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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート  作者: 黒瀬 量衡


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6/12

第六話 骨のゆりかご、またはバックアップテープは骨に巻く

 記録は、残すだけでは足りない。


 これは重要である。


 骨片に刻む。


 並べる。


 番号を振る。


 焦げ跡研究場の中央に置く。


 それだけで満足する者は、記録というものを分かっていない。


 記録は失われる。


 割れる。


 濡れる。


 焦げる。


 齧られる。


 並び替えられる。


 同型生命体が意味もなく持ち去る。


 そして、泥の中へ落とす。


 最後の理由が、現状もっとも頻度が高い。


     *


 第五冊において、我輩は肉製ユーピーエス第一号機を作成した。


 Uninterruptible Power System。


 無停電電源装置。


 長いが、良い。


 肉製である点には不満がある。


 だが、予備脳片は安定した。


 第一予備脳片。


 我輩性保存用。


 第二予備脳片。


 研究手順保存用。


 第三予備脳片。


 自爆ボタン思想保存用。


 三枚とも、どくん、どくん、と拍動する粘液の中で維持されている。


 研究は止まらない。


 少なくとも、少しの寒さや乾きや毒電波では止まらない。


 これで、我輩は安心して記録を続けられる。


 そう思った。


 思った翌朝、骨片記録の半分が消えた。


     *


 犯人は、同型生命体であった。


 正確には、犯人という概念を適用するほどの知性はない。


 ただ、焦げ跡の端へ近づき、骨片を掴み、口へ入れ、硬いので吐き出し、別の場所へ運び、また口へ入れ、転び、泥の中へ落とした。


 それだけである。


 それだけで、我輩の第四冊記録の一部と、第五冊の温湿度試験記録が失われた。


 実に愚かである。


 だが、愚かなものによって記録が失われることは、前世でもよくあった。


 研究助手が机を片づける。


 幹部が重要書類の上に紅茶をこぼす。


 首領が「この程度は覚えておけ」と言って資料を燃やす。


 戦闘員が配線を踏む。


 変身ヒーローが壁を破って入ってくる。


 爆発する。


 記録は失われる。


 世界とは、記録に優しくない。


     *


 我輩は泥の中から骨片を拾った。


 濡れている。


 臭い。


 文字の一部が読めない。


 番号が削れている。


 歯形が付いている。


 不愉快である。


 我輩は同型生命体を殴った。


 転んだ。


 泥を食った。


 今回は、それだけでは足りない。


 記録が失われたのである。


 研究者にとって、記録喪失は肉体損傷より重い。


 肉は再生する。


 脳片は冗長化できる。


 毒電波は濾過できる。


 しかし、実験条件を忘れた研究は、追試できない。


 追試できない結果は、ただの思い出である。


 思い出は美しい。


 だが、研究ではない。


 我輩は骨片を乾かしながら考えた。


 記録には複製が必要である。


 複製には保管先が必要である。


 保管先には、食われない工夫が必要である。


 そして、複製した記録は、戻せなければ意味がない。


 つまり、バックアップである。


     *


 バックアップ。


 よい言葉である。


 背後に控えるもの。


 倒れた時に支えるもの。


 壊れた時に戻すもの。


 前世の研究所にもバックアップはあった。


 紙。


 磁気テープ。


 外部記録装置。


 研究主任の隠し金庫。


 悪の秘密結社中央サーバー。


 首領専用の黒い端末。


 ただし、運用は雑であった。


 バックアップを取ったと言う。


 だが、戻せない。


 古い。


 壊れている。


 暗号鍵がない。


 担当者が爆死した。


 テープが上書きされた。


 復元試験をしていない。


 これではバックアップではない。


 祈りである。


 研究者は祈ってはならない。


 検証すべきである。


     *


 我輩は、新しい骨片を集めた。


 平たい骨は、記録板に向いている。


 細長い骨は、巻く芯に向いている。


 薄く削った骨膜は、巻き取り記録に向いている。


 乾いた腱は、紐に向いている。


 肉膜は、保護袋に向いている。


 同型生命体は、材料置き場に向いていない。


 すぐ食おうとするからである。


 我輩は、まず長い骨を芯にした。


 その周りへ、薄く削った骨膜を巻く。


