第39話
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王都アルトリウム、西門。
西都ウェストへと続く大街道に繋がる玄関口であると同時に、町の構造が北にジナイ山を背負った形であるため、東門と共に北部からの流通の門にもなっているのがこの大門である。
そこは俺が最初に潜った南門に負けず劣らず大きく、荘厳にして力強さを感じる意匠の数々、中でも西を守護するという伝承のある翼を持った虎のモチーフが、その存在感を遺憾なく発揮していて圧があった。
「ウェスト行きの馬車、出るよー」
「あ、乗りまーす! イサムさん、行きましょう」
「はい」
これまでの生活で来る機会のなかった西門を存分に堪能し、御者の言葉を合図に俺は乗合馬車に乗り込む。
「あ、っと」
「はい」
後に続く旅慣れていないミウイちゃんの手を引き馬車に乗せれば、彼女は恐縮した様子でぺこぺこと頭を下げる。
「す、すみません……」
「いえいえ」
木組みの天井付きの客席は、幌で包まれたそれと違い吹きっさらしだったが、それはそれで風情を感じる。
「どうも」
「はい確認したよ。良い旅を」
門前の検問は驚くほどあっさりと通った。冒険者の証様々だが、何より。
「お金払わなくていいんだもんなぁ」
「今は身分証明出来るものがあればD級冒険者くらいの地位でも無料だからねー」
王都に来てすぐの頃に払った通行料は警戒令が解かれた今、通常の状態に戻っている。と、いうのがその理由の最たるものだった。
どんな国籍、立場であろうとほぼほぼ顔パスというこの状況こそがこの国、ヒュリム国の本来の姿なんだと思うと、ようやく自分の経験したあの大騒動が過去の物になったんだなと感慨深くなった。
「ハッ」
「ヒヒーンッ」
御者が手綱を鳴らし二頭の馬を歩かせ始める。俺達の新しい冒険がまた始まりの時を迎える。
「おー」
西門の外は広大な牧草地帯が広がっていた。
春に萌えるクローバーの畑の中を、何頭もの牛や羊などの家畜がのびのび過ごしている。所々飼育員らしき人影が作業する姿も見え、牧歌的というにはやや広大に過ぎる規模の景色が目を楽しませてくれた。
しばし風景を満喫してから、俺は馬車の客席を見回す。
子供連れの旅行客らしき夫婦に、旅のお供らしい琴を大事そうに抱えて目を閉じている吟遊詩人。そして俺の座っている席の隣にはミウイちゃんが居て、向き合う場所にシルクとアルカが腰掛けていた。
普段ならここで雑談のひとつも始めるところなのだが。
(……何だか空気が違う)
シルクとアルカは俺達から顔を背け、ボーっと流れ行く風景を眺めている。
「………」
ミウイちゃんも、それが素なのかもしれないが俯いたままだんまりだ。
昨日依頼を受けた時点で、ミウイちゃんがシルクとアルカを苦手にしているのは何となく察していた。が、それでもシルクは対話を試みていたし、アルカも多少なりともその距離を慮ろうとしていた。
それがどうしたことか、俺が今朝先に合流していた3人と顔を合わせた時には、今のような空気になっていたのだ。
(……気まずい)
とりあえずこの空気を何とかしようと、俺は適当に声を掛けてみることにした。
「なぁ、アルカ」
「なーに?」
声を掛ければちゃんと返事をしてくれる。というか、西門でもそうだったが俺とは話してくれる。
「俺達が降りる場所って何て町だっけ?」
「半日行ったところにある宿場村のロナールってところ」
「へ、へー。ミウイちゃんは知ってる?」
「え、あ、その……知りません」
「そうか」
「………」
そこで会話が終わる。普段ならシルクが割り込んできそうなタイミングなのに、彼女はこちらを見てただ苦笑していた。
(えー……どういうことだ?)
昨日今日、今朝と今で何があったというのだろう。今の会話から察するに3人の距離は定まっている様子だ。
(シルクが声をむやみに掛けないようにしてて、アルカもミウイちゃんもそれを許容している?)
