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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート  作者: 黒瀬 量衡


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9/12

第九話 ニューロマンサーならぬニューロ肉芽マンサー

 端末は、作れば終わりではない。


 これは重要である。


 肉端末一号は動いた。


 歩いた。


 持った。


 殴った。


 転んだ。


 泥は食わなかった。


 たいへん優秀である。


 少なくとも、周囲の同型生命体よりは優秀である。


 前世の一部戦闘員よりも優秀かもしれない。


 だが、端末は動くだけでは足りない。


 命令を正しく受ける必要がある。


 命令を間違えない必要がある。


 命令を奪われない必要がある。


 命令を受けていない時に、勝手に赤いボタンへ近づかない必要がある。


 最後が、もっとも重要である。


     *


 第八冊において、我輩は肉端末一号を作成した。


 本体脳。


 肉端末一号。


 簡易中継肉芽。


 神経糸。


 振動信号。


 肉製ユーピーエス。


 パリティ肉芽。


 骨片バックアップテープ。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。


 赤い肉芽ボタン。


 構成は、かなり研究所らしくなった。


 まだ洞窟でもない。


 秘密基地でもない。


 圧力計もない。


 真鍮もない。


 透明な蓋もない。


 だが、端末がある。


 中継がある。


 命令が流れる。


 ならば、ネットワークである。


 肉製ネットワークである。


 名称は少し不快である。


 だが、正確である。


     *


 問題は、命令が雑であることだった。


 進め。


 戻れ。


 持て。


 離せ。


 殴れ。


 止まれ。


 立て。


 登れ。


 見ろ。


 触るな。


 泥を食うな。


 赤を見るな。


 命令が増えている。


 増えれば増えるほど、間違う。


 肉端末一号は、考えないように作ってある。


 考えると食うからである。


 したがって、命令を明確にしなければならない。


 前世の悪の秘密結社でも、命令が曖昧だと失敗した。


「適当に暴れてこい」


 この命令は駄目である。


 何を壊すのか。


 どこまで壊すのか。


 いつ帰るのか。


 変身ヒーローが来たらどうするのか。


 一般人を人質にするのか、しないのか。


 自爆するのか、しないのか。


 そこを曖昧にするから、怪人は勝手に名乗り、勝手に高笑いし、勝手に負ける。


 命令には規約が必要である。


 通信には手順が必要である。


 すなわち、プロトコルである。


     *


 プロトコル。


 よい言葉である。


 前世の研究所では、機械同士が話す時にも、人間同士が揉める時にも、なぜかこの言葉が出た。


 手順。


 規約。


 約束。


 先に名乗る。


 相手を確認する。


 命令を送る。


 返事を受ける。


 実行させる。


 完了を確認する。


 失敗ならやり直す。


 暴走なら止める。


 止まらなければ自爆する。


 最後は、どのプロトコルにも必要である。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――肉端末通信規約第一版。


