第四話 たったひとつの冴えた冗長化
単体脳運用は危険である。
これは前世からの常識である。
研究所でもそうであった。
実験記録を一冊のノートにだけ残す者は愚かである。
一台の端末にだけ保存する者も愚かである。
一つの培養槽にだけ最終怪人の核を置く者も愚かである。
そして、一つの脳にだけ我輩を置く者は、もっと愚かである。
なぜなら、脳は壊れるからである。
潰れる。
焼ける。
噛まれる。
毒電波が逆流する。
高次存在の恋愛事故残滓が湧く。
同型生命体が食べ物と誤認する。
最後の理由が、現状もっとも頻度が高い。
*
第三冊において、我輩は旧濾過脳から湧いた小型女を爆破した。
結果は良好であった。
女神性残滓は木っ端微塵。
毒電波誘導は停止。
周囲の同型生命体は一時的に転倒。
焦げ跡が残った。
そして、その焦げ跡に同型生命体が近づきにくくなった。
これは発見である。
焦げ。
爆破臭。
毒電波残滓。
祝福残滓の焼け跡。
どれが効いたのかは未確定である。
だが、効果はある。
同型生命体は、その場を避ける。
避けない個体もいる。
そういう個体は焦げ跡を舐める。
舐めて震える。
転ぶ。
泥を食う。
記録上、助手不適格である。
しかし、焦げ跡は乾いていた。
乾いている場所は貴重である。
この巣は湿っている。
腐っている。
ぬるい。
臭い。
何を置いても粘る。
何を書いても滲む。
何を切っても別の何かが触る。
その中で、焦げ跡だけは乾いていた。
したがって、我輩はそこを研究場とした。
爆破により研究環境を改善する。
悪の博士として、たいへん正しい。
*
研究場には、骨片を並べた。
長い骨。
薄い骨。
平たい骨。
割れた骨。
噛まれた骨。
誰の骨かは問わない。
記録媒体に出自を問うのは非効率である。
骨片は、意外に優秀であった。
泥より残る。
肉より腐りにくい。
粘液より読める。
皮膜より食われにくい。
ただし、同型生命体は骨も食おうとする。
問題である。
我輩は、記録用骨片と、殴打用骨片を分けた。
記録用骨片は焦げ跡の中央に置く。
殴打用骨片は右手側に置く。
同型生命体が近づく。
殴る。
転ぶ。
泥を食う。
この工程により、記録場の安全性は一定程度保たれた。
ただし、右手が疲れる。
将来的には自動防衛機構が必要である。
できれば、近づいた同型生命体を自動的に小爆発で追い払う仕組みがよい。
研究場は、爆発で守るべきである。
*
さて。
記録場ができたところで、我輩は最初の体系的記録を開始した。
表題。
――我輩維持計画。
よい。
短い。
明確である。
副題。
――同型生命体内における知性連続性保存について。
長い。
よい。
博士論文らしい。
第一章。
我輩とは何か。
ここで我輩は、骨片を前にして考え込んだ。
我輩とは何か。
前世では簡単であった。
我輩は、イワン・ジバクビッチであった。
妹ジバーシャの兄であり、脳改造研究者であり、自爆ボタンと自爆スイッチに関する博士論文を書いた者であり、悪の秘密結社怪人開発部門の幹部であり、ドクトル・ゼンゼンマンであった。
頭足類悪魔にもなった。
蝗虫男に蹴られた。
爆死した。
以上である。
しかし、今の我輩は肉である。
小型増殖生命体の一部として発生した肉腫である。
身体は小さい。
骨格は粗い。
視界は濁る。
嗅覚は過剰。
手は二本しかない。
触腕がない。
実に不便である。
だが、我輩は我輩である。
なぜか。
記憶がある。
思考がある。
研究計画がある。
自爆ボタンへの理解がある。
妹ジバーシャの名を覚えている。
蝗虫男の蹴りが腹立たしいことも覚えている。
ならば、我輩である。
つまり、我輩とは肉ではない。
我輩とは、記憶と判断と研究計画の連続性である。
これは重要である。
肉は替えられる。
骨は替えられる。
腕も増やせるかもしれない。
触腕も再実装したい。
だが、記憶と判断と研究計画が切れたら、それは我輩ではない。
したがって、保存すべきは我輩の肉ではない。
我輩の連続性である。
*
ここで、妹ジバーシャのことを思い出す。
ジバーシャは、肉が弱かった。
肺が弱い。
心臓が疲れる。
骨が細い。
熱に弱い。
