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何者かになる、キミへの手紙  作者: ヤマネ狐


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第3話『私は、何者に、なれますか?』

 夏休みが始まってしばらくして、一つを除いて課題を全てを終わらした私は、残る作文に対して想いを募らせていました。

 その思いはやがて、質量を持ったように私の全身に想いを委ね、気持ちの程に重さを増していきました。


 あまりの窮屈さに耐えられなくなった私は、気づけばポツリと仕事帰りの父の前で漏らしていました。

 僅かに驚いたように固まった顔も、次の瞬間には慣れ親しんだ温かな顔に変わり、私を慈しむように眺めてきたのです。


「そうだな、何者になれるのか、か。それはお父さんでもわからない質問だな。……あぁ、物知りな父さんでもだ。——ちゃんは夢とかあるのかい?」


 私は相変わらずその回答を持ち合わせてはいません。求めずして、教室での二の舞を演じてしまいました。

 あの時に感じた孤独感が再び腹の底から喉を通ってせり上がってきて、たまらず私は悲鳴にも似た嗚咽と共に幾ばくかの涙を晒してしまいました。


 驚愕面の父はすぐに私を宥めると、ことの経緯を丁寧に聞き出しました。それから、優しい口調はそのままで、しかし、凛とした真剣さを宿した眼差しで私を見つめたのです。


「なるほどな、つまり——ちゃんは自分がお友達に置いてかれてしまったような感じがしてしまったんだね。確かにみんな今を歩いている道の先に自分たちの夢があるみたいだね。

 夢がまだ見つかっていない——ちゃんからしたら、自分から続く道の先は真っ暗なのに、隣の友達の道は明るく見えるから、焦ってしまったんだろうね。

 でもね——ちゃん、先の道が明るいからといって、そこが近道や正しい道であると限られるわけじゃないんだ」


 どういうことなの、と私は尋ねました。父の言葉はとても啓蒙的でしたが、当時の私にとっては難解だったのです。


「だってそうだろ? 今が順調だからって未来でも順調とは限らないじゃないか。確かに、敷かれた線路を上を旅するのは気が楽そうだろうけど、何か止むに止まれぬ事情があって途中、進路を変え線路を突貫工事しなくてはならない事態にだってなりかねないこともあるんじゃないか? 

 それこそ、今がどれだけ充実していようと、未来ではまったく真逆の立場にいることだってあるかもしれない。まあ、お父さんの実感だがな、苦しい中でも昔に努力したことって、大人になっても力を貸してくれることってたくさんあるんだよ。

 例えばそうだな、お父さんの幼い頃の夢はスーパーヒーローだったんだ。悪をくじく正義の味方になりたかったんだ」


 そんな父の告白に私は目を丸くしました。何かと理性的な父の幼い頃の年相応らしい一面と、なんだかんだで初めて聞いた父の昔話に思わず心が揺れたのです。

 すっかり、涙も乾いた瞼を持ち上げ、私は静かに耳を傾け続けました。


「でも、そんな幼いながらの夢はいつしか忘れ、——ちゃんと同じ年になる頃には消防士になるのが夢になっていた。ある日のテレビの画面の中に見た彼らの、ごうごうと燃える炎の中でも、自分以外の誰かの命を思って、勇気を持って救いに行ける、その志にお父さんは胸を打たれたんだ。それからは、消防士になるんだと思って勉強も頑張ったし、苦手な運動もいっぱいした。

 そして中学生だった時かな、お父さん友達と将来の話をしていて、自分の夢のことを伝えたんだ。そしたらお父さん、友達にその夢をいじられてね。運動得意じゃないお前が消防士になったらすぐ火に巻かれて死んじゃうよ、って言われたんだ。その友達からしたら、笑いを取るための瑣末な冗談にすぎなかったんだろうさ。でもね、お父さんはその時とても悲しい気持ちになったんだ。同時に、不遜な夢を抱いていた自分を恥ずかしく思った。

 ……え? 夢を持つことは恥ずかしいことなのかって? そりゃぁ、恥ずかしいことだとお父さんは思うな。だって、叶うともわからないことにたくさんの時間と情熱をかけることって、側から見たらとても滑稽なことだろう。現代の効率を求める世の中を生きるお父さんからしたら、無駄の多い生き方だなって思ってしまう。

 でもね、だからってその営みが無為になることはないんだ。確かにお父さんも一度は掲げた夢の重さに挫折した。だけど、それでも諦めきれなくてね、より一層力を入れて消防士になるためにもっといろんなことをした。

 その結果、まあ、お父さんは今、とある雑誌の記者をやっているわけなんだけど……。その時に学び得た経験や知識を使って、消防士を志す若者向けのコンテンツを作らせてもらっている。

 確かにお父さんは夢を叶えることはできなかった。今でも後悔しない時はないと言えば嘘になる。だけど、それ以上に、夢を追いかける若者の背中を押せていることを思うと、お父さんは嬉しくてたまらないんだ」


 父の笑顔は夜空を照らす満月のように煌めいていて、その光が誰かの道を仄かに照らしていることを思うと、私はそんな父を誇りに思わずにはいられませんでした。


「焦らなくていい。真に無駄なことなんてこの世にはないんだ。道端に転がる石ころでさえ誰かの運命を左右させることだってある。——ちゃんは、——ちゃんの今を積み重ねていけばいい。きっとそれが必ず、君の未来の手助けになるから」


 そして尚、私の行く末を指し示してくれる父に、私は感謝の念を胸いっぱいに抱えるのです。

 悲嘆で腫らした顔はいつしか、父と同じ色に染まっていました。


「君はいつか、君にしかなれない者に、なれるはずだよ」







最後までお付き合いいただきありがとうございます。

これからも応援してくださると嬉しいです。

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