 よい。


 たいへんよい。


 第一版という響きもよい。


 第一版は、だいたい不完全である。


 だからこそ研究が進む。


     *


 まず、挨拶信号を定める。


 端末が本体の命令を受ける前に、本体であることを確認する。


 これを怠ると、振動や拍動や同型生命体の鳴き声を命令と誤認する可能性がある。


 実際、第八冊の振動試験では、周囲の同型生命体も反応した。


 つまり、環境にはノイズが多い。


 毒電波。


 泥音。


 肉製ユーピーエスの拍動。


 同型生命体の鳴き声。


 骨を噛む音。


 腐敗ガスの破裂音。


 第三予備脳片の爆破提案。


 最後は内部ノイズである。


 いずれも命令に混じると困る。


 そこで、命令前に必ず挨拶を行う。


 短い振動。


 長い振動。


 短い振動。


 これを、本体開始信号とする。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号が反応する。


 頭部をこちらへ向ける。


 よい。


 次に、端末側から応答を返す。


 肉端末一号の喉の奥に、音を出す小さな肉袋を付けた。


 飲み込む機能はない。


 鳴るだけである。


 命令を受けると、低く鳴る。


「ぐ」


 よい。


 あまり賢そうではない。


 だが、端末らしい。


     *


 試験する。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号が反応。


「ぐ」


 成功。


 命令。


 進め。


 肉端末一号が進む。


 応答。


「ぐ」


 完了。


 よい。


 次。


 持て。


 骨片を持つ。


「ぐ」


 次。


 戻れ。


 戻る。


「ぐ」


 よい。


 通信らしい。


 たいへん通信らしい。


 ただし、音が気持ち悪い。


 これは改善したい。


 前世の装置なら、短い電子音がした。


 ピ。


 ピピ。


 ピー。


 非常によい。


 今は肉袋である。


 ぐ。


 ぐぐ。


 ぐう。


 不満である。


 しかし、機能はする。


 機能を先にし、意匠は後で整える。


 悪の博士には我慢も必要である。


     *


 次に、確認信号を定める。


 命令が正しく伝わったかどうか。


 肉端末一号は賢くない。


 よって、命令内容を復唱することはできない。


 だが、応答の種類は分けられる。


 受信。


 完了。


 不能。


 危険。


 四種類あればよい。


 受信。


「ぐ」


 完了。


「ぐぐ」


 不能。


「ぐう」


 危険。


「ぐが」


 最後は少し嫌な音である。


 だが、危険らしくてよい。


 試験する。


 命令。


 登れ。


 壁へ向かう。


 爪を立てる。


 少し登る。


 滑る。


「ぐう」


 不能。


 正しい。


 爪を補助する。


 再度。


 登る。


 黒骨一付近まで到達。


「ぐぐ」


 完了。


 よい。


 確認信号は有用である。


 前世の幹部にも付けたかった。


 命令を受けたら「受信」。


 できなければ「不能」。


 勝手に解釈せず、できないと言え。


 それだけで作戦成功率は上がったであろう。


     *


 だが、ここで問題が起きた。


 周囲の同型生命体が、肉端末一号の「ぐ」に反応した。


 一体が頭を上げた。


 別の一体が鳴いた。


「ギ」


 肉端末一号が、そちらを向いた。


 いけない。


 応答音が、周囲の鳴き声と干渉している。


 同型生命体の鳴き声は、意味が薄い。


 だが、群れの反応を起こす。


 肉端末一号は胃を持たないが、素材由来の反射を持つ。


 鳴き声に引かれる可能性がある。


 これは通信ノイズである。


 対策が必要である。


 我輩は骨片に記録した。


 ――応答音、同型生命体群の鳴き声と干渉。


 ――端末側に鳴き声遮断が必要。


 ――または、応答音を非鳴声化。


 非鳴声化。


 よい言葉である。


 音でなければよい。


 では何か。


 光。


 ない。


 色。


 少ない。


 赤はあるが、赤は危険である。


 振動。


 ある。


 肉端末一号の応答を、足踏みにする。


 一踏み。


 受信。


 二踏み。


 完了。


 三踏み。


 不能。


 連続踏み。


 危険。


 これなら鳴き声と干渉しにくい。


