第二話 同型生命体は毒電波フィルターの夢を見るか
研究には、静けさが必要である。
これは、悪の秘密結社にいた頃からの我輩の持論である。
どれほど優秀な博士であっても、背後で戦闘員が騒いでいては、正確な培養液濃度を測れない。
どれほど優秀な博士であっても、幹部が作戦名について三時間議論していては、怪人の脳改造手順を整理できない。
どれほど優秀な博士であっても、首領が「我が理想の新世界」について語り始めると、研究は止まる。
首領の理想は長い。
実に長い。
世界征服計画より、首領の演説の方が長い場合すらある。
あれは悪の組織における一種の自然災害であった。
逃げられない。
止められない。
始まる時間も分からない。
終わる時間は、もっと分からない。
その点、この新しい肉の巣には首領がいない。
幹部もいない。
作戦会議もない。
予算会議もない。
査読もない。
正義の味方も、今のところいない。
すばらしい。
問題は、周囲の同型生命体があまりに知性を欠き、かつ、頭の中に流れる毒電波が極めてうるさいことであった。
*
第一日目に作成した迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳は、概ね良好に機能した。
毒電波は本体脳へ直接届かなくなった。
食え。
増えろ。
壊せ。
人類を滅ぼせ。
これらの雑な命令は、背中にぶら下げた小さな脳片へ吸い込まれていく。
非常によい。
頭が静かである。
静かであるということは、思考できるということである。
思考できるということは、研究できるということである。
研究できるということは、我輩であるということである。
したがって、静かな脳は我輩の証明である。
論理的である。
ただし、問題もあった。
背中が重い。
毒電波を吸い込むたび、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳はわずかに膨らむ。
膨らむと、揺れる。
揺れると、首の後ろが引っ張られる。
首の後ろが引っ張られると、歩行が乱れる。
歩行が乱れると、同型生命体が我輩を食べ物と誤認する。
殴る。
転ぶ。
泥を食う。
この工程が何度も発生した。
非効率である。
改善が必要である。
*
我輩は、まず周囲の同型生命体を観察した。
観察対象一。
小型。
腹が膨れている。
右耳がない。
左手で泥を掴み、右手で隣の個体を掴む。
どちらも口へ運ぼうとする。
失敗。
転倒。
泥を食う。
観察対象二。
やや大型。
背中に腫瘍。
自分の腫瘍を噛もうとしている。
届かない。
怒る。
隣の個体を噛む。
噛まれた個体も怒る。
両者転倒。
泥を食う。
観察対象三。
未発達。
歩行不能。
しかし口だけは動く。
腐った骨片を吸う。
骨片を喉に詰まらせる。
自力で吐く。
再び同じ骨片を口に入れる。
見込みなし。
総評。
助手に使えない。
記録係に使えない。
素材としては使える。
この判断は、前世の戦闘員評価表とほぼ同じである。
ただし、戦闘員は少なくとも番号を呼べば返事をした。
同型生命体は返事もしない。
鳴くだけである。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
うるさい。
実にうるさい。
しかし、彼らは毒電波を疑わない。
むしろ毒電波と一体である。
命令が来る。
動く。
失敗する。
再び命令が来る。
また動く。
また失敗する。
この単純な反復が、巣全体を満たしている。
これは群れではない。
未整理の実験廃液である。
*
我輩は、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳の構造を改良することにした。
第一号機は、緊急避難的な処置であった。
本体脳から毒電波系の神経流を分け、肉芽を丸め、背中へぶら下げただけである。
