第十四話 冷たい洞窟方程式、または月電波混線対策
施設は、外に置くべきではない。
これは重要である。
焦げ跡施設は、有用であった。
焦げ土がある。
防衛線がある。
ブレード脳ラックがある。
肉製ユーピーエスがある。
管理肉芽がある。
ログ肉芽がある。
黒骨筒棚がある。
資材体固定区画がある。
月袋がある。
太陽性旧濾過脳発生棚がある。
肉ロジスティック台帳がある。
たいへんよい。
たいへん文明的である。
たいへん臭い。
だが、外である。
空がある。
雨がある。
風がある。
虫がある。
同型生命体が来る。
未分化個体が転ぶ。
小型増殖生命体が泥を食う。
太陽性毒電波が降る。
月性慈しみ電波が染みる。
鳥の糞も落ちる。
研究施設として、外は騒がしすぎる。
*
前世の悪の秘密基地は、地下にあった。
山腹にあった。
孤島にあった。
廃工場にあった。
海底にもあった。
なぜか火山の中にもあった。
火山の中は、冷却の観点から不適切である。
だが、見た目はよい。
見た目は重要である。
しかし、今の我輩に火山はない。
海底もない。
孤島もない。
廃工場もない。
あるのは森である。
泥である。
腐敗である。
同型生命体である。
そして、岩である。
岩。
岩の下。
岩の奥。
洞窟。
よい。
非常によい。
秘密基地には、洞窟が似合う。
*
洞窟の利点を整理する。
一、涼しい。
二、暗い。
三、雨が直接当たらない。
四、入口を狭くできる。
五、防衛線を作りやすい。
六、脳片を冷やしやすい。
七、配線溝を壁に掘れる。
八、黒骨筒を乾いた奥へ置ける。
九、爆破区画と本体区画を分けやすい。
十、悪の博士らしい。
十は重要である。
研究は機能だけでは足りない。
様式が必要である。
黒い外套。
低い笑い声。
赤いボタン。
警告灯。
そして洞窟。
現在、黒い外套はない。
警告灯もない。
だが、赤いボタンはある。
洞窟を得れば、様式は一段進む。
*
洞窟の欠点も整理する。
一、湿る。
二、換気が悪い。
三、奥に何かいる可能性がある。
四、逃げ道が少ない。
五、爆発時に圧がこもる。
六、太陽性毒電波の取り込みが難しい。
七、月性慈しみ電波の取り込みも難しい。
八、同型生命体が入口で詰まる可能性がある。
九、詰まった同型生命体はだいたい泥を食う。
十、泥を食うな。
最後は洞窟に限らない。
だが、重要である。
洞窟に泥食い個体が詰まると、物流が止まる。
物流が止まると、研究が止まる。
研究が止まると、赤いボタンを見たくなる。
危険である。
*
まず、候補地を探す。
端末を使う。
一号。
汎用作業端末。
二号。
記録点検端末。
三号。
防衛端末。
しかし、洞窟探索にはこれだけでは足りない。
狭い場所へ入る端末が要る。
低い姿勢。
暗所視。
臭気判定。
湿度判定。
壁の硬さ確認。
毒電波濃度測定。
泥を食わない。
これらを備えた端末。
肉端末四号。
洞窟探索端末である。
短い。
低い。
目を大きくする。
口は付けない。
胃は当然付けない。
鼻は少し強める。
ただし、臭いに引かれて食う器官はない。
背中に小さな粘液灯を付ける。
灯といっても光らない。
湿りと毒電波濃度で色が変わる肉芽である。
光らない灯。
不満である。
だが、情報は出る。
*
四号を作るには材料が要る。
材料はある。
肉ロジスティックのおかげである。
資材体二号の再生済み皮膜。
資材体四号から回収した短い骨。
太陽性毒電波で余った肉芽。
焦げ土A。