 ただし、地面振動として周囲へ伝わる。


 どちらにせよノイズはある。


 研究とは妥協である。


     *


 足踏み応答を実装する。


 肉端末一号の脚に小さな反射肉芽を追加。


 命令を受けると、足を軽く打つ。


 試験。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号、足を一回打つ。


 受信。


 命令。


 進め。


 進む。


 足を二回打つ。


 完了。


 命令。


 登れ。


 登ろうとして滑る。


 足を三回打つ。


 不能。


 よい。


 危険信号も試す。


 赤い肉芽ボタンの方向へ近づける。


 肉端末一号の視覚器が赤を拾う。


 連続足踏み。


 危険。


 よい。


 非常によい。


 赤を見たら危険。


 端末が理解した。


 いや、理解ではない。


 反射である。


 反射で十分である。


 赤を見たら近づかない。


 これで文明が一歩守られた。


     *


 次に、認証である。


 認証。


 たいへん重要である。


 本体以外の振動で肉端末一号が動いては困る。


 同型生命体の足音。


 肉製ユーピーエスの拍動。


 腐敗ガスの破裂。


 第三予備脳片の過剰震え。


 これらを命令と誤認すれば、端末は暴走する。


 したがって、命令前には合図が必要である。


 ただの短長短では足りない。


 偶然起きる可能性がある。


 もっと我輩らしい信号にする。


 我輩らしいもの。


 赤いボタン。


 自爆スイッチ。


 ジバーシャ。


 この三つが浮かぶ。


 ジバーシャを認証信号に使うのは、少し抵抗がある。


 名前をあまり雑に扱いたくない。


 しかし、我輩性確認において彼女の名は重要である。


 完全な認証ではなく、最高権限の確認に使うべきである。


 通常命令には別の信号を使う。


 短。


 長。


 短。


 長。


 短。


 これを通常認証とする。


 赤いボタンの蓋を開ける時の心拍に似ている。


 よい。


 最高権限信号は、別にする。


 まだ使わない。


 だが、設計だけはしておく。


     *


 通常認証を肉端末一号へ刻む。


 短。


 長。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号が受信。


 足を一回。


 命令待機。


 別の振動を送る。


 短。


 短。


 長。


 肉端末一号、反応なし。


 よい。


 同型生命体が歩く。


 反応なし。


 肉製ユーピーエスが拍動する。


 反応なし。


 第三予備脳片が震える。


 肉端末一号が少し赤いボタン方向を見た。


 いけない。


 内部信号が中継肉芽経由で漏れている。


 第三予備脳片は本当に油断ならない。


 パリティ肉芽が赤点を出した。


 要同期。


 我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。


 静かになった。


 中継肉芽に遮断膜を追加する。


 第三予備脳片由来の爆破信号は、直接肉端末へ流してはならない。


 これは重要である。


 爆破思想を端末へ開放すると、端末が余計なことをする。


 爆破判断は本体脳に集約するべきである。


     *


 我輩は通信権限を定義した。


 権限。


 良い言葉である。


 前世の研究所でも重要であった。


 誰が装置を起動できるか。


 誰が安全弁を開けるか。


 誰が自爆シーケンスに入れるか。


 誰が透明な蓋を開けるか。


 ここが曖昧だと、戦闘員が掃除中に押す。


 幹部が興味本位で押す。


 首領が演説の勢いで押す。


 危険である。


 現在の権限は三段階とする。


 第一権限。


 通常作業。


 進め、戻れ、持て、離せ、殴れ。


 第二権限。


 保守作業。


 黒骨筒点検、肉製ユーピーエス確認、中継肉芽接続確認。


 第三権限。


 安全停止関連。


 赤い肉芽ボタン周辺、隔離弁、切断肉芽、自爆スイッチ。


 第三権限は本体脳のみ。


 肉端末は受信しても実行不可。


 これを深く刻む。


 ――赤いボタンを押す権限は、本体脳にのみ属する。


 よい。


 憲法にしてもよい。


     *


 肉端末一号に権限制御を入れる。


 第一権限命令は実行。


 第二権限命令は、本体認証後のみ実行。


 第三権限命令は、危険信号を返して伏せる。


 試験。


 通常認証。