これはいけない。
装置は美しくなければならない。
悪の博士の発明品は、機能だけでなく外観も重要である。
管。
弁。
計器。
赤い灯り。
警告音。
無駄に開く蓋。
押してはいけないボタン。
それらがあってこそ、発明品は発明品となる。
もっとも、現時点では真鍮もない。
歯車もない。
圧力計もない。
赤い警告灯もない。
あるのは、泥、骨、腐肉、同型生命体、毒電波、そして我輩の肉である。
十分である。
悪の博士は、手元にある素材で恐ろしいものを作るべきである。
*
第二号機の設計方針を記す。
一、本体脳から毒電波経路を明確に分離する。
二、受信部、濾過部、蓄積部、廃棄部を分ける。
三、満杯になった場合、容易に交換できる構造とする。
四、逆流防止弁を設ける。
五、可能であれば交換時期を知らせる肉芽を付ける。
六、将来的に自爆ボタン接続を可能とする。
六が重要である。
現時点では自爆できない。
これは悪の博士として非常に不安である。
しかし、最初から完全な自爆機構を備えようとすると、研究初期にすべてが爆発する。
爆発はよい。
だが、順番がある。
まずは濾過。
次に交換。
その後に爆破。
研究者は段階を踏むべきである。
*
手術を開始する。
手術台はない。
泥の上である。
不衛生である。
だが、ここに清潔な台が存在しない以上、現実を受け入れるしかない。
前世の倫理委員会なら卒倒するだろう。
実によい。
我輩は骨片を研いだ。
切れ味は悪い。
悪いが、肉は切れる。
自分の背中へ腕を回す。
届きにくい。
頭足類悪魔であった頃なら、第三触腕と第五触腕で容易に処理できた。
今の身体には腕が二本しかない。
不便である。
脊椎動物型小型増殖生命体の設計思想には問題がある。
我輩はまず、第一号機を外した。
肉芽が伸びている。
毒電波を吸って、黒ずんでいる。
表面には細かな泡。
内部から声。
食え。
増えろ。
壊せ。
人類を滅ぼせ。
うるさい。
外してもなおうるさい。
この時点で、我輩は重要な結論に至った。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳は、恒久臓器として運用すべきではない。
交換部品として運用すべきである。
濾過フィルターである。
蛇口につける浄水器の濾過フィルターと同じである。
前世の研究所にもあった。
水を流す。
汚れを取る。
性能が落ちる。
交換する。
古いフィルターは捨てる。
簡単な理屈である。
汚れた水を通し続ければ、水はまずくなる。
汚れた祝福を通し続ければ、脳がまずくなる。
実に単純である。
*
祝福。
我輩は、あえてその語を用いた。
この肉のどこかには、そう呼びたがる何かがある。
食え。
増えろ。
壊せ。
人類を滅ぼせ。
これを祝福と呼ぶ者がいるかもしれない。
集団の存続本能。
繁殖命令。
上位存在の指令。
種族衝動。
太陽の導き。
なんでもよい。
我輩に言わせれば、これは仕様不明の外部常駐命令である。
不正な管理者権限である。
研究計画に割り込む迷惑処理である。
したがって、削除。
あるいは隔離。
少なくとも本体脳には入れない。
我輩の脳は、我輩のものである。
毒電波に貸す部屋はない。
*
第二号機の作成に入る。
受信部。
頭蓋後方から伸びる細い神経束を三本分ける。
一本では詰まりやすい。
二本では冗長性が足りない。
三本である。
悪の秘密結社時代、幹部会議で学んだことがある。
入口は複数ある方がよい。
出口は一つにしておく方がよい。
逃げられるからである。
濾過部。
薄い肉膜を重ねる。
毒電波が通るたびに粘液層へ吸着させる。
粘液は、周囲の同型生命体から採取した。
本人は気づいていない。
採取中、泥を食っていた。
蓄積部。
小さな脳片を袋状に丸める。
内部に毒電波を溜める。
溜めすぎると膨らむため、上部に逃がし孔を作る。
