第38話
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ギルド内に併設されている喫茶店。
「はーい、りんごジュースとセルク特産ドリンジュースだよ!」
テーブルの上に順次置かれていく2種類2つずつ、計4つのグラス。
「ご注文は以上でよろしいでしょうかー?」
「あーいどうもー」
愛想よく笑みを浮かべる女性の給仕さんからのパスを受け取ったアルカが、自分の分のドリンジュースを確保した上でそれぞれ頼んだ人の前にグラスを配っていく。
「はい、イサム。はい、シルク。はい、君も」
そう言ってアルカが最後にりんごジュースの入ったグラスを渡すのは。
「………ます」
紫色の長い髪を二つに分けて三つ編みにしている眼鏡の女の子、ミウイ・ナナクサちゃんだ。
ミウイちゃんはアルカに差し出されたグラスを恐縮しながら受け取り……きれずにグラスに手を伸ばしたまま固まっている。
「はい」
「あ」
隣に座っている俺が代わりにグラスの取っ手を掴み、ミウイちゃんの前に置く。
「……すみ、ません」
「お気になさらず」
アルカに返した言葉よりもいくらかハッキリとした音量で返ってきたそれに、俺は努めて普通に会話する。
「むむむ」
「うー」
ミウイちゃんの対応の違いにはアルカもシルクも気づいているようで、向かいの椅子にそれぞれ腰掛ける二人の不満げな視線が俺にビシバシと向けられていた。
(現時点で分かるのは、ミウイちゃんは口数が少なくて、かなり人見知りをする性格だということくらいか)
俺に対して少しだけ心を開いてくれてるっぽいのは、さっき人攫いから助けたことが影響しているのかもしれない。っていうかそれくらいしか考えられない。
(……うん? いや待て。普通に考えてさっきの今で人攫いされそうになった経験をした子が平静でいられるわけないな?)
どうやら俺の考え方もだいぶこの世界に染まってきてるらしい。トラブル慣れしてきたというか。果たしてそれが良いことなのか悪いことのか。
(……とにかく今は、俺が話を進めないとな)
平静ではない。という意味ではついさっきのミウイちゃんの訴えこそが普通の状態では出来ないもののはずだった。
俺は景気づけにジュースを一口飲む。ココナッツの仲間だというドリンの果汁は、甘くて柔らかな舌触りだった。
「えーと、ミウイちゃん。でいいかな?」
「は……はい」
隣に座るミウイちゃんに体を向け声を掛けると、彼女も同じようにこちらに向き直ってくれる。
ちらちらと向かいの席の二人を気にしているような素振りも彼女は見せているが、今はとりあえず本題を急ぐことにした。
「さっきメモ紙に書いた内容についてだけど、具体的にどういう話なのか聞かせてくれるか? 『助けてください』って?」
俺達がミウイちゃんと一緒に喫茶店に居る理由。彼女の訴えたキーワードを口にして話を促す。
「あ………」
ミウイちゃんが口をパクパク動かしている。こちらを見上げているが、残念ながら厚いレンズのメガネとその上から目を隠す前髪のせいで、細かい目線の動きは見ることが出来ない。
しばらくの間何かを言おうとして口を動かしたり小さく手をばたつかせたりするミウイちゃんだったが、最後には諦めてまたメモ紙にペンを走らせた。
『冒険者の方に依頼をしたいんです』
差し出された紙に書いてある内容を確かめ、俺はそれをアルカ達にも見せる。
「冒険者に依頼、かぁ」
「ふーん?」
ミウイちゃんのメモを覗き込んだ二人は、ゆっくりと椅子の背もたれに身を預けてから、何か思案する様子で。
「「あ」」
同時に何かに気づいたのか、綺麗に呟きをハモらせ、さらに言葉を重ねた。
「「卒業試験」」
「卒業試験?」
二人の口から出た言葉と今の状況が繋がらず、俺はミウイちゃんの方を見る。
