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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート  作者: 黒瀬 量衡


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第十二話 女神未満、資源以上、または資源回収用小型女について

 材料が足りない。


 これは深刻である。


 研究には材料が要る。


 骨が要る。


 肉が要る。


 神経糸が要る。


 肉膜が要る。


 粘液管が要る。


 焦げ土が要る。


 乾いた土が要る。


 端末の腕も要る。


 棚の骨も要る。


 配線溝の蓋も要る。


 赤い肉芽ボタンの仮蓋も、いつまでも濁った肉膜ではいけない。


 透明な蓋が欲しい。


 透明な蓋は、まだない。


 だが、透明でない蓋を作る材料すら足りなくなってきた。


 これはよくない。


     *


 第十一冊において、我輩は焦げ跡研究場を施設化した。


 ブレード脳ラック。


 肉製送風膜。


 吸気口。


 排気口。


 焦げ土フィルター。


 配線溝。


 黒骨筒保管棚。


 湿度表示肉芽。


 端末待機線。


 防衛線。


 廃棄物区画。


 爆破予定区画。


 たいへんよい。


 たいへん基地らしい。


 だが、施設を作ると材料が減る。


 当然である。


 骨を棚に使えば、殴打用骨片が減る。


 肉膜を配線溝に使えば、仮蓋用肉膜が減る。


 神経糸を管理肉芽へ使えば、新しい端末へ使う分が減る。


 粘液管を冷却へ使えば、濾過脳交換用が減る。


 焦げ土を防臭へ使えば、同型生命体除けが減る。


 文明とは、材料を食う。


 非常に食う。


 同型生命体より食う。


 だが、文明は泥を食わない。


 そこは評価できる。


     *


 通常なら、周囲から拾う。


 死んだ同型生命体の骨。


 落ちた肉片。


 乾いた皮膜。


 腐敗していない神経束。


 使えるものを拾う。


 しかし、拾えるものは粗い。


 汚い。


 湿っている。


 腐っている。


 噛まれている。


 同型生命体が一度口に入れている。


 たいへん不衛生である。


 しかも量が少ない。


 施設拡張には足りない。


 ブレード脳ラック第二号を作るには骨が足りない。


 管理肉芽を分割するには神経糸が足りない。


 端末四号を作るには腕が足りない。


 赤いボタン周辺の安全区画を拡張するには焦げ土が足りない。


 つまり、資源回収が必要である。


 効率的に。


 大量に。


 できれば、乾燥と滅菌を兼ねて。


 爆発的に。


     *


 そこで、我輩は第三冊の記録を読み直した。


 旧濾過脳放置実験。


 三日放置。


 毒電波濃縮。


 祝福残滓腐敗。


 小型女発生。


 発語。


「ルーは何処」


 周囲の同型生命体への誘導性。


 高い。


 危険度。


 高い。


 処理。


 赤い肉芽ボタンによる爆破。


 結果。


 静かになった。


 焦げ跡ができた。


 同型生命体が近づきにくくなった。


 焦げ土が防臭、防虫、防衛、配線保護、湿度管理に有用であることが後に判明。


 教訓。


 濾過フィルターは定期交換するべきである。


 交換を怠ると、女神が湧く。


 よい記録である。


 たいへん実用的である。


 そして今、我輩は新たな一行を加えるべきである。


 ――女神性残滓は、管理下なら誘引装置として使える。


     *


 神聖視する必要はない。


 崇拝する必要もない。


 対話する必要もない。


 あれは、汚染済み高次執着性祝福残滓である。


 濾過脳に溜まった毒電波と、歪んだ祝福と、高次存在の迷惑恋愛感情が、人型に泡立ったものである。


 言語は不安定。


 文脈は破綻。


 目的関数は固定。


 執着対象はルー。


 周辺誘導性は高い。


 危険である。


 だが、危険であることと、利用できないことは同じではない。


 毒液は危険である。


