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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート  作者: 黒瀬 量衡


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第八話 クライアントは泥の夢を見るか

 助手は欲しい。


 これは切実である。


 助手。


 実験器具を持つ者。


 記録を読む者。


 手順を復唱する者。


 警告灯が点いた時に叫ぶ者。


 爆発の前に少しだけ慌てる者。


 悪の博士には、助手が必要である。


 前世の悪の秘密結社にも助手はいた。


 優秀な者もいた。


 余計なことをする者もいた。


 怪人の培養槽へ私物を置く者もいた。


 安全弁の上に弁当箱を置いた者は許していない。


 だが、少なくとも彼らは文字を読んだ。


 道具を持った。


 報告をした。


 たまに逃げた。


 逃げる判断力があるだけでも、今の周囲の同型生命体よりは高度である。


     *


 現在の周囲の同型生命体は、助手に向かない。


 記録板を渡すと食う。


 骨筆を渡すと投げる。


 肉製ユーピーエスを見せると舐める。


 黒骨筒を嗅がせると嫌な顔をする。


 嫌な顔をする知能はある。


 だが、嫌な顔をしたあと、泥を食う。


 助手には使えない。


 よって、助手を作る必要がある。


 これは当然の結論である。


 しかし、完全な我輩をもう一体作るのは早い。


 完全な我輩を作るには、我輩性、研究手順、自爆ボタン思想、毒電波濾過、ジバーシャ記憶、蝗虫男への不満、悪の博士としての美学など、多数の要素を同期する必要がある。


 重い。


 非常に重い。


 また、完全な我輩が二体いた場合、どちらが赤いボタンを押すかで揉める可能性がある。


 これは危険である。


 赤いボタンは一つでよい。


 押す指も、一つでよい。


 少なくとも、今は。


     *


 必要なのは完全な我輩ではない。


 作業体である。


 外へ出る。


 材料を拾う。


 同型生命体を追い払う。


 黒骨筒を確認する。


 肉製ユーピーエスの拍動を見張る。


 必要なら殴る。


 考えるのは本体脳でよい。


 命令するのは本体脳でよい。


 作業体は、命令を受けて動けばよい。


 前世の言葉で言えば、クライアントである。


 本体脳がサーバー。


 外部作業体がクライアント。


 クライアント・サーバー構成。


 よい。


 非常によい。


 名称に文明がある。


 肉と骨と粘液しかない現状に、急に情報技術の香りが漂う。


 実際には臭い。


 だが、概念は美しい。


     *


 まず、本体脳の役割を定義する。


 本体脳。


 我輩性。


 研究計画。


 記録判断。


 毒電波濾過制御。


 予備脳片同期。


 パリティ肉芽監視。


 自爆判断。


 次に、外部作業体の役割。


 一、移動。


 二、把持。


 三、運搬。


 四、殴打。


 五、警告伝達。


 六、黒骨筒の点検。


 七、同型生命体の接近妨害。


 八、泥を食わない。


 八が重要である。


 外部作業体が泥を食い始めたら、それは助手ではない。


 ただの同型生命体である。


 我輩は骨片に深く刻んだ。


 ――外部作業体は泥を食ってはならない。


 研究の基本である。


     *


 素材を探す。


 完全に新しく作るには材料が足りない。


 よって、既存の同型生命体から使える部位を取る。


 倫理的問題はない。


 なぜなら、倫理委員会が存在しないからである。


 また、対象はすでに半分潰れていた。


 なぜ潰れていたか。


 転んだからである。


 なぜ転んだか。


 泥を食おうとして、別の同型生命体にぶつかったからである。


 実に素材らしい最期である。


 我輩は、その個体から腕、脚、背骨、顎、皮膜を回収した。


 顎は迷った。


 口があると泥を食う可能性がある。


 だが、口がないと咬合による把持ができない。


 道具を持てない時、噛んで運ぶという選択肢は有効である。


 そこで、噛めるが飲み込めない構造にする。


 口はある。


 喉は閉じる。


 これなら泥を食いにくい。


 賢い。


 我輩は賢い。


     *


 外部作業体第一号の骨格を組む。


 脚は二本。


 腕は二本。


 背中に小さな荷台。


 頭部には最低限の感覚器。


 目は粗い。


 鼻は強すぎると食欲へ流れるため、弱める。


 口は噛むだけ。


 飲み込まない。


 胃は不要。


 胃があると食う。


 食うと勝手に栄養判断を始める。


 栄養判断を始めると泥を食う。


 したがって胃は不要である。


 外部作業体は、作業体であって生物ではない。


 少なくとも、そう扱う。


 実際には肉でできている。


 だが、肉でできているからといって、生物として尊重する必要はない。


 前世の悪の秘密結社でも、肉でできた装置はたくさんあった。


 たいてい苦情を言わなかった。


 苦情を言ったものは、装置から怪人へ分類変更された。


 分類は重要である。


     *


 次に、通信である。


 外部作業体は、本体脳から命令を受ける必要がある。


 近距離なら神経糸でよい。


 だが、神経糸は絡まる。


 噛まれる。


 切れる。


 同型生命体が引っ張る。


 そして泥に沈む。


 長すぎる神経糸は危険である。


 そこで、二系統用意する。


 第一系統。


 神経糸による有線接続。


 高精度。


 短距離。


 第二系統。


 振動信号による簡易命令。


 低精度。


 やや遠距離。


 前世で言えば、有線通信と無線通信である。


 今は無線ではない。


 空気と地面と粘液を震わせるだけである。


 だが、概念上は似ている。


 概念が似ていれば、研究初期としては十分である。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――外部作業体第一号、神経糸接続および振動信号受信に対応。


