第十一話 ブレード脳ランナー、または薄切り脳片は棚に並べよ
増えたものは、並べなければならない。
これは重要である。
端末。
肉芽。
脳片。
骨片記録。
黒骨筒。
神経糸。
粘液管。
赤い肉芽ボタン。
それぞれは有用である。
しかし、有用なものも、散らばれば邪魔である。
邪魔なものは踏まれる。
噛まれる。
絡まる。
腐る。
同型生命体が持っていく。
そして、泥の中へ落とす。
結局、泥である。
この巣は、すべてを泥へ帰そうとする。
自然とは怠惰である。
研究とは、その怠惰に棚を作ることである。
*
第十冊において、我輩は端末を三体に増やした。
一号。
汎用作業端末。
二号。
記録点検端末。
三号。
防衛端末。
それぞれ役割を持つ。
それぞれ識別番号を持つ。
それぞれ権限を持つ。
管理肉芽第一号が命令を捌き、ログ肉芽第一号が記録し、肉製ユーピーエスが拍動し、パリティ肉芽が同期を監視する。
たいへんよい。
たいへん文明的である。
たいへん臭い。
だが、問題がある。
場所である。
焦げ跡研究場は、もともと旧濾過脳を爆破した跡地にすぎない。
そこへ、骨片記録を置いた。
予備脳片を吊るした。
肉製ユーピーエスを置いた。
管理肉芽を置いた。
ログ肉芽を置いた。
端末を並べた。
黒骨筒を分散保管した。
神経糸を這わせた。
粘液管を通した。
赤い肉芽ボタンを置いた。
混んできた。
非常に混んできた。
研究場というより、湿った机の上である。
悪の博士の研究場として、これはいけない。
*
前世の秘密基地には、配置があった。
実験区画。
培養槽区画。
怪人調整室。
電源室。
自爆制御室。
会議室。
首領の暗い部屋。
意味もなく長い廊下。
警告灯の多い通路。
非常用脱出口。
そして、押すなと書かれた赤いボタン。
場所には意味があった。
危険物は奥へ。
見せたいものは中央へ。
壊れやすいものは保護区画へ。
爆破したいものは爆破範囲へ。
爆破したくないものは爆破範囲外へ。
これは基本である。
現在の我輩の研究場には、その基本が足りない。
すべてが近すぎる。
脳片と赤い肉芽ボタンが近い。
黒骨筒と同型生命体の通り道が近い。
肉製ユーピーエスと端末待機位置が近い。
管理肉芽と三号の棍棒が近い。
非常に危険である。
三号が少し強く振れば、管理肉芽が潰れる。
それは管理上よろしくない。
*
まず、配置図を作る。
配置図。
よい言葉である。
しかし、紙がない。
大きな板もない。
仕方がないので、焦げ跡の地面に骨片で線を引く。
線。
区画。
矢印。
範囲。
危険域。
安全域。
退避路。
赤いボタン中心円。
矢印はよい。
矢印は文明である。
同型生命体には理解できない。
肉端末一号にも理解できない。
だが、我輩は理解できる。
理解できる者が一人でもいれば、文明は始まる。
我輩は焦げ跡に線を刻んだ。
中央区画。
肉製ユーピーエス。
脳片保守区画。
管理肉芽区画。
端末待機区画。
記録区画。
防衛線。
廃棄物区画。
爆破予定区画。
最後があると安心する。
*
次に、脳片を棚に並べることにした。
予備脳片は、これまで肉製ユーピーエスの粘液槽に吊るしていた。
吊るすのは悪くない。
だが、増えると絡まる。
第一予備脳片。
第二予備脳片。
第三予備脳片。
パリティ肉芽。
管理肉芽。
ログ肉芽。
今後、命令管理肉芽、応答管理肉芽、隔離管理肉芽、時計肉芽なども増える予定である。
吊るしているだけでは、やがて粘液管と神経糸が絡み、端末が引っかかり、同型生命体が噛み、三号が殴り、すべてが泥へ落ちる。
駄目である。
棚が要る。
脳片を薄く並べる棚。
ブレード脳ラックである。
よい。
非常によい。
言葉だけで少し涼しい。
実際には肉で暑い。
だから冷やす必要がある。
*
ブレード脳ラックの設計条件を定める。
一、脳片を薄く並べる。