「……ん」
動きは小さかったが、ミウイちゃんは頷いていた。
「学園の卒業試験ってさ、筆記と実技があんだよね。んで、実技でやる内容によっては学園どころか街の外まで出てあれこれするのもあって、護衛やら案内やらで冒険者に依頼する場合もあるんだよ」
アルカの説明に俺もようやく合点がいった。そのタイミングでミウイちゃんから追加の紙を受け取る。
『薬の調合に必要な薬草を採集するのに、護衛してくれる人が必要なんです』
書かれている内容を俺が確かめていると、アルカ達が昔話に花を咲かせていた。
「アルカは筆記免除されてたよね。実技がとんでもなさ過ぎて」
「いやー、むしろ免除されてないと試験合格出来なかった気がする。高等算術とか今でも滅べと思ってるよ」
「滅べって……アルカはもー」
「何さー。シルクだって対話の法術習得した功績で実技合格って、ほぼ免除じゃん。習得したの3年生の時だったのに」
「あー、それは。あはは……」
しれっと試験を免除されたとかとんでもない言葉が出ているけれど、この世界では少なくないのだろう。うん。きっと。
(……何となく予想出来てたことではあったけれど、この二人。すっごく優秀だったんだな)
改めて、二人の底知れない実力を感じた。この二人に色々と教えてもらっている自分の幸運も噛み締めた。
ミウイちゃんのメモをまた見せる。その内容にいち早く反応したのはシルクの方だった。
「あー、調合なんだ。でも街で材料を買い揃えないってことは、もしかしてかなり高度な薬作るの?」
「う。その……」
自然な流れの問いかけと視線。だがそれでもやはりミウイちゃんはびくりと少し大げさな反応を返して黙り込む。
「………」
が、今度はすぐさまメモ紙にペンを走らせシルクに差し出した。彼女は普段から言葉に詰まった時に筆談しているのかもしれない、なんて思った。
「わ、すごい。マテリアルポーション作るんだ!?」
メモ紙を受け取ったシルクが驚きの声を上げた。彼女の言葉に、俺も「おお」と声を漏らす。
マテリアルポーション。飲むことで体内で消費されたマテリアルを補充することが出来るというすごい水薬だ。質のいい物を飲めば、マテリアル枯渇による精神衰弱状態でも早ければ1分もしないで意識がハッキリしてくる。
(無茶をしてでも頑張りたいあなたに……)
俺の頭の中で、崖を二人でファイト一発助け合いながら登るムキムキマッチョ達のCMが再生された。
「素材集めからって、かなり高品質なの作るつもりだよね? うわー、合格どころか学年表彰物かも!」
どうやらミウイちゃんの試みは相当なもののようで、シルクがさっきからはしゃぎっ放しになっている。
「冒険者雇うくらいのだもんね。あ、もしかしてミウイちゃん学院を目指してるのかな? それともいい成績取れってお家の意向かな?」
ついには身を乗り出してミウイちゃんに声を掛けようとし、結果。
「シルク、お座り」
アルカの声と、おそらくテーブルの下で何かやったであろう行動で。
「ひきゅっ!?」
ストンと着席し直し大人しくさせられた。左足を庇うように身悶えている様子からして、つねられたっぽい。
「ごめんねー。ウチの知りたがりがさ」
「い、え……」
謝るアルカにぶんぶんと首を振って気にしてないとアピールするミウイちゃん。ただやっぱり圧倒されてはいたんだろう、向かい合うシルクに対してさっき以上に挙動不審になっていた。
「……ん」
「お? ああ」
アルカから目配せを受け、その意図を察した俺は再び話の進行役に戻る。
「ミウイちゃんはポーション作りの材料を採りに学園の外へ行く必要があって、そのための護衛を探しているってことでいいのかな?」
「あ……は、はい。そう、です」