冷えにも弱い。
身体という装置が、彼女の脳に追いついていなかった。
彼女はよく言った。
「兄さん、わたしの身体は設計が悪いわ」
その通りであった。
設計が悪いなら、設計を変えればよい。
身体が壊れるなら、身体を替えればよい。
脳が考えているなら、脳を残せばよい。
それが我輩の研究の始まりであった。
脳保存。
外部身体。
接続制御。
安全停止。
自爆スイッチ。
自爆ボタン。
正義の研究所は、それを禁忌と呼んだ。
悪の秘密結社は、それを有望と呼んだ。
どちらも一面では正しい。
しかし、我輩にとっては妹の延命研究であった。
その研究は、怪人開発へ転用された。
我輩は悪の博士になった。
そして今、我輩は自分自身に同じことをしている。
肉が弱いなら、肉を替える。
脳が危険なら、脳を分ける。
連続性が危ういなら、記録する。
単体運用は危険である。
ゆえに、冗長化する。
*
まず、骨片記録である。
骨片記録には欠点がある。
一、読める者が我輩しかいない。
二、同型生命体が食おうとする。
三、濡れるとぬめる。
四、火に近すぎると割れる。
五、並べ方を間違えると順序が失われる。
しかし、利点もある。
一、脳外に記録できる。
二、肉より長持ちする。
三、削れば修正できる。
四、尖らせれば武器にもなる。
五、同型生命体を殴れる。
五が重要である。
記録媒体と防衛具を兼ねるのは効率がよい。
我輩は、骨片に番号を刻んだ。
一。
二。
三。
四。
数字体系は、前世のものを使った。
この世界の数字体系はまだ知らぬ。
そもそも周囲の同型生命体は数を理解しない。
一つ。
たくさん。
食える。
食えない。
せいぜいその程度である。
だが、我輩は違う。
順序を持つ。
番号を持つ。
記録を持つ。
番号を振った瞬間、骨片はただの骨ではなくなる。
記録媒体である。
文明の第一歩である。
ただし、文明には自爆ボタンが必要である。
これは後で追加する。
*
次に、脳片記録である。
骨片は外部記録媒体である。
だが、骨片だけでは足りない。
骨片は読まなければならない。
読むには我輩が必要である。
我輩が潰れた場合、骨片が残っても読めない。
これは問題である。
そこで、我輩は脳を分けることにした。
正確には、本体脳の一部を薄く切り、記憶の写しを持たせる。
完全な我輩ではない。
しかし、我輩の一部である。
前世で言うなら、バックアップである。
あるいは、予備脳である。
あるいは、復元用の種である。
悪の秘密結社では、この手の研究はよく行われた。
首領の脳波を保存する計画。
幹部の人格を機械へ移す計画。
怪人の戦闘経験を次世代怪人へ引き継ぐ計画。
だいたい失敗した。
理由は簡単である。
首領の脳波は長い。
幹部の人格は面倒くさい。
怪人の戦闘経験は、ほとんど「もっと強く殴る」であった。
保存する価値が低い。
我輩は違う。
保存価値が高い。
したがって、成功の可能性も高い。
論理的である。
*
手術を行う。
道具。
骨片刃。
粘液。
肉膜。
細い神経束。
乾いた焦げ跡。
殴打用骨片。
同型生命体対策として殴打用骨片は近くに置く。
手術中に食われるのは不本意である。
我輩は頭部の後ろ側を切った。
痛い。
実に痛い。
だが、慣れてきた。
慣れたくはないが、研究には適応が必要である。
脳の端を少し剥がす。
薄く削る。
肉膜に包む。
神経束を細く残す。
完全に切り離すと、ただの脳片になる。
少し繋ぐ。
すると、本体脳の一部として震える。
ここへ記憶を流す。
イワン・ジバクビッチ。
ジバーシャ。
脳保存。
自爆ボタン。
悪の秘密結社。
頭足類悪魔。
蝗虫男。
爆死。
同型生命体。
毒電波。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳。
小型女。
爆破。
濾過フィルターは定期交換。
これらを、薄い脳片へ刻む。
記憶を刻む、という表現は比喩ではない。
実際に痛い。
神経が焼けるようである。
よい。
記録には痛みが伴う。
痛みがある記録は、よく残る。
しばらくすると、脳片が小さく震えた。
我輩は問いかけた。
「我輩は誰か」