二、各脳片へ粘液を均等に流す。
三、熱を逃がす。
四、毒電波遮断肉膜を各段に入れる。
五、交換しやすい。
六、同型生命体が食いにくい。
七、赤い肉芽ボタンから一定距離を保つ。
八、必要なら区画ごと切り離して小爆発する。
八が重要である。
棚とはいえ、安全装置は必要である。
脳片が汚染された場合、棚全体へ広がる前に切り離す。
切り離した棚段は、爆破予定区画へ落とす。
そして爆ぜる。
合理的である。
美しい。
*
素材を集める。
長い骨。
薄い骨板。
乾燥肉膜。
粘液管。
焦げ土。
苦い汁。
細い神経糸。
小さな腐敗ガス袋。
骨粉。
同型生命体の使えそうな肋骨。
肋骨はよい。
曲がっている。
棚枠に向く。
持ち主はすでに死んでいた。
あるいは寝ていた。
確認は難しい。
肋骨を取った時に少し動いたが、以後動かなかった。
素材である。
我輩は肋骨を整え、焦げ土で乾かし、肉膜で縛った。
棚枠ができる。
そこへ薄い骨板を差し込む。
一段。
二段。
三段。
よい。
たいへん棚である。
少し傾いている。
悪の秘密基地の初期設備としては許容範囲である。
*
第一予備脳片を一段目へ移す。
我輩性保存用である。
扱いは慎重にする。
粘液を薄く流す。
神経糸を接続。
毒電波遮断肉膜を敷く。
第一予備脳片、震える。
正常。
二段目へ第二予備脳片。
研究手順保存用。
やや乾きやすい。
粘液量を増やす。
正常。
三段目へ第三予備脳片。
自爆ボタン思想保存用。
赤い肉芽ボタンからもっとも遠い段に置く。
遠い。
しかし、第三予備脳片は赤い方向へ震える。
しつこい。
棚枠に抑制肉膜を追加。
正常。
パリティ肉芽は側面。
管理肉芽は棚の外。
ログ肉芽は肉製ユーピーエス寄り。
配置に意味がある。
意味のある配置は美しい。
*
ブレード脳ラック第一号、起動。
肉製ユーピーエスから粘液を送る。
どくん。
粘液が一段目へ流れる。
どくん。
二段目へ流れる。
どくん。
三段目へ流れる。
排液は下へ落ち、焦げ土フィルターを通り、回収槽へ戻る。
循環である。
非常によい。
見た目は悪い。
骨棚に脳片が並び、粘液が垂れ、肉膜がぬらりと光る。
だが、機能としては美しい。
前世のブレードサーバーほどではない。
あれはよかった。
薄い筐体が並ぶ。
前面に小さな灯り。
後ろに整った配線。
冷却風が通る。
低い唸り。
悪の博士でなくとも惚れる。
今は骨と肉である。
低い唸りはない。
代わりに、ぬるい拍動音がある。
不満はある。
だが、第一歩である。
*
問題は冷却であった。
脳片を棚に並べると、思ったより熱がこもる。
一段目。
少し熱い。
二段目。
温い。
三段目。
赤い筋が出やすい。
第三予備脳片のせいか、熱のせいかは不明である。
いずれにせよ冷却が必要である。
前世なら冷却ファンである。
回転する羽根。
空気の流れ。
フィルター。
吸気口。
排気口。
よい。
非常によい。
今は羽根がない。
モーターもない。
だが、風は作れる。
肉端末一号に骨板を持たせ、扇がせる。
試験。
一号、骨板を持つ。
命令。
扇げ。
扇げ、は未定義である。
追加する。
扇げ。
一号、骨板を振る。
風が起きる。
弱い。
もう一度。
風。
少し涼しい。
同型生命体が寄ってくる。
涼しいからである。
愚かである。
だが、冷却効果あり。
*
手動扇ぎは非効率である。
一号が扇いでいる間、運搬できない。
殴打できない。
ならば、専用冷却端末が必要である。
しかし、端末を増やす前に、固定式の扇ぎ肉芽を作れないか。
拍動を利用する。
肉製ユーピーエスの拍動で、小さな膜を動かす。
どくん。
膜が開く。
どくん。
膜が閉じる。
空気が動く。
よい。
拍動ファンである。
ファンではない。
羽根も回らない。
だが、風を送る。
肉製送風膜。
名称が不気味である。
