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九、趙軍敗れる
9.
章邯已破項梁軍,則以為楚地兵不足憂,乃渡河擊趙,大破之。當此時,趙歇為王,陳餘為將,張耳為相,皆走入鉅鹿城。章邯令王離、涉閒圍鉅鹿,章邯軍其南,筑甬道而輸之粟。陳餘為將,將卒數萬人而軍鉅鹿之北,此所謂河北之軍也。
(訳)
章邯は項梁軍を破った後、
楚の地の兵は憂慮する程でないと見なし
かくて渡河して趙を撃ち、これを大破した。
この当時、趙歇が(趙)王、
陳余が将、張耳が相となっていたが
皆敗走して鉅鹿城へ入った。
章邯は王離・涉間に命じて鉅鹿を攻囲させ、
章邯軍はその南部の
筑甬道に粟を輸送した。
陳余は将と為り、
数万人を統率して鉅鹿の北へ
布陣していたが、
これがいわゆる、河北の軍である。
(註釈)
項梁を一捻りにした章邯は
楚はもはや恐るるに足らずと見て
趙を攻撃します。
こちらもまだ
立ち上げられたばかりの政権であり
なすすべも無く敗走していきました。