神経束二本。
硬化皮膜小片。
よい。
材料が台帳に載っている。
これが物流の力である。
我輩は肉ロジスティック台帳に記録した。
――洞窟探索端末四号、材料出庫。
――骨片中、三本。
――神経束、二本。
――皮膜、四枚。
――焦げ土A、少量。
――太陽性余剰肉芽、二つ。
出庫。
よい。
たいへんよい。
悪の秘密基地にも在庫管理は必要である。
*
肉端末四号、起動。
四号は低く這った。
速くはない。
だが、狭い隙間へ入れる。
命令。
進め。
四号、進む。
命令。
止まれ。
止まる。
命令。
湿りを示せ。
背中の肉芽が膨らむ。
湿度高。
命令。
毒電波を示せ。
別の肉芽が黒ずむ。
毒電波中。
よい。
探索に使える。
三号が四号を見て棍棒を構えた。
敵ではない。
管理肉芽へ四号識別を登録する。
識別、四。
役割、洞窟探索。
殴打不可。
赤いボタン接近不可。
太陽性旧濾過脳接近、制限。
月袋接近、許可。
泥摂取、不可。
全端末共通である。
*
探索を開始する。
焦げ跡施設の北側。
木の根の下。
湿り多。
不適。
西側。
倒木の下。
虫多。
不適。
南側。
腐敗の筋。
論外。
東側。
黒い岩の割れ目。
入口狭い。
風あり。
湿り少。
毒電波低。
奥から冷たい空気。
候補である。
四号を入れる。
入口で少し引っかかる。
腹を削る。
記録。
――入口幅、四号ぎりぎり。
――一号不可。
――三号不可。
――二号、たぶん可。
――本体脳、不可。
問題である。
本体が入れない洞窟は基地にならない。
入口拡張が必要。
ただし、広げすぎると同型生命体が入る。
狭すぎると設備が入らない。
入口幅には最適値がある。
また最適値である。
研究は最適値だらけである。
*
入口拡張のため、掘削端末が要る。
五号。
掘削端末。
太い前肢。
骨爪。
低い腰。
目は少なくてよい。
口なし。
胃なし。
赤忌避反射。
配線溝踏むな反射。
岩を掘る。
土を出す。
同型生命体を殴らない。
殴打は三号の役割である。
五号に殴打まで持たせると、役割が混じる。
役割が混じると、事故が起きる。
前世の悪の秘密結社でも、掘削怪人に戦闘を任せた結果、地面を掘って逃げるだけになったことがある。
あれは失敗である。
掘る者は掘れ。
殴る者は殴れ。
赤いボタンは我輩が押す。
*
五号の材料も出庫する。
資材体一号の太骨。
資材体五号の皮膜。
焦げ土A。
骨片棍棒の予備。
神経束一本。
硬化皮膜帯。
月袋は使わない。
太陽性毒電波も使わない。
掘削端末に余計な再生反応は不要である。
五号、起動。
重い。
動きが遅い。
前肢で土を掻く。
岩を削る。
爪が欠ける。
交換式にする。
よい。
掘削爪は消耗品である。
消耗品は台帳に載せる。
肉ロジスティック台帳に追記。
――掘削爪、消耗品。
――焦げ土で乾燥保管。
――三本単位で束ねる。
文明である。
*
入口を広げる。
五号が削る。
一号が土を運ぶ。
二号が寸法を見る。
三号が防衛線を張る。
四号が奥を確認する。
管理肉芽が命令を捌く。
ログ肉芽が拍動数を記録する。
肉製ユーピーエスはまだ焦げ跡施設にある。
ブレード脳ラックもまだ外である。
移設は最後である。
まず、入口。
掘る。
削る。
出す。
乾かす。
固める。
広げる。
狭める。
また広げる。
たいへん地味である。
しかし、基地建設とは地味なものである。
前世でも、首領は自爆ボタンの前で演説するだけだった。
配線を通す者。
壁を補強する者。
