第七話 三つの脳体問題、またはパリティ肉芽の夜
三つあるから安全である。
そう考える者は、甘い。
非常に甘い。
三つの脳片。
三つの記録。
三つの保管場所。
三つの安全装置。
確かに、一つよりはよい。
だが、三つあるものは、三つぶん壊れる。
三つぶん乾く。
三つぶん腐る。
三つぶん食われる。
三つぶん同期がずれる。
そして、三つぶん喧嘩する。
脳片が喧嘩するという表現は不正確かもしれない。
だが、実際に喧嘩に近い。
第一予備脳片は、我輩性を守ろうとする。
第二予備脳片は、手順を守ろうとする。
第三予備脳片は、爆破しようとする。
役割分担である。
同時に、内紛である。
*
第六冊において、我輩は骨片バックアップテープを作成した。
骨片バックアップテープ。
骨膜巻取り式外部記録媒体。
長いが、良い。
第一号、黒骨一。
研究ノート要約。
第二号、黒骨二。
我輩復元手順。
第三号、黒骨三。
毒電波濾過関連記録。
保管場所も分散した。
壁の割れ目。
焦げ土層の奥。
巣の外れ、乾いた根の下。
これで記録は一箇所ではなくなった。
たいへんよい。
たいへん死ににくい。
そう思った。
だが、死ににくいことと、まともに動くことは別である。
この違いを理解しない者は、長期運用に向いていない。
前世の悪の秘密結社にもいた。
「博士、予備の怪人を三体作れば安心ではないか」
違う。
三体同じ欠陥を持った怪人を作れば、三回同じ失敗をするだけである。
しかも三体ぶん名乗りの練習が必要になる。
時間の無駄である。
*
問題は朝に発生した。
肉製ユーピーエス第一号機が、どくん、どくん、と拍動している。
粘液循環は安定。
脂肪熱源も安定。
毒電波遮断肉膜も機能。
焦げ土防臭層も許容範囲。
赤い肉芽ボタンの仮蓋は透明性がない。
これは未解決である。
だが、機能上は許容する。
その中で、第一予備脳片が震えた。
――我輩は誰か。
正常。
第二予備脳片が震えた。
――点検手順を確認せよ。
正常。
第三予備脳片が震えた。
――爆破。
いつも通り。
我輩は骨片記録を取り、肉製ユーピーエスの拍動を確認し、黒骨一の保管状態を確認した。
ここまでは平常である。
その後、第二予備脳片がもう一度震えた。
――点検手順を確認せよ。
我輩は確認した。
問題なし。
しばらくして、また震えた。
――点検手順を確認せよ。
うるさい。
さらにしばらくして、また震えた。
――点検手順を確認せよ。
これは異常である。
手順保存用脳片が、手順確認を繰り返している。
原因を調べる。
粘液濃度。
やや高い。
温度。
やや低い。
毒電波濃度。
軽微。
神経接続。
わずかに遅延。
第二予備脳片は、遅延を手順不備と判断している。
なるほど。
脳片は、ずれる。
*
同期ずれ。
嫌な言葉である。
前世の研究所にもあった。
実験記録の版が違う。
図面の版が違う。
薬液の濃度表が違う。
怪人改造手順の最新版が、第一研究室には届いているが、第二研究室には届いていない。
そして第三研究室は、そもそも古い手順で勝手に改造している。
結果、怪人の右腕だけ旧式になる。
右腕だけ爆発する。
左腕は正常。
胴体は怒る。
研究者は謝る。
幹部は怒鳴る。
首領は椅子を回す。
実に不毛である。
同期ずれは、組織を殺す。
そして、我輩の内部にも起きる。
我輩性。
研究手順。
自爆思想。
この三つが同時に進まなければ、我輩は歪む。
我輩性だけ強いと、懐古的になる。
手順だけ強いと、退屈になる。
自爆思想だけ強いと、すぐ爆破する。
最後は少し魅力的だが、研究継続には向かない。
*
我輩は同期試験を行った。
信号一。
――我輩はドクトル・ゼンゼンマンである。
第一予備脳片。
強く震える。
第二予備脳片。
少し遅れて震える。
第三予備脳片。
赤い肉芽ボタン側へ震える。
信号二。
――濾過フィルターは定期交換するべきである。
第一予備脳片。
震える。
第二予備脳片。
強く震える。
第三予備脳片。
爆破処理を想起。
信号三。
――自爆ボタンはロマンである。
第一予備脳片。
震える。
第二予備脳片。
遅い。
第三予備脳片。
非常に強い。
信号四。
――ジバーシャ。
三枚とも、静かに震えた。
