないのか。
自爆するのか、しないのか。
そこを曖昧にするから、怪人は勝手に名乗り、勝手に高笑いし、勝手に負ける。
命令には規約が必要である。
通信には手順が必要である。
すなわち、プロトコルである。
*
プロトコル。
よい言葉である。
前世の研究所では、機械同士が話す時にも、人間同士が揉める時にも、なぜかこの言葉が出た。
手順。
規約。
約束。
先に名乗る。
相手を確認する。
命令を送る。
返事を受ける。
実行させる。
完了を確認する。
失敗ならやり直す。
暴走なら止める。
止まらなければ自爆する。
最後は、どのプロトコルにも必要である。
我輩は骨片に刻んだ。
――肉端末通信規約第一版。
よい。
たいへんよい。
第一版という響きもよい。
第一版は、だいたい不完全である。
だからこそ研究が進む。
*
まず、挨拶信号を定める。
端末が本体の命令を受ける前に、本体であることを確認する。
これを怠ると、振動や拍動や同型生命体の鳴き声を命令と誤認する可能性がある。
実際、第八冊の振動試験では、周囲の同型生命体も反応した。
つまり、環境にはノイズが多い。
毒電波。
泥音。
肉製ユーピーエスの拍動。
同型生命体の鳴き声。
骨を噛む音。
腐敗ガスの破裂音。
第三予備脳片の爆破提案。
最後は内部ノイズである。
いずれも命令に混じると困る。
そこで、命令前に必ず挨拶を行う。
短い振動。
長い振動。
短い振動。
これを、本体開始信号とする。
短。
長。
短。
肉端末一号が反応する。
頭部をこちらへ向ける。
よい。
次に、端末側から応答を返す。
肉端末一号の喉の奥に、音を出す小さな肉袋を付けた。
飲み込む機能はない。
鳴るだけである。
命令を受けると、低く鳴る。
「ぐ」
よい。
あまり賢そうではない。
だが、端末らしい。
*
試験する。
短。
長。
短。
肉端末一号が反応。
「ぐ」
成功。
命令。
進め。
肉端末一号が進む。
応答。
「ぐ」
完了。
よい。
次。
持て。
骨片を持つ。
「ぐ」
次。
戻れ。
戻る。
「ぐ」
よい。
通信らしい。
たいへん通信らしい。
ただし、音が気持ち悪い。
これは改善したい。
前世の装置なら、短い電子音がした。
ピ。
ピピ。
ピー。
非常によい。
今は肉袋である。
ぐ。
ぐぐ。
ぐう。
不満である。
しかし、機能はする。
機能を先にし、意匠は後で整える。
悪の博士には我慢も必要である。
*
次に、確認信号を定める。
命令が正しく伝わったかどうか。
肉端末一号は賢くない。
よって、命令内容を復唱することはできない。
だが、応答の種類は分けられる。
受信。
完了。
不能。
危険。
四種類あればよい。
受信。
「ぐ」
完了。
「ぐぐ」
不能。
「ぐう」
危険。
「ぐが」
最後は少し嫌な音である。
だが、危険らしくてよい。
試験する。
命令。
登れ。
壁へ向かう。
爪を立てる。
少し登る。
滑る。
「ぐう」
不能。
正しい。
爪を補助する。
再度。
登る。
黒骨一付近まで到達。
「ぐぐ」
完了。
よい。
確認信号は有用である。
前世の幹部にも付けたかった。
命令を受けたら「受信」。
できなければ「不能」。
勝手に解釈せず、できないと言え。
それだけで作戦成功率は上がったであろう。
*
だが、ここで問題が起きた。
周囲の同型生命体が、肉端末一号の「ぐ」に反応した。
一体が頭を上げた。
別の一体が鳴いた。
「ギ」
肉端末一号が、そちらを向いた。
いけない。
応答音が、周囲の鳴き声と干渉している。
同型生命体の鳴き声は、意味が薄い。
だが、群れの反応を起こす。
肉端末一号は胃を持たないが、素材由来の反射を持つ。
鳴き声に引かれる可能性がある。
これは通信ノイズである。
対策が必要である。
我輩は骨片に記録した。
――応答音、同型生命体群の鳴き声と干渉。
