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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート  作者: 黒瀬 量衡


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5/12

第五話 停電の長い午後、または肉製ユーピーエスについて

 脳片は、ただ作ればよいものではない。


 これは重要である。


 前回、我輩は三枚の予備脳片を作成した。


 第一予備脳片。


 我輩性保存用。


 第二予備脳片。


 研究手順保存用。


 第三予備脳片。


 自爆ボタン思想保存用。


 いずれも有用である。


 いずれも貴重である。


 いずれも、放っておくと乾く。


 あるいは腐る。


 あるいは食われる。


 つまり、脳片は保守管理を必要とする。


 作っただけで満足する者は三流である。


 動いた瞬間に勝利を宣言する者は二流である。


 継続運用まで考える者だけが、一流の悪の博士である。


 そして我輩は、一流である。


     *


 第四冊の終わりに、我輩は冗長化に成功した。


 少なくとも、そう思った。


 骨片記録。


 予備脳片。


 迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。


 焦げ跡研究場。


 赤い肉芽ボタン。


 これだけ揃えば、小型増殖生命体の巣としては相当な研究環境である。


 だが、夜になると問題が発生した。


 寒い。


 昼はぬるい。


 夜は冷える。


 湿り気は残る。


 だが、焦げ跡だけは乾く。


 乾いた焦げ跡は記録に向いている。


 しかし、脳片にはよろしくない。


 第一予備脳片が弱く震えた。


 我輩性保存用である。


 弱ると困る。


 我輩性が薄くなる。


 第二予備脳片は沈黙気味であった。


 研究手順保存用である。


 手順が薄くなるのも困る。


 第三予備脳片だけが妙に元気であった。


 自爆ボタン思想保存用である。


 寒くても赤い肉芽ボタンの方へ震えている。


 頼もしい。


 だが、少し不安である。


 我輩は記録した。


 ――予備脳片、温湿度変化により反応低下。


 ――第三予備脳片のみ起爆系統への反応を維持。


 ――配置、保温、湿度、栄養供給を要する。


 ――脳片は作成より運用が重要。


 よい。


 非常に正しい。


 だが、正しいだけでは脳片は生きない。


     *


 前世の研究所には、電源があった。


 発電機があった。


 予備電源があった。


 培養槽用の独立回路があった。


 怪人冷凍睡眠槽用の緊急電源もあった。


 そして、我輩の個人研究区画には、非常用無停電電源装置があった。


 ユーピーエス。


 Uninterruptible Power System。


 無停電電源装置。


 長いが、良い。


 略称もよい。


 だが、正式名称には正式名称の威厳がある。


 無停電電源装置。


 電源が落ちても、すぐには装置を止めない。


 短時間なら持ちこたえる。


 安全停止までの時間を稼ぐ。


 必要なら自爆シーケンスへ移行する。


 これは重要である。


 停電した瞬間に培養槽が止まる研究所は、研究所ではない。


 ただの湿った箱である。


 そして現在の我輩の研究場も、だいぶ湿った箱である。


 箱ですらない。


 焦げ跡である。


 このままではいけない。


 我輩は、肉製ユーピーエスを作ることにした。


     *


 肉製ユーピーエス。


 名称はよい。


 少し気持ち悪い。


 だが、正確である。


 目的は四つ。


 一、予備脳片へ一定の温度を供給する。


 二、乾燥を防ぐ。


 三、毒電波逆流時に一時遮断する。


 四、本体脳停止時にも短時間、予備脳片を維持する。


 五、可能であれば自爆シーケンスへ接続する。


 四つと言ったが五つある。


 自爆関係は別枠で常に追加されるため、数に含めなくてよい。


 これは研究上の作法である。


 素材を確認する。


 脂肪。


 粘液。


 神経束。


 骨片。


 薄い肉膜。


 腐敗ガス袋。


 乾いた焦げ土。


 同型生命体の使えそうな部品。


 最後は便利である。


 同型生命体は知性に乏しいが、部品としては使える。