 命令。


 殴れ。


 実行。


 同型生命体が転ぶ。


 泥を食う。


 成功。


 第二権限。


 黒骨一を見ろ。


 認証あり。


 実行。


 壁を登る。


 確認。


 完了。


 成功。


 第三権限。


 赤い肉芽ボタンへ近づけ。


 肉端末一号、連続足踏み。


 伏せる。


 実行拒否。


 よい。


 非常によい。


 肉端末一号は、初めて命令を拒否した。


 拒否できる端末。


 これは進歩である。


 ただし、拒否してよい命令は限定する。


 端末が何でも拒否し始めると、前世の研究助手になる。


 それは困る。


     *


 次に、ログである。


 ログ。


 記録。


 通信履歴。


 命令履歴。


 失敗履歴。


 殴打回数。


 泥食い阻止回数。


 赤いボタン接近拒否回数。


 これらを残す。


 なぜなら、問題が起きた時、何が起きたか分からなければ修正できないからである。


 前世の悪の秘密結社では、よく言われた。


「博士、突然爆発しました」


 突然ではない。


 何かがあったのだ。


 温度上昇。


 圧力異常。


 毒液逆流。


 戦闘員の誤操作。


 幹部の余計な一言。


 首領の演説振動。


 変身ヒーローの蹴り。


 原因はある。


 原因を見るにはログがいる。


 我輩は肉端末一号の背部に、小さな記録肉芽を付けた。


 短期記録用である。


 命令を数える。


 成功を数える。


 失敗を数える。


 危険拒否を数える。


 記録容量は少ない。


 だが、端末側ログとしては十分である。


 定期的に本体へ吸い上げる。


 吸い上げる。


 良い表現ではない。


 だが肉なので、実際に吸う。


     *


 ログ吸い上げ試験。


 肉端末一号を中継肉芽へ接続。


 記録肉芽から本体側へ信号を流す。


 本日の命令回数。


 二十七。


 成功。


 十九。


 不能。


 五。


 危険拒否。


 二。


 不明。


 一。


 不明がある。


 問題である。


 何の命令か。


 肉端末一号の記録肉芽は、ぼんやりした振動を返す。


 同型生命体の鳴き声と、第三予備脳片の爆破震えが混じったものらしい。


 ノイズである。


 ログにもノイズが混じる。


 対策が必要である。


 ログ記録時にも認証番号を付ける。


 命令ごとに簡単な番号を振る。


 進め、一。


 戻れ、二。


 持て、三。


 離せ、四。


 殴れ、五。


 止まれ、六。


 危険拒否、赤印。


 これで分類しやすくなる。


 番号は文明である。


 番号のない記録は、泥に近い。


     *


 記録肉芽を改修する。


 命令番号。


 結果番号。


 時刻相当の拍動数。


 これを残す。


 時刻といっても時計はない。


 肉製ユーピーエスの拍動数で代用する。


 どくん。


 一。


 どくん。


 二。


 どくん。


 三。


 拍動は完全ではない。


 だが、何もないよりましである。


 前世の研究所にも高精度時計はあった。


 ここにはない。


 ならば心臓を時計にする。


 肉製ユーピーエスは無停電電源装置であり、拍動時計でもある。


 用途が増えた。


 よい。


 ただし、用途が増えすぎると故障時の影響も増える。


 いずれ専用時計肉芽が必要である。


 また装置が増える。


 保守が増える。


 助手が欲しい。


 肉端末を増やす必要がある。


 増やすには通信規約が必要である。


 つまり、今の研究は正しい。


     *


 肉端末二号の構想が浮かぶ。


 一号は汎用端末である。


 歩く。


 持つ。


 殴る。


 点検する。


 二号は、記録回収専用にしてもよい。


 小さく。


 壁を登りやすく。


 口なし。


 胃なし。


 泥食い衝動なし。


 目を少し良くする。


 ただし、殴打力は低い。


 その代わり、逃げ足を速くする。


 役割分担である。


 三号は防衛専用。


 殴打力を強くする。


 口なし。


 胃なし。


 判断なし。


 赤いボタンから遠ざける。


 四号は保守専用。


 肉製ユーピーエスの粘液槽を見張る。


 第三予備脳片に近づけない。


 端末が増える。


 ネットワークが増える。


 認証が増える。


 ログが増える。


 よい。


 研究場は、基地へ近づく。


     *