排気口を作る者。
培養槽を水平に置く者。
そうした地味な者たちが基地を支えていた。
地味な者を軽んじる組織は、よく爆発する。
爆発は良い。
だが、意図しない爆発は良くない。
*
入口拡張中、問題が起きた。
洞窟内で命令が反響する。
進め。
め。
め。
め。
戻れ。
れ。
れ。
れ。
四号が迷う。
五号が止まる。
一号が戻ろうとする。
洞窟は音を返す。
振動も返す。
命令が増える。
偽命令が生じる。
これは危険である。
反響プロトコルが必要である。
我輩は骨片に刻んだ。
――洞窟内では振動命令が反響する。
――通常認証、誤反復のおそれ。
――洞窟用短符号を定義する。
洞窟内命令は短く。
識別後、神経糸優先。
振動命令は全停止のみ。
足踏み応答は柔らかい肉膜で吸収。
完了報告は中継肉芽経由。
洞窟内で鳴くな。
端末は鳴かない。
よい。
*
洞窟用管理肉芽が要る。
焦げ跡施設の管理肉芽第一号だけでは、洞窟内の反響を処理しにくい。
そこで、入口近くに中継用の小さな管理肉芽を置く。
洞窟門番肉芽。
名称がよい。
門番。
秘密基地には門番が要る。
ただし肉芽である。
洞窟門番肉芽第一号を入口の内側へ設置。
機能。
一、外部管理肉芽からの命令を受ける。
二、洞窟内端末へ神経糸で配る。
三、反響信号を捨てる。
四、湿度と温度を測る。
五、侵入個体を検知する。
六、必要なら入口隔離膜を閉じる。
七、さらに必要なら小爆発で入口を塞ぐ。
七があると安心である。
洞窟は入口が命である。
入口を守れない秘密基地は、秘密ではない。
*
洞窟内部を調べる。
四号が進む。
狭い通路。
低い天井。
奥に少し広い空間。
壁は黒い岩。
床は乾き気味。
右奥に水滴。
左奥に乾いた棚状の石。
天井の割れ目から、わずかに風が通る。
よい。
非常によい。
脳片保管に向く。
ただし、水滴側は危険。
湿度がある。
黒骨筒には向かない。
ブレード脳ラックは中央の冷たい空間へ。
肉製ユーピーエスは入口寄り。
爆破予定区画は洞窟の外。
洞窟内で大爆発はしない。
圧がこもる。
我輩はまだ洞窟を吹き飛ばしたくない。
まだ、である。
*
配置計画を作る。
洞窟入口。
門番肉芽。
防衛線。
脱臭焦げ土帯。
第一通路。
配線溝。
粘液管。
空気道。
中央区画。
ブレード脳ラック室。
肉製送風膜改。
冷気導入口。
排気溝。
左奥。
黒骨筒保管室。
乾燥棚。
湿度表示肉芽。
右奥。
水滴区画。
粘液回収。
冷却補助。
ただし汚染注意。
入口外。
資材体固定区画。
太陽性旧濾過脳発生棚。
月袋照射棚。
部分爆破線。
回収分類棚。
つまり、洞窟内は頭脳と記録。
洞窟外は資材と爆破。
よい。
たいへんよい。
脳と胃を分けるようなものである。
胃は外でよい。
脳は奥へ。
*
移設は一度にしてはならない。
一度に移すと、失敗した時に全て失う。
前世の研究所でも、サーバー移設は慎重に行った。
まあ、悪の秘密結社では途中で幹部が「今日中に動かせ」と言い、結果として冷却が止まり、培養槽が三つ沸いたことがある。
愚かである。
我輩は同じ失敗をしない。
移設手順を定める。
一、洞窟内の湿度と毒電波濃度を三日測る。
二、門番肉芽を安定させる。
三、空気道を作る。
四、仮ラックを置く。
五、第三予備脳片以外の小肉芽から試験移設する。
六、ログ肉芽の写しを置く。
七、黒骨筒の写しを置く。
八、肉製ユーピーエス補助拍動を引く。
九、ブレード脳ラックを半分だけ移す。
