第十話 肉を継ぐもの、または端末二号と三号の実装
端末は、一体では足りない。
これは当然である。
一体の端末は便利である。
持つ。
運ぶ。
殴る。
戻る。
足踏みで完了を返す。
泥を食わない。
実に優秀である。
だが、一体では一つの作業しかできない。
黒骨筒を点検している間、肉製ユーピーエスは見張れない。
肉製ユーピーエスを見張っている間、同型生命体は殴れない。
同型生命体を殴っている間、骨片記録は運べない。
つまり、端末一体運用は便利であるが、忙しい。
忙しい端末は、やがて壊れる。
忙しい博士も、やがて怒る。
そして、怒った博士は赤いボタンを見る。
危険である。
*
第九冊において、我輩は肉端末通信規約第一版を策定した。
認証。
識別。
命令。
応答。
権限。
ログ。
隔離。
復帰。
全停止。
たいへん美しい。
まだ肉である。
まだ臭い。
まだ足踏み応答である。
だが、規約はある。
規約があるなら、端末は増やせる。
増やせるなら、増やすべきである。
ただし、同型生命体のように増やしてはならない。
あれは数ではない。
泥食いの密度である。
我輩が必要とするのは、役割を持った端末群である。
役割。
識別。
権限。
ログ。
隔離。
それらを持つ肉である。
この時点で、肉はただの肉ではなくなる。
端末である。
文明である。
*
まず、肉端末二号を作る。
二号の目的は、記録点検である。
黒骨筒の確認。
骨片記録の運搬。
焦げ跡研究場の整理。
壁の割れ目への登攀。
同型生命体の接近報告。
殴打は最低限でよい。
むしろ、殴打力が強いと困る。
記録用端末が骨片を壊しては意味がない。
前世の研究助手にもいた。
片づけようとして実験器具を割る者。
資料を揃えようとして順序を変える者。
「分かりやすくしておきました」と言って、我輩の分類体系を破壊する者。
許しがたい。
記録端末に必要なのは力ではない。
軽さ。
登攀性。
把持の細かさ。
そして、食わないこと。
特に食わないこと。
*
素材を選ぶ。
細い腕。
細い脚。
軽い骨格。
薄い皮膜。
小さな頭部。
口なし。
胃なし。
咬合把持なし。
噛んで運ぶ能力は捨てる。
代わりに、指を増やす。
指はよい。
細かい作業に向く。
骨片を拾える。
黒骨筒を転がさずに持てる。
記録板の順番を乱しにくい。
ただし、指が多いと自分の指を見て固まる可能性がある。
同型生命体素材は、しばしば自分の手を食物と誤認する。
口がないので食えない。
よい。
肉端末二号には、口を付けない。
この判断は賢明である。
*
肉端末二号、起動。
立つ。
細い。
不安である。
だが、軽い。
壁に手をかける。
登る。
肉端末一号より速い。
よい。
黒骨一の保管場所まで到達。
通常認証。
短。
長。
短。
長。
短。
二号識別。
短短。
命令。
見ろ。
二号、足を一回。
受信。
視覚信号が返る。
ぼやけているが、一号より細かい。
黒骨一、保管状態良好。
命令。
触るな。
二号、足を二回。
完了。
よい。
触らない命令を理解した。
いや、理解ではない。
反射である。
反射で十分である。
触ってはならないものに触らない肉は、優秀である。
*
次に、肉端末三号を作る。
三号の目的は、防衛である。
同型生命体を殴る。
近づけない。
肉製ユーピーエスへ触れさせない。
黒骨筒を噛ませない。
赤い肉芽ボタンへ近づくものを押し返す。
ただし、赤い肉芽ボタンそのものには触らない。
ここが難しい。
防衛端末は赤いボタンの周辺へ配置される。
だが、赤いボタンを押してはならない。
火の近くに水袋を置くようなものである。
必要だが、危険である。
したがって、三号には強い赤忌避反射を組み込む。
赤を見る。
伏せる。
後退する。
足踏み危険信号。
これを徹底する。
自爆ボタンは、守らせるものであって、押させるものではない。
*
三号の素材は重くする。
太い腕。
短い脚。
低い姿勢。
骨片棍棒を保持。
口なし。
胃なし。
視覚は狭い。
赤検出だけ強い。
鼻は弱める。
臭いに引かれると困る。
耳に相当する振動受信は強める。
命令を逃さないためである。
ただし、同型生命体の鳴き声へ反応しすぎると困る。
鳴き声遮断肉膜を厚くする。
完成した三号は、見た目がよい。
低い。
太い。
無口。
棍棒を持つ。
悪の秘密基地の門番めいている。
たいへんよい。
我輩は満足した。
*
肉端末三号、起動。
立たない。
低すぎる。
四肢を踏ん張る。