ここはずれていない。
よい。
だが、信号二と三に遅延がある。
第二予備脳片が遅い。
手順が古くなっている可能性がある。
あるいは、手順を確認しすぎて遅くなっている。
実に手順保存用らしい不具合である。
手順を守るために手順が遅れる。
役所か。
*
改善策を考える。
一、第二予備脳片を叩く。
簡単である。
だが、根本解決ではない。
二、粘液濃度を下げる。
実施可能。
三、温度を上げる。
脂肪熱源を強める必要がある。
過熱に注意。
四、第二予備脳片を作り直す。
痛い。
五、三枚の脳片とは別に、同期確認専用の肉芽を作る。
よい。
非常によい。
専用部品。
検算部品。
監視部品。
同期のずれを見つける肉芽。
我輩は骨片に記録した。
――同期確認用肉芽を新設する。
名称。
同期監視肉芽。
悪くない。
しかし、機能が弱い。
検算肉芽。
良い。
だが、何を検算するかが曖昧である。
パリティ肉芽。
よい。
たいへんよい。
前世の記録装置や冗長化構成にあった考え方である。
余分な情報を持たせる。
壊れた時に、他の情報から戻す。
全部を丸ごと持つわけではない。
だが、失われたものを推測するための余地を持つ。
パリティ。
響きもよい。
パリティ肉芽。
素晴らしい。
*
パリティ肉芽の目的を定義する。
一、三枚の予備脳片の信号を受ける。
二、差分を検出する。
三、同期ずれを警告する。
四、一枚が弱った場合、残り二枚と骨片記録から復元補助を行う。
五、第三予備脳片が過剰に爆破提案した場合、少し抑える。
五が重要である。
第三予備脳片は有用だが、偏りが強い。
自爆ボタン思想保存用としては優秀である。
だが、世界をすべて自爆ボタンへ接続しようとする。
危険である。
魅力的ではある。
だが、危険である。
パリティ肉芽は、第三予備脳片を否定しない。
抑える。
爆破を最後に置く。
順番を守らせる。
これは安全工学である。
また美学でもある。
すぐ爆破する装置は、爆破の価値を下げる。
爆破は最後だから良い。
*
素材を集める。
小さな肉芽。
細い神経糸。
焦げ土。
薄い骨粉。
粘液。
苦い汁。
微量の毒電波濾過済み粘液。
最後は慎重に扱う。
毒電波を含みすぎると、パリティ肉芽そのものが汚染される。
含まなすぎると、毒電波環境下で信号を読めない。
ほどほどである。
ほどほど。
研究において難しい言葉である。
前世の幹部はよく言った。
「ほどほどに強い怪人を作れ」
ほどほどとは何か。
変身ヒーローに勝てるが、首領に逆らわない程度。
そんな仕様を口で言うな。
数値で出せ。
今回のほどほどは、我輩が決める。
我輩は賢いからである。
*
パリティ肉芽を肉製ユーピーエスの側面に接続する。
位置は重要である。
第一予備脳片に近すぎると、我輩性へ偏る。
第二予備脳片に近すぎると、手順へ偏る。
第三予備脳片に近すぎると、赤い肉芽ボタンへ伸びる。
したがって、三枚の中央。
しかし、赤い肉芽ボタンからは少し離す。
これがよい。
神経糸を三本伸ばす。
第一へ一本。
第二へ一本。
第三へ一本。
さらに、本体脳へ一本。
骨片記録場へ細い感覚糸を一本。
黒骨一の保管方向へ、予備信号糸を一本。
少し多い。
だが、監視装置には入力が多い方がよい。
出力は少ない方がよい。
出力が多い監視装置は、現場を混乱させる。
前世の警報盤がそうであった。
赤い灯りが二十個点滅する。
警告音が三種類鳴る。
どれが危険か分からない。
結果、全部爆破する。
悪くはない。
だが、雑である。
今回は、出力を三つにする。
正常。
要同期。
爆破準備。
最後は必要である。
*
パリティ肉芽第一号、起動。
見た目。
小さい。
丸い。
灰色。
ところどころ赤い筋。
拍動は弱い。
地味である。
不満である。
監視装置とはいえ、もう少し威厳が欲しい。
将来的には、小さな計器針を付けたい。
真鍮枠も欲しい。
赤い警告灯も欲しい。
だが、今は機能優先である。
我輩は信号を送った。
――我輩はドクトル・ゼンゼンマンである。
第一予備脳片、強。
第二予備脳片、中、遅延。
第三予備脳片、中。
パリティ肉芽、ぷくりと膨らむ。
要同期。
よい。
検出した。
次。
――自爆ボタンはロマンである。