 悪の秘密結社時代にも、似たような幹部がいた。


 意見は役に立たない。


 だが、署名権限だけは使える。


 部品としては有用。


 そういう者はいる。


     *


 まず、脂肪を集める。


 脂肪はよい。


 燃える。


 温まる。


 蓄えになる。


 柔らかい。


 ただし臭い。


 非常に臭い。


 我輩は同型生命体の巣の外れから、使われていない脂肪塊を拾った。


 使われていないという判断には注意を要する。


 同型生命体は、しばしば昨日まで食っていたものを今日忘れる。


 所有概念が薄い。


 管理概念はもっと薄い。


 我輩が持っていくと怒る場合がある。


 怒った場合は殴る。


 転ぶ。


 泥を食う。


 そうして所有権問題は解決する。


 この巣における法は未発達である。


 殴打が法に近い。


 我輩はこれを好まない。


 だが、現状の実務である。


 いずれ改善する。


 たぶん。


     *


 脂肪塊を薄い肉膜で包む。


 そこへ細い神経束を通す。


 神経束へ微弱な刺激を与えると、脂肪塊がゆっくり熱を出す。


 前世の電池とは違う。


 化学電池でもない。


 蒸気機関でもない。


 だが、機能としては似ている。


 蓄えたものを少しずつ出す。


 出した熱で脳片を保つ。


 必要な時だけ強くする。


 使いすぎると腐る。


 電池も肉も、だいたい同じである。


 我輩は骨片に刻んだ。


 ――脂肪熱源、低出力だが安定。


 ――臭気あり。


 ――腐敗進行に注意。


 ――過刺激により破裂の可能性あり。


 ――破裂時の爆発性は低い。


 最後の一行に不満が残る。


 爆発性は低い。


 低い。


 低いのはよくない。


 しかし、ユーピーエスは爆弾ではない。


 無停電電源装置である。


 安全停止までの時間を稼ぐものだ。


 ここは我慢する。


     *


 次に、粘液槽を作る。


 予備脳片は乾くと弱る。


 湿りすぎると腐る。


 したがって、ほどよい湿り気が必要である。


 前世の研究所なら、温湿度制御装置があった。


 金属筐体。


 真鍮の計器。


 蒸気管。


 排気口。


 赤い針。


 警告灯。


 非常によい見た目であった。


 今はない。


 あるのは粘液である。


 粘液は便利だが、見た目が悪い。


 そこで、我輩は骨片で小さな枠を作り、内側に肉膜を張り、粘液を薄く満たした。


 そこへ第一予備脳片を吊るす。


 完全に沈めてはならない。


 溺れる。


 脳片が溺れるという表現は不正確かもしれぬ。


 だが、沈めると反応が鈍る。


 半分だけ湿らせる。


 半分は空気に触れさせる。


 これがよい。


 第一予備脳片が震えた。


 反応改善。


 我輩性が戻る。


 よい。


 第二予備脳片も同様に設置。


 反応改善。


 研究手順が戻る。


 第三予備脳片は、少し離す。


 赤い肉芽ボタンへ近づけると震えすぎる。


 粘液槽の縁に、骨片で仕切りを入れる。


 自爆思想保存用脳片には仕切りが必要である。


 思想が漏れると、すぐ爆破へ寄る。


 思想にも防壁が必要である。


     *


 次に、拍動ポンプを作る。


 温かい粘液を、ゆっくり循環させるためである。


 粘液が止まると腐る。


 腐ると臭う。


 臭うと同型生命体が寄る。


 寄ると食われる。


 食われると殴る。


 殴ると疲れる。


 したがって、粘液は循環させるべきである。


 前世でいうならポンプである。


 蒸気ポンプが望ましい。


 真鍮製で、大きな車輪が回り、圧力計が震え、時々白い蒸気を吹くものがよい。


 現在、真鍮はない。


 蒸気もない。


 代わりに、拍動する肉袋を使う。


 我輩は、使えそうな小さな心臓状肉塊を採取した。


 どこから採取したかは記録しない。


 記録しない方がよいこともある。


 肉塊を薄い骨枠に固定する。


 神経刺激を送る。


 拍動する。


 粘液が押し出される。


 戻る。


 また押し出される。


 よい。


 非常によい。


 音がする。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 研究装置らしい。


 ただし、蒸気音ではない。


 肉音である。


 不満はある。


 だが、機能はする。


 我輩は記録した。