それ以上は考えても、何があったのか知らない俺には分からない。
ただ馬車の中、向き合う席と席の距離が、そのままシルクとアルカ、ミウイちゃんの心の距離のように思えて。
(……うーむ)
目的地である薬草の採れる場所までの泊りがけの旅。気まずさいっぱいで前途は多難そうだった。
※ ※ ※
結局その気まずい雰囲気は解消されることもなく、昼過ぎ、宿場村のロナールに俺達は到着した。
「えっと、薬草の群生地はここから北に行ったところにある遺跡なんだっけ」
「……ん」
地図を広げ場所を確かめながら問いかける俺に、ミウイちゃんが頷く。
ここまでミウイちゃんは俺の傍からずっと離れずに引っ付いている。小動物っぽい女の子に懐かれる状況っていうのは普通悪い気はしないのだけれど、その原因が苦手な人を避けるためというのが俺から喜ぶ気持ちを霧散させている。
しかもその苦手な人というのが、自分の信頼している人であるから尚の事だ。
(多分、二人が学園にミウイちゃんを迎えに行った時、何かあったんだ)
俺の知り得ない何かが学園で、今の状況を作ってしまった。なら、
「……よーし」
この状況を変えられるのは俺だけだ。と、気合を入れ直す。
「野営する場所も確保しないといけないし、早めに行こう。シルク!」
「は、はい!」
「アルカもきびきび歩いて」
「うえー……」
「ミウイちゃん、頑張れる?」
「はい……」
一人一人に声を掛け、積極的に俺が音頭を取って引っ張っていく。
「イサム、急にやる気出してきたなー」
「うん……」
「………」
それぞれに困惑した顔を浮かべながらも付いて来てくれる3人と共に、俺は薬草の群生地である遺跡へと向かった。
「ミウイちゃんそこ、石が出っ張ってるから気をつけて」
「は、はいっ……!」
「シルク、旅慣れてないミウイちゃんが疲れてたら治癒の法術を遠慮なく使って」
「あ、はい。任せてください!」
「アルカは俺と一緒に目視で周辺を気に掛けながら歩こうな」
「うえー……」
移動中も可能な限り皆に声を掛け、会話が続かなくとも言葉を口にし続ける。
3人に、学園に、何があったか知らないが、俺は俺だ。この場に俺がいる以上、気まずい状態なんて我慢出来ない。
色々な人と話をして仲良くなりたいって言ったのはシルクだ。対話を諦めるなんてもっての外だ。
そんなシルクの手伝いをしようって決めたのはアルカだ。そんな彼女がこの問題を前に動かないなんておかしいじゃないか。
学園の外に出てまで難しい課題に挑戦する。二人にしてみれば可愛い後輩であるミウイちゃんを、全力で応援出来てない二人なんて。
(俺は納得出来ない!)
「……もしかして、さ。イサム、怒ってる?」
必要以上に気を張る俺に旅に出てから初めて相手から掛けられた言葉。
「いいや。怒ってないよ」
それに対して、俺は鼻息をふんっと鳴らして返事をしていた。
今にして思えば、どう考えてもその時の俺は、怒ってたんだと思う。
皆にも、そして、この状況をダシにして不安から目を背けている自分にも。
※ ※ ※
目的の遺跡を遠目に確かめた頃には、春の太陽はすでに大きく傾いてしまっていた。
「広くて水辺の近い場所も確保出来たし、ここで野営しよう」
薬草採集は明日に回し、今日はこの場にテントを張って宿泊する。
加工した木の棒に縄を編んで組んでから大きな布を掛け、簡単な天幕を張って崩れないよう布の端を鋲で固定する。
圧倒的アウトドア感。この時間は何度体験してもため息が出る。
「最新式だと骨組みに木の棒じゃなくて折り畳み出来る金属の棒を使ってる奴があるってなぁ」
「たっかいよー? 二十万ゼニーは最低でも覚悟しなきゃ」
「その分丈夫なんだから、必要経費とも考えられるんじゃない?」
手の届かない物について思いを馳せながら、最後の鋲を打ち込みテントを作り終える。
4人が入ってギリギリなサイズのテントの中を覗き込み、けれど俺に寝床を心配する気持ちはない。なぜなら。