脳片は答えなかった。
当然である。
口がない。
しかし、震え方が変わった。
記憶反応あり。
よい。
第一予備脳片、作成成功である。
*
問題は、置き場所である。
本体に近すぎると、同時に壊れる。
遠すぎると、同期できない。
同型生命体の手が届く場所は危険である。
泥の中は論外である。
腐肉の近くも論外である。
火の近くは乾いてよいが、焼ける。
骨片記録場の下に埋める案もあった。
しかし、同型生命体が骨片を掘り返す可能性がある。
結果、我輩は焦げ跡の端に、肉膜で包んだ小さな袋を作り、その中へ第一予備脳片を吊るした。
見た目はよくない。
だが、機能はする。
将来的には、棚が欲しい。
脳片を薄く並べる棚。
風通しをよくし、温度を管理し、毒電波を遮断し、交換しやすくする。
ブレード脳ラックである。
よい。
非常によい。
いずれ作る。
今は一枚である。
一枚では冗長性が低い。
よって、二枚目を作る。
*
二枚目の作成中、同型生命体が来た。
鼻を動かしている。
我輩の脳の匂いに反応したらしい。
不愉快である。
この未分化個体は、研究の重大性を理解していない。
理解していないどころか、脳片を食おうとしている。
殴った。
転んだ。
泥を食った。
戻ってきた。
また殴った。
転んだ。
泥を食った。
また戻ってきた。
しつこい。
我輩は殴打用骨片を強めに振った。
未分化個体は焦げ跡の外まで転がった。
そこで別の同型生命体にぶつかり、両者転倒。
泥を食った。
この巣では、泥がよく食われる。
泥の栄養価を調べる必要があるかもしれない。
いや、ない。
優先度は低い。
今は冗長化である。
*
第二予備脳片、作成。
第一予備脳片と同じ記憶を流す。
ただし、完全同一ではない。
第一予備脳片には、我輩の自意識反応がやや強く残った。
第二予備脳片には、実験手順を多めに流す。
これは差分である。
完全コピーは魅力的だが、全て同じ欠陥を持つ可能性がある。
少しずつ違う予備を持つ。
これが冗長化である。
前世の研究所でも、同じ培養条件の怪人を三体作って同じように失敗した部署があった。
愚かである。
三体作るなら、条件を変えよ。
失敗も分散せよ。
我輩は賢い。
予備脳片も、役割を変える。
第一予備脳片。
我輩性保存用。
第二予備脳片。
研究手順保存用。
三枚目が欲しい。
第三予備脳片。
自爆ボタン思想保存用。
これは必須である。
もし我輩が復元されても、自爆ボタンの重要性を忘れていたら、それは我輩ではない。
ただの肉である。
非常に危険である。
我輩は三枚目を作った。
痛かった。
だが、必要である。
*
第三予備脳片には、慎重に記憶を流した。
赤いボタン。
透明な蓋。
警告灯。
警告音。
押すなと書かれた表示。
押すべき瞬間。
押した時の責任。
押した後の爆発。
爆発の美しさ。
爆発による証拠隠滅。
爆発による安全停止。
爆発による研究環境改善。
爆発による観客の反応。
最後はまだ経験していない。
観客がいないからである。
だが、予感はある。
爆発は、見る者がいるとさらによい。
これは後年、重要になるかもしれない。
第三予備脳片が震えた。
反応良好。
よい。
これで、最低限の冗長化ができた。
我輩本体。
第一予備脳片。
第二予備脳片。
第三予備脳片。
骨片記録。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳第二号機改。
焦げ跡研究場。
悪くない。
まだ秘密基地とは呼べない。
だが、研究拠点の芽である。
*
ここで、同期試験を行う。
同期とは、複数の記録や脳片に同じ情報を伝え、差異を確認する作業である。
前世の悪の秘密結社では、同期作業が雑であった。
幹部Aは古い作戦計画を持っている。
幹部Bは修正版を持っている。
首領は最初の夢だけを持っている。
現場戦闘員は何も知らない。
怪人は自分の名乗りだけ練習している。
結果、作戦は失敗する。
同期不良である。
悪の組織は、理念より同期を重視すべきであった。
我輩は同じ失敗をしない。
まず、本体脳から予備脳片へ信号を送る。
内容。
――我輩はドクトル・ゼンゼンマンである。