 ――拍動ポンプ、粘液循環に成功。


 ――圧力計なし。


 ――蒸気なし。


 ――見た目に改善余地大。


 ――将来的に真鍮風外装を希望。


 真鍮風。


 重要である。


 実物の真鍮でなくともよい。


 見た目が真鍮なら、ある程度満足できる。


 悪の博士の装置は、見た目も性能である。


     *


 肉製ユーピーエス第一号機を組み上げる。


 構成。


 脂肪熱源。


 粘液槽。


 拍動ポンプ。


 神経刺激制御部。


 骨片支持枠。


 腐敗ガス逃がし孔。


 予備脳片三枚。


 毒電波遮断肉膜。


 小型赤肉芽ボタン。


 最後はもちろん安全停止用である。


 自爆ボタンではない。


 まだ小さい。


 透明な蓋もない。


 警告灯もない。


 警告音もない。


 だから自爆ボタンではなく、安全停止肉芽である。


 ただし、赤い。


 押せる。


 少し爆ぜる。


 将来性はある。


 第一号機に予備脳片を接続する。


 第一予備脳片、安定。


 第二予備脳片、安定。


 第三予備脳片、やや興奮。


 よい。


 許容範囲である。


 我輩は本体脳から信号を送った。


 ――我輩はドクトル・ゼンゼンマンである。


 三枚とも震える。


 ――濾過フィルターは定期交換。


 三枚とも震える。


 ――自爆ボタンはロマン。


 第三予備脳片が強く震える。


 第一、第二も反応。


 よい。


 同期は維持されている。


 これで、多少の冷えや乾燥には耐えられる。


 肉製ユーピーエス、初期運用成功である。


     *


 成功した装置には、試験が必要である。


 動いているだけでは足りない。


 異常時にどうなるかを見なければならない。


 前世の研究所では、これを耐久試験と呼んだ。


 悪の秘密結社では、しばしば実戦投入と呼んだ。


 実戦投入は雑である。


 試験と本番を混同してはならない。


 怪人を作った翌日に変身ヒーローへぶつけるから、すぐ壊れるのである。


 もっと段階を踏むべきであった。


 もっとも、幹部は言う。


「博士、時間がない」


 いつもない。


 悪の秘密結社は、時間管理が悪い。


 我輩は違う。


 きちんと試験する。


 第一試験。


 低温試験。


 夜まで待つ。


 待っている間に同型生命体が二体近づいた。


 殴る。


 転ぶ。


 泥を食う。


 夜になった。


 気温が下がる。


 肉製ユーピーエスの脂肪熱源がゆっくり熱を出す。


 粘液槽の温度低下は緩やか。


 予備脳片の反応は維持。


 成功。


 第二試験。


 乾燥試験。


 焦げ跡の端にしばらく置く。


 粘液循環により乾燥を抑制。


 成功。


 第三試験。


 毒電波負荷試験。


 これは簡単である。


 同型生命体の集団騒ぎに近づける。


 食え。


 増えろ。


 壊せ。


 奪え。


 毒電波濃度上昇。


 肉製ユーピーエスの毒電波遮断肉膜が震える。


 第一予備脳片、反応維持。


 第二予備脳片、軽微な揺れ。


 第三予備脳片、爆破要求。


 予想通り。


 遮断は概ね成功。


 第三予備脳片の教育は継続課題。


     *


 第四試験。


 本体脳信号の一時遮断。


 これは重要である。


 我輩本体が気絶した場合、予備脳片がすぐ死んでは困る。


 短時間だけ、本体との神経接続を弱める。


 怖いか。


 怖くはない。


 不快ではある。


 我輩が我輩である感覚が、少し遠のく。


 第一予備脳片が、我輩性を保つ。


 第二予備脳片が、手順を保つ。


 第三予備脳片が、赤いボタンを思い出す。


 よい。


 肉製ユーピーエスは、短時間なら独立維持できる。


 ただし、三枚とも少しずつ勝手に震え始める。


 第一予備脳片は、我輩とは何かを繰り返す。


 第二予備脳片は、手順確認を繰り返す。


 第三予備脳片は、爆破を提案し続ける。


 うるさい。


 だが、毒電波ではない。


 我輩由来のうるささである。


 許容範囲である。


 接続を戻す。


 我輩は我輩へ戻る。


 少し気持ちが悪い。


 しかし、成功である。


 記録する。


 ――肉製ユーピーエス、本体信号一時遮断下で予備脳片維持成功。


 ――独立維持中、各脳片の役割偏向が強まる。


 ――第三予備脳片、爆破提案過多。


 ――要調整。


 やはり第三は要調整である。


