司馬遷の評
34.
太史公曰:世言荊軻,其稱太子丹之命,「天雨粟,馬生角」也,太過。又言荊軻傷秦王,皆非也。始公孫季功、董生與夏無且游,具知其事,為余道之如是。自曹沫至荊軻五人,此其義或成或不成,然其立意較然,不欺其志,名垂後世,豈妄也哉!
(訳)
太史公(司馬遷)はいう、
世間では荊軻が太子丹の天命を称えて
「天が粟を雨の如くに降らせ
馬に角が生えた」と言ったとされるが、
大変な間違いである。
また、荊軻が秦王を傷つけたとも
言われているが、全て誤りである。
当初、公孫季功と董生(董仲舒)は
夏無且(荊軻に薬箱投げた人)と交遊しており、
具にその事を知らされたが
経緯はここに記述した通りである。
曹沫から荊軻までの五人は
自らの義を成就させた者も
させられなかった者もいるが、
その意思を立てることは較然としており
志を欺く事が無かった。
彼らの名が後世に垂られた事が
どうして虚妄であるといえようか!
(註釈)
史記では各エピソードの末尾に
司馬遷の評文が添えられています。
以降の歴史家はみんなこれに倣いました。
計画 生死 標的 時代
曹沫 成功 生存 斉の桓公 前681
専諸 成功 死亡 呉王僚 前515
豫讓 失敗 死亡 趙無恤 前453前後
聶政 成功 死亡 俠累 前394〜410?
荊軻 失敗 死亡 秦王政 前227
「史記集解」によると
専諸の事件が前514、
聶政の事件が前397です。
曹沫から荊軻のあいだに
450年も経ってるんすね。
五人の烈士たちの物語を綴る
刺客列伝、これにて閉幕です。
五人が五人とも、本当に
素晴らしい男たちでした。