――端末側に鳴き声遮断が必要。
――または、応答音を非鳴声化。
非鳴声化。
よい言葉である。
音でなければよい。
では何か。
光。
ない。
色。
少ない。
赤はあるが、赤は危険である。
振動。
ある。
肉端末一号の応答を、足踏みにする。
一踏み。
受信。
二踏み。
完了。
三踏み。
不能。
連続踏み。
危険。
これなら鳴き声と干渉しにくい。
ただし、地面振動として周囲へ伝わる。
どちらにせよノイズはある。
研究とは妥協である。
*
足踏み応答を実装する。
肉端末一号の脚に小さな反射肉芽を追加。
命令を受けると、足を軽く打つ。
試験。
短。
長。
短。
肉端末一号、足を一回打つ。
受信。
命令。
進め。
進む。
足を二回打つ。
完了。
命令。
登れ。
登ろうとして滑る。
足を三回打つ。
不能。
よい。
危険信号も試す。
赤い肉芽ボタンの方向へ近づける。
肉端末一号の視覚器が赤を拾う。
連続足踏み。
危険。
よい。
非常によい。
赤を見たら危険。
端末が理解した。
いや、理解ではない。
反射である。
反射で十分である。
赤を見たら近づかない。
これで文明が一歩守られた。
*
次に、認証である。
認証。
たいへん重要である。
本体以外の振動で肉端末一号が動いては困る。
同型生命体の足音。
肉製ユーピーエスの拍動。
腐敗ガスの破裂。
第三予備脳片の過剰震え。
これらを命令と誤認すれば、端末は暴走する。
したがって、命令前には合図が必要である。
ただの短長短では足りない。
偶然起きる可能性がある。
もっと我輩らしい信号にする。
我輩らしいもの。
赤いボタン。
自爆スイッチ。
ジバーシャ。
この三つが浮かぶ。
ジバーシャを認証信号に使うのは、少し抵抗がある。
名前をあまり雑に扱いたくない。
しかし、我輩性確認において彼女の名は重要である。
完全な認証ではなく、最高権限の確認に使うべきである。
通常命令には別の信号を使う。
短。
長。
短。
長。
短。
これを通常認証とする。
赤いボタンの蓋を開ける時の心拍に似ている。
よい。
最高権限信号は、別にする。
まだ使わない。
だが、設計だけはしておく。
*
通常認証を肉端末一号へ刻む。
短。
長。
短。
長。
短。
肉端末一号が受信。
足を一回。
命令待機。
別の振動を送る。
短。
短。
長。
肉端末一号、反応なし。
よい。
同型生命体が歩く。
反応なし。
肉製ユーピーエスが拍動する。
反応なし。
第三予備脳片が震える。
肉端末一号が少し赤いボタン方向を見た。
いけない。
内部信号が中継肉芽経由で漏れている。
第三予備脳片は本当に油断ならない。
パリティ肉芽が赤点を出した。
要同期。
我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。
静かになった。
中継肉芽に遮断膜を追加する。
第三予備脳片由来の爆破信号は、直接肉端末へ流してはならない。
これは重要である。
爆破思想を端末へ開放すると、端末が余計なことをする。
爆破判断は本体脳に集約するべきである。
*
我輩は通信権限を定義した。
権限。
良い言葉である。
前世の研究所でも重要であった。
誰が装置を起動できるか。
誰が安全弁を開けるか。
誰が自爆シーケンスに入れるか。
誰が透明な蓋を開けるか。
ここが曖昧だと、戦闘員が掃除中に押す。
幹部が興味本位で押す。
首領が演説の勢いで押す。
危険である。
現在の権限は三段階とする。
第一権限。
通常作業。
進め、戻れ、持て、離せ、殴れ。
第二権限。
保守作業。
黒骨筒点検、肉製ユーピーエス確認、中継肉芽接続確認。
第三権限。
安全停止関連。
赤い肉芽ボタン周辺、隔離弁、切断肉芽、自爆スイッチ。
第三権限は本体脳のみ。
肉端末は受信しても実行不可。
これを深く刻む。
――赤いボタンを押す権限は、本体脳にのみ属する。
