第5話『私は、あなたの潮目に、なれますか?』
そうして、十二日間、通い続けたある日のことです。気がつけば図鑑は一冊から四冊に増えており、最も直近で手に入れたものは当初のものに比べ遥に詳細な内容が綴られたものでした。
館内を一周する時間も、数分から数時間に変わり、前回訪れた時に至っては、入館したあとと退館する寸前の二回しか、例のコーナーを訪れませんでした。それ以外の時間をずっと水槽の前で私は過ごしていたのです。
特に熱帯魚コーナーが気に入り、私は長く入り浸っていました。
種類によって身に纏う鮮やかな色が異なり、その様子がどこか馴染み深いクラス内の光景に重なって見えて、私はいつしか友人たちを思うように魚たちを思うようになりました。
そして、その日の帰りしのことです。
そこには変化がありました。
もはや、おまけ程度の確認作業になっていたその行為。水族館の出口に向いていたつま先は、久しぶりに例のコーナーの方を向きました。
いつまで通っても、空欄続きだったそこには、次のように記されていました。
『端的に結論を飾るなら、それはあなた次第でしょう。どれだけ成したいと願っていても、成し得ないことは世の中に多くあります。一つの夢を叶えるためには莫大な時間と労力、そして情熱を費やす必要があります。
それでも、私のショーを見て感激し、私を志していただけたことは、心より嬉しく思います。私がショーをする頻度はそう多くありません。私の他にもっと優秀なイルカ遣いがいるからです。
まさかこんな拙い私宛てに質問が届いているとはつゆ思わず、質問されてから返事まで時間がかかったことをここにお詫び申し上げます。
ですが、もし仮に私の返事があなたに届いているならば、それほど心配することはないのかもしれません。それこそ、あなたが二週間弱にわたってこの返事を待ち続けていた場合に限ってですが……、私はあなたに夢を叶える三つの必須条件がすでに備わっていることを、太鼓判を押して保証致します』
とても強気で、裏打ちされた自信に満ちた言葉が詰まっていました。それは私ではない、他の誰かに対する返事でした。
ですが、最後の方の文章は不思議と私に向けられているように感じてしまいました。
そこで文章は締めくくられたかと思いましたが、ふと私は例の紙に捲られた跡があることを発見しました。
裏に何かがある。宝の地図を目前にしたような高揚感が私を襲い、私の腕は躊躇なくその先へと伸びていきました。
そこには、ただ一言だけ——表の文面から想像できない弱々しい反問が残されていました。
私は思わず口に出して答えてしまいます。
「勿論です。気がつけば、あなたは、私の潮目に、なっています」
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