十、第三予備脳片は最後。
十は重要である。
第三予備脳片を最初に洞窟へ入れると、洞窟全体を爆破区画だと思う可能性がある。
教育が必要である。
*
三日測る。
一日目。
湿度、低から中。
温度、安定。
毒電波、低。
月性慈しみ電波、低。
太陽性毒電波、ほぼ入らず。
二日目。
、水滴区画で湿度上昇。
黒骨筒保管室は乾燥。
四号、正常。
五号、入口で寝る。
寝るな。
三日目。
奥の冷気安定。
小型生物の足跡あり。
三号を入口外へ配置。
小型生物は出ていった。
よい。
洞窟は使える。
ただし、太陽性毒電波と月性慈しみ電波が入りにくい。
これは資材工程には不利。
しかし、脳片保管には有利。
脳は静かな方がよい。
資材は外で騒がせる。
適材適所である。
*
空気道を作る。
入口から低く入る冷気。
中央区画を通る。
奥の割れ目から抜ける。
肉製送風膜は小型化。
洞窟内では大きな膜を動かすと湿気を巻き上げる。
よって、骨枠送風膜を二枚。
交互に動かす。
どくん。
すう。
どくん。
はく。
呼吸のようである。
洞窟が呼吸する。
よい。
秘密基地らしい。
ただし、呼吸音が大きいと同型生命体が寄る。
焦げ土と苦味粘液で入口を処理する。
寄らない。
よい。
*
黒骨筒の写しを置く。
黒骨一、二、三の原本はまだ外。
洞窟には写しを置く。
骨片バックアップテープの複製である。
完全ではない。
しかし、復元可能な要点を含む。
我輩性。
毒電波濾過。
女神性残滓爆破。
予備脳片。
肉製ユーピーエス。
端末通信規約。
肉ロジスティック。
洞窟移設手順。
ジバーシャ。
自爆ボタンと自爆スイッチの違い。
ここは必ず入れる。
自爆ボタンはロマン。
自爆スイッチは安全設計。
逆に覚えた復元個体は不完全である。
洞窟黒骨一号。
洞窟黒骨二号。
洞窟黒骨三号。
名称が少し長い。
しかし、場所が分かる。
よい。
*
ログ肉芽の写しを置く。
外のログ肉芽第一号から、洞窟ログ肉芽第一号へ拍動単位で転記する。
問題が起きる。
拍動がずれる。
外の肉製ユーピーエス。
どくん。
洞窟補助拍動。
どくん。
少し遅い。
ログの時刻がずれる。
これは危険である。
時計同期が必要である。
時刻。
拍動。
同期。
前世のサーバーでも重要だった。
時刻がずれると、ログが読めない。
原因が前後する。
爆発前に警告が出たのか。
警告後に爆発したのか。
爆発後に警告が出たのか。
これを間違えると、反省ができない。
反省できない爆発は、ただの騒音である。
よって、拍動同期肉芽を作る。
名称。
時刻肉芽。
短い。
よい。
*
時刻肉芽を、外と洞窟に一つずつ置く。
外時刻肉芽。
洞窟時刻肉芽。
肉製ユーピーエスの拍動を基準に、一定間隔で同期震えを送る。
どくん。
どくん。
どくん。
長震え。
同期。
洞窟側が受ける。
遅れを補正。
よい。
肉の時刻同期である。
気持ち悪い。
しかし、文明である。
我輩は骨片に刻んだ。
――ログは時刻を揃えよ。
――時刻がずれた爆発記録は、信用するな。
これは重要である。
*
次に、ブレード脳ラックの試験移設。
いきなり第一予備脳片を移すのは危険。
まず、小さな補助肉芽を移す。
湿度表示肉芽。
洞窟内。
正常。
小型ログ肉芽。
正常。
余剰パリティ肉芽片。
正常。
第三予備脳片由来の小さな赤筋片。
入れない。
まだ早い。
第三予備脳片が外で震える。
不満らしい。
我慢である。
自爆思想保存用脳片にも、待つ訓練が必要である。