これはこれでよい。
命令。
進め。
三号、ずり、と進む。
遅い。
だが、安定している。
命令。
殴れ。
三号、棍棒を振る。
強い。
焦げ土が散る。
よい。
命令。
止まれ。
三号、止まる。
命令。
赤を見るな。
赤い肉芽ボタン方向へ視覚器を向けそうになった瞬間、三号は伏せた。
連続足踏み。
危険。
後退。
よい。
非常によい。
赤忌避反射、成功。
防衛端末としては優秀である。
ただし、赤いものを見るとすべて伏せる可能性がある。
我輩の赤い肉芽ボタン以外にも、赤い筋、赤い粘液、第三予備脳片の赤筋表示などがある。
誤作動の可能性あり。
記録する。
――三号、赤検出過敏。
――赤いもの全般に伏せる。
――要調整。
だが、赤いボタンを押すよりはましである。
*
これで端末は三体となった。
一号。
汎用作業端末。
二号。
記録点検端末。
三号。
防衛端末。
美しい。
役割分担である。
だが、ここからが本番である。
三体を同時に運用する。
これは難しい。
肉端末一号だけなら、命令は単純であった。
識別、一。
命令。
応答。
二号と三号が加わると、命令を間違える可能性がある。
一号に殴れと言うつもりで、二号に殴れと言う。
二号は細い。
殴ると自分が折れる。
三号に黒骨一を見ろと言う。
三号は太い。
登れない。
黒骨一を見ようとして壁を壊す可能性がある。
危険である。
よって、命令には役割制限が必要である。
*
役割制限。
良い。
一号。
作業権限。
運搬、殴打、点検補助。
二号。
記録権限。
点検、軽運搬、視覚返送。
殴打不可。
赤接近不可。
三号。
防衛権限。
殴打、押し返し、警戒。
記録接触不可。
赤接近不可。
全端末共通。
泥摂取不可。
赤いボタン操作不可。
自爆スイッチ操作不可。
第三予備脳片からの直接命令受信不可。
最後は非常に重要である。
第三予備脳片は、時々、全端末へ爆破を提案したがる。
提案だけならよい。
通してはならない。
我輩は中継肉芽に権限制御膜を追加した。
第三予備脳片由来の信号は、本体脳確認なしに端末へ出ない。
よい。
安全である。
第三予備脳片は不満そうである。
だが、パリティ肉芽は正常を示した。
正しい。
*
同時運用試験を開始する。
試験一。
二号に黒骨一の点検を命令。
通常認証。
識別、二。
命令、黒骨一を見ろ。
二号、壁を登る。
足踏み、受信。
試験二。
一号に骨片運搬を命令。
識別、一。
命令、骨片を持て。
一号、骨片を持つ。
試験三。
三号に防衛待機を命令。
識別、三。
命令、守れ。
三号、低く構える。
よい。
三体が同時に動いている。
我輩の周囲で、別々の肉が、別々の命令で動く。
素晴らしい。
少し気持ち悪い。
だが、素晴らしい。
研究場が、急に研究場らしくなる。
我輩は直接殴っていない。
直接登っていない。
直接運んでいない。
しかし、作業が進んでいる。
これは文明である。
*
最初の混線は、すぐ起きた。
二号が壁の上から足踏みで完了を返す。
二回。
完了。
その振動を、一号が「戻れ」と誤認した。
一号が骨片を持ったまま戻り始める。
本来は、まだ戻る命令を出していない。
軽微な混線である。
だが、放置すれば危険である。
対策。
端末応答は、本体への信号糸に限定する。
地面足踏みは近距離応答用とし、他端末へ伝わりにくい場所で行う。
具体的には、各端末の足裏に柔らかい肉膜を付ける。
足踏みの振動を地面へ流しすぎない。
代わりに、中継肉芽へ細い信号糸で返す。
足踏みの見た目は残る。
振動ノイズは減る。
よい。
見た目と機能の両立である。
*
足裏肉膜を追加する。
一号。
やや厚め。
二号。
薄め。
三号。
厚め。
三号は重いので、振動が大きい。
再試験。
二号、完了足踏み。
一号、誤反応なし。
三号、低く構えたまま。
成功。
ただし、三号の足踏み危険信号が弱くなりすぎた。
危険信号は強くなければならない。
三号のみ、危険時には棍棒で地面を打つ方式に変更。
試験。
赤い肉芽ボタン方向へ視覚刺激。
三号、伏せる。
棍棒で地面を一回強打。
どん。
周囲の同型生命体が一斉に止まった。
そして数体が泥を食った。
有用である。
三号の危険信号は、周辺同型生命体への威嚇にも使える。
記録する。
――防衛端末三号の危険強打、同型生命体群に一時停止効果。
――泥食い誘発あり。
――研究場接近抑止に有用。
*
次に、優先順位である。
複数端末を運用すると、同時に複数の異常が起きる。