 ――高精度操作は有線。


 ――遠隔簡易命令は振動。


 ――泥食い禁止。


 最後を再度刻む。


 重要である。


     *


 命令体系を設計する。


 複雑すぎる命令は不可。


 外部作業体第一号には脳がほとんどない。


 判断させない。


 考えさせない。


 考えると食う。


 命令は短くする。


 進め。


 戻れ。


 持て。


 離せ。


 殴れ。


 止まれ。


 伏せろ。


 警告。


 赤を見るな。


 泥を食うな。


 最後の二つは少し長い。


 だが、必要である。


 特に赤を見るな。


 赤い肉芽ボタンを外部作業体が押すと困る。


 自爆ボタンは、研究者が押すからよい。


 作業体が押してはならない。


 押す資格がない。


 透明な蓋の意味も分からない者に、赤いボタンを任せてはならない。


 これは文明の危機である。


     *


 第一起動試験。


 外部作業体第一号を焦げ跡研究場の中央に立たせる。


 立った。


 少し傾いている。


 右脚が弱い。


 左腕が長い。


 頭部は小さい。


 口は閉じている。


 よい。


 我輩は神経糸を通じて命令を送る。


 ――進め。


 外部作業体第一号は、一歩進んだ。


 よい。


 もう一歩。


 進んだ。


 右へ傾く。


 転んだ。


 泥は食わない。


 よい。


 非常によい。


 転んでも泥を食わない。


 これは周囲の同型生命体と明確に違う。


 我輩は満足した。


 ――立て。


 立たない。


 命令体系に「立て」を入れていなかった。


 不備である。


 追加する。


 立て。


 外部作業体第一号は立った。


 よい。


 第一試験、部分成功。


     *


 第二試験。


 把持。


 骨片を置く。


 命令。


 ――持て。


 外部作業体第一号は骨片を掴んだ。


 握力が弱い。


 落とした。


 もう一度。


 掴む。


 落とす。


 口を使わせる。


 ――噛め。


 噛んだ。


 飲み込まない。


 よい。


 骨片を噛んだまま、こちらへ戻る。


 途中で転ぶ。


 骨片を離さない。


 よい。


 外部作業体第一号は、骨片運搬に一定の適性あり。


 ただし、見た目は悪い。


 骨片を咥えて這う肉の作業体。


 悪の秘密基地なら許容範囲である。


 正義の研究所なら即時閉鎖であろう。


 だから正義の研究所は駄目なのである。


     *


 第三試験。


 殴打。


 同型生命体が一体、肉製ユーピーエスへ近づいていた。


 好機である。


 我輩は外部作業体第一号へ命令を送る。


 ――殴れ。


 外部作業体第一号は腕を振った。


 外れた。


 同型生命体は気づいていない。


 泥を見ている。


 もう一度。


 ――殴れ。


 当たった。


 弱い。


 同型生命体は少し揺れた。


 口を開けた。


 泥を食った。


 効果が薄い。


 外部作業体第一号の殴打力は不足している。


 殴打専用骨片を持たせる。


 ――持て。


 持つ。


 ――殴れ。


 当たる。


 同型生命体が転ぶ。


 泥を食う。


 成功。


 道具使用により殴打性能向上。


 よい。


 たいへんよい。


 助手らしい。


 ただし、命令ごとに一動作しかできない。


 持て。


 殴れ。


 戻れ。


 離せ。


 細かい。


 非常に細かい。


 我輩が忙しい。


 助手を作ったのに、我輩の負担が増えている。


 これは設計上よくある初期不具合である。


     *


 第四試験。


 振動信号。


 神経糸を外す。


 外部作業体第一号を焦げ跡の端へ置く。


 地面を叩き、振動で命令を送る。


 一回。


 進め。


 二回。


 戻れ。


 三回。


 止まれ。


 連続短打。


 殴れ。


 長い震え。


 警告。


 命令体系は単純である。


 試す。


 一回。


 外部作業体第一号は進んだ。


 二回。


 戻った。


 三回。


 止まった。


 連続短打。


 腕を振った。


 よい。


 長い震え。


 伏せた。


 警告を伏せろと解釈したらしい。


 悪くない。


 警告時に伏せるのは、生存性を高める。


 ただし、赤いボタンを見るな、は伝えられない。


 振動信号では複雑命令が難しい。


 今後の課題である。


     *


 振動信号試験中、周囲の同型生命体が反応した。


 一回叩くと、数体がこちらを見た。


 二回叩くと、一体が転んだ。


 三回叩くと、別の一体が鳴いた。


 連続短打では、群れ全体がざわついた。


 興味深い。


 振動信号は、外部作業体だけでなく周囲の同型生命体にも届く。


 ノイズである。


 あるいは、利用可能な場である。


 今はノイズである。


 同型生命体が勝手に反応すると、命令が混乱する。


 だが将来的には、群れ全体への信号制御に使える可能性がある。


 群れの同期。


 拍動。


 振動。


 熱。


 毒電波。


 警告音。


 赤い表示。


 これらは、どこかで繋がる。


 まだ用途は不明である。


 だが、記録しておく。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――振動信号は外部作業体だけでなく同型生命体群にも影響。