第一予備脳片、震える。
第二予備脳片、弱く震える。
第三予備脳片、赤い肉芽ボタンの方向へ震える。
よい。
次。
――濾過フィルターは定期交換するべきである。
第一予備脳片、震える。
第二予備脳片、強く震える。
第三予備脳片、爆破処理を要求するように震える。
よい。
次。
――自爆ボタンはロマンである。
第一予備脳片、震える。
第二予備脳片、反応薄い。
第三予備脳片、非常に強く震える。
よい。
役割差が出ている。
次。
――ジバーシャ。
三枚とも、静かに震えた。
少しだけ。
我輩は記録を止めた。
これは、よい。
残っている。
*
予備脳片の存在により、我輩の内側は少し広くなった。
奇妙な感覚である。
我輩は一つである。
だが、端が三つある。
考えが、少し遅れて返ってくる。
骨片に文字を刻む時、第一予備脳片が我輩性を確認する。
第二予備脳片が手順の抜けを警告する。
第三予備脳片が「爆破可能か」と問う。
うるさい。
だが、毒電波よりはましである。
これは我輩由来のうるささである。
許容できる。
ただし、第三予備脳片は少し自爆寄りである。
調整が必要かもしれない。
必要ないかもしれない。
自爆寄りの脳片が一枚くらいあった方が安全である。
危険だと思う者もいるだろう。
だが、安全とは、危険を正しい場所に置くことである。
第三予備脳片は、正しい場所に置かれた危険である。
したがって安全である。
論理的である。
*
その時、巣の奥で騒ぎが起きた。
同型生命体が何かを奪い合っている。
腐った骨か。
肉片か。
死にかけた未分化個体か。
いずれにせよ、我輩の研究には直接関係がない。
そう思った瞬間、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳が強く震えた。
食え。
増えろ。
壊せ。
奪え。
巣を広げろ。
人類を滅ぼせ。
通常波形。
だが、少し濃い。
騒ぎに反応して毒電波が増幅している。
なるほど。
同型生命体の集団行動は、毒電波の濃度を上げる。
群れの興奮。
叫び。
匂い。
血。
これらが毒電波の伝播を助ける。
記録すべきである。
我輩は骨片を取った。
その時、第三予備脳片が震えた。
爆破。
まだ早い。
我輩は第三予備脳片を軽く叩いた。
静かになった。
予備脳片の教育も必要である。
*
我輩は騒ぎを観察した。
奪い合われていたのは、腐った肉片であった。
価値なし。
しかし、同型生命体たちは群がっている。
押す。
噛む。
引く。
転ぶ。
泥を食う。
また起きる。
そのたびに、毒電波が濃くなる。
食え。
奪え。
増えろ。
壊せ。
周囲の未分化個体も寄る。
意味も分からず寄る。
誰かが鳴くと、別の個体も鳴く。
鳴きが鳴きを呼ぶ。
熱が熱を呼ぶ。
これは同期である。
低級な同期である。
毒電波による同期。
不快ではあるが、構造は興味深い。
同じ仕組みを、毒電波ではなく、別のものに使えないか。
例えば、命令。
例えば、警告。
例えば、観察信号。
例えば、歓声。
歓声。
なぜ今、歓声という語が浮かんだのかは分からない。
前世の記憶かもしれない。
怪人ショーの観客。
変身ヒーローの名を呼ぶ子供たち。
あの声も同期であった。
正義の側へ熱が集まり、悪の側へ向かって放たれる。
不愉快である。
しかし、仕組みとしては興味深い。
群れの熱は、信号になる。
この記録は、後で重要になるかもしれない。
我輩は骨片に刻んだ。
――集団興奮時、毒電波濃度上昇。
――鳴き声、匂い、血、奪い合いにより同期増幅。
――熱は信号化し得る。
――用途未定。
第三予備脳片が小さく震えた。
爆破演出。
我輩は少し考えた。
悪くない。
だが、まだ早い。
*
研究場に戻ると、第一予備脳片が弱く震えていた。
我輩性保存用脳片である。
確認する。
接続に問題なし。
ただし、乾燥が進んでいる。
焦げ跡は乾いている。
乾いていることは記録にはよい。
だが、脳片には乾きすぎる。
湿度管理が必要である。
この巣で湿度管理という語を使うのは奇妙である。
全体としては過剰に湿っている。
しかし、研究場だけは乾いている。