第一予備脳片、中。
第二予備脳片、弱。
第三予備脳片、強すぎる。
パリティ肉芽、赤い筋を出す。
爆破準備。
違う。
これは思想確認であって、実爆破ではない。
設定が敏感すぎる。
調整する。
第三予備脳片からの信号を少し減衰。
赤い肉芽ボタン系統への接続をさらに遠ざける。
再試験。
――自爆ボタンはロマンである。
パリティ肉芽。
要同期。
よい。
爆破準備ではない。
思想としては強いが、現実にはまだ押さない。
これが正しい。
*
次に、故障試験である。
装置は異常時に価値が分かる。
第一試験。
第二予備脳片への神経信号を一時的に弱める。
第二予備脳片、反応低下。
パリティ肉芽、要同期。
第一予備脳片と第三予備脳片から差分を取る。
骨片記録場の手順記録を参照。
第二予備脳片へ補助信号を送る。
第二予備脳片、少し回復。
よい。
完全ではないが、復元補助になる。
第二試験。
第一予備脳片を冷やす。
我輩性保存用が弱る。
少し不安である。
パリティ肉芽、要同期。
第二予備脳片から復元手順。
第三予備脳片から自爆思想。
黒骨二から我輩復元手順の信号を参照。
第一予備脳片が震える。
――我輩は誰か。
よい。
戻った。
第三試験。
第三予備脳片を赤い肉芽ボタンへ近づける。
これは危険である。
だが試験である。
第三予備脳片が強く震える。
爆破。
爆破。
爆破。
パリティ肉芽、赤い筋を出す。
爆破準備。
その通りである。
危険を危険と判断した。
我輩は第三予備脳片を元の位置に戻す。
パリティ肉芽、要同期へ低下。
さらに正常へ戻る。
よい。
非常によい。
パリティ肉芽第一号は有用である。
*
有用な装置は、狙われる。
これは前世からの経験である。
悪の秘密結社では、新しい装置を作ると、幹部が見に来る。
触るなと言うと触る。
押すなと言うと押す。
入るなと言うと入る。
危険だと言うと笑う。
そして怪我をする。
その点、同型生命体は幹部より素直である。
触るなと言っても理解しない。
押すなと言っても理解しない。
危険だと言っても理解しない。
したがって、最初から期待しないで済む。
これは精神衛生によい。
しかし、物理的には困る。
パリティ肉芽が新しい匂いを出したらしく、同型生命体が三体近づいてきた。
三体。
ちょうどよい。
三つの脳体問題に対し、三つの未分化個体問題である。
我輩は殴打用骨片を取った。
一体目。
殴る。
転ぶ。
泥を食う。
二体目。
殴る。
転ぶ。
泥を食う。
三体目。
避けた。
避けた。
我輩は驚いた。
同型生命体が殴打を避けた。
偶然か。
もう一度殴る。
三体目は、少し身を引いた。
完全ではない。
だが、避けた。
観察価値あり。
我輩は殴るのを止め、距離を取った。
三体目は、パリティ肉芽ではなく、肉製ユーピーエスの拍動音に反応している。
どくん。
どくん。
どくん。
三体目の頭が揺れる。
拍動に同期している。
なるほど。
熱や毒電波だけでなく、音も同期を起こす。
記録すべきである。
その隙に、三体目がパリティ肉芽へ手を伸ばした。
殴った。
転んだ。
泥を食った。
偶然だったかもしれない。
だが、記録はする。
*
我輩は骨片に刻んだ。
――一部同型生命体、拍動音へ同期反応。
――殴打回避様挙動あり。
――知性発現ではない可能性が高い。
――ただし観察継続。
第二予備脳片が震えた。
――分類項目を追加せよ。
正しい。
第一予備脳片が震えた。
――我輩との差異を確認せよ。
これも正しい。
第三予備脳片が震えた。
――危険なら爆破。
早い。
パリティ肉芽が膨らんだ。
要同期。
よい。
第三予備脳片の過剰反応を検出している。
我輩は満足した。
こうして、内側の会議が少しまともになった。
前世の幹部会議より良い。
少なくとも、誰も椅子を回していない。
*
しかし、パリティ肉芽には欠点があった。
警告が地味である。
正常。
要同期。
爆破準備。
この三つを、膨らみ方と赤筋の出方で示す。
機能はする。
だが、見づらい。
我輩は悪の博士である。
悪の博士の装置には、警告表示が必要である。
しかも、無駄に分かりやすいものがよい。
緑。
黄。
赤。
あるいは、低い音。
高い音。
警告音。