 ――ノイズ源であり、将来的な同期制御場でもある。


 ――連続短打に群れのざわつきあり。


 ――泥食い頻度、一時的に低下。


 最後は有用である。


 振動により泥食いが止まるなら、研究場防衛に使えるかもしれない。


     *


 外部作業体第一号に名称を与える。


 名称は重要である。


 作業体一号。


 分かりやすい。


 だが、味気ない。


 小我輩一号。


 良い。


 しかし、我輩性が強すぎる。


 完全な我輩ではない。


 助手一号。


 不正確である。


 助手というには自律性が低い。


 端末一号。


 よい。


 クライアント端末である。


 肉製端末。


 肉端末一号。


 かなりよい。


 不気味さもある。


 機能も分かる。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――外部作業体第一号、通称、肉端末一号。


 肉端末一号は立っている。


 少し傾いている。


 口は閉じている。


 泥は食わない。


 よい名である。


     *


 肉端末一号を使い、黒骨一の点検を行う。


 壁の割れ目は高い。


 我輩が毎回登るのは面倒である。


 肉端末一号を向かわせる。


 神経糸接続。


 進め。


 登れ。


 登れ、も命令体系にない。


 追加する。


 登れ。


 肉端末一号は壁に手をかけた。


 滑る。


 落ちる。


 泥は食わない。


 よい。


 爪が足りない。


 骨片爪を付ける。


 再試験。


 登る。


 遅い。


 だが登る。


 黒骨一の近くまで到達。


 命令。


 ――見ろ。


 見ろ、も未定義である。


 追加する。


 視覚信号を本体脳へ返す。


 ぼやけている。


 だが、黒骨筒は見える。


 保管状態、良好。


 命令。


 ――触るな。


 これは重要である。


 肉端末一号は触ろうとしていた。


 触るなを追加する。


 命令体系が増える。


 増えるほど複雑になる。


 複雑になるほど間違える。


 クライアント端末の設計は難しい。


     *


 点検中、神経糸に同型生命体が噛みついた。


 痛い。


 通信が乱れる。


 肉端末一号が壁で固まる。


 我輩は同型生命体を殴る。


 転ぶ。


 泥を食う。


 神経糸は少し傷んだ。


 有線接続の弱点である。


 高精度だが、切られる。


 噛まれる。


 絡まる。


 外部作業体が増えれば、神経糸も増える。


 巣の中が糸だらけになる。


 それは困る。


 前世の研究所でも配線管理は重要であった。


 床を這うケーブル。


 絡まるチューブ。


 踏む戦闘員。


 抜ける電源。


 落ちる培養槽。


 怒る博士。


 爆発する怪人。


 繰り返してはならない。


 配線には整理が必要である。


 ここで、ネットワークという概念が現れる。


 個別に糸を引くのではない。


 結節点を作る。


 中継する。


 分岐する。


 信号を整理する。


 神経糸網。


 よい。


 肉製ネットワーク。


 さらに良い。


     *


 肉端末一号を降ろす。


 転ぶ。


 泥は食わない。


 よし。


 我輩は神経糸の傷を修復しながら、簡易中継肉芽を作ることにした。


 目的。


 一、神経糸を直接本体から伸ばしすぎない。


 二、外部作業体との接続を中継する。


 三、噛まれた場合、一部だけ切り離す。


 四、振動信号と神経信号を変換する。


 五、必要なら小爆発で切断する。


 五は重要である。


 ネットワークには切断機構が必要である。


 汚染された信号が流れた時、全体へ広がる前に切る。