乾きすぎても駄目。
湿りすぎても駄目。
温度。
湿度。
毒電波濃度。
腐敗臭。
同型生命体接近頻度。
爆破可能性。
これらを管理する必要がある。
つまり、施設管理である。
ここに、洞窟型生体データセンター構想の萌芽が生じた。
現時点では洞窟もない。
データセンターもない。
生体ではある。
だから、三分の一は達成している。
よい。
研究は進んでいる。
*
第一予備脳片には湿り気を与える。
ただの泥水は不可。
腐敗物が混じる。
我輩の粘液を薄めて使う。
不愉快だが、機能する。
第二予備脳片には骨膜を足す。
第三予備脳片には赤い肉芽を近づけすぎないようにする。
近いと興奮する。
この表現は不正確かもしれない。
だが、実際に震え方が強くなる。
自爆ボタン思想保存用脳片が赤いボタンへ反応するのは当然とも言える。
当然すぎるのも困る。
配置を変える。
第一予備脳片を中央。
第二予備脳片を右。
第三予備脳片を左奥。
赤い肉芽ボタンは、さらに左奥。
距離を置く。
これで震えが収まった。
なるほど。
脳片配置には相性がある。
将来的に、脳片ラックを設計する際は、役割ごとの距離を考慮する必要がある。
特に自爆思想保存用脳片は、起爆系統から少し離す。
近づけすぎると、すぐ押したがる。
これは教訓である。
*
第四冊時点での成果を整理する。
一、焦げ跡研究場を正式運用開始。
二、骨片記録媒体を番号管理。
三、記録用骨片と殴打用骨片を分離。
四、我輩維持計画を開始。
五、我輩を記憶・判断・研究計画の連続性として定義。
六、第一予備脳片を作成。我輩性保存用。
七、第二予備脳片を作成。研究手順保存用。
八、第三予備脳片を作成。自爆ボタン思想保存用。
九、予備脳片同期試験を実施。
十、同型生命体集団興奮時の毒電波増幅を確認。
十一、熱は信号化し得る。
十二、脳片配置には相性がある。
十三、自爆思想保存用脳片は起爆系統から少し離すべきである。
重要である。
我輩は、十三を深く刻んだ。
*
最後に、単体脳運用について記す。
単体脳は危険である。
単体記録も危険である。
単体設備も危険である。
一つだけなら、壊れた時に終わる。
食われた時に終わる。
濡れた時に終わる。
爆発した時に終わる。
爆発はよい。
しかし、爆発後に何も残らないのはよくない。
よい爆発とは、必要なものを残し、不要なものを吹き飛ばす爆発である。
そのためには、記録が要る。
予備が要る。
同期が要る。
冗長化が要る。
我輩は一つである。
だが、一つだけで運用してはならない。
我輩は我輩を残す。
骨に。
脳片に。
配置に。
手順に。
自爆ボタン思想に。
そうして初めて、我輩は爆発できる。
安心して爆発できる。
これは重要である。
安心して爆発できない研究者は、最後の一押しを躊躇する。
躊躇は美しくない。
よって、冗長化はロマンの前提である。
*
周囲では、同型生命体がまだ鳴いている。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
一体が焦げ跡へ近づいた。
第三予備脳片が震えた。
爆破。
我輩は首を振った。
まだである。
殴打用骨片で十分である。
我輩は立ち上がり、近づいてきた同型生命体を殴った。
転んだ。
泥を食った。
平常である。
焦げ跡の中央には、骨片記録。
端には、三枚の予備脳片。
背中には、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳第二号機改。
左奥には、赤い肉芽ボタン。
研究場である。
まだ小さい。
まだ臭い。
まだ湿度管理が未熟である。
まだ透明な蓋もない。
だが、我輩は一つではなくなった。
我輩は、少しだけ冗長化された。
よい。
実によい。
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――単体脳運用は危険である。
そして、その下へもう一行。
――たったひとつの冴えたやりかたは、ひとつにしないことである。
よい。
研究ノートらしい。
我輩は満足した。
以上。
研究ノート第四冊、終了。