 だが、毒液怪人には使える。


 腐敗ガスは危険である。


 だが、爆発には使える。


 高圧蒸気は危険である。


 だが、機械を動かす。


 小型女は危険である。


 だが、同型生命体を集める。


 ならば、使える。


 使ったあと、爆破すればよい。


 実に明快である。


     *


 ただし、今回は第三冊とは違う。


 偶然湧いた小型女を慌てて爆破するのではない。


 意図的に発生させる。


 誘導する。


 集める。


 閉じ込める。


 記録する。


 爆破する。


 回収する。


 これは実験である。


 資源回収である。


 施設整備である。


 危険物処理である。


 そして、自爆スイッチ運用訓練である。


 たいへん多目的である。


 前世の悪の秘密結社なら、こういう計画は必ず誰かが邪魔した。


「博士、その小型の女を怪人として使えないか」


 使えない。


「洗脳して戦闘員にできないか」


 会話不能である。


「首領の演説に使えないか」


 もっと駄目である。


「では一度、都市へ放ってみよう」


 馬鹿である。


 だから悪の秘密結社は負けた。


 危険物は、用途を限定し、管理し、使い終えたら処理するべきである。


     *


 我輩は計画名を骨片に刻んだ。


 ――資源回収用小型女誘引実験。


 長い。


 良い。


 略称。


 女神釣り。


 悪くない。


 だが、神と認めるようで不快である。


 通称。


 小型女釣り。


 よい。


 神聖さがない。


 実験名として適切である。


 目的。


 一、材料不足の解消。


 二、同型生命体群の局所的誘引。


 三、爆破予定区画の試験。


 四、焦げ土、骨片、肉片、神経束の回収。


 五、爆破後の土壌滅菌効果確認。


 六、小型女発生の再現性確認。


 七、小型女誘導性の定量化。


 八、第三予備脳片を必要以上に興奮させない。


 八は難しい。


 すでに第三予備脳片は震えている。


 爆破。


 爆破。


 爆破。


 まだである。


 順番がある。


     *


 まず、旧濾過脳を用意する。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳の交換時期を少し早める。


 本体用濾過は正常範囲。


 古い濾過脳には、毒電波がほどよく溜まっている。


 通常なら廃棄。


 今回は利用する。


 ただし、完全に放置しない。


 管理下で腐らせる。


 これは重要である。


 ただの放置ではない。


 制御された腐敗である。


 制御された腐敗。


 なかなか良い言葉である。


 前世の培養実験にも通じる。


 もっとも、前世でこの言葉を倫理委員会に出すと、必ず嫌な顔をされた。


 見る目がない。


 腐敗にも制御がある。


 制御された腐敗は、発酵にも似る。


 ただし今回は、女神性残滓が湧く。


 発酵食品ではない。


     *


 旧濾過脳を爆破予定区画の中央へ置く。


 周囲には骨片の柵。


 肉膜の幕。


 焦げ土の線。


 苦い粘液。


 配線溝からは離す。


 ブレード脳ラックからはもっと離す。


 黒骨筒保管棚からも離す。


 赤い肉芽ボタンからは十分に離す。


 爆破範囲内には、不要物だけを置く。


 不要な骨。


 腐った肉片。


 使えない皮膜。


 同型生命体が興味を持ちそうな臭いのするもの。


 これらは誘引用でもあり、爆破時の飛散防止材でもある。


 防衛線の外側には三号。


 記録位置には二号。


 一号は回収道具を持って待機。


 管理肉芽は権限監視。


 ログ肉芽は拍動数記録。


 パリティ肉芽は要同期表示に備える。


 第三予備脳片には、抑制肉膜を二重に巻く。


 必要である。


     *


 自爆装置を設置する。


 今回の爆破は、第三冊のような小規模処理では足りない。


 同型生命体群を集める。


 まとめて処理する。


 焦げ土と骨片と肉片を回収する。


 したがって、爆発範囲を設計する必要がある。


 腐敗ガス袋を三つ。