 骨膜には、細かく傷を入れる。


 傷の向き。


 傷の深さ。


 間隔。


 これらで記録する。


 文字を刻むより細かい。


 ただし、読みにくい。


 読みにくいが、巻ける。


 巻けるということは、量が入る。


 量が入るということは、記録媒体として有望である。


 我輩は深く頷いた。


 ――バックアップテープは、骨に巻く。


 よい。


 非常によい。


     *


 名称を決める。


 骨膜巻取り式外部記録媒体。


 長い。


 良い。


 ただし、日常運用には長すぎる。


 通称、骨テープ。


 少し短い。


 悪くない。


 しかし、骨だけでは不十分である。


 テープ感が弱い。


 ならば、骨片バックアップテープ。


 よい。


 機能が分かる。


 材料も分かる。


 不気味さもある。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――骨片バックアップテープ第一号。


 ――記録対象、研究ノート第一冊から第五冊の要約。


 ――重点項目、我輩性、毒電波濾過、女神性残滓爆破、予備脳片、肉製ユーピーエス。


 ――除外項目、同型生命体の泥食い回数。


 泥食い回数は多すぎる。


 記録容量の無駄である。


     *


 記録方式を考える。


 前世の磁気テープには、向きがあった。


 順序があった。


 巻き戻しがあった。


 読み取り装置があった。


 現在、磁気はない。


 読み取り装置もない。


 あるのは我輩の目と指と神経感覚である。


 したがって、傷で読む。


 浅い傷。


 深い傷。


 斜め傷。


 横傷。


 穴。


 焦げ点。


 粘液印。


 これらを組み合わせる。


 問題は、読み取り速度である。


 遅い。


 非常に遅い。


 だが、バックアップは速さより確実性である。


 普段使いの記録は骨片板。


 非常時の復元は骨片バックアップテープ。


 役割を分ける。


 これは設計である。


 我輩は賢い。


     *


 第一号テープへ記録を始める。


 まず、我輩の名。


 ドクトル・ゼンゼンマン。


 前世名、イワン・ジバクビッチ。


 妹、ジバーシャ。


 博士論文。


 『ギャラクシーにおける自爆ボタンと自爆スイッチ』


 ここは省略しない。


 長いが、良い。


 次に、前世の概要。


 悪の秘密結社。


 脳改造研究。


 怪人開発。


 頭足類悪魔化。


 蝗虫男。


 爆死。


 次に、現状。


 小型増殖生命体の肉腫として自己認識。


 周囲の同型生命体は知性未発現。


 毒電波あり。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳を作成。


 旧濾過脳放置により小型女発生。


 「ルーは何処」。


 爆破処理。


 予備脳片三枚。


 肉製ユーピーエス。


 ここまで刻むのに、長い時間がかかった。


 手が疲れた。


 目が痛い。


 背中の濾過脳が脈打つ。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 第三予備脳片が震える。


 爆破。


 違う。


 これは記録である。


 我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。


     *


 骨片バックアップテープ第一号が完成した。


 見た目は、細い骨の芯に、薄い骨膜がぐるぐる巻き付いたものである。


 白い。


 ところどころ黒い。


 粘液で少し光る。


 不気味である。


 よい。


 研究装置は、少し不気味な方がよい。


 問題は保管である。


 焦げ跡研究場に置けば、また同型生命体が持っていく。


 肉製ユーピーエスの中に入れれば、湿りすぎる。


 背中に付ければ邪魔である。


 口に入れるのは論外である。


 同型生命体と同じ発想になる。


 我輩は周囲を見回した。


 巣の壁。


 泥。


 骨。


 肉。


 穴。


 焦げ跡。


 高い場所がよい。


 同型生命体は上を見るのが苦手である。


 上にあるものは、存在しないものとして扱う傾向がある。


 前世の一部幹部もそうであった。


 棚の上に資料を置くと、永遠に見つけられない。


 よって、壁の割れ目の上部に保管する。


     *


 保管袋を作る。


 乾燥肉膜。


 焦げ土。


 骨粉。


 臭い消し。


 虫除け。


 同型生命体除け。


 これらを兼ねる。


 袋の表面には、まずく見える模様を付ける。


 食欲をそそらない見た目は重要である。