――待つ。
その瞬間、第一予備脳片写しが、妙な名を返した。
ゴードン。
我輩は止まった。
ゴードン。
誰であるか。
記録にない。
黒骨一にもない。
黒骨二にもない。
黒骨三にもない。
我輩復元手順にもない。
肉ロジスティック台帳にもない。
洞窟移設手順にもない。
だが、月性慈しみ電波の残響が、洞窟仮ラックの遮蔽骨板を薄く震わせている。
見る。
包む。
戻す。
名を保つ。
ルーを内に抱く月。
ルーの子らを見る月。
戻す月。
包む月。
その波の端に、待つ大型個体の断片が混じっていた。
待つ。
止まる。
来ない。
壊さない。
名は、ゴードン。
知らぬ。
我輩は知らぬ。
だが、月性慈しみ電波は、知らぬ名を運ぶ。
非常に迷惑である。
非常に危険である。
太陽性毒電波はうるさい。
命令が雑で、破壊的で、すぐ小型女を湧かせる。
それに比べれば、月性慈しみ電波は静かである。
だが、静かな顔で余計な名を混ぜる。
これは別種の危険である。
我輩は遮蔽骨板を一枚追加した。
さらに、月性信号用の薄い濾過膜を仮設する。
完全遮断ではない。
月性慈しみ電波は、太陽性小型女発生促進材として有用である。
我輩性保存用脳片に、ジバーシャの記憶を戻す作用もある。
完全に切るには惜しい。
だが、未知名混入は困る。
ゴードン。
待つ大型個体。
壊さない。
来ない。
この四つは、我輩の研究計画に不要である。
少なくとも今は不要である。
我輩は骨片に刻んだ。
――洞窟内脳片保管区画において、月性慈しみ電波由来と思われる未知名混入を確認。
――混入語、ゴードン。
――付随信号、待つ、止まる、壊さない、来ない。
――我輩の記録体系には未登録。
――月性慈しみ電波は、ルーおよびルーより広がった子ら、名、母子線を追跡するため、遠隔の名断片を拾う可能性あり。
――洞窟脳庫では月性信号を完全遮断せず、薄く通す方針であったが、名混入対策として遮蔽骨板を増設。
――月電波は治療しない。
――月電波は、太陽を煽る。
――月電波は、名を運ぶ。
――たいへん面倒である。
*
仮ラックを設置する。
洞窟中央区画。
冷たい岩壁。
骨枠。
焦げ土脚。
粘液溝。
送風膜。
排液管。
毒電波遮断肉膜。
月性遮蔽骨板。
太陽性遮蔽焦げ土板。
未知名混入防止濾過膜。
脳片には静けさが必要である。
外の太陽一と月四は、資材工程には有用である。
だが、脳片の近くでは騒がしい。
とくに月性慈しみ電波は、第一予備脳片へジバーシャ記憶を戻しすぎる。
さらに、知らぬ名まで運ぶ。
悪くはない。
悪くはないが、作業中に何度も来ると手が止まる。
洞窟内では薄くする。
完全には切らない。
完全遮断はしない。
不要である。
ただし、濾過する。
月電波も、フィルターを通す時代である。
*
第一予備脳片の一部を洞窟仮ラックへ移す。
我輩性保存用。
慎重に。
外の第一予備脳片から薄い写しを取る。
粘液に包む。
一号が運ぶ。
二号が見張る。
三号が防衛。
四号が洞窟内誘導。
五号は入口で寝ないよう監視。
洞窟仮ラックへ置く。
接続。
震え。
正常。
問い。
我輩は誰か。
返り。
ドクトル・ゼンゼンマン。
よい。
問い。
ジバーシャとは。
返り。
妹。
よい。
問い。
自爆ボタンとは。
返り。
ロマン。
よい。
問い。
自爆スイッチとは。
返り。
安全設計。
問い。
ゴードンとは。
返り。
未知名。
月性混入。
よい。
非常によい。
分類できている。