 乾いた脂肪塊を二つ。


 刺激糸を四本。


 赤い起爆肉芽を一つ。


 隔離弁を二つ。


 緊急切断肉芽を一つ。


 爆破予定区画の端には、飛散防止用の湿った肉膜を張る。


 完全に飛ばすのではない。


 焼く。


 砕く。


 乾かす。


 しかし、使える骨片は残す。


 よい爆発とは、必要なものを残し、不要なものを吹き飛ばす爆発である。


 ここは第五冊の教訓である。


     *


 赤い起爆肉芽には仮蓋を付ける。


 濁った肉膜である。


 不満である。


 非常に不満である。


 しかし、仮蓋は必要である。


 押す前に開ける動作が必要である。


 自爆ボタンは押すからよい。


 そして、押す前に蓋を開けるから、さらによい。


 透明なら最高である。


 濁っている。


 しかし蓋ではある。


 我輩は起爆肉芽の横に骨片札を立てた。


 ――押すな。


 読める者はいない。


 我輩しか読めない。


 だが、重要である。


 押すなと書かれた赤いボタンは、押すためにある。


 ただし、押すべき時まで押さないためにもある。


 この矛盾が美しい。


     *


 一日目。


 旧濾過脳は黒ずんだ。


 気泡。


 毒電波残響。


 食え。


 増えろ。


 壊せ。


 人類を滅ぼせ。


 通常波形。


 記録。


 ――一日目、通常毒電波濃度上昇。


 ――同型生命体の接近、少数。


 ――三号による防衛、良好。


 実際、数体の同型生命体が近づいた。


 三号が棍棒を地面へ打った。


 どん。


 止まる。


 泥を食う。


 平常である。


 二号は記録。


 一号は骨片柵の修正。


 端末群は正常。


 第三予備脳片は、やや興奮。


 許容範囲。


     *


 二日目。


 旧濾過脳が膨らむ。


 黒い膜の下に赤い筋。


 探索命令が混じる。


 戻れ。


 探せ。


 見つけろ。


 ルー。


 発語前兆。


 同型生命体の接近が増える。


 鼻を動かす。


 耳を立てる。


 目を向ける。


 防衛線の外に集まる。


 よい。


 誘引効果あり。


 ただし、まだ爆破しない。


 素材密度が足りない。


 もっと集める。


 前世の幹部ならここで焦って命令したであろう。


「博士、今だ。爆破しろ」


 早い。


 早すぎる。


 爆発には時機がある。


 早すぎる爆発は、材料を集めきれない。


 遅すぎる爆発は、施設を壊す。


 正しい爆発は、もっとも美しい密度で起こすべきである。


     *


 同型生命体が防衛線を越えようとする。


 三号が殴る。


 転ぶ。


 泥を食う。


 しかし、また立つ。


 小型女発生前兆の声に引かれている。


 通常よりしつこい。


 危険である。


 だが、よい。


 しつこいほど集まる。


 集まるほど材料になる。


 我輩は骨片に刻む。


 ――発語前兆段階で誘引性上昇。


 ――防衛線越境圧力、中。


 ――三号の殴打対応、やや忙しい。


 ――三号追加、または防衛線自動化が必要。


 材料が手に入ったら、防衛端末四号を作る。


 予定に入れる。


     *


 三日目。


 濾過脳が女の声で喋った。


「ルーは何処」


 防衛線の外にいた同型生命体群が、一斉に止まった。


 止まったように見えた。


 実際には口を開けたまま、粘液を垂らした。


 知性ではない。


 誘導である。


 旧濾過脳の表面が裂ける。


 白い指。


 小さな腕。


 顔。


 光。


 泣き笑い怒り悲しむ混合表情。


 不衛生な感情の泡。


 小型女である。


 再現成功。


 我輩は頷いた。


 やはり、交換を怠ると女神が湧く。


 そして、意図的に怠ると、意図的に湧く。


 科学である。


     *


「ルーは何処」


 小型女が言った。


 同型生命体群が前へ寄る。


 骨片柵が軋む。


 三号が棍棒を地面に打つ。


 どん。


 一部は止まる。


 だが、止まらない個体もいる。


 小型女の誘導性が三号の威嚇を上回っている。