 前世の研究所でも、危険薬品には危険そうなラベルを貼った。


 ただし、悪の秘密結社では、危険そうなラベルを貼ると幹部が興味を持って開けることがあった。


 困ったものである。


 今回は、同型生命体向けである。


 危険そうより、腐りすぎて不味そう、がよい。


 我輩は袋に黒い焦げ土を塗り、苦い粘液を染み込ませた。


 試しに近くの同型生命体へ嗅がせる。


 顔をしかめた。


 逃げた。


 成功である。


 知性はないが、嗜好はある。


 利用価値はある。


     *


 骨片バックアップテープ第一号を袋に入れ、壁の割れ目に押し込む。


 これで保管完了。


 と言いたいところである。


 だが、それでは三流である。


 バックアップは、戻せなければ意味がない。


 したがって、復元試験を行う。


 我輩は、あえて骨片記録の一部を隠した。


 第四冊の後半。


 予備脳片同期試験の記録。


 肉製ユーピーエスの圧力逃がし手順。


 この二つを、手元から外す。


 そして、骨片バックアップテープを取り出す。


 巻き戻す。


 巻き戻す。


 巻き戻す。


 骨膜が擦れる。


 指が痛い。


 読み取る。


 浅い傷。


 深い傷。


 斜め傷。


 焦げ点。


 粘液印。


 読みにくい。


 非常に読みにくい。


 しかし、読める。


 我輩は復元した。


 ――第三予備脳片は起爆系統から少し離すべきである。


 ――脂肪熱源過刺激時は腐敗ガス逃がし孔を開く。


 よい。


 復元成功である。


 バックアップは祈りではない。


 戻せる記録である。


     *


 ただし、問題がある。


 復元に時間がかかりすぎる。


 巻く。


 戻す。


 読む。


 探す。


 目が痛い。


 手が疲れる。


 その間、同型生命体が近づく。


 殴る。


 戻る。


 読む。


 また近づく。


 殴る。


 実に非効率である。


 索引が必要である。


 インデックスである。


 よい言葉である。


 骨テープの先頭に目録を付ける。


 どの位置に何があるか。


 巻き数。


 傷の種類。


 焦げ点の数。


 これで探しやすくなる。


 我輩は第一号を改修した。


 先頭部へ索引を追加。


 目録傷を深く刻む。


 重要項目には二重傷。


 自爆関連には赤い粘液印。


 妹ジバーシャ関連には、細い横傷。


 なぜ分けたか。


 必要だからである。


 ジバーシャの記録は、他の記録と同じ扱いにしたくなかった。


 それだけである。


     *


 第二号テープを作る。


 第一号は研究ノート要約。


 第二号は手順書にする。


 名称。


 ――我輩復元手順。


 これも重要である。


 本体が壊れた場合、予備脳片と骨テープから我輩を戻す必要がある。


 誰が戻すのか。


 問題である。


 周囲の同型生命体には無理である。


 記録板を渡すと食う。


 骨筆を渡すと投げる。


 肉製ユーピーエスを見せると舐める。


 助手には使えない。


 ならば、我輩自身が半壊状態でも読めるようにする。


 大きく。


 単純に。


 手順順に。


 殴打用骨片の位置も明記。


 第一手順。


 意識確認。


 第二手順。


 毒電波濾過確認。


 第三手順。


 予備脳片接続確認。


 第四手順。


 肉製ユーピーエス拍動確認。


 第五手順。


 骨片バックアップテープを読む。


 第六手順。


 ジバーシャを覚えているか確認。


 第七手順。


 自爆ボタンと自爆スイッチの違いを説明できるか確認。


 第八手順。


 説明できなければ、復元不完全。


 第九手順。


 復元不完全の場合、第三予備脳片を参照。


 第十手順。


 第三予備脳片が暴走していたら、少し叩く。


 必要である。


 非常に実用的である。


     *


 第二号テープの作成中、第一予備脳片が静かに震えた。


 我輩性保存用である。


 信号が来る。


 ――我輩とは、何で確認されるのか。


 よい問いである。


 我輩は考えた。


 名を覚えていること。


 研究目的を覚えていること。


 毒電波を拒むこと。


 自爆ボタンをロマンとして理解すること。


 自爆スイッチを安全設計として理解すること。


 ジバーシャを覚えていること。


 蝗虫男に最後の台詞を遮られた件を不満に思うこと。


 このあたりであろう。


 第二予備脳片が震える。


 ――確認項目として列挙すべき。


 その通りである。


 第三予備脳片が震える。


 ――確認不能時は爆破。


 早い。


 我輩は第三予備脳片を叩いた。