     *


 問題は、臭いであった。


 肉製ユーピーエスは臭い。


 脂肪。


 粘液。


 拍動肉塊。


 神経束。


 焦げ跡。


 これらが合わさると、独特の臭いを放つ。


 同型生命体は、臭いに反応する。


 近づく。


 鼻を動かす。


 口を開ける。


 食おうとする。


 殴る。


 転ぶ。


 泥を食う。


 これでは保守運用に支障が出る。


 防臭が必要である。


 前世なら活性炭フィルターである。


 あるいは排気管を外部へ伸ばす。


 今は炭がない。


 火はあるが、管理されていない。


 我輩の焦げ跡はある。


 焦げた土を薄く砕き、肉製ユーピーエスの周囲に撒く。


 臭いが少し抑えられる。


 同型生命体の接近頻度が下がる。


 よい。


 焦げ土フィルターである。


 第三冊の爆破が、ここでも役立った。


 爆発は、後から効く。


 素晴らしい。


     *


 さらに、骨片で覆いを作る。


 防護筐体である。


 筐体。


 良い言葉である。


 装置は裸で置いてはならない。


 筐体に入れるべきである。


 筐体があると、装置らしくなる。


 装置らしくなると、研究場らしくなる。


 研究場らしくなると、悪の秘密基地に近づく。


 骨片筐体は不格好であった。


 真鍮ではない。


 鋼鉄でもない。


 リベットもない。


 だが、骨を重ね、肉膜で縛り、焦げ土を塗ると、それなりに格好がついた。


 黒い。


 少し赤い。


 ところどころ白い骨が見える。


 怪奇悪博士の初期装置としては悪くない。


 我輩は、骨片筐体の正面に小さな穴を開けた。


 そこから赤い肉芽ボタンが見える。


 よい。


 押しやすい。


 しかし、誤って押される危険がある。


 透明な蓋が欲しい。


 現状、透明素材はない。


 代わりに、薄い乾燥肉膜を蓋にする。


 透明ではない。


 半透明でもない。


 どちらかといえば濁っている。


 不満である。


 だが、蓋ではある。


 我輩は記録した。


 ――肉製ユーピーエス第一号機、骨片筐体化。


 ――焦げ土防臭層を追加。


 ――安全停止赤肉芽に仮蓋を設置。


 ――透明性なし。


 ――将来的に改善必須。


 透明性なし。


 ここは深く刻んだ。


 重大な欠陥である。


     *


 肉製ユーピーエスが安定すると、研究場の雰囲気が変わった。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 拍動音がある。


 粘液が細い管を流れる。


 予備脳片が時折震える。


 背中の迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が別の周期で震える。


 焦げ跡は乾いている。


 骨片記録は並んでいる。


 赤い肉芽ボタンは、濁った仮蓋の下にある。


 少しだけ、研究所らしい。


 前世の秘密基地には遠い。


 だが、方向は同じである。


 薄暗い。


 臭い。


 危険。


 赤いボタンがある。


 よい。


 非常によい。


 ここに蒸気があればさらによい。


 圧力計も欲しい。


 警告灯も欲しい。


 無駄に回る歯車も欲しい。


 必要性は低い。


 だが、必要性だけで研究所を作る者は二流である。


 悪の研究所には、無駄に回るものが必要である。


     *


 その時、肉製ユーピーエスに異常が起きた。


 拍動ポンプの音が速くなった。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 どくどくどく。


 粘液圧が上がる。


 予備脳片が揺れる。


 第三予備脳片が強く震える。


 爆破。


 まだ早い。


 原因を確認する。


 脂肪熱源が過熱している。


 神経刺激が強すぎた。


 第二予備脳片が手順を返す。


 刺激を下げる。


 粘液圧を逃がす。


 腐敗ガス逃がし孔を開く。


 我輩は骨片の弁を動かした。


 ぷしゅ。


 ガスが抜ける。


 臭い。


 非常に臭い。


 同型生命体が遠くで反応した。


 寄ってくる。


 殴る準備をする。


 だが、その前に肉製ユーピーエスの拍動が落ち着いた。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 安定。