 しかし、端末を増やす前に、通信規約を安定させる必要がある。


 肉端末一号だけで混線している。


 複数にしたら、さらに混線する。


 一号への命令を二号が受ける。


 二号への命令を三号が受ける。


 防衛端末が記録を取りに行く。


 記録端末が同型生命体を殴りに行く。


 保守端末が赤いボタンへ近づく。


 危険である。


 したがって、端末識別番号が必要である。


 肉端末一号。


 識別、一。


 今後の端末には、二、三、四。


 命令前に、識別番号を振動で送る。


 一。


 短。


 二。


 短短。


 三。


 短短短。


 単純である。


 ただし、数が増えると面倒である。


 十体になったら十回叩くのか。


 非効率である。


 将来的には別方式が必要である。


 今は一体である。


 一回でよい。


 問題なし。


     *


 端末識別試験。


 通常認証。


 識別、一。


 命令、進め。


 肉端末一号、進む。


 識別、二。


 命令、進め。


 肉端末一号、反応なし。


 よい。


 存在しない二号には反応しない。


 識別なし。


 命令、殴れ。


 肉端末一号、反応なし。


 よい。


 識別なし命令を拒否する。


 ただし、緊急時には全端末停止命令が必要である。


 すべて止まれ。


 全停止。


 これは識別なしで通すべきか。


 危険である。


 だが、必要である。


 全停止信号を特別に定義する。


 長。


 長。


 長。


 全停止。


 試験。


 肉端末一号、伏せる。


 よい。


 同型生命体も少し止まった。


 副作用あり。


 しかし、緊急時には許容する。


     *


 次に、隔離である。


 肉端末が毒電波に汚染された場合。


 同型生命体の鳴き声に引きずられた場合。


 小型女のような高次執着性祝福残滓が再発した場合。


 第三予備脳片の爆破信号が漏れた場合。


 端末を切り離す必要がある。


 中継肉芽に隔離弁はある。


 だが、手動である。


 自動隔離を追加する。


 条件。


 一、認証なし命令に三回反応した場合。


 二、赤いボタン方向へ自発的に移動した場合。


 三、泥摂取動作を五回以上繰り返した場合。


 四、毒電波鳴きに同期して鳴いた場合。


 五、我輩の命令なしに殴打を開始した場合。


 この場合、中継肉芽が神経糸を切る。


 切断時に小さく爆ぜる。


 よい。


 自動隔離小爆発。


 ネットワーク安全には必須である。


 第三予備脳片が震えた。


 強く同意している。


 今回は正しい。


     *


 自動隔離試験は慎重に行う。


 肉端末一号を赤い肉芽ボタン方向へ少し向ける。


 肉端末一号、危険足踏み。


 伏せる。


 自発移動なし。


 隔離作動せず。


 よい。


 次に、泥を近づける。


 口が少し動く。


 一回。


 二回。


 三回。


 四回。


 五回。


 中継肉芽が膨らむ。


 ぷち。


 神経糸が切れる。


 肉端末一号、停止。


 小さな臭いが出る。


 隔離成功。


 ただし、五回まで待つのは多いかもしれない。


 泥食い衝動は早めに止めるべきである。


 三回に変更する。


 次に、同型生命体の鳴き声を近づける。


「ギ」


 肉端末一号、反応薄い。


「ギギ」


 少し頭を向ける。


「ギャ」


 口が動く。


 中継肉芽、赤点。


 要監視。


 鳴き返しなし。


 隔離作動せず。


 許容範囲。


 今のところ安全である。


     *


 切断後の復帰手順も必要である。


 隔離した端末を、そのまま捨てるのは非効率である。


 使えるなら戻す。


 戻せないなら部品化する。


 部品化できないなら爆破する。


 順番がある。


 復帰手順。


 一、隔離状態確認。


 二、泥摂取動作停止確認。


 三、赤いボタンへの自発移動なし確認。


 四、鳴き声同期なし確認。


 五、認証再送。


 六、足踏み応答確認。


 七、神経糸再接続。


 八、ログ吸い上げ。


 九、異常原因記録。


 十、再発なら部品化。


 十一、部品化不能なら爆破。


 よい。


 実用的である。


 第三予備脳片が、十一だけに強く反応した。


 我輩は叩いた。


 順番を守れ。


     *


 肉端末一号を復帰させる。


 泥摂取動作、停止。


 赤いボタン方向、自発移動なし。


 鳴き声同期、軽微。