 しかし、完全に間違いではない。


 復元されたものが我輩でなく、毒電波に汚染された何かであるなら、爆破は妥当である。


 我輩は第二号テープに追記した。


 ――我輩性確認に失敗した復元個体は、隔離する。


 ――隔離不能の場合、安全停止。


 ――安全停止不能の場合、自爆スイッチ。


 よい。


 順番がある。


     *


 第三号テープを作る。


 内容は、毒電波濾過関連である。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。


 受信部。


 濾過部。


 蓄積部。


 逆流防止弁。


 交換通知肉芽。


 旧濾過脳放置時の危険。


 小型女。


 「ルーは何処」。


 高次執着性祝福残滓。


 爆破処理。


 濾過フィルターは定期交換。


 交換を怠ると女神が湧く。


 ここは二重傷で刻む。


 非常に重要である。


 我輩は、第三号テープの末尾に赤い粘液印を付けた。


 ――古い濾過脳には自爆スイッチを接続してから観察せよ。


 よい。


 教訓は、次に活かされるべきである。


     *


 ここで、保管場所を分ける必要に気づく。


 第一号から第三号まで、すべて同じ壁の割れ目に入れている。


 これは危険である。


 一箇所が崩れたら終わる。


 同型生命体が偶然見つけたら終わる。


 湿気が入ったら終わる。


 火が回ったら終わる。


 爆破したら終わる。


 爆破はよい。


 だが、バックアップまで一緒に吹き飛ぶのはよくない。


 したがって、保管先を分ける。


 第一号。


 焦げ跡研究場上部の壁割れ目。


 第二号。


 肉製ユーピーエスの下、焦げ土層の奥。


 第三号。


 巣の外れ、乾いた根の下。


 これで、同時喪失の危険は下がる。


 前世で言うなら、オフサイト保管の初歩である。


 ただし、外と言えるほど外ではない。


 だが、巣の外れである。


 現状では十分である。


 我輩は記録した。


 ――バックアップは一箇所に置くな。


 ――爆破範囲外にも置け。


 ――ただし、回収できる距離に置け。


 ――遠すぎるバックアップは、存在しないのと同じである。


 これは名言である。


     *


 問題が発生した。


 第三号テープを根の下に隠しに行ったところ、別の小型生物に持ち去られかけた。


 同型生命体ではない。


 もっと小さい。


 脚が多い。


 骨膜を巣材と誤認したらしい。


 許しがたい。


 我輩は追った。


 小型生物は速い。


 同型生命体より賢いかもしれない。


 少なくとも、泥を食って転ぶ頻度は低い。


 我輩は骨片を投げた。


 外れた。


 もう一本投げた。


 当たった。


 小型生物が第三号テープを落とした。


 我輩は回収した。


 危ないところであった。


 バックアップ媒体は、同型生命体だけでなく、小型生物にも狙われる。


 保護袋の味付けを変える必要がある。


 苦いだけでは足りない。


 臭いだけでも足りない。


 硬い外装が必要である。


 骨片筒。


 よい。


 筒状の骨にテープを入れる。


 両端を焦げ土と肉膜で塞ぐ。


 外側に不味い粘液を塗る。


 これで保護性が上がる。


 我輩は骨片筒を作成した。


 見た目が少し良い。


 筒。


 容器。


 記録媒体。


 秘密文書。


 悪の博士らしい。


     *


 骨片筒には、ラベルを刻む。


 ただし、内容がすぐ分かるラベルは危険である。


 前世でも、機密ファイルに「世界征服計画最終版」と書く幹部がいた。


 愚かである。


 見つけてくれと言っているようなものである。


 我輩は暗号名を付けた。


 第一号。


 黒骨一。


 第二号。


 黒骨二。


 第三号。


 黒骨三。


 単純である。


 しかし、周囲に読める者はいない。


 十分である。


 将来的には暗号化が必要かもしれない。


 暗号化。


 よい言葉である。


 ただし、復元時に自分で読めない暗号は自殺行為である。


 暗号鍵をどこに置くか。


 鍵を別にすると、鍵を失う。


 鍵を同じ場所に置くと、暗号の意味がない。


 前世でもよく揉めた。


 今は保留する。


 我輩以外に読める者がいないので、実質暗号である。


 文明未発達は、時にセキュリティとなる。


     *


 次に、世代管理である。


 バックアップは一度作れば終わりではない。


 研究は進む。


 記録は増える。


 古いバックアップは古くなる。


 古すぎるバックアップから戻すと、古い我輩になる。


 古い我輩は、肉製ユーピーエスを知らない。