しかし、機能はよい。
我輩は肉膜を薄く張り、骨枠に固定し、拍動ポンプから細い刺激糸を引いた。
どくん。
膜が震える。
どくん。
空気が動く。
ブレード脳ラックへ向ける。
温度が少し下がる。
成功。
*
冷却には流れが必要である。
空気を入れる。
熱を出す。
粘液を流す。
排液を戻す。
滞ると腐る。
滞ると熱くなる。
滞ると臭う。
滞ると同型生命体が寄る。
つまり、流れは防衛でもある。
前世の秘密基地には換気があった。
実験室の臭いを外へ出す。
毒ガスを逃がす。
煙を流す。
爆発後の粉塵を排出する。
そして時々、換気口から変身ヒーローが侵入する。
換気口は便利だが危険である。
現在の巣には換気口というほどのものはない。
穴はある。
隙間もある。
同型生命体も出入りする。
管理されていない。
穴は換気口ではない。
管理された穴だけが換気口である。
これは重要である。
*
我輩は焦げ跡研究場の周囲に、空気の道を作った。
乾いた骨を立てる。
肉膜で仕切る。
焦げ土を盛る。
同型生命体が通る道を塞ぐ。
冷たい空気が入る側。
熱い空気が出る側。
吸気。
排気。
言葉が良い。
吸気側には苦い粘液を塗る。
同型生命体が舐めないように。
排気側は臭い。
同型生命体が寄りにくい。
よい。
しかし、排気が臭すぎると、別の小型生物が寄る。
対策として焦げ土フィルターを置く。
第三冊の爆破焦げ土は、いまだに役立つ。
爆発は後から効く。
素晴らしい。
*
ブレード脳ラックの温度が安定した。
一段目。
正常。
二段目。
正常。
三段目。
やや赤い。
第三予備脳片の性質である可能性が高い。
パリティ肉芽。
正常。
管理肉芽。
負荷軽微。
ログ肉芽。
正常。
肉製ユーピーエス。
拍動安定。
よい。
棚は機能する。
冷却も機能する。
換気も機能する。
我輩は骨片に刻んだ。
――脳片は棚に並べよ。
――棚には風を通せ。
――風には入口と出口を与えよ。
――入口には苦味を、出口には焦げ土を置け。
実に実用的である。
*
だが、棚ができると、今度は配線が気になる。
神経糸。
粘液管。
刺激糸。
信号糸。
拍動管。
排液管。
これらがラックの周囲を這っている。
絡まる。
踏む。
噛まれる。
一号が引っかかる。
二号が上から降りる時に触る。
三号の棍棒がかすめる。
危険である。
配線整理が必要である。
前世の研究所では、配線をまとめる帯があった。
色分けもあった。
赤。
危険。
黄。
注意。
青。
制御。
黒。
電源。
現在、色はほぼない。
赤はある。
黒は焦げ土で作れる。
白は骨である。
黄と青はない。
不便である。
色がない文明は、配線管理に苦しむ。
*
代替として、触感で分ける。
神経糸。
ざらざら。
粘液管。
ぬるぬる。
刺激糸。
細く硬い。
信号糸。
節を付ける。
拍動管。
太く柔らかい。
排液管。
焦げ土を塗る。
これで触れば分かる。
触りたくはない。
だが、分かる。
肉端末一号にも、ざらざらは触るな、ぬるぬるは避けろ、節付きはまたげ、と反射を刻む。
二号には、信号糸を踏まないように細かく設定する。
三号には、何も踏むな、と刻む。
三号は重い。
踏むと壊れる。
防衛端末には繊細さがない。
それでよい。
ただし、配線の近くには置かない。
*
配線をまとめるため、骨製の溝を作る。
細い骨を半分に割り、内側を削る。
そこへ神経糸を通す。
上から薄い肉膜で蓋をする。
配線溝である。
よい。
たいへん基地らしい。
床に溝。
壁に管。
棚に脳片。
拍動する電源。
赤いボタン。
やっと形になってきた。
我輩は満足した。
ただし、溝の蓋を同型生命体が剥がそうとする。
苦い粘液を塗る。
逃げる。
成功。
苦味は文明を支える。
*
その時、二号が足踏みを返した。
黒骨一、異常。
我輩は管理肉芽経由で詳細を求めた。