よい。
憲法にしてもよい。
*
肉端末一号に権限制御を入れる。
第一権限命令は実行。
第二権限命令は、本体認証後のみ実行。
第三権限命令は、危険信号を返して伏せる。
試験。
通常認証。
命令。
殴れ。
実行。
同型生命体が転ぶ。
泥を食う。
成功。
第二権限。
黒骨一を見ろ。
認証あり。
実行。
壁を登る。
確認。
完了。
成功。
第三権限。
赤い肉芽ボタンへ近づけ。
肉端末一号、連続足踏み。
伏せる。
実行拒否。
よい。
非常によい。
肉端末一号は、初めて命令を拒否した。
拒否できる端末。
これは進歩である。
ただし、拒否してよい命令は限定する。
端末が何でも拒否し始めると、前世の研究助手になる。
それは困る。
*
次に、ログである。
ログ。
記録。
通信履歴。
命令履歴。
失敗履歴。
殴打回数。
泥食い阻止回数。
赤いボタン接近拒否回数。
これらを残す。
なぜなら、問題が起きた時、何が起きたか分からなければ修正できないからである。
前世の悪の秘密結社では、よく言われた。
「博士、突然爆発しました」
突然ではない。
何かがあったのだ。
温度上昇。
圧力異常。
毒液逆流。
戦闘員の誤操作。
幹部の余計な一言。
首領の演説振動。
変身ヒーローの蹴り。
原因はある。
原因を見るにはログがいる。
我輩は肉端末一号の背部に、小さな記録肉芽を付けた。
短期記録用である。
命令を数える。
成功を数える。
失敗を数える。
危険拒否を数える。
記録容量は少ない。
だが、端末側ログとしては十分である。
定期的に本体へ吸い上げる。
吸い上げる。
良い表現ではない。
だが肉なので、実際に吸う。
*
ログ吸い上げ試験。
肉端末一号を中継肉芽へ接続。
記録肉芽から本体側へ信号を流す。
本日の命令回数。
二十七。
成功。
十九。
不能。
五。
危険拒否。
二。
不明。
一。
不明がある。
問題である。
何の命令か。
肉端末一号の記録肉芽は、ぼんやりした振動を返す。
同型生命体の鳴き声と、第三予備脳片の爆破震えが混じったものらしい。
ノイズである。
ログにもノイズが混じる。
対策が必要である。
ログ記録時にも認証番号を付ける。
命令ごとに簡単な番号を振る。
進め、一。
戻れ、二。
持て、三。
離せ、四。
殴れ、五。
止まれ、六。
危険拒否、赤印。
これで分類しやすくなる。
番号は文明である。
番号のない記録は、泥に近い。
*
記録肉芽を改修する。
命令番号。
結果番号。
時刻相当の拍動数。
これを残す。
時刻といっても時計はない。
肉製ユーピーエスの拍動数で代用する。
どくん。
一。
どくん。
二。
どくん。
三。
拍動は完全ではない。
だが、何もないよりましである。
前世の研究所にも高精度時計はあった。
ここにはない。
ならば心臓を時計にする。
肉製ユーピーエスは無停電電源装置であり、拍動時計でもある。
用途が増えた。
よい。
ただし、用途が増えすぎると故障時の影響も増える。
いずれ専用時計肉芽が必要である。
また装置が増える。
保守が増える。
助手が欲しい。
肉端末を増やす必要がある。
増やすには通信規約が必要である。
つまり、今の研究は正しい。
*
肉端末二号の構想が浮かぶ。
一号は汎用端末である。
歩く。
持つ。
殴る。
点検する。
二号は、記録回収専用にしてもよい。
小さく。
壁を登りやすく。
口なし。
胃なし。
泥食い衝動なし。
目を少し良くする。
ただし、殴打力は低い。
その代わり、逃げ足を速くする。
役割分担である。
三号は防衛専用。
殴打力を強くする。
口なし。
胃なし。
判断なし。
赤いボタンから遠ざける。
四号は保守専用。
肉製ユーピーエスの粘液槽を見張る。
第三予備脳片に近づけない。
端末が増える。
ネットワークが増える。
認証が増える。
ログが増える。