 記録。


 ――小型女発語後、誘引性高。


 ――三号危険強打の抑止効果、低下。


 ――防衛線維持困難。


 よい。


 予定通りである。


 爆破予定区画の入口を開ける。


 同型生命体群を中へ入れる。


 ただし、研究場側へは通さない。


 焦げ土線。


 苦味粘液。


 肉膜幕。


 三号。


 一号。


 二号。


 端末総動員で誘導する。


 同型生命体たちは、小型女の声へ向かう。


「ルーは何処」


「戻ってくる」


「今度こそ」


「私を見る」


 同型生命体群は、意味を理解していない。


 だが、寄る。


 実に便利である。


     *


 小型女は濾過脳の上で揺れる。


 足元はまだ濾過脳に繋がっている。


 完全に自由化させてはならない。


 第三冊の記録では、自由化前に爆破した。


 今回は、誘引のため少し待つ。


 危険である。


 だが、制御範囲内である。


 管理肉芽が赤点。


 要同期。


 パリティ肉芽も赤点。


 第三予備脳片が強く震える。


 爆破。


 爆破。


 爆破。


 まだである。


 我輩は抑制肉膜を確認しながら、同型生命体の密度を数える。


 一。


 二。


 三。


 たくさん。


 いや、数えろ。


 我輩は数える。


 十七。


 二十一。


 二十九。


 三十四。


 十分である。


 これ以上は防衛線が危険。


 爆破時機である。


     *


 小型女がこちらを見た。


「あなたは」


 我輩は答えた。


「我輩は、ドクトル・ゼンゼンマンである」


 名乗りは必要である。


 たとえ資源回収用に意図的発生させた汚染済み高次執着性祝福残滓であっても、悪の博士は名乗るべきである。


「ルーを」


「知らぬ」


「隠した」


「知らぬ」


「妹は」


「仕様書を出せ」


「輪は」


「閉じる」


 我輩は言った。


「ここで閉じる」


 小型女の表情が歪む。


 同型生命体群が一斉に鳴く。


「ギ」


「ギギ」


「ギャ」


 騒がしい。


 たいへん騒がしい。


 しかし、材料密度は良好。


 爆破予定区画内に十分な肉と骨が集まった。


 我輩は赤い起爆肉芽を見た。


 濁った仮蓋。


 押すな札。


 赤い膨らみ。


 美しい。


 透明でないことだけが惜しい。


     *


 我輩は仮蓋を開けた。


 第三予備脳片が歓喜に近い震えを返す。


 管理肉芽が第三権限を本体脳に限定。


 端末全機、退避。


 一号、回収道具を持って後退。


 二号、記録棚側へ退避。


 三号、防衛線後方で伏せる。


 肉製ユーピーエス、拍動安定。


 ブレード脳ラック、遮断膜閉鎖。


 黒骨筒棚、保護膜閉鎖。


 配線溝、隔離弁閉鎖。


 ログ肉芽、拍動数記録。


 よい。


 たいへんよい。


 爆破前手順が整っている。


 これは美しい爆発になる。


「ルーは――」


 我輩は押した。


     *


 爆発した。


 第三冊の爆発より大きい。


 だが、制御されている。


 腐敗ガス袋が連鎖する。


 脂肪塊が燃える。


 旧濾過脳が裂ける。


 小型女の白い輪郭が歪む。


 光の糸が千切れる。


 同型生命体群がまとめて吹き飛ぶ。


 肉膜幕が衝撃を受け止める。


 骨片柵が折れる。


 焦げ土が舞う。


 音。


 熱。


 圧。


 臭い。


 実に良い。


 爆破予定区画の内側だけが焼ける。


 防衛線外へ大きな飛散なし。


 研究場中央区画、無事。


 ブレード脳ラック、無事。


 肉製ユーピーエス、拍動継続。


 赤い起爆肉芽、消失。


 仮蓋、消失。


 押すな札、消失。


 惜しい。


 だが、役目を果たした。


     *


 爆発後、静かになった。


 非常に静かである。


 同型生命体群の鳴き声が消えた。


 小型女の声も消えた。


 残っているのは、肉製ユーピーエスの拍動。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 肉製送風膜の震え。