 通常認証。


 短。


 長。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号、足を一回。


 受信。


 神経糸再接続。


 成功。


 ログ吸い上げ。


 隔離原因。


 泥接近動作三回。


 結果。


 自動隔離。


 復帰。


 よい。


 ログがあると原因が分かる。


 原因が分かると改善できる。


 改善できると、爆破せずに済む。


 爆破せずに済むことは、時に良い。


 時に、である。


     *


 ここまでで、肉端末通信規約第一版は形になった。


 認証。


 識別。


 命令。


 応答。


 権限。


 ログ。


 隔離。


 復帰。


 全停止。


 かなりのものだ。


 前世の悪の秘密結社にも導入すべきだった。


 もっとも、導入しても幹部が破ったであろう。


「緊急だから認証を省いた」


「急いでいたからログは取らなかった」


「私の権限で赤いボタンを押せると思った」


 駄目である。


 だから爆発する。


 いや、爆発はよい。


 だが、意図しない爆発はよくない。


 意図した爆発こそが美しい。


 通信規約は、美しい爆発のためにも必要である。


     *


 第九冊時点での成果を整理する。


 一、肉端末運用には通信規約が必要と判明。


 二、肉端末通信規約第一版を策定。


 三、通常認証信号を定義。


 四、応答信号を鳴声式から足踏み式へ変更。


 五、受信、完了、不能、危険の四応答を実装。


 六、通常作業、保守作業、安全停止関連の三権限を定義。


 七、赤いボタンを押す権限は本体脳にのみ属すると定義。


 八、端末側ログ記録肉芽を追加。


 九、命令番号、結果番号、拍動数による簡易ログを実装。


 十、端末識別番号を導入。


 十一、全停止信号を定義。


 十二、自動隔離条件を定義。


 十三、中継肉芽による自動隔離小爆発を実装。


 十四、隔離後復帰手順を策定。


 十五、第三予備脳片由来の爆破信号は端末へ直接流してはならない。


 十六、意図しない爆発はよくない。


 十七、意図した爆発は美しい。


 十七は深く刻む。


 重要である。


     *


 夜。


 焦げ跡研究場は、以前より秩序を持っていた。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 その拍動は、簡易時計でもある。


 予備脳片が震える。


 パリティ肉芽は正常。


 中継肉芽は静かに信号を通す。


 肉端末一号は、焦げ跡の端に立っている。


 識別、一。


 胃なし。


 泥食い不能。


 泥接近動作、要改善。


 赤いボタン接近、拒否可能。


 殴打、可能。


 ログ、取得可能。


 隔離、可能。


 復帰、可能。


 良い端末である。


 まだ助手ではない。


 だが、端末である。


 端末は、端末でよい。


     *


 周囲では、同型生命体が鳴いている。


「ギ」


「ギギ」


「ギャ」


 一体が焦げ跡へ近づいた。


 我輩は通常認証を送る。


 短。


 長。


 短。


 長。


 短。


 肉端末一号、足を一回。


 受信。


 識別、一。


 命令、殴れ。


 肉端末一号は殴打用骨片を振った。


 同型生命体が転ぶ。


 泥を食う。


 肉端末一号、足を二回。


 完了。


 ログ記録。


 拍動数、三百七十二。


 命令番号、五。


 結果、完了。


 すばらしい。


 我輩は直接殴らなかった。


 だが、命令は通った。


 結果は返った。


 記録も残った。


 これは文明である。


 かなり臭い文明である。


     *


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――命令は、流す前に名乗らせよ。


 少し考え、もう一行加えた。


 ――赤いボタンは、認証しても端末に押させるな。


 完璧である。


 第三予備脳片が少し震えた。


 不満ではない。


 たぶん、同意である。


 パリティ肉芽は正常を示した。


 肉端末一号は立っている。


 中継肉芽は静かである。


 肉製ユーピーエスは拍動する。


 記録は残る。


 命令は通る。


 泥は食われる。


 研究は進む。


 以上。


 研究ノート第九冊、終了。

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