洞窟内、我輩性写し、安定。
*
第二予備脳片の一部を移す。
研究手順保存用。
問い。
濾過フィルターは。
返り。
定期交換。
問い。
交換を怠ると。
返り。
女神が湧く。
問い。
管理して怠ると。
返り。
資源が湧く。
問い。
月電波は。
返り。
治療しない。
太陽を煽る。
名を運ぶ。
よい。
少し危険な教訓だが、正しい。
第二予備脳片写し、安定。
第三予備脳片はまだ外。
震えている。
非常に震えている。
まだである。
*
洞窟内で問題が起きた。
第一予備脳片写しと第二予備脳片写しが、外の本体側とわずかにずれる。
洞窟は静かすぎる。
毒電波が低い。
同型生命体の鳴き声も遠い。
太陽性毒電波も月性慈しみ電波も薄い。
そのため、洞窟写しは落ち着きすぎる。
外の我輩は、騒がしい現場で判断している。
洞窟写しは、やや冷静。
冷静すぎる我輩。
これは危険である。
悪の博士には、冷静さとロマンが必要である。
冷静だけでは、透明な蓋の重要性を見失う。
我輩は洞窟写しへ赤い肉芽ボタンの重要性を再送した。
返り。
赤いボタンは、押すからよい。
よい。
正常化。
*
第三予備脳片の移設試験を行う。
全体ではない。
薄い写しだけである。
自爆ボタン思想保存用。
洞窟へ入れる前に、抑制肉膜を三重にする。
管理肉芽権限を本体脳限定。
洞窟門番肉芽、第三権限遮断。
全端末退避。
赤い肉芽ボタン周辺、閉鎖。
爆破予定区画、外側で待機。
第三予備脳片写しを、洞窟仮ラック三段目へ置く。
震える。
強い。
問い。
自爆ボタンとは。
返り。
押すもの。
足りない。
もう一度。
自爆ボタンとは。
返り。
研究者が最後に責任を取るため、押すロマン。
よい。
問い。
洞窟とは。
返り。
爆破に向く閉鎖空間。
違う。
非常に違う。
我輩は第三予備脳片写しを軽く叩いた。
洞窟とは、脳片を冷やす施設である。
爆破区画ではない。
返り。
保留。
よろしい。
保留ならば許容する。
*
洞窟型生体データセンター第一段階、成立。
まだ本体全移設ではない。
だが、写しがある。
ログがある。
時刻同期がある。
門番肉芽がある。
空気道がある。
仮ラックがある。
洞窟黒骨がある。
月性未知名混入対策もある。
これはもう、単なる穴ではない。
施設である。
冷たい施設である。
暗い施設である。
秘密基地の芽である。
我輩は骨片に刻んだ。
――洞窟型生体データセンター第一段階、稼働。
長い。
よい。
たいへんよい。
略称。
洞窟データセンター。
さらに短く。
洞窟脳庫。
悪くない。
だが、データセンターという響きを捨てがたい。
正式名は長くする。
通称は洞窟脳庫でよい。
*
外の焦げ跡施設は廃止しない。
資材工程がある。
太陽性毒電波が必要である。
月袋も必要である。
部分爆破も必要である。
同型生命体を完全に遠ざけても困る。
資材体が必要だからである。
したがって、外は資材場。
洞窟は脳庫。
外で肉を回す。
内で記録を守る。
外で爆破する。
内で冷やす。
外で太陽一を騒がせる。
内で月四を薄く読む。
ただし、月四は名を混ぜる。
内では濾過する。
外で三号が殴る。
内で四号が這う。
外で五号が掘る。
内で門番肉芽が信号を捌く。
すばらしい。
分業である。
今度こそ、分業である。
*
しかし、分業には物流が要る。
焦げ跡施設と洞窟脳庫を結ぶ道。
資材搬送路。
信号路。
緊急退避路。
廃棄物戻し路。
爆破予定物搬出路。
これらを整える必要がある。