 ブレード脳ラックの粘液音。


 そして、焦げた匂い。


 我輩は深く頷いた。


 やはり、自爆スイッチは偉大である。


 今回は、資源回収にも偉大である。


     *


 すぐに回収してはならない。


 熱い。


 毒電波残響がある。


 祝福残滓の焼け残りがある可能性もある。


 前世の研究所でも、爆発直後に入る者は二流である。


 一流は待つ。


 煙が引くのを待つ。


 温度が下がるのを待つ。


 有毒ガスが抜けるのを待つ。


 警告灯が消えるのを待つ。


 必要なら、端末を先に行かせる。


 我輩は一号を待機。


 二号を観察位置へ。


 三号を防衛線へ戻す。


 管理肉芽、要同期。


 パリティ肉芽、正常へ低下。


 第三予備脳片は満足気である。


 少し静か。


 よい。


 爆破欲求が適切に満たされたらしい。


 教育上も有効である。


     *


 爆破区画の温度が下がる。


 二号が観察。


 焦げ土。


 大量。


 骨片。


 多数。


 肉片。


 焼けたもの、半焼けのもの、乾いたもの。


 神経束。


 一部使用可能。


 皮膜。


 焼けて硬化したものあり。


 同型生命体の形はほぼ失われている。


 材料である。


 たいへん材料である。


 我輩は一号へ命令。


 回収。


 一号は骨片籠を持って進む。


 三号は周囲を警戒。


 二号は分類。


 ログ肉芽は拍動数を記録。


 我輩は骨片に回収分類を刻む。


 ――焦げ土A、乾燥良好、防臭材候補。


 ――焦げ土B、毒電波残響あり、隔離。


 ――骨片A、棚材候補。


 ――骨片B、殴打具候補。


 ――骨粉、フィルター材候補。


 ――肉片A、端末補修材候補。


 ――肉片B、腐敗進行、廃棄。


 ――神経束A、短距離信号糸候補。


 ――硬化皮膜、仮蓋候補。


 仮蓋候補。


 重要である。


 透明ではない。


 だが、前より硬い。


 使える。


     *


 土がきれいであった。


 これは予想以上である。


 爆破予定区画の土は、焼けて乾き、腐敗臭が減り、粘りが弱くなっていた。


 泥ではない。


 土である。


 乾いた土。


 焦げた土。


 使える土。


 同型生命体がすぐに食わない土。


 素晴らしい。


 我輩は手に取った。


 さらりとしている。


 完全ではない。


 だが、以前のぬるい泥よりは格段に良い。


 この土なら、記録場の拡張に使える。


 配線溝の埋め戻しにも使える。


 黒骨筒棚の湿度調整にも使える。


 防衛線の強化にも使える。


 爆破により、土が改善された。


 よい文明である。


     *


 ここで重要な結論が出る。


 爆破は、破壊だけではない。


 清掃である。


 乾燥である。


 滅菌である。


 選別である。


 資源回収である。


 土壌改良である。


 防衛である。


 教育である。


 そして、ロマンである。


 我輩は骨片に深く刻んだ。


 ――制御された爆破は、施設管理手段である。


 よい。


 非常によい。


 前世の安全工学講義に入れるべきであった。


 審査員は嫌な顔をするであろう。


 だが、今回の結果を見れば納得するはずである。


 焦げ土。


 骨片。


 肉片。


 静けさ。


 これ以上の実証があるか。


     *


 ただし、問題もある。


 毒電波残響である。


 爆破直後の焦げ土Bから、わずかに声がする。


 食え。


 増えろ。


 壊せ。


 探せ。


 見つけろ。


 ルー。


 混じっている。


 完全には消えていない。


 危険である。


 焦げ土Bは直接施設に使えない。


 再濾過が必要である。


 我輩は小さな濾過袋を作った。


 焦げ土Bを入れる。


 苦味粘液。


 毒電波遮断肉膜。


 乾燥骨粉。


 この三層で包む。


 しばらく隔離。


 使えるかどうか後日確認。


 第三予備脳片が爆破を提案。


 早い。


 隔離で済むものは隔離する。