 骨片筒も知らない。


 第三予備脳片の爆破提案過多も知らない。


 それでは困る。


 したがって、世代を持つ。


 第一世代。


 研究ノート一から五。


 第二世代。


 六冊目以降を含む予定。


 差分記録。


 よい。


 差分。


 非常によい。


 すべてを毎回書き直すのは非効率である。


 変わった部分だけ記録する。


 ただし、差分だけでは戻せない。


 基礎となる完全記録が要る。


 完全記録。


 差分記録。


 復元手順。


 三点が揃って初めて、戻せる。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――完全記録なくして差分なし。


 ――差分なくして最新なし。


 ――復元手順なくして意味なし。


 よい。


 実に情報管理である。


     *


 同型生命体がまた近づいてきた。


 骨片筒を見ている。


 口を開けた。


 殴った。


 転んだ。


 泥を食った。


 別の個体が来た。


 殴った。


 転んだ。


 泥を食った。


 その間、我輩は考えた。


 防衛を手動で行うのは非効率である。


 殴打用骨片による手動防衛は、初期運用としてはよい。


 だが、研究が複雑化すると対応しきれない。


 自動防衛が必要である。


 骨片筒に触れたら、苦味粘液が出る。


 それでも噛んだら、小さな音を出す。


 それでも離さなければ、針が出る。


 それでも離さなければ、小爆発。


 段階的である。


 よい。


 すぐ爆発しない。


 しかし最後は爆発する。


 安全工学である。


 美学でもある。


 次回以降の課題とする。


 第三予備脳片が震えた。


 今すぐ爆破。


 違う。


 段階的と言ったであろう。


 我輩は第三予備脳片を叩いた。


     *


 第六冊時点での成果を整理する。


 一、骨片記録の喪失事故を確認。


 二、記録は残すだけでは足りないと確認。


 三、骨片バックアップテープ第一号を作成。


 四、骨膜巻取り式外部記録媒体を実装。


 五、研究ノート第一冊から第五冊の要約を記録。


 六、復元試験を実施。


 七、復元成功。


 八、索引を追加。


 九、第二号テープ、我輩復元手順を作成。


 十、我輩性確認項目を設定。


 十一、第三号テープ、毒電波濾過関連記録を作成。


 十二、バックアップ保管場所を分散。


 十三、骨片筒による保護を実装。


 十四、世代管理と差分記録の必要性を確認。


 十五、自動防衛機構が必要。


 十六、第三予備脳片は依然として爆破提案過多。


 十七、バックアップは祈りではない。戻せる記録である。


 最後の一行は重要である。


 深く刻む。


     *


 夜。


 焦げ跡研究場は静かであった。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 予備脳片が小さく震える。


 背中の迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が、毒電波を濾過する。


 壁の割れ目には、黒骨一。


 焦げ土層の奥には、黒骨二。


 巣の外れ、乾いた根の下には、黒骨三。


 我輩の記録は、一箇所ではなくなった。


 よい。


 非常によい。


 我輩はまだ一体である。


 だが、我輩の記録は散り始めた。


 骨に。


 膜に。


 筒に。


 焦げ跡に。


 予備脳片に。


 肉製ユーピーエスの拍動に。


 これは、死ににくい。


 たいへん死ににくい。


 不死ではない。


 まだ不死ではない。


 だが、単体運用よりはましである。


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――バックアップテープは骨に巻く。


 少し考え、もう一行加えた。


 ――ただし、巻いたものは戻して読め。


 完璧である。


 周囲では、同型生命体が鳴いている。


「ギ」


「ギギ」


「ギャ」


 一体が壁を見上げた。


 珍しい。


 黒骨一に気づいたか。


 我輩は殴打用骨片を取った。


 同型生命体は、しばらく壁を見たあと、口を開けた。


 そして泥を食った。


 やはり知性はない。


 我輩は安心した。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴った。


 骨片筒は静かであった。


 記録は残っている。


 研究は続く。


 以上。


 研究ノート第六冊、終了。

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