よい。
研究場は、基地へ近づく。
*
しかし、端末を増やす前に、通信規約を安定させる必要がある。
肉端末一号だけで混線している。
複数にしたら、さらに混線する。
一号への命令を二号が受ける。
二号への命令を三号が受ける。
防衛端末が記録を取りに行く。
記録端末が同型生命体を殴りに行く。
保守端末が赤いボタンへ近づく。
危険である。
したがって、端末識別番号が必要である。
肉端末一号。
識別、一。
今後の端末には、二、三、四。
命令前に、識別番号を振動で送る。
一。
短。
二。
短短。
三。
短短短。
単純である。
ただし、数が増えると面倒である。
十体になったら十回叩くのか。
非効率である。
将来的には別方式が必要である。
今は一体である。
一回でよい。
問題なし。
*
端末識別試験。
通常認証。
識別、一。
命令、進め。
肉端末一号、進む。
識別、二。
命令、進め。
肉端末一号、反応なし。
よい。
存在しない二号には反応しない。
識別なし。
命令、殴れ。
肉端末一号、反応なし。
よい。
識別なし命令を拒否する。
ただし、緊急時には全端末停止命令が必要である。
すべて止まれ。
全停止。
これは識別なしで通すべきか。
危険である。
だが、必要である。
全停止信号を特別に定義する。
長。
長。
長。
全停止。
試験。
肉端末一号、伏せる。
よい。
同型生命体も少し止まった。
副作用あり。
しかし、緊急時には許容する。
*
次に、隔離である。
肉端末が毒電波に汚染された場合。
同型生命体の鳴き声に引きずられた場合。
小型女のような高次執着性祝福残滓が再発した場合。
第三予備脳片の爆破信号が漏れた場合。
端末を切り離す必要がある。
中継肉芽に隔離弁はある。
だが、手動である。
自動隔離を追加する。
条件。
一、認証なし命令に三回反応した場合。
二、赤いボタン方向へ自発的に移動した場合。
三、泥摂取動作を五回以上繰り返した場合。
四、毒電波鳴きに同期して鳴いた場合。
五、我輩の命令なしに殴打を開始した場合。
この場合、中継肉芽が神経糸を切る。
切断時に小さく爆ぜる。
よい。
自動隔離小爆発。
ネットワーク安全には必須である。
第三予備脳片が震えた。
強く同意している。
今回は正しい。
*
自動隔離試験は慎重に行う。
肉端末一号を赤い肉芽ボタン方向へ少し向ける。
肉端末一号、危険足踏み。
伏せる。
自発移動なし。
隔離作動せず。
よい。
次に、泥を近づける。
口が少し動く。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
中継肉芽が膨らむ。
ぷち。
神経糸が切れる。
肉端末一号、停止。
小さな臭いが出る。
隔離成功。
ただし、五回まで待つのは多いかもしれない。
泥食い衝動は早めに止めるべきである。
三回に変更する。
次に、同型生命体の鳴き声を近づける。
「ギ」
肉端末一号、反応薄い。
「ギギ」
少し頭を向ける。
「ギャ」
口が動く。
中継肉芽、赤点。
要監視。
鳴き返しなし。
隔離作動せず。
許容範囲。
今のところ安全である。
*
切断後の復帰手順も必要である。
隔離した端末を、そのまま捨てるのは非効率である。
使えるなら戻す。
戻せないなら部品化する。
部品化できないなら爆破する。
順番がある。
復帰手順。
一、隔離状態確認。
二、泥摂取動作停止確認。
三、赤いボタンへの自発移動なし確認。
四、鳴き声同期なし確認。
五、認証再送。
六、足踏み応答確認。
七、神経糸再接続。
八、ログ吸い上げ。
九、異常原因記録。
十、再発なら部品化。
十一、部品化不能なら爆破。
よい。
実用的である。
第三予備脳片が、十一だけに強く反応した。
我輩は叩いた。
順番を守れ。
*
肉端末一号を復帰させる。
泥摂取動作、停止。