二号が黒骨筒の異常を報告する。
一号が骨片を落とす。
三号が同型生命体接近を検出する。
肉製ユーピーエスが過熱する。
パリティ肉芽が要同期を出す。
第三予備脳片が爆破を提案する。
どれを先に処理するか。
順序が必要である。
優先順位を定める。
第一。
赤い肉芽ボタン周辺の異常。
第二。
肉製ユーピーエスの停止危険。
第三。
毒電波逆流。
第四。
黒骨筒喪失危険。
第五。
端末損傷。
第六。
同型生命体接近。
第七。
骨片記録散乱。
第八。
泥食い。
泥食いは低い。
日常だからである。
ただし、端末が泥を食おうとした場合は別である。
端末泥食いは第三相当の異常とする。
重要である。
*
優先順位を中継肉芽へ刻む。
中継肉芽は、少し膨らんだ。
処理が増えている。
中継肉芽第一号には負荷が高い。
命令認証。
識別。
権限制御。
応答集約。
ログ転送。
隔離。
優先順位判定。
やることが多い。
前世で言えば、ただの中継装置ではない。
小さな管理サーバーである。
いや、肉である。
管理肉芽。
よい。
中継肉芽第一号改め、管理肉芽第一号。
名称変更である。
我輩は骨片に刻んだ。
――簡易中継肉芽第一号、機能拡張に伴い、管理肉芽第一号と改称。
長い。
よい。
管理肉芽。
少し気持ち悪い。
だが、正確である。
*
管理肉芽第一号は、すぐ熱を持った。
処理しすぎである。
肉製ユーピーエスから補助粘液を流す。
冷却。
少し安定。
しかし、管理肉芽が熱を持つと、周囲の同型生命体が寄ってくる。
温かいからである。
愚かである。
だが、生物としては自然である。
寄ってきた同型生命体を三号が殴る。
転ぶ。
泥を食う。
三号、完了信号。
どん。
少し強い。
管理肉芽が震える。
一号が反応しかける。
混線。
まだ調整が必要である。
端末群管理は難しい。
だが、難しいから研究である。
*
ここで、我輩は管理肉芽第一号の負荷を下げるため、役割をさらに分けることにした。
一つの管理肉芽にすべてを任せるのは危険である。
単体脳運用と同じ失敗を繰り返している。
よって、管理肉芽も分ける。
命令管理肉芽。
応答管理肉芽。
ログ管理肉芽。
隔離管理肉芽。
名前が増えすぎる。
現時点ではまだ早い。
だが、構想としては正しい。
まずは、ログだけ分離する。
端末ログを管理肉芽へ流し続けると負荷が上がる。
ログ収集専用の小さな記録肉芽を作る。
名称。
ログ肉芽。
分かりやすい。
少し嫌である。
だが、よい。
ログ肉芽第一号を、肉製ユーピーエスの近くに設置する。
拍動数を受け取り、端末ログをまとめ、一定間隔で本体へ送る。
これで管理肉芽の負荷が下がる。
試験。
端末三体、同時動作。
ログ肉芽、膨らむ。
拍動数、命令番号、結果番号を蓄積。
管理肉芽、熱低下。
成功。
分業は有効である。
*
分業。
この言葉は危険である。
前世の悪の秘密結社でも、分業はあった。
怪人開発部。
作戦部。
資金調達部。
戦闘員教育部。
邪神召喚部。
広報部。
なぜ広報部があったのかは、今でもよく分からない。
分業は有効である。
だが、分業した部門同士が同期しないと、全体が壊れる。
怪人開発部が水中怪人を作る。
作戦部が砂漠作戦を立てる。
広報部が雪山決戦ポスターを作る。
戦闘員教育部が通常市街地戦の訓練をする。
結果、何も噛み合わない。
分業には管理が要る。
管理にはログが要る。
ログには保管が要る。
保管にはバックアップが要る。
バックアップには復元試験が要る。
復元試験には時間が要る。
時間がないと言う幹部は、まず黙るべきである。
*
端末群の正式構成を記録する。
肉端末一号。
汎用作業。
肉端末二号。
記録点検。
肉端末三号。
防衛。
管理肉芽第一号。
認証、識別、権限、優先順位。
ログ肉芽第一号。
端末ログ、拍動数、結果記録。
肉製ユーピーエス。
電源、温湿度、拍動時計。
パリティ肉芽。
脳片同期監視。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。
毒電波濾過。
黒骨一、二、三。
外部バックアップ。
本体脳。
我輩。
赤い肉芽ボタン。
最後の責任。
よい。
たいへんよい。
構成図が欲しい。
やはり紙が欲しい。
骨片では狭い。
大きな板も欲しい。
平面が欲しい。
線を引きたい。
矢印を書きたい。
矢印は文明である。
*
同時運用試験第二段階。
状況を作る。