ただし、本体側へ逃げてはならない。
逃がし孔は外部へ向ける。
すると、ぶつぶつ声が漏れる。
不快である。
後で消音機構が必要である。
逆流防止弁。
これは難しかった。
骨片を薄く削り、肉膜の間に挟む。
毒電波は入る。
戻らない。
理論上はよい。
実際には少し漏れた。
頭の中に一瞬、声が戻る。
食え。
うるさい。
我輩は弁を強く締めた。
静かになった。
交換通知肉芽。
耳の後ろに小さな赤い肉芽を作る。
毒電波蓄積量が増えると膨らむ。
限界が近づくと拍動する。
将来的には点滅させたい。
赤く光るのが理想である。
現状は光らない。
だが、ぷくぷく動く。
悪くない。
警告灯の原始形である。
*
装着。
首の後ろへ第二号機を接続する。
第一号機より小さい。
軽い。
収まりがよい。
背中ではなく、肩甲部の内側へ半分埋め込む形にした。
これにより、同型生命体から食べ物と誤認される可能性が下がる。
ただし、完全ではない。
観察対象二が近づいてきた。
我輩の肩を舐めた。
殴った。
転んだ。
泥を食った。
安定している。
第二号機の効果は良好であった。
頭の中は静か。
毒電波は濾過部へ流れる。
濾過部から蓄積部へ落ちる。
蓄積部がぶつぶつ言う。
しかし、本体脳は静かである。
よい。
非常によい。
我輩は初めて、深く考える余裕を得た。
考える内容は、もちろん研究計画である。
*
現状の課題。
一、身体が脆弱。
二、記録媒体が不足。
三、同型生命体が邪魔。
四、巣全体が不衛生。
五、毒電波が継続的に流入。
六、外敵不明。
七、食料管理なし。
八、実験空間なし。
九、爆発物なし。
十、自爆ボタンなし。
また十である。
重要なので当然である。
我輩は、まず記録媒体を作ることにした。
脳が静かになっても、記録がなければ研究は積み上がらない。
前世の悪の秘密結社でも、記録は重要であった。
もっとも、表向きの記録と本当の記録は別である。
表向きの記録にはこう書く。
「新怪人開発計画、第三段階へ移行。変身ヒーロー対策として有望」
本当の記録にはこう書く。
「幹部Aがまた仕様を変えた。殺したい」
研究には、両方の記録が必要である。
この世界に紙はない。
少なくともこの巣にはない。
石板もない。
金属板もない。
あるのは骨である。
骨はよい。
硬い。
削れる。
保存性もある。
誰かの骨であることを気にしなければ、非常に優秀な記録媒体である。
我輩は、落ちていた骨片を集めた。
長い骨。
薄い骨。
平たい骨。
噛まれた骨。
用途ごとに分ける。
記録板。
切削具。
固定具。
交換用弁。
殴打用。
殴打用は重要である。
同型生命体が近づくたびに必要になる。
*
骨片に記録する。
第一項。
同型生命体の分類。
甲型。
歩行可能。
知性なし。
食欲過剰。
殴ると転ぶ。
乙型。
歩行不安定。
知性なし。
自分を噛む。
殴ると転ぶ。
丙型。
出生直後。
知性なし。
呼吸不安定。
放置すると食われる。
丁型。
やや大型。
知性なし。
他個体を押しのける。
殴ると怒る。
怒っても転ぶ。
総評。
すべて助手不適格。
第二項。
毒電波の内容。
食え。
増えろ。
壊せ。
奪え。
巣を広げろ。
人類を滅ぼせ。
具体性なし。
計画性なし。
予算項目なし。
補給計画なし。
感染症対策なし。
研究価値低。
第三項。
迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳第二号機。
受信部三系統。
濾過膜五層。
蓄積部袋状。
逆流防止弁あり。
交換通知肉芽あり。
自爆機構なし。
自爆機構なし。
自爆機構なし。
ここは三回刻んだ。
重大な欠陥だからである。
*
記録中、交換通知肉芽が拍動した。
早い。
実に早い。
第二号機の濾過能力は高いが、毒電波流入量が想定以上である。
これは巣全体の問題である。