「さ、夜の火の番する順番決めようか」
テントに全員が纏まって入ることなんてないのだから。
「え、と……」
俺の言葉に集まるシルクとアルカ。それを見ておろおろし始めたミウイちゃんにシルクが見かねて声を掛ける。
「あの、ミウイちゃんは依頼主だから。番をしなくて大丈……」
「いや。彼女にも参加してもらおう」
シルクが口にしようとした優しい言葉を遮って、俺は自分の意見を口に出す。
「え?」
「野営するのだって経験。だから天幕を張るのも手伝ってもらったわけだしね。彼女のためにも挑戦してもらいたい」
そうハッキリと発言してから俺はミウイちゃんを見る。彼女は眼鏡の縁に手を当て戸惑っていた。
「え、と。その……」
視線が泳ぎ、シルクとアルカ、そして俺を何度も見比べてから、最終的に俺の元へと向き直る。
「大丈夫。分かってる」
彼女の中にある戸惑いと不安に理解を示し、俺は改めて提案する。
「まずシルクとアルカが寝て、俺とミウイちゃんで火の番をするよ」
その提案に対して3人が浮かべたのは……安堵の表情だった。
「それでいい?」
まずミウイちゃんを見る。
「わ、私は……はい」
頷きが返ってきた。
「ってことだけど、どうかな?」
俺は最終決定権のあるシルクを見る。
「あの、えっと……」
彼女は普段と違う俺の突然で強引な行動に、それでも。
「……分かりました」
何かを察してくれたのか、信じて頷いてくれた。
(……よし!)
俺は心の中でガッツポーズを決める。
(ミウイちゃんと話をして、色々と聞き出す)
それが出来るチャンスはこのタイミングを措いて他にはない。
俺は自ら動き手に入れたこの機会に、一層の気合を入れて臨むべく覚悟を決めた。
そして……。
「それじゃおやふみー。あふあ~~……」
「お先に休ませてもらいますね。お休みなさい、イサムさん。ミウイちゃん」
夕食を終え、先に休むべくテントに入っていった二人を見送ってから、俺とミウイちゃん二人での火の番が始まった。
「………」
「………」
最初に火の番の仕方を軽く教えてから、ミウイちゃんは真剣な様子で火が消えないかどうかを見守っている。
未知の経験に対して物怖じしないで頑張ろうとしているその姿からは、人見知りをするような性根は見えてこない。
「ミウイちゃん」
「あ、はい……何、ですか?」
名前を呼べば、顔を上げてこちらを見る。厚いレンズ越し、前髪の助けもあるんだろうけど、真っ直ぐに向き合ってくれる。
「時間もあるし、色々と話をしてもいい?」
「……はい」
俺の提案に少し考え、頷く。彼女は積極的とは言えないが、それでも人との交流を嫌がってはいない。
(だったら腹の探り合いとかそういう小難しいのを抜きにして)
まずは会話を楽しもうと思う。
「良かったらさ。学園について教えてくれないか?」
「学園について、ですか?」
「そう」
高校生になった最初の日に、元の世界の俺は死んだ。結局、高校には通うことが出来なかった。
義務教育じゃない、皆が行こうとして通う学園は俺にとって高校と同じ様なものに思えていて、ずっと興味を引かれていたのだ。
いつか誰かに、ちゃんと話を聞いてみたいと思っていた。
「俺さ、学園に行きたかったんだけど入学出来なかったんだよな。だから、どういうところか知りたくて」
「そうだったん、ですか……じゃあ、私の知ってる限り、で」
「ありがとう」
学園での生活について、シルクとアルカは何となく話したがっていない様子だった。だから聞けずにいたことを彼女から知る。
学園には魔術、法術、武術、芸術、商術のコースがあってそれぞれで専門的な勉強をすること。
実力主義なところがあって、地方の村から来た生徒と王都の貴族の子の生徒がほとんど区別なく腕を競い合っていること。
学年という区切りでトップ10に入る生徒や個性の強過ぎる生徒には異名が付けられたりするということ。
学園祭に体育祭、長距離走大会や王城見学。色々な体験が出来るということ。