俺が要約した内容を、ミウイちゃんが肯定する。
「なら受付に行って依頼用紙をもらって、そこに必要事項を書いて出せば問題ないよ」
「受付……」
「ほら、あそこの複数ある窓口がそれ。お勧めは右側の渋いおじ様。丁寧に対応してくれる」
さりげなくジーフェイさんを推しておく。実際あの人は仕事にミスがないから安心だ。
「それなら私が案内しよっか?」
めげずにシルクが挙手しながら提案する。笑顔を作ってはいるが若干引きつっている。まだつねられた痛みが残っているのだろう。
そんな笑顔だったからかどうかは分からないが。
「……ん」
ミウイちゃんはシルクからふいっと視線を外し、俺を見上げ、さらにはズボンを摘んできた。
「ええっと……案内しようか?」
何となくその意図を察して問いかけてみれば、案の定。
「……お願いします」
考えていた通りの答えが返ってきた。
「はう」
「よしよし」
フラれてしまったシルクが再びしょげてしまうのをアルカが慰めている。ミウイちゃんもそれを申し訳なく思っているのか、ちらちらと二人の様子をうかがっていた。
(うーん。嫌がらせしてるわけじゃないんだよなぁ)
強いて言えば苦手にしている? ミウイちゃんの態度にはまだ分からない部分が多くて、俺にはどうすることも出来ない。
「行っといで」というアルカのアイコンタクトもあり、俺はミウイちゃんを連れて依頼を出しに受付へと向かった。
「依頼の発注お願いします」
ジーフェイさんに対し用件だけ俺が伝え、後はミウイちゃんに任せる。これは彼女の試験なのだから、この辺りの経験も含めてあまり部外者が口を出してはいけない気がした。
「承ります。どうぞごゆっくり、慌てずにご記入ください」
「は、はい……」
敏腕受付ジーフェイさんのフォローもあって、緊張しながらもミウイちゃんは依頼の詳細を書き上げる。
「どう、ぞ」
「はい、確かに。………」
紙を受け取り、しかしそれをすぐには後ろの係員に渡さないジーフェイさん。じっと用紙を見つめて一言。
「依頼優先についてご説明します」
「?」
首を傾げる俺をよそに、ジーフェイさんの言葉は続く。
「依頼主様のご要望があれば、掲示板に張り出す前に一定の期間、特定の冒険者に対してのみ依頼を受けてもらえるよう取り計らうことが出来ます。馴染みの冒険者や、特に名の売れた誰かを頼りたい場合などに利用される方がいらっしゃいます」
ちらりと、彼の視線が俺に向けられる。
「どなたかご指定ございましたら、お伺い致しますが。如何致しましょう?」
ジーフェイさんの説明を受け、今度はミウイちゃんが俺を見た。
流石にここまで来て察せない俺じゃない。
「………」
助けた時もそうだったけど、レンズ越し、長い前髪越しでもこういう時の視線はやはり感じるものらしい。
彼女は無言で、けれど必死に訴えていた。
最初にメモ書きで伝えてきたものと同じく『助けて欲しい』と。
「……うーん。ひとつだけ確かめてもいいか?」
聞きにくいことを、今の内に聞いておく。
「シルク達のこと、嫌いなわけじゃないよな?」
「!?」
俺の問いかけにミウイちゃんがびくりと震え、次の瞬間には体全身を使って左右に振り否定する。
(やっぱり。他に何か理由がある、ってことか)
去年までは同じ学園の生徒だった。面識があったかどうかは分からないがそれは事実だ。そこで何かがあったのか……
(まぁ、嫌いじゃないならいずれ打ち解けるよな)
考えても埒が明かないと、俺は楽観的に捉えておくことにする。
「わかった。なら依頼優先に、イサム・ユヅキって指定してくれ。ただ俺には決定権無いから。シルク達にも相談する。それでいい?」
「はい、はい……!」
俺の決断に緊張していたミウイちゃんの気配が一気にほぐれて柔らかくなる。口元が安心のため息と共に緩やかにほころんでいた。