道に名をつける。
第一肉搬送路。
外資材場から洞窟入口まで。
第二信号路。
管理肉芽から洞窟門番肉芽まで。
第三冷却路。
洞窟奥の冷気を中央区画へ。
第四廃棄路。
汚染肉芽を外の爆破予定区画へ出す。
第五月性排出路。
未知名混入した月性残響を外の月袋棚へ逃がす。
第六緊急路。
本体脳避難用。
第六はまだ細い。
もっと広げたい。
ただし広げると同型生命体が入る。
悩ましい。
*
第一肉搬送路には焦げ土を敷く。
泥を減らす。
同型生命体が食いにくい。
一号が通りやすい。
二号が滑りにくい。
三号は重いので使わせない。
四号は使う。
五号は掘削時のみ使う。
道の左右に苦味粘液。
ところどころ骨杭。
資材籠置き場。
休止肉芽。
湿度表示。
毒電波濃度表示。
月性残響表示。
よい。
道ができると、物流が文明になる。
ただの運搬ではない。
経路である。
経路には管理が要る。
管理には台帳が要る。
台帳には保管が要る。
保管には洞窟が要る。
すべて繋がっている。
*
第二信号路には神経糸を通す。
外管理肉芽第一号。
洞窟門番肉芽第一号。
洞窟管理補助肉芽。
時刻肉芽。
ログ肉芽。
これらを結ぶ。
配線溝を掘る。
蓋をする。
焦げ土で乾かす。
苦味粘液を塗る。
同型生命体が舐めて逃げる。
成功。
ただし、太陽性毒電波が時々信号路へ混じる。
外資材場が近いからである。
さらに、月性慈しみ電波が薄く混じる。
外月袋が近いからである。
太陽性毒電波は、うるさいので分かりやすい。
月性慈しみ電波は、静かに混じるので厄介である。
知らぬ名を運ぶ。
待つ。
止まる。
壊さない。
来ない。
ゴードン。
またである。
我輩は信号路に毒電波遮断節を入れた。
さらに月性名混入遮断節も入れる。
節ごとに濾過肉芽。
濾過肉芽が汚れたら交換。
交換を怠ると。
女神が湧く。
もう分かっている。
したがって、信号路濾過肉芽にも小型自爆スイッチを付ける。
やはり自爆スイッチは偉大である。
*
第十四冊時点での成果を整理する。
一、焦げ跡施設の外部環境リスクを確認。
二、洞窟型施設への移設を計画。
三、洞窟探索端末四号を作成。
四、掘削端末五号を作成。
五、東側黒岩割れ目を洞窟候補として選定。
六、入口拡張を実施。
七、洞窟内命令反響による混線を確認。
八、洞窟用反響プロトコルを策定。
九、洞窟門番肉芽第一号を設置。
十、洞窟内の中央区画、黒骨筒保管室、水滴区画、入口防衛線を定義。
十一、外資材場と洞窟脳庫の役割分離を定義。
十二、洞窟内空気道と小型送風膜を設置。
十三、洞窟黒骨一号から三号を作成。
十四、時刻肉芽による外洞窟ログ同期を実装。
十五、月性慈しみ電波由来の未知名混入を確認。
十六、混入語「ゴードン」および付随信号「待つ、止まる、壊さない、来ない」を記録。
十七、月性慈しみ電波は治療せず、太陽を煽り、名を運ぶと再定義。
十八、未知名混入防止濾過膜および遮蔽骨板を増設。
十九、第一、第二予備脳片の写しを洞窟仮ラックへ移設。
二十、第三予備脳片写しの洞窟移設試験を実施。
二十一、洞窟は爆破区画ではなく、脳片冷却施設であると定義。
二十二、洞窟型生体データセンター第一段階を稼働。
二十三、第一肉搬送路、第二信号路、第五月性排出路を設計。
二十四、信号路濾過肉芽には自爆スイッチを付けるべきと確認。
二十五、秘密基地には、洞窟が似合う。
二十五は深く刻む。
非常に重要である。
*
夜。
焦げ跡施設の外では、資材体が並んでいる。