ミウイちゃんは運動は苦手だが、学園祭は頑張って魔術を使った光文字を描く催し物をしたのだということ。
食堂には食の都といわれる東都イストの料理人が来て腕を振るっているのだということ。
ミウイちゃんはその中でも偶に出るパンを揚げたお菓子が好きなのだということ。
全寮制で男女別の寮はいつだって騒がしく、賑やかなのだということ。
同じ学年の芸術科に国の王子様がいて、2学年上の商術科には王女様が在学していたこと。
その二人を何度か見かけてその度恐れ戦いて動けなくなってしまったこと。
そんな諸々の話をじっくり、ゆっくりとミウイちゃんの口から聞き、俺は学園生活を思い描いた。
友達のこと、もしも高校に通えていたら知り合えたかもしれない新しい誰かのこと。
農家の子だから農家を継ぐ。そうハッキリと意識してからはクラスの皆とも少し、距離が離れていたような気がする。
それでも自分と一緒にいてくれた友達を思い出して、俺は胸の奥が懐かしさで温かくなった。
「もしも……」
「はい」
「もしも学園に通えていたら。きっと、楽しかったんだろうな」
それは俺の、心からの呟きだった。
「………」
「あ、ごめんね。いきなり変なこと言って」
「い、え……」
黙ってしまったミウイちゃんに慌てて弁明する俺に、しかし彼女は首をゆっくりと左右に振った。
「……きっと、楽しかったと、思います」
優しい肯定だった。
「……ありがとう」
俺は感謝を口にして、同時に思う。
(新しい出会いはこの世界に来ても変わらない。今だって、これからだって)
そんなことを考えていた俺に、不意に聞こえた言葉があった。
「私は……ダメ、でした、から」
「え、でもだって……」
学園生活で好きな物、頑張ったことがあるじゃないかと、そう言おうとした。でも、言えなかった。
「ダメ、だったん……です」
搾り出すように零れたミウイちゃんの言葉が、あまりにも悔しげだったから。
俺は黙り、静かに言葉を待つ。
彼女の今の発言は、彼女の心の堰が外れたきっかけだろうと確信した。
「私……落ちこぼれ、なんです」
そこからポツポツと、ミウイちゃんの独白が始まった。
「故郷の村じゃ、珍しい魔術の才能があるって言われて、その気になって……学園の試験も合格して、応援してもらって」
順風満帆な話に、でも。と彼女の言葉は続く。
「学園に入学してからは、全然で。魔術の基礎から下手くそで。いくら魔術を使おうとしても、魔術を形作る想像が出来なくて……毎晩毎晩遅くまで特訓しても……実技の成績、厳しくて」
彼女の口から語られるのは、日々の生活ではなく学生の本分。学業についてだ。
「今回のも、実家でやってる薬を作る技で……魔術で出来ない部分をいっぱい補ってやろうと……楽、してるから、だから……全然立派じゃ、なくて」
「ふむ」
「成績が悪いと、皆の見る目も変わって……怖くなって。話すの嫌いじゃない、ですけど。苦手に……」
「………」
ミウイちゃんの学園生活は、決して明るいものではなかった。
明るい出来事は確かにあったが、彼女が一番欲しかったものを手に入れることが出来ていないのなら、それには影が差す。
彼女の4年間には、元々持っていた社交性が根こそぎ奪い去られるほどの沢山の辛い経験と、苦労があったのだ。
「……もしかして」
そこまで聞いて気がついたことを、俺は思い切って問いかけてみる。
「シルクとアルカのこと苦手なのって、二人が凄い成績で卒業していったから、か?」
「………」
膝を抱えて座るミウイちゃんが、静かに頷いた。
「拓きの癒し手、真紅の突き姫……二人は、異名が付くくらいの有名人、です」
「はぁー……」
世界随一の教育機関の、それも極僅かな生徒にしか付かないという異名持ち。シルクとアルカ、どうやら優秀どころか突き抜けた存在だったらしい。
「私なんかが、近づいていい存在じゃ……ない、です」
万年最下位近くで必死にあがく彼女にとって、卒業試験を免除させるような人物がどう映っていたか。想像に難くない。