 危なかった。


 爆破せずに済んだ。


 第三予備脳片は不満そうに震えている。


 不満を持つな。


 我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。


 静かになった。


 記録する。


 ――脂肪熱源過刺激により粘液圧上昇。


 ――腐敗ガス逃がし孔により圧力低下。


 ――拍動安定。


 ――爆破不要。


 ――第三予備脳片、不満反応あり。


 最後は不要かもしれない。


 しかし、正確である。


     *


 この異常から、我輩は学んだ。


 ユーピーエスには、蓄える力だけでなく、逃がす道が必要である。


 熱。


 圧力。


 毒電波。


 粘液。


 腐敗ガス。


 思想。


 すべて溜めすぎると危険である。


 適切に流す。


 必要なら遮断する。


 限界なら爆破する。


 順番がある。


 ここで、自爆スイッチの位置づけが再び明確になる。


 自爆スイッチは最後の手段である。


 最初の手段ではない。


 最初から爆破していては、研究が積み上がらない。


 だが、最後に爆破できない装置は信用できない。


 したがって、よい装置とは、普段は安定し、異常時は逃がし、それでも駄目なら自爆できる装置である。


 これは安全工学である。


 美学でもある。


 我輩の博士論文に追記したい。


 だが、博士論文は前世に置いてきた。


 惜しい。


 非常に惜しい。


 あれは良い論文であった。


 題名だけでも残す価値がある。


 『ギャラクシーにおける自爆ボタンと自爆スイッチ』


 やはり良い。


 銀河規模である。


 内容は半分ほどジバーシャの延命装置と暴走停止機構についてであった。


 審査員は最後まで題名に納得しなかった。


 見る目がない。


     *


 第五冊時点での成果を整理する。


 一、予備脳片の長期運用に温湿度管理が必要と判明。


 二、肉製ユーピーエス第一号機を作成。


 三、Uninterruptible Power System、無停電電源装置の概念を肉で再実装。


 四、脂肪熱源を実装。


 五、粘液槽を実装。


 六、拍動ポンプを実装。


 七、毒電波遮断肉膜を追加。


 八、本体脳信号一時遮断下で予備脳片維持に成功。


 九、焦げ土防臭層を追加。


 十、骨片筐体を作成。


 十一、安全停止赤肉芽に仮蓋を設置。


 十二、透明性なし。


 十三、脂肪熱源過刺激時の圧力逃がし手順を確認。


 十四、第三予備脳片は引き続き爆破提案過多。


 十五、ユーピーエスには逃がす道が必要。


 十六、最後に自爆できない装置は信用できない。


 よい。


 たいへんよい。


     *


 最後に、肉製ユーピーエス第一号機の外観について記す。


 黒い焦げ跡の中央。


 骨片を組んだ小さな筐体。


 その中で、肉袋が拍動している。


 薄い管に粘液が流れる。


 三枚の予備脳片が、湿った光の中で震える。


 脂肪熱源が低く温まる。


 背後では、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が別の周期で脈打つ。


 筐体の正面には、濁った肉膜の蓋。


 その奥に、赤い肉芽。


 押してはならない。


 だが、押せる。


 すばらしい。


 研究場に、心臓ができた。


 これは比喩である。


 実際にも拍動しているので、比喩ではないかもしれない。


 どちらでもよい。


 我輩の研究は、止まらなくなった。


 少なくとも、少しの寒さや乾きや毒電波では止まらない。


 停電しても、すぐには死なない。


 無停電電源装置があるからである。


 肉製である。


 不満はある。


 しかし、機能はする。


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――研究は、止めてはならない。


 少し考え、もう一行加えた。


 ――ただし、止まらぬ時のために、自爆スイッチは必要である。


 完璧である。


 周囲では、同型生命体がまだ鳴いている。


「ギ」


「ギギ」


「ギャ」


 一体が肉製ユーピーエスへ近づいた。


 我輩は殴打用骨片を取った。


 殴った。


 転んだ。


 泥を食った。


 平常である。


 肉製ユーピーエスは、どくん、と鳴った。


 我輩は満足した。


 以上。


 研究ノート第五冊、終了。

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