太陽性旧濾過脳は、まだ小さく震えている。
月袋は白く揺れている。
三号は防衛線で棍棒を構える。
一号は資材籠を整える。
二号は台帳を見る。
五号は入口近くで掘削爪を乾かしている。
四号は洞窟入口で低く這っている。
洞窟の奥では、肉製送風膜が静かに空気を動かしている。
どくん。
すう。
どくん。
はく。
洞窟脳庫が呼吸する。
仮ラックの一段目で、我輩性写しが震える。
二段目で、研究手順写しが眠る。
三段目で、第三予備脳片写しが、まだ少し赤く光る。
光ると言っても、実際には湿った赤筋である。
だが、気分としては光っている。
パリティ肉芽は正常。
洞窟門番肉芽は入口を監視。
洞窟黒骨筒棚は乾いている。
時刻肉芽は外と内を合わせる。
月性名混入濾過膜は薄く震えている。
時々、遠い名の欠片がそこへ引っかかる。
待つ。
止まる。
来ない。
ゴ――
我輩は濾過膜を叩いた。
不要である。
少なくとも、今は不要である。
ログは揃う。
冷気は流れる。
静かである。
*
我輩は洞窟の入口に立った。
正確には、入口に肉を押し込んだ。
まだ狭い。
もう少し広げる必要がある。
だが、奥から冷たい空気が来る。
よい空気である。
湿りすぎていない。
腐っていない。
毒電波も薄い。
月性慈しみ電波も薄い。
ただし、完全には切れていない。
それでよい。
完全に切れば、ジバーシャの名まで遠くなる。
それは望ましくない。
だが、知らぬ名は困る。
月は、優しい顔で余計なものを運ぶ。
太陽は、怒鳴りながら肉を戻す。
どちらも面倒である。
どちらも使える。
研究とは、面倒なものを棚に置き、濾過し、記録し、必要なら爆破することである。
*
秘密基地には、まだ足りないものが多い。
長い廊下。
警告灯。
圧力計。
真鍮配管。
透明な蓋。
首領の暗い部屋。
意味もなくせり上がる床。
どれもない。
だが、洞窟がある。
冷たい脳庫がある。
月性名混入対策がある。
赤いボタンもある。
ならば、始まりとしては十分である。
*
遠くで同型生命体が鳴いた。
「ギ」
五号が反応しかけた。
違う。
お前は掘る端末である。
三号が棍棒を地面に打つ。
どん。
鳴き声は止まる。
そして、たぶん泥を食う。
外では肉が回る。
内では脳が冷える。
外では太陽が騒ぐ。
内では月を薄く読む。
外では爆破する。
内では記録する。
月が名を運ぶなら、濾過する。
太陽が肉を戻すなら、減衰する。
どちらも、そのまま通してはならない。
よい。
たいへんよい。
我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。
――外で肉を回し、内で脳を冷やせ。
少し考え、もう一行加えた。
――月は名を運ぶ。脳庫では濾過せよ。
さらに一行。
――洞窟は、冷たいサーバールームである。
さらに一行。
――ただし、最後に押す赤いボタンは、必ず手の届くところに置け。
完璧である。
肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。
洞窟脳庫が、すう、と息を吸う。
焦げ跡施設の上で、月袋が揺れる。
太陽性旧濾過脳が震える。
発語まで、あと少し。
だが、それは外の仕事である。
内では、脳が冷えている。
研究は続く。
物流も続く。
基地化も進む。
爆破は、外で行う。
ただし、必要なら内にも自爆スイッチはある。
以上。
研究ノート第十四冊、終了。