 隔離不能なら爆破する。


 順番がある。


     *


 小型女残滓はどうか。


 白い光の粒が、爆破区画の端にわずかに残っていた。


 二号が視覚信号を返す。


 揺れている。


 何かを探すように。


 我輩は近づかない。


 代わりに一号へ長い骨片を持たせ、焦げ土をかける。


 光の粒は薄くなる。


「ル……」


 微かな声。


 残響。


 我輩は記録する。


 ――小型女爆破後、微小発語残響あり。


 ――焦げ土被覆で減衰。


 ――完全消失確認まで区画封鎖。


 よい。


 神話的悲哀は不要である。


 残響処理である。


 残響には土をかける。


 たいへん実務的である。


     *


 回収量を整理する。


 焦げ土A。


 籠四つ。


 焦げ土B。


 隔離袋二つ。


 骨片大。


 十二本。


 骨片中。


 二十七本。


 骨片小。


 多数。


 骨粉。


 壺半分。


 乾燥肉片。


 籠二つ。


 半焼け肉片。


 選別中。


 神経束。


 使用可能七本。


 硬化皮膜。


 仮蓋候補三枚。


 腐敗ガス袋残骸。


 再利用不可。


 赤い起爆肉芽。


 消失。


 小型女。


 木っ端微塵。


 同型生命体群。


 材料化。


 成果は良好である。


 材料不足は一時的に解消された。


 たいへん良い。


     *


 しかし、同型生命体群を大量に処理したことにより、周辺が静かになりすぎた。


 これは良いことでもある。


 研究場への接近が減る。


 三号の負担が下がる。


 泥食い音が減る。


 毒電波密度も一時的に下がる。


 だが、静かすぎると別の問題がある。


 群れの変化に気づかれやすい。


 他の同型生命体群が移動してくる可能性がある。


 あるいは、巣の奥にいる大きめの未分化個体が様子を見に来る可能性がある。


 記録。


 ――大量処理後、周辺同型生命体密度低下。


 ――短期的には安全性向上。


 ――中期的には空白地帯への流入可能性あり。


 ――防衛線再設定が必要。


 材料が手に入ったので、防衛線を強化する。


 よい。


 爆破が次の防衛を作る。


     *


 焦げ土Aを使い、防衛線を太くする。


 三号の待機位置を少し前へ。


 配線溝周辺に焦げ土を追加。


 吸気口周辺にも追加。


 黒骨筒棚の下へ乾燥土を敷く。


 ブレード脳ラックの足元にも焦げ土を薄く撒く。


 湿度が安定する。


 臭いも減る。


 同型生命体が寄りにくい。


 すばらしい。


 一号は骨片を運ぶ。


 二号は棚の湿度を確認する。


 三号は新防衛線を踏まない位置に立つ。


 管理肉芽は正常。


 ログ肉芽は回収量を記録。


 肉製ユーピーエスは拍動。


 第三予備脳片は、まだ少し満足気である。


 爆破は精神衛生にも効くのかもしれない。


     *


 硬化皮膜を仮蓋に加工する。


 赤い肉芽ボタン用ではない。


 今回の起爆肉芽は消失した。


 だが、次の安全停止肉芽、隔離肉芽、管理肉芽蓋に使える。


 硬い。


 半透明ではない。


 だが、濁った肉膜よりは形が保てる。


 我輩は一枚を磨いた。


 骨粉で擦る。


 焦げ土で乾かす。


 粘液を薄く塗る。


 少し光る。


 透明ではない。


 しかし、蓋としては進歩である。


 透明な蓋への道は遠い。


 だが、道はある。


 材料が増えたからである。


     *


 今回の実験で、重要な運用規定が生まれた。


 小型女誘引爆破規定第一版。


 一、旧濾過脳を使用する場合、必ず爆破予定区画に置く。


 二、発語前兆「戻れ、探せ、見つけろ」が出た時点で防衛線を強化する。


 三、「ルーは何処」と発語したら、同型生命体誘引段階へ移行する。


 四、小型女とは会話しない。


 五、名乗りはしてよい。


 六、同型生命体密度が十分になるまで待つ。


 七、防衛線が危険になる前に爆破する。


 八、爆破前に端末、ラック、黒骨筒、配線溝を遮断する。