赤いボタン方向、自発移動なし。
鳴き声同期、軽微。
通常認証。
短。
長。
短。
長。
短。
肉端末一号、足を一回。
受信。
神経糸再接続。
成功。
ログ吸い上げ。
隔離原因。
泥接近動作三回。
結果。
自動隔離。
復帰。
よい。
ログがあると原因が分かる。
原因が分かると改善できる。
改善できると、爆破せずに済む。
爆破せずに済むことは、時に良い。
時に、である。
*
ここまでで、肉端末通信規約第一版は形になった。
認証。
識別。
命令。
応答。
権限。
ログ。
隔離。
復帰。
全停止。
かなりのものだ。
前世の悪の秘密結社にも導入すべきだった。
もっとも、導入しても幹部が破ったであろう。
「緊急だから認証を省いた」
「急いでいたからログは取らなかった」
「私の権限で赤いボタンを押せると思った」
駄目である。
だから爆発する。
いや、爆発はよい。
だが、意図しない爆発はよくない。
意図した爆発こそが美しい。
通信規約は、美しい爆発のためにも必要である。
*
第九冊時点での成果を整理する。
一、肉端末運用には通信規約が必要と判明。
二、肉端末通信規約第一版を策定。
三、通常認証信号を定義。
四、応答信号を鳴声式から足踏み式へ変更。
五、受信、完了、不能、危険の四応答を実装。
六、通常作業、保守作業、安全停止関連の三権限を定義。
七、赤いボタンを押す権限は本体脳にのみ属すると定義。
八、端末側ログ記録肉芽を追加。
九、命令番号、結果番号、拍動数による簡易ログを実装。
十、端末識別番号を導入。
十一、全停止信号を定義。
十二、自動隔離条件を定義。
十三、中継肉芽による自動隔離小爆発を実装。
十四、隔離後復帰手順を策定。
十五、第三予備脳片由来の爆破信号は端末へ直接流してはならない。
十六、意図しない爆発はよくない。
十七、意図した爆発は美しい。
十七は深く刻む。
重要である。
*
夜。
焦げ跡研究場は、以前より秩序を持っていた。
肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。
その拍動は、簡易時計でもある。
予備脳片が震える。
パリティ肉芽は正常。
中継肉芽は静かに信号を通す。
肉端末一号は、焦げ跡の端に立っている。
識別、一。
胃なし。
泥食い不能。
泥接近動作、要改善。
赤いボタン接近、拒否可能。
殴打、可能。
ログ、取得可能。
隔離、可能。
復帰、可能。
良い端末である。
まだ助手ではない。
だが、端末である。
端末は、端末でよい。
*
周囲では、同型生命体が鳴いている。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
一体が焦げ跡へ近づいた。
我輩は通常認証を送る。
短。
長。
短。
長。
短。
肉端末一号、足を一回。
受信。
識別、一。
命令、殴れ。
肉端末一号は殴打用骨片を振った。
同型生命体が転ぶ。
泥を食う。
肉端末一号、足を二回。
完了。
ログ記録。
拍動数、三百七十二。
命令番号、五。
結果、完了。
すばらしい。
我輩は直接殴らなかった。
だが、命令は通った。
結果は返った。
記録も残った。
これは文明である。
かなり臭い文明である。
*
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――命令は、流す前に名乗らせよ。
少し考え、もう一行加えた。
――赤いボタンは、認証しても端末に押させるな。
完璧である。
第三予備脳片が少し震えた。
不満ではない。
たぶん、同意である。
パリティ肉芽は正常を示した。
肉端末一号は立っている。
中継肉芽は静かである。
肉製ユーピーエスは拍動する。
記録は残る。
命令は通る。
泥は食われる。
研究は進む。
以上。
研究ノート第九冊、終了。




