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淡々史記  作者: ンバ
第七、項羽本紀
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八、項梁の最期

8.

項梁起東阿,西,(北)[比]至定陶,再破秦軍,項羽等又斬李由,益輕秦,有驕色。宋義乃諫項梁曰:「戰勝而將驕卒惰者敗。今卒少惰矣,秦兵日益,臣為君畏之。」項梁弗聽。乃使宋義使於齊。道遇齊使者高陵君顯,曰:「公將見武信君乎?」曰:「然。」曰:「臣論武信君軍必敗。公徐行即免死,疾行則及禍。」秦果悉起兵益章邯,擊楚軍,大破之定陶,項梁死。沛公、項羽去外黃攻陳留,陳留堅守不能下。沛公、項羽相與謀曰:「今項梁軍破,士卒恐。」乃與呂臣軍俱引兵而東。呂臣軍彭城東,項羽軍彭城西,沛公軍碭。


(訳)

項梁は東阿《とうあ》を起点に西進して定陶へ至ると

再び秦の軍勢を破った。

項羽らが一方で李由《りゆう》を斬った事で

ますます秦を軽んじ、驕りの色が見えた。


宋義《そうぎ》がそこで項梁を諌めて言った。


「戦に勝利しても、将が驕り、

兵卒が怠惰であれば、敗れてしまいます。


今、兵卒がわずかに怠け始め、

秦の兵はどんどん増えております。

臣は、君の為にこれを畏れております」


項梁は聞き入れず、そこで

宋義を斉への使者に遣らせた。


宋義は道すがら

斉の使者の高陵君顕《こうりょうくんけん》と遇い、


「公は武信君(項梁)に

見えようとしておられるのですか?」


と訊ねると、高陵君顕は


「そうです」


と答えた。


宋義は言った。


「臣は、武臣君の軍勢は

必ずや敗れるだろうと考えております。


公は、ゆっくり行かれれば

死を免れましょうが

急いで行かれれば、禍が及びますぞ」


秦は果たして、兵の盡くを挙げて

章邯《しょうかん》の兵を増員すると

楚軍を攻撃、定陶《ていとう》にて大破した。

項梁は戦死してしまった。


沛公と項羽は外黄を去って

陳留を攻めていたが、

陳留の守りは堅く、下せずにいた。


沛公と項羽は共謀して


「今、項梁軍が破れたからには

士卒は恐れている」


と述べ、そこで、呂臣の軍とともに

兵を引き連れて東へ向かった。


呂臣は彭城《ほうじょう》の東、

項羽は彭城の西、

沛公は碭《とう》に軍を留めた。


(註釈)

戦勝の勢いに乗る項梁でしたが、

秦軍を侮り、物凄い逆襲に遭いました。


西漢演義では、章邯は

戦意が無いように見せかけて

楚軍を徹底的に油断させてから、

一気に反撃に転じる策

(緩兵《かんぺい》の計)を用いており、

不穏に感じた韓信《かんしん》が

項梁に諫言を具申するも

聞き入れられませんでした。


かくて夜襲を受け、酒に酔っ払って

前後不覚になっていた項梁は

章邯軍に討ち取られてしまいます。


項羽は尊敬する叔父の

死の報せを聞いて慟哭し、

范増は「泣いていないで

武信君の遺志を継ぎなされ」と

項羽を鼓舞する場面があります。


横山光輝先生の「史記」は

文字通り、史記をベースに、

「項羽と劉邦 〜若き獅子たち〜」は

西漢演義をベースに書かれているので

両書を読み比べてみるのも面白いです。


劉邦共々、いったん

東へ退却したところで、また次回。


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