現状、緑も黄もない。
赤はある。
赤い肉芽は作れる。
ならば、赤だけで段階表示する。
正常時。
赤なし。
要同期時。
赤い点。
爆破準備時。
赤い筋が三本。
さらに、拍動音を変える。
正常。
どくん。
要同期。
どく、どくん。
爆破準備。
どくどくどく。
よい。
音と表示の二重化である。
警告も冗長化すべきである。
警告が一種類だけだと、見落とす。
聞き落とす。
あるいは、幹部が「気のせいだ」と言う。
気のせいではない。
赤く光って鳴っているものは、たいてい危険である。
*
パリティ肉芽に赤点表示を追加する。
小さな赤い斑点。
要同期時に浮く。
爆破準備時には三本筋。
試験する。
第二予備脳片を少し遅らせる。
赤点。
どく、どくん。
よい。
第三予備脳片を赤い肉芽ボタン方向へ寄せる。
赤筋三本。
どくどくどく。
よい。
非常に分かりやすい。
ただし、赤筋三本は見た目が格好よすぎる。
爆破準備でなくても見たくなる。
危険である。
警告表示は格好よいほど、不要時にも見たくなる。
前世の警報ランプもそうであった。
非常用赤色回転灯は、回ると嬉しい。
だから、無意味に回してはいけない。
我慢が必要である。
美学には自制が必要である。
これは重要である。
*
次に、復元試験の強化を行う。
バックアップテープ。
予備脳片。
パリティ肉芽。
この三つが揃ったなら、一部欠損からの復元を試すべきである。
完全破壊試験はまだ早い。
我輩自身が困る。
したがって、疑似欠損を行う。
第二予備脳片の手順記憶の一部を一時的に遮断する。
遮断項目。
――脂肪熱源過刺激時、腐敗ガス逃がし孔を開く。
重要だが、復元可能な項目である。
第二予備脳片がその手順を返さなくなる。
パリティ肉芽、赤点。
要同期。
第一予備脳片は、我輩がその手順を経験したことを保持している。
第三予備脳片は、過刺激時に爆破を提案する。
黒骨二には復元手順。
黒骨一には要約。
我輩はパリティ肉芽経由で差分を流す。
脂肪熱源。
過刺激。
粘液圧上昇。
逃がし孔。
開く。
爆破不要。
第二予備脳片が震えた。
――脂肪熱源過刺激時は腐敗ガス逃がし孔を開く。
復元成功。
第三予備脳片が少し不満そうに震える。
爆破不要と明記されたからである。
よい。
不満でもよい。
手順が戻る方が重要である。
*
復元成功により、我輩は新しい構成を記録した。
名称。
脳片冗長配列。
よい。
やや硬い。
肉芽式冗長化脳片配列。
長い。
良い。
しかし、日常運用には長すぎる。
前世の用語を使うなら、レイドである。
RAID。
Redundant Array of Independent Disks。
独立した記録媒体を冗長に並べる。
この場合、ディスクではない。
脳片である。
したがって、
Redundant Array of Independent Niku片。
いや、混じる。
美しくない。
ならば、脳片レイド。
よい。
正確ではない。
だが、運用上分かりやすい。
我輩は骨片に刻んだ。
――脳片レイド第一構成、成立。
構成。
本体脳。
第一予備脳片。
第二予備脳片。
第三予備脳片。
パリティ肉芽。
骨片バックアップテープ。
肉製ユーピーエス。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。
焦げ跡研究場。
赤い肉芽ボタン。
かなり増えた。
よい。
研究環境らしくなってきた。
*
だが、装置が増えると、故障点も増える。
これは当然である。
肉製ユーピーエス。
脳片三枚。
パリティ肉芽。
骨片バックアップテープ。
濾過脳。
赤い肉芽ボタン。
それぞれが壊れる。
それぞれが臭う。
それぞれが同型生命体を引き寄せる。
それぞれに保守が必要である。
つまり、我輩の仕事が増える。
助手が欲しい。
この点は深刻である。
周囲の同型生命体は、依然として助手に向かない。
記録板を渡すと食う。
骨筆を渡すと投げる。
黒骨筒を渡すと噛む。
肉製ユーピーエスを見せると舐める。
赤い肉芽ボタンを見せると触る可能性がある。
危険である。
助手には使えない。
しかし、装置が増えれば、保守作業も増える。
我輩一体では限界がある。
