第4話『わたしは、あなたのように、なれますか?』
その紙の前で釘付けになってしまったのは、父と話をした翌日に訪れた水族館での出来事でした。
真っ先に心を貫いた思いは、同志を見つけたという喜びでした。
私と同じように、真っ暗な道の先の自分に不安を抱き、嘆きの声を上げる人を見つけて、脳が沸騰してしまうほど思考が回転しました。
その紙は、水族館の職員に対して質問をできるコーナーの中にありました。
方法は単純明快で、まず質問用紙に質問を書き込み、掲示板に貼り付けるだけ。あとは、業務後の職員がそこに回答を書き込むというもの。
私が見つけたその紙は、左下に記された日付から見て貼られて間もないためか、解答欄は空白のままでした。
飼育員さんに憧れる子供が書いた遭難信号でした。どうやら、この水族館にはイルカショーなるものがあるらしく、その子供はそこで見たショーに感激したようで、ステージの渦の目にいた飼育員に夢を見たようなのです。
まるで、神社の境内に吊るされた他人の絵馬を覗き見ているようで、多少なりとも後ろめたさが身体を突き動かそうとしたけれど……、けれども、私はそこから目も足もこの身体の何一つ、動かすことができませんでした。
どうしてもその答えが知りたくて、帰りの時間になっても私はその場から離れようとしませんでした。珍しく駄々を捏ねました。粘土をこねるが如く、しつこく捏ねまくりました。それはもう、コネコネです。
ですが、幼い私は無力で、ついには父に抱えられ、強制的に帰路につかされました。
それはもう、渋りに渋りました。お父さんは私の味方でしょ?、と猫撫で声に潤わせる瞳、出し惜しみせず奥の手を披露しました。
ある程度の効果は見込めたと思います。ですが、たちまち父は母の剣幕に呑まれ、私を切り捨てました。昨日見せた父の逞しかった顔が、とても情けなく思えたのはナイショの話です。
しかし、それから帰宅してからというものの、私はずっと水族館のあのコーナーでのことが気になり、浮ついた気分が抜けずにいました。
そんな私を不憫に思ったのでしょう。あるいは私を庇いきれなかった罪悪感からかもしれません。
父が私に普段より多めのお小遣いをくれました。移動費や入館料、ちょっとした食事代を加味してもまだあまりあるほど、それまで手にした事もない金額でした。
3000円です。舞い上がりました。
お恥ずかしながら、当時の私にとってそれは、家を出ても暮らしていけると思えるほどの大金だったのです。
翌日、両親が仕事に出かけたあとを追いかけるように、私も水族館へ飛び立ちました。大金の3000円を懐に隠して。
入り口で入館料を払ってすぐ、私は水族館の角のコーナーにのめり込みました。
例の紙はすぐに見つかりました。私は息を呑んで解答欄に目を向けます。
ですが、どうやらまだ、返事は書かれていないようでした。
勇足で訪れたものですから、肩透かしを食らった気分で、しばらく呆然としてしまいました。この先どうするべきか、当ての見えない旅路の中に放り出されたみたいで、しばらく家に引き返すか迷った後に、私は館内を一週してからまたこの場所に戻ってくることにしました。
私の足取りとは対照的に水槽の中の魚たちは機敏な動きで、本来の棲家と比較したら極小の世界の中でも縦横無尽に泳いでいました。
その気楽さを少し憎く思っていると、あっという間に館内を一周していました。
ですが、例の紙に変化はありませんでした。
近くにあった時計を見やると、長い針はあれから、目盛り十つ分だけ進んでいました。
私の心に炎が点ります。ここまで来たら、ギリギリまで粘ってやろう。
幸いにも、一番の危険人物である母が帰宅する時間には、閉館時間まで残っていても余裕を持って帰宅できます。
私は二周目の館内巡りをはじめました。二周目は三周目になり、三周目は四周目へと繋ぎ、四周目は五周目、六周目と段々と増えていきます。
十周目を過ぎたところででしょうか、ただ館内を歩き続けるのにも疲れ、私はところどころの水槽で暇を潰して回るようになりました。
十五、十七、ついには二十を超えても、例の紙に返事は書かれません。
その日が終わる頃には私は、館内の魚たちの説明プレートをなまじそらんじることができるようになりました。
そうして、希望は明日へと持ち越されました。
その夜、私は父の帰りを玄関で待ち、扉が開かれその向こうから姿を現すのと同時に今日の成果と明日への展望を語って聞かせました。
すると父は少し困ったような顔を見せましたが、嫌そうな気配はなく、前回より多めのお小遣いをよこすと、
「これで図鑑を買えばいい。暇な時間に水槽の魚を観察して見比べていると、いい暇つぶしになるだろう。明日はお目当ての返事が書かれているといいね」
そう言って私に笑いかけました。今、思い返してみると、父にはこの先の私の未来がなんとなく見えていたのかもしれません。
それもそうでしょう。何しろあの水族館の例のコーナーですが、例の紙に変化が見られなかったのは勿論ことですが、そもそも例のコーナー自体、先日の光景と一色たりとも違わなかったのですから……。
人気がなかったのは、もはや明白でした。
ですが、その時の私はそんなことつゆほども意に介さないほど、例の紙の返事に興味がそそられてたまらなかったのです。
それから次の日、向かう途中で本屋に寄りました。父の助言通り、私は魚の図鑑を一冊購入しました。絵図と端的な説明のみが載った、広く浅くと言った印象の本でした。
正直、買ったはいいものの、一度も使わずに終わる未来を私は危惧していましたが、幸か不幸か、その日の暇つぶしは大いに捗りました。
一日で、水族館の四分の一ほどの魚を図鑑の中に見つけることができました。『紅白ボーダーのっぽを探せ』をしているみたいでとても熱中しました。しかし、本来の目的が達成し得なかったことに一抹の寂しさを覚えました。ですが、まだ諦めません。
私は次の日も足繁く水族館に通います。
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