何だかしてやられた気になった俺は、澄ました顔のジーフェイさんにふんっと鼻息ひとつ鳴らしてから、二人の元へと向かう。
事の次第を説明して返ってきた言葉は、頼もしくも予想通りなものだった。
「もちろん! 受けましょう!」
「いやー、あの子ほっとけないって。学園の後輩だしさ」
こうして、俺達の精力的な冒険者活動は見事に記録更新とあいなったのである。
話が纏まり、場がにわかに盛り上がっている中。
高揚する気持ちとは別に、俺の心は静かに震えていた。
(遠出の仕事……道中や目的地で賊に襲われる可能性もある依頼。もしもその時が来たら……)
未だに答えられないその問いかけに、ただただ、その回答を求められる事態にならないようにと俺は祈っていた。
※ ※ ※
ミウイちゃんの依頼の出発は翌朝ということになり、俺達は一旦拠点であるサニーのお店に戻った。
「ありがとうございましたー。っと、皆おかえりー。遅かったね?」
ちょうど客の会計を終えたらしいサニーに迎えられ、俺達は彼女の元へ向かう。
そのまま次の依頼を明日から、それも泊まりの依頼になることを伝えると、サニーは話を聞きながらうんうんと頷いて。
「ほーんと、頑張ってるねぇ。無理しちゃダメだよ?」
そう言ってにっこりといつもの笑顔を浮かべて俺達の体調を気にかけてくれた。
今日はシルクやアルカの凄さを再確認したが、凄さという意味ではサニーも相当なものだと俺は思う。
まず、俺達が出る=自分の店の人手が減るという事実にもかかわらず、サニーは俺達の体をこそ心配してくれた。
最近はお店の認知度も少しずつ上がり来客もそれなりになって来て忙しい時期だろうに。
「連続で依頼をこなすなら今日はお店休んでいいからね」
「いえーいやったー」
「ごめんね、サニー」
「冒険者が本職でしょ? しっかり繁盛してるならいいことじゃない。ね?」
そんな苦労はおくびにも出さず、いつも通りの明るい、太陽のような笑顔で俺達を見てくれているのだ。
サニーは本当に凄い。
「サニー」
「うん? なーに?」
「イチゴの手入れが終わったら何か手伝うよ」
「いいの? 男手は必要だから頼りだすと結構こき使っちゃうよ?」
「望むところ!」
「あはっ、やる気十分だ。じゃあ遠慮なく頑張ってもらっちゃおっと」
彼女の言う通り、せめて今日の間くらいは全力でお手伝いをしようと思う。
それが彼女と交わした契約であり、お礼になると信じて。
その日はサニーの宣言通りめいいっぱいこき使われ、俺は全力でそれに応えた。
そしてその翌日。
「よしっと」
「お疲れ様。依頼も頑張って来てね」
「はい」
サニーと一緒にイチゴの苗達への朝のお手入れをつつがなく終えて、俺は準備していた旅道具を身につける。
俺一人遅れているが問題はない。シルク達は万が一に備え早めに店を出て、直接学園に出向きミウイちゃんを迎えに行っている。
「先に行ってるアルカとシルクにも、気をつけてって改めて言っておいてね」
「了解」
店側の玄関まで見送ってもらい、俺は集合場所である西門へと駆け足で移動を開始する。
「行ってらっしゃーい」
金食い通りに出ようというところで、改めてサニーが声を掛けてくれた。
俺は一度だけ振り返り彼女に手を振って、通りに出る。
(元気出るよな)
朝からぐっと身の引き締まる思いを感じて、俺は人通りの少ない通りを駆け出す。
正面から来た一頭引きの箱型馬車とすれ違ったのを合図にさらに加速する。
「よし、やるぞ!」
気合十分。不安や怖いものはまだまだ沢山拭い切れないほどあるが、それでも一歩。前に進むことを俺は選んだ。
通りに差し込んでくる春の陽光が、少しでも前向きになった俺を祝福するかのようにぽかぽかと温かかった。