同型生命体が多すぎる。
肉嚢が多すぎる。
死骸が多すぎる。
腐敗が多すぎる。
全体に毒電波が染み込んでいる。
我輩一体の脳を守るだけなら第二号機で足りる。
だが、長期運用には交換周期の確立が必要である。
我輩は第二号機を外した。
濾過部が黒ずんでいた。
早い。
これは蛇口用浄水器なら交換ランプが点く段階である。
現状の赤い肉芽は、ぷくぷく動くだけである。
やはり光らせたい。
研究装置は光るべきである。
第一回交換作業を開始する。
手順。
一、本体接続部を骨片で押さえる。
二、逆流防止弁を閉じる。
三、濾過脳をひねる。
四、外す。
五、新しい濾過脳を接続する。
六、毒電波流入を確認する。
七、古い濾過脳を廃棄する。
問題は七である。
廃棄方法がない。
前世であれば、感染性廃棄物として焼却。
あるいは、秘密裏に地下第六焼却炉へ投入。
あるいは、失敗怪人用溶解槽へ投棄。
あるいは、証拠隠滅用爆破処理。
爆破処理が望ましい。
しかし、今は爆薬がない。
火もない。
いや、火らしきものは遠くにある。
同型生命体が何かを燃やしている。
だが、管理されていない。
火があるのに管理できていない。
危険である。
不愉快である。
いずれ改善する。
今は、古い濾過脳を巣の外れへ置くことにした。
封印廃棄である。
仮である。
あくまで仮である。
将来的には爆破する。
*
古い濾過脳は、黒ずんでいた。
表面に泡。
内部から声。
人類を滅ぼせ。
食え。
増えろ。
壊せ。
うるさい。
我輩は骨片でつついた。
濾過脳が震えた。
声が濁る。
人類を、滅、ぼ、せ。
壊、せ。
増、え、ろ。
なるほど。
毒電波は蓄積すると変質する。
単なる命令ではなく、粘る。
濁る。
沈殿する。
場合によっては、別の何かを生む可能性がある。
注意が必要である。
濾過フィルターは、定期交換するべきである。
これは研究上の結論である。
そして生活上の結論でもある。
汚れたフィルターを放置してはならない。
これは非常に重要である。
我輩は骨片に刻んだ。
――濾過脳、交換を要する。
――蓄積毒電波、濁りあり。
――放置危険。
――廃棄方法未確立。
――爆破処理が望ましい。
最後の一行は、やはり深く刻んだ。
*
その夜、我輩は第二号機改を装着して眠ろうとした。
眠る。
この行為も久しぶりである。
前世では、博士はあまり眠れない。
夜は実験。
昼は会議。
夕方は怪人調整。
深夜は秘密基地防衛。
明け方は変身ヒーロー対策。
睡眠時間は短い。
その代わり、培養槽の横に仮眠用の寝台を置いていた。
黒い布。
硬い枕。
壁には緊急脱出レバー。
寝台の下には小型爆薬。
よい寝床であった。
今の寝床は泥である。
最悪である。
同型生命体が隣で寝ている。
口が開いている。
涎が流れている。
足が我輩の肩に乗る。
蹴った。
転がった。
また寝た。
実に愚かである。
しかし、頭は静かだった。
毒電波は遠い。
背中の濾過脳が、小さく震える。
食え。
増えろ。
壊せ。
人類を滅ぼせ。
ふむ。
研究対象としては不快だが、音量は低い。
我輩は目を閉じた。
そして、夢を見た。
*
前世の研究所であった。
黒い壁。
赤い灯り。
蒸気の配管。
真鍮の圧力計。
ガラス管の中を流れる緑の液体。
巨大計算機。
紙テープ。
培養槽。
透明な蓋のついた赤い自爆ボタン。
懐かしい。
実に懐かしい。
蝗虫男がいた。
緑の複眼でこちらを見ている。
「ゼンゼンマン。また悪事か」
我輩は答えた。
「悪事ではない。研究である」
「同じことだ」
「違う。悪事には再現性がない。研究には再現性がある」
「人々を苦しめる研究など許さん」
「研究対象の苦痛は、可能な限り記録している」
「そういう問題ではない」
会話が噛み合わない。
相変わらずである。
変身ヒーローというものは、倫理を叫ぶ割に実験条件を読まない。