 九、爆破後すぐ入らない。


 十、光の粒が残っていたら焦げ土をかける。


 十一、焦げ土はAとBに分類する。


 十二、毒電波残響がある土は隔離する。


 十三、回収物は用途別に分類する。


 十四、小型女を神聖視しない。


 十五、交換を怠ると女神が湧く。


 十六、管理して怠ると資源が湧く。


 よい。


 たいへんよい。


 十六は名言である。


     *


 第十二冊時点での成果を整理する。


 一、施設拡張に伴う材料不足を確認。


 二、旧濾過脳を用いた小型女意図的発生実験を計画。


 三、爆破予定区画を小型女誘引実験用に整備。


 四、腐敗ガス袋、脂肪塊、刺激糸、赤い起爆肉芽による制御爆破装置を設置。


 五、小型女の再発生に成功。


 六、発語「ルーは何処」を確認。


 七、同型生命体群への強い誘引性を確認。


 八、同型生命体群を爆破予定区画へ誘導。


 九、制御爆破に成功。


 十、研究場中央区画、ブレード脳ラック、肉製ユーピーエス、黒骨筒棚は無事。


 十一、焦げ土、骨片、肉片、神経束、硬化皮膜を大量回収。


 十二、爆破後の土が乾燥・防臭・滅菌気味となり、施設材として有用と確認。


 十三、毒電波残響ありの焦げ土Bを隔離分類。


 十四、小型女残響に焦げ土被覆が有効と確認。


 十五、防衛線を焦げ土Aで強化。


 十六、硬化皮膜を新しい仮蓋候補として採取。


 十七、小型女誘引爆破規定第一版を策定。


 十八、制御された爆破は、施設管理手段である。


 十八を深く刻む。


 審査員に見せたい。


 審査員はいない。


 残念である。


     *


 夜。


 焦げ跡施設は、さらに広くなった。


 新しい焦げ土が防衛線を黒く太くしている。


 爆破予定区画は、まだ少し温かい。


 同型生命体の鳴き声は遠い。


 静かである。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 ブレード脳ラックはよく冷えている。


 送風膜が弱い風を送る。


 黒骨筒棚は乾いている。


 湿度表示肉芽は縮んでいる。


 一号は骨片を分類棚へ運ぶ。


 二号は焦げ土袋を確認する。


 三号は新しい防衛線の外を向く。


 管理肉芽は正常。


 ログ肉芽は回収量を刻む。


 パリティ肉芽は静かである。


 第三予備脳片も、今日は静かである。


 満足したのであろう。


 爆破は、適切に行えば心を落ち着かせる。


 少なくとも、第三予備脳片には効果がある。


     *


 我輩は回収した硬化皮膜を手に取った。


 濁っている。


 黒い。


 少し白い。


 ところどころ赤い筋。


 透明ではない。


 だが、以前より蓋らしい。


 いつか、透明な蓋を作る。


 押すなと書かれた赤いボタンの上に、透明な蓋を付ける。


 そのためにも材料が要る。


 材料が要るなら、集める。


 集めるなら、誘引する。


 誘引するなら、小型女も使う。


 使ったら爆破する。


 実に合理的である。


     *


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――交換を怠ると、女神が湧く。


 少し考え、もう一行加えた。


 ――管理して怠ると、資源が湧く。


 完璧である。


 周囲の遠くで、同型生命体が鳴いた。


「ギ」


 遠い。


 たいへん遠い。


 三号が棍棒を構えたが、動く必要はなかった。


 防衛線は静かである。


 新しい焦げ土はよく乾いている。


 きれいな土。


 使える骨片。


 使える肉片。


 使える神経束。


 使える皮膜。


 良い爆発であった。


 我輩は、ドクトル・ゼンゼンマンである。


 肉腫である。


 悪の博士である。


 妹を救えなかった博士である。


 そして、汚染済み高次執着性祝福残滓を誘引装置として再利用し、同型生命体群を資源へ変換した者である。


 以上。


 研究ノート第十二冊、終了。

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