ならばどうするか。
我輩を増やす。
この結論は自然である。
ただし、同型生命体のように増えるのではない。
あれは非効率である。
食う。
増える。
壊す。
泥を食う。
我輩が必要とするのは、我輩の手順を持つ作業単位である。
完全な我輩ではなくてよい。
保守専用の小我輩。
点検専用の小我輩。
殴打専用の小我輩。
自爆ボタン監視専用の小我輩。
最後は慎重に扱う必要がある。
*
小我輩構想。
よい。
まだ実装は早い。
しかし、方向性は見えた。
単体脳。
予備脳片。
骨片バックアップ。
肉製ユーピーエス。
パリティ肉芽。
脳片レイド。
次は、外部作業体である。
クライアントである。
メイン脳がサーバー。
外部作業体がクライアント。
この肉の巣に、ついにクライアント・サーバー構成の芽が生じる。
素晴らしい。
だが、順番がある。
まずは脳片レイドを安定させる。
次に、保守作業の一部を外部化する。
それから、作業体を作る。
最後に、必要なら自爆する。
常に最後である。
第三予備脳片が震えた。
不満そうである。
我輩は言った。
「最後である」
第三予備脳片は静かになった。
パリティ肉芽が正常を示した。
よい。
教育効果あり。
*
第七冊時点での成果を整理する。
一、三枚の予備脳片に同期ずれが発生することを確認。
二、第二予備脳片に手順確認過多と反応遅延を確認。
三、同期監視・差分検出用のパリティ肉芽を設計。
四、パリティ肉芽第一号を肉製ユーピーエス側面に接続。
五、正常、要同期、爆破準備の三状態を定義。
六、第三予備脳片の爆破提案過多を抑制する機能を追加。
七、赤点、赤筋三本、拍動変化による警告表示を実装。
八、疑似欠損からの手順復元に成功。
九、脳片レイド第一構成を成立させた。
十、警告表示は格好よすぎると無意味に見たくなるため自制が必要。
十一、一部同型生命体に拍動同期反応を確認。
十二、助手不足が深刻。
十三、小我輩構想を着想。
十四、次段階として外部作業体、クライアント・サーバー構成を検討。
十五、爆破は最後である。
十五を深く刻む。
第三予備脳片にも読ませる。
*
夜。
焦げ跡研究場は、以前より賑やかになっていた。
肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。
三枚の予備脳片が、粘液の中で小さく震える。
パリティ肉芽が、静かに膨らみ、縮む。
正常。
背中の迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が、毒電波を濾過する。
骨片バックアップテープは、三箇所に分散保管されている。
赤い肉芽ボタンは、濁った仮蓋の奥にある。
押してはならない。
まだ。
周囲では、同型生命体が鳴いている。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
一体が拍動音に合わせて頭を揺らした。
どくん。
揺れる。
どくん。
揺れる。
知性ではない。
おそらく、ただの同期反応である。
だが、我輩は記録した。
小さな反応も記録する。
いつか役に立つかもしれない。
群れの熱。
拍動。
同期。
信号。
まだ用途はない。
だが、何かに使える。
我輩はそう思った。
第三予備脳片が微かに震えた。
爆破演出。
我輩は首を振った。
まだである。
だが、少しだけ理解できる。
拍動に合わせて、赤い警告が走る。
群れが揺れる。
何かが始まる。
そして最後に爆発する。
悪くない。
非常に悪くない。
しかし、今はまだ研究場である。
観客はいない。
リングもない。
入場曲もない。
その概念もない。
ただ、焦げ跡と肉と骨と脳片がある。
それで十分である。
研究は、ここから始まる。
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――三つあるだけでは足りない。
少し考え、もう一行加えた。
――三つを正しくずらし、正しく戻せ。
よい。
たいへんよい。
パリティ肉芽は正常を示した。
肉製ユーピーエスは拍動した。
第三予備脳片は、今日は爆破を我慢した。
成長である。
以上。
研究ノート第七冊、終了。