二号の視覚信号。
壁の割れ目付近に湿り。
黒骨筒の外側に水滴。
湿度上昇。
問題である。
黒骨一は研究ノート要約である。
湿ると困る。
二号に命令。
触るな。
見る。
待機。
一号に命令。
乾燥骨片を持て。
三号に命令。
防衛線を上げろ。
我輩は新しい保管場所を探す。
ここで、配置と棚の重要性が再び明らかになる。
黒骨筒も、棚に並べるべきである。
壁の割れ目に押し込むだけでは駄目である。
保管ラックが必要である。
記録媒体用のラック。
黒骨筒ラック。
よい。
また棚である。
棚は文明である。
*
黒骨一を回収する。
一号が乾燥骨片を運ぶ。
二号が位置を示す。
三号が同型生命体を殴る。
我輩は黒骨一を取り出す。
湿っている。
しかし内部は無事。
保護筒が機能した。
よい。
だが、壁保管は危険である。
黒骨一、二、三をまとめるのは危険だが、それぞれに専用保管ラックを作るのは有効である。
一箇所にまとめない。
しかし、各保管場所には棚を置く。
分散棚管理である。
長い。
良い。
我輩は黒骨一用の小さな骨棚を作り、壁の割れ目より少し下、湿りにくい場所へ移した。
下げすぎると同型生命体が届く。
上げすぎると湿る。
中間。
保守しやすく、食われにくい高さ。
これがよい。
*
黒骨筒保管には、状態表示が必要である。
湿り。
割れ。
噛み跡。
位置ずれ。
虫。
小型生物。
これらを二号が確認する。
しかし、二号が毎回見るだけでは、我輩が判断する必要がある。
簡易表示を付ける。
黒骨筒棚に、小さな乾燥肉芽を置く。
湿ると膨らむ。
乾くと縮む。
膨らんでいたら湿度異常。
見た目で分かる。
よい。
湿度表示肉芽である。
また肉芽が増えた。
研究場は肉芽だらけである。
だが、機能がある。
機能のある肉芽は許容する。
機能のない肉芽は切除する。
美学である。
*
ブレード脳ラック。
黒骨筒ラック。
配線溝。
吸気口。
排気口。
端末待機線。
防衛線。
廃棄物区画。
爆破予定区画。
焦げ跡研究場は、明らかに変わった。
ただの焦げ跡ではない。
区画化された研究場である。
小さな施設である。
施設。
よい言葉である。
秘密基地にはまだ遠い。
だが、施設ではある。
施設には管理規定が必要である。
我輩は骨片に施設管理規定第一版を刻んだ。
一、脳片はブレード脳ラックに収める。
二、脳片ラックには常時送風する。
三、粘液管と神経糸は配線溝に収める。
四、端末待機位置を守る。
五、三号は配線溝の上に立ってはならない。
六、黒骨筒は専用保管棚に置く。
七、湿度表示肉芽が膨らんだ場合、二号が報告する。
八、同型生命体が防衛線を越えた場合、三号が殴る。
九、赤い肉芽ボタン周辺には端末を近づけない。
十、爆破予定区画に爆破予定物以外を置かない。
十一、爆破予定物は、爆破前に記録する。
十一が重要である。
爆破前に記録しなければ、ただの爆発である。
*
施設管理規定を作った直後、三号が配線溝の上に乗った。
我輩は止まった。
三号は悪くない。
規定を刻んだだけで、三号へ命令として流していなかった。
規定は共有しなければ意味がない。
前世の悪の秘密結社でも、よくあった。
上層部が規定を作る。
現場へ伝えない。
現場が旧手順で動く。
事故が起こる。
上層部が怒る。
馬鹿である。
我輩は同じ失敗をしている。
許しがたい。
我輩自身が。
よって、施設管理規定を管理肉芽へ登録し、肉端末一号、二号、三号へ反射規則として配信する。
三号。
配線溝を踏むな。
三号は少し下がった。
よい。
規定は流れて初めて規定である。
*
この時点で、管理肉芽の負荷が再び上がった。
当然である。
端末命令。
ログ。
権限。
優先順位。
施設規定。
配線位置。
ラック状態。
湿度表示。
冷却膜。
全てを見ている。
管理肉芽第一号が少し熱い。