 毒電波も同じである。


 高次執着性祝福残滓も同じである。


 神経糸網が汚染されたら危険である。


 したがって、中継肉芽には隔離弁を付ける。


 赤い小肉芽も付ける。


 押すと切れる。


 少し爆ぜる。


 よい。


 ネットワークにも自爆思想は必要である。


     *


 簡易中継肉芽第一号を作成。


 見た目は、小さな瘤である。


 神経糸が四本出ている。


 本体脳。


 肉端末一号。


 肉製ユーピーエス。


 振動受信用の地面側糸。


 瘤の側面に赤い小肉芽。


 隔離用である。


 透明な蓋はない。


 またない。


 この問題は深刻である。


 透明素材がない文明は、悪の博士に厳しい。


 我輩は濁った肉膜を仮蓋にした。


 不満である。


 だが、運用する。


 肉端末一号を中継肉芽経由で接続。


 命令遅延。


 わずかにあり。


 だが、神経糸を直接噛まれても本体まで損傷が来にくい。


 安全性は向上。


 よい。


 ネットワーク化の第一歩である。


     *


 中継肉芽経由で再び命令を送る。


 進め。


 持て。


 戻れ。


 離せ。


 殴れ。


 止まれ。


 泥を食うな。


 おおむね成功。


 ただし、泥を食うな、は伝わりにくい。


 肉端末一号はそもそも胃がないため、実害はない。


 だが、口を泥へ近づける動作が時々出る。


 元素材の癖であろう。


 記録する。


 ――肉端末一号、泥食い衝動残滓あり。


 ――胃の除去により摂取は不能。


 ――口部接近動作は残る。


 ――完全な行動制御には追加の抑制肉芽が必要。


 第三予備脳片が震えた。


 爆破。


 違う。


 泥を食おうとしただけで爆破しては、端末運用が進まない。


 パリティ肉芽が赤点を出した。


 要同期。


 第三予備脳片の教育は続く。


     *


 肉端末一号には、もう一つ問題があった。


 自律性が低すぎる。


 命令すれば動く。


 命令しなければ止まる。


 止まるだけならよい。


 だが、命令待ちの間に傾く。


 傾いて倒れる。


 倒れても泥を食わない。


 よい。


 しかし、倒れるたびに立て命令が必要である。


 面倒である。


 最低限の姿勢制御が必要である。


 小脳のようなものを作る。


 いや、小脳というには粗い。


 姿勢保持肉芽。


 よい。


 肉端末一号の背部に、小さな平衡肉芽を付ける。


 左右の傾きを検出。


 傾いたら脚へ反射信号。


 考えずに立つ。


 これでよい。


 実装。


 試験。


 肉端末一号を軽く押す。


 傾く。


 戻る。


 もう一度押す。


 傾く。


 戻る。


 強く押す。


 転ぶ。


 泥は食わない。


 許容範囲。


 姿勢保持肉芽、成功。


     *


 外部作業体に最低限の反射を持たせると、操作が楽になる。


 これは重要である。


 本体脳がすべてを制御すると、負担が大きい。


 端末側に低級な処理を持たせる。


 進めと言われたら、足を交互に動かす。


 持てと言われたら、落とさない程度に握る。


 殴れと言われたら、腕を振り切る。


 倒れそうなら戻る。


 泥へ口が近づいたら閉じる。


 赤い肉芽ボタンを見たら目を逸らす。


 最後はまだ難しい。


 だが、必要である。


 この構造は、クライアント側処理である。


 本体脳、サーバー。


 肉端末、クライアント。


 中継肉芽、ネットワーク。


 姿勢保持肉芽、端末側処理。


 肉製ユーピーエス、電源保護。


 パリティ肉芽、冗長化監視。