二号を黒骨一へ向かわせる。
一号に骨片運搬をさせる。
三号に防衛待機をさせる。
その間、我輩は肉製ユーピーエスの脂肪熱源を少し上げる。
軽い負荷試験である。
さらに、同型生命体が一体近づいてくる。
これは偶然である。
だが、良い試験である。
管理肉芽が優先順位を判定する。
肉製ユーピーエス過熱。
軽微。
同型生命体接近。
中。
黒骨一点検。
進行中。
三号へ命令。
防衛。
三号、棍棒を振る。
同型生命体、転ぶ。
泥を食う。
ログ肉芽、記録。
一号、骨片運搬継続。
二号、黒骨一確認完了。
肉製ユーピーエス、過熱なし。
全体、正常。
素晴らしい。
複数作業が同時に進んだ。
研究場は、もはや焦げ跡だけではない。
小さなシステムである。
*
その瞬間、第三予備脳片が強く震えた。
――今なら、全体自爆試験が可能。
違う。
可能であることと、実施すべきことは違う。
パリティ肉芽、赤点。
要同期。
管理肉芽、第三権限遮断。
三号、赤検出なし。
一号、作業継続。
二号、壁上待機。
ログ肉芽、第三予備脳片異常震動を記録。
よい。
第三予備脳片の暴走気味提案が、端末群へ漏れなかった。
権限制御は機能している。
我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。
今ではない。
第三予備脳片は静かになった。
いつかではある。
だが、今ではない。
*
第十冊時点での成果を整理する。
一、端末一体運用の限界を確認。
二、肉端末二号を作成。
三、二号を記録点検端末と定義。
四、二号に登攀、視覚返送、非接触点検を実装。
五、肉端末三号を作成。
六、三号を防衛端末と定義。
七、三号に棍棒殴打、赤忌避反射、危険強打を実装。
八、三号の危険強打に同型生命体群の一時停止効果を確認。
九、端末ごとの役割制限を導入。
十、第三予備脳片由来の信号を端末へ直接流さない遮断を強化。
十一、複数端末同時運用で混線を確認。
十二、足裏肉膜により応答振動ノイズを低減。
十三、中継肉芽第一号を管理肉芽第一号へ改称。
十四、優先順位判定を実装。
十五、管理肉芽の負荷増大を確認。
十六、ログ肉芽第一号を作成し、ログ管理を分離。
十七、端末群による同時作業に成功。
十八、第三予備脳片は全体自爆試験を提案したが却下。
十九、可能であることと、実施すべきことは違う。
十九は深く刻む。
第三予備脳片にも読ませる。
*
夜。
焦げ跡研究場は、もはや静かではなかった。
肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。
予備脳片が震える。
パリティ肉芽が膨らみ、縮む。
管理肉芽が信号を捌く。
ログ肉芽が拍動数を数える。
一号は骨片を運ぶ。
二号は壁の上で黒骨一を見張る。
三号は低く構え、同型生命体を睨む。
睨むというより、赤ではないものを見ているだけである。
だが、見た目は睨んでいる。
それでよい。
周囲の同型生命体が鳴く。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
一体が焦げ跡へ近づいた。
三号が棍棒を地面に打った。
どん。
同型生命体は止まった。
そして泥を食った。
よい。
防衛成功である。
一号は骨片を落とさない。
二号は黒骨一に触らない。
三号は赤い肉芽ボタンを見ない。
管理肉芽は正常。
ログ肉芽は記録中。
肉製ユーピーエスは拍動中。
我輩は、少しだけ手を空けることができた。
素晴らしい。
手が空くと、研究ができる。
研究ができると、装置が増える。
装置が増えると、端末が必要になる。
端末が増えると、管理が必要になる。
管理が増えると、基地が必要になる。
当然である。
*
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――端末は、数ではなく役割で増やせ。
少し考え、もう一行加えた。
――ただし、赤いボタンを押す役割は増やすな。
完璧である。
第三予備脳片が微かに震えた。
異議ではない。
たぶん、保留である。
我輩はそれを許容した。
今夜、赤いボタンは押さない。
しかし、赤いボタンはそこにある。
濁った仮蓋の奥で、静かに待っている。
押すべき時に押されるために。
端末たちは動く。
記録は残る。
拍動は続く。
毒電波は濾過される。
同型生命体は泥を食う。
研究は進む。
以上。
研究ノート第十冊、終了。