蝗虫男は構えた。
我輩は触腕を広げようとした。
だが、触腕はなかった。
小さな腕が二本あるだけである。
頭足類悪魔ではない。
小型増殖生命体である。
蝗虫男が首を傾げた。
「小さくなったな、ゼンゼンマン」
「成長途中である」
「今度は何を企んでいる」
「静かな脳を作っている」
「それは悪事なのか」
「まだ分からぬ」
「分からないのか」
「研究だからである」
蝗虫男はしばらく黙った。
そして言った。
「なら、せめて人を滅ぼすな」
我輩は笑った。
「当然である」
蝗虫男は意外そうにした。
「当然なのか」
「人類を滅ぼせば、変身ヒーローもいなくなる。医療設備も薬品倉庫も都市構造も兵器体系も消える。研究対象が減る。非合理である」
「理由は最低だな」
「合理的である」
「だが、滅ぼさないなら、それでいい」
蝗虫男は背を向けた。
その背後に、赤い警告灯が点滅している。
我輩は聞いた。
「蝗虫男よ」
「何だ」
「最後の台詞は、最後まで聞くべきである」
蝗虫男は振り返らなかった。
「それは悪かった」
そこで、夢は終わった。
*
目覚めると、同型生命体が我輩の足を噛んでいた。
蹴った。
転んだ。
泥を食った。
現実である。
夢の余韻が一瞬で消えた。
だが、悪くない。
蝗虫男が夢に出た理由は分かる。
毒電波が薄くなったことで、前世記憶への経路が安定したのだ。
あるいは、単なる脳の整理作用である。
いずれにせよ、記録する価値がある。
我輩は骨片に刻んだ。
――毒電波濾過後、前世記憶夢あり。
――蝗虫男、出現。
――会話内容、おおむね不快。
――ただし、最後の台詞を遮った件について謝罪らしきものあり。
――夢内に自爆ボタン確認。
――現実には未実装。
現実には未実装。
やはり深く刻んだ。
*
第二話時点での成果を整理する。
一、迷惑毒電波スパム隔離サーバー脳、第二号機作成。
二、濾過フィルター方式を採用。
三、交換通知肉芽を実装。
四、古い濾過脳は汚染物として分離。
五、放置危険の疑いあり。
六、骨片記録を開始。
七、前世記憶夢を確認。
八、同型生命体は引き続き助手不適格。
九、自爆機構は未実装。
十、自爆機構は未実装。
十一、自爆機構は未実装。
重要なので三回である。
研究は進んだ。
我輩は、単なる肉腫ではなくなった。
我輩は、毒電波を濾過する小型増殖生命体である。
そして、記録を持つ。
記録を持つ生命体は強い。
なぜなら、失敗を次に使えるからである。
周囲の同型生命体は、今日も泥を食い、骨を噛み、自分の手を噛み、転び、鳴いている。
「ギ」
「ギギ」
「ギャ」
彼らには昨日がない。
反省がない。
改善がない。
だから、彼らは同型生命体である。
我輩には昨日がある。
記録がある。
改善がある。
だから、我輩はドクトル・ゼンゼンマンである。
*
なお、古い濾過脳は巣の外れでまだぶつぶつ言っている。
食え。
増えろ。
壊せ。
人類を滅ぼせ。
声は小さい。
だが、消えない。
泡が出ている。
時折、表面が膨らむ。
まるで、中から何かが形を取ろうとしているようにも見える。
ふむ。
観察対象である。
ただし、危険でもある。
次回まで放置してみるか。
いや、研究者としては観察すべきである。
だが、悪の博士としては安全装置をつけるべきである。
我輩は骨片を握り、古い濾過脳の横に小さな肉芽を植えた。
赤い肉芽である。
押すと潰れる。
潰れると、近くの腐敗ガス袋へ刺激が走る。
刺激が走ると、爆ぜる。
小規模ではある。
自爆ボタンと呼ぶには、まだ未熟である。
しかし、方向性は正しい。
透明な蓋はない。
警告灯もない。
警告音もない。
それでも、赤い。
押せる。
爆ぜる。
ならば、第一歩である。
我輩は満足した。
やはり、研究施設には安全装置が必要である。
そして安全装置は、赤いボタンであるべきだ。
以上。
研究ノート第二冊、終了。