 骨片バックアップテープ、外部記録。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳、セキュリティ。


 赤い肉芽ボタン、安全停止。


 素晴らしい。


 構成図が欲しい。


 構成図を描くには、大きな板がいる。


 大きな板が欲しい。


 紙が欲しい。


 この時点では、まだ紙を知らない。


 だが、欲しい。


 非常に欲しい。


     *


 第八冊時点での成果を整理する。


 一、助手不足が深刻であることを再確認。


 二、完全な我輩複製ではなく、外部作業体を作る方針を採用。


 三、本体脳をサーバー、外部作業体をクライアントとする構成を定義。


 四、外部作業体第一号を作成。


 五、通称を肉端末一号とした。


 六、肉端末一号に移動、把持、運搬、殴打を実装。


 七、胃を除去し、泥食いを物理的に抑制。


 八、ただし泥食い衝動残滓は残存。


 九、神経糸による有線操作を実装。


 十、振動信号による簡易命令を実装。


 十一、振動信号が同型生命体群にも影響することを確認。


 十二、黒骨一の点検に肉端末一号を使用。


 十三、神経糸が噛まれる問題を確認。


 十四、簡易中継肉芽第一号を作成。


 十五、肉製ネットワーク化の第一歩を実装。


 十六、姿勢保持肉芽を追加。


 十七、クライアント側低級処理の有用性を確認。


 十八、赤いボタンは端末に押させてはならない。


 十八は深く刻む。


 非常に重要である。


     *


 夜。


 焦げ跡研究場には、新しい音が増えた。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 予備脳片が震える。


 パリティ肉芽が静かに膨らむ。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が背中で脈打つ。


 中継肉芽が、時々ぴくりと動く。


 肉端末一号は、焦げ跡の端に立っている。


 少し傾いている。


 だが倒れない。


 口は閉じている。


 泥は食わない。


 それだけで、我輩は満足であった。


 周囲の同型生命体が鳴く。


「ギ」


「ギギ」


「ギャ」


 一体が肉端末一号へ近づいた。


 我輩は命令を送った。


 ――殴れ。


 肉端末一号は殴打用骨片を振った。


 当たった。


 同型生命体は転んだ。


 泥を食った。


 よい。


 たいへんよい。


 我輩が直接殴らなくても、同型生命体が泥を食った。


 これは進歩である。


 労働の外部化である。


 文明である。


     *


 肉端末一号は、殴打後、こちらを見た。


 見たと言っても、粗い感覚器が本体方向を向いただけである。


 知性はない。


 我輩ではない。


 助手とも呼びにくい。


 だが、命令を待っている。


 前世の戦闘員より優秀かもしれない。


 少なくとも、勝手に作戦名を叫ばない。


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――考える肉と、動く肉を分けよ。


 少し考え、もう一行加えた。


 ――ただし、赤いボタンを押す肉は、我輩でなければならない。


 完璧である。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴った。


 パリティ肉芽は正常。


 第三予備脳片は、わずかに震えた。


 爆破ではない。


 たぶん、満足である。


 肉端末一号は立っている。


 泥は食わない。


 研究は進んでいる。


 以上。


 研究ノート第八冊、終了。

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