またである。
管理が管理対象に圧迫されている。
よくある。
前世の組織にもあった。
管理部門が増える。
管理部門を管理する部門が増える。
管理資料が増える。
現場が止まる。
駄目である。
肉芽で同じことをしてはならない。
管理を増やしすぎると、管理肉芽が肥大化し、やがて新たな怪物になる。
危険である。
したがって、管理肉芽の冷却と冗長化も必要である。
また棚が要る。
また風が要る。
研究は、棚と風を要求する。
*
第十一冊時点での成果を整理する。
一、焦げ跡研究場の過密化を確認。
二、配置図を作成。
三、中央区画、脳片保守区画、管理肉芽区画、端末待機区画、記録区画、防衛線、廃棄物区画、爆破予定区画を定義。
四、ブレード脳ラック第一号を作成。
五、第一、第二、第三予備脳片を棚状に配置。
六、各段に粘液供給、毒電波遮断肉膜、交換可能構造を実装。
七、肉製送風膜を作成。
八、吸気口、排気口、焦げ土フィルターを整備。
九、神経糸、粘液管、刺激糸等を触感で分類。
十、配線溝を作成。
十一、黒骨一の湿度異常を検出。
十二、黒骨筒用保管棚を作成。
十三、湿度表示肉芽を実装。
十四、施設管理規定第一版を策定。
十五、規定は管理肉芽と端末へ配信しなければ意味がないと確認。
十六、管理肉芽第一号の負荷増大を確認。
十七、棚には風を通せ。
十八、爆破予定物は、爆破前に記録せよ。
十八は深く刻む。
当然である。
*
夜。
研究場には、風があった。
弱い風である。
肉製送風膜が、どくん、どくん、という拍動に合わせて空気を動かす。
ブレード脳ラックの各段で、脳片が湿った光を返す。
一段目。
我輩性。
二段目。
研究手順。
三段目。
自爆ボタン思想。
三段目は少し赤い。
まあよい。
パリティ肉芽は正常。
管理肉芽はやや熱い。
ログ肉芽は拍動数を刻む。
黒骨筒は新しい棚に収まっている。
湿度表示肉芽は縮んでいる。
正常。
一号は端末待機線の内側。
二号は壁側記録棚付近。
三号は防衛線の外向き。
配線溝は踏まれていない。
赤い肉芽ボタンは、濁った仮蓋の奥にある。
まだ透明ではない。
これは未解決である。
重大な未解決である。
*
周囲の同型生命体が鳴いた。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
一体が防衛線へ近づく。
三号が棍棒を地面に打つ。
どん。
同型生命体は止まる。
泥を食う。
よい。
別の一体が吸気口へ近づく。
苦い粘液を舐める。
顔をしかめる。
逃げる。
よい。
二号が黒骨一を確認する。
触らない。
よい。
一号が骨片を記録区画へ運ぶ。
配線溝をまたぐ。
よい。
施設管理規定は機能している。
少しだけ、秘密基地らしくなった。
まだ入口もない。
まだ看板もない。
まだ長い廊下もない。
まだ首領の暗い部屋もない。
だが、棚がある。
風がある。
区画がある。
配線溝がある。
赤いボタンがある。
十分ではない。
しかし、方向は正しい。
*
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――脳片は、薄く並べてよく冷やせ。
少し考え、もう一行加えた。
――棚と風と赤いボタンがあれば、そこは研究場である。
よい。
たいへんよい。
第三予備脳片が微かに震えた。
赤いボタン、という語に反応しただけである。
パリティ肉芽は正常。
管理肉芽はやや熱い。
肉製送風膜が、どくん、と風を送る。
焦げ跡研究場は、焦げ跡施設になった。
次は、もっと奥が要る。
もっと壁が要る。
もっと乾いた場所が要る。
もっと冷える場所が要る。
もっと隠れられる場所が要る。
つまり、洞窟である。
秘密基地には、洞窟がよく似合う。
我輩はそう思った。
以上。
研究ノート第十一冊、終了。