(二人のことが嫌いなんじゃなくて、二人の存在に、二人に並ぶことを彼女自身が怖がってしまっているから、か)
シルクなら気にしなくていいと一言で切り捨てる。アルカだってそれは同じだろう。だが、
「………」
目の前で縮こまっている女の子には、そう言ってのけるだけの自信も、勇気もないんだ。
「今日の朝、寮に先輩方が来て、ちょっと、騒ぎになって……私を迎えに来たって知って、皆、ひそひそ、何か話してました」
「ああ……」
それは、辛い。そしてきっと、シルクとアルカはそこで色々と察したに違いない。
少なくとも自分達が原因で、自分達の学園での振る舞いが原因で、ミウイちゃんが苦手意識を持ってしまったのだと。
(でも、そこからどうしたら仲良くなれるのか分からなくて、触れることが出来なくなったんだ)
謎が解けた。そして同時に、俺のするべきことも分かった。
「………」
言うべきことは言い果てたと、再び黙り込むミウイちゃん。
「なぁ、ミウイちゃん」
そんな彼女に俺は改めて声を掛ける。
「ポーション作り、俺はすっごく良いと思う」
「え……」
「マテリアルポーション、高難易度の冒険には必需品だ。それを自分の手で作れるってんなら、冒険者なら引く手数多だよ」
「そんな……」
「君はそれを楽に走ったって言うけど、自分に出来ることで最大限頑張ることを俺は誇っていいと思う」
「んう……」
「それにさ。魔術の才能だって、もしかしたら上手くやれてないだけで実際とんでもない物があるかもしれないし」
「流石にそれは……」
「まずは自分のやってることに、自信を持とう。俯いてばかりじゃ心もずっと塞ぎ込んだままだ」
「………」
自分の言っている言葉が励ましになっているか、それとも彼女を追い込んでいるのか、分からない。
それでも、俺は俺の精一杯をする。
全力で頭を回転させ、彼女に掛けるべき言葉を考えて、それを口に出す。
「魔法は想像力が大事って俺は教えてもらった。それはきっと、大体のことに繋がってると思う。成功するって信じる。これはいいことだって信じる。強く思うって意味じゃ一緒じゃないかな」
「想像することと、信じることは……一緒?」
「そう。むしろこう、世界は思いのままだーって思ってた方が、案外何だって出来るようになるんじゃないかって思う」
それを全力でやると、デモン国の魔王様みたいに侵略戦争し始めたりするのかもしれないけど。それはそれだ。
「自分を信じて、正しいって思って、やってみる」
「……正しいと、思って」
俺の言葉を小さく反芻しながら、ミウイちゃんは火の少し弱まった焚き火を見つめる。
しばらくの間、無言の時間が流れた。だがその沈黙は、少しだけ語気の強くなったミウイちゃんの声で終わりを告げる。
「……私、卒業したいです」
「うん」
「……ポーション作りは、出来ます」
「うん」
「……ズルじゃ、ない、ですか?」
不安げな視線に、俺はゆっくりと首を左右に振る。
「魔術科の卒業試験について俺は知らないけど、シルクが言ってたよな。合格どころか学年表彰物だって」
「……はい」
「だったら、何の問題もないだろ。実技すっ飛ばした先輩のお墨付きなんだから、ね?」
「……はいっ」
明かりの乏しい夜の闇の中。紫の前髪と厚いレンズの向こう側。ハッキリと見えた口元と同じように、俺は確かに彼女が笑った顔を見た。
「頑張って、みます」
「よーしよしよし」
「わ、ひゃっ」
やる気を出したミウイちゃんに、俺は思わず手を伸ばしてワシャワシャと帽子を掴んで揺らしまくった。
ミウイちゃんは髪を振り乱しながらくすぐったそうに受け止めて、けれどさっきと違った楽しげな声をあげていた。
「俺も、シルクも、アルカも。冒険者として、特に二人の方は学園の先輩としても、ミウイちゃんを応援したいって心から思ってる。だから、明日は遠慮なく扱き使ってくれていいからね」
「……はい」
今度の返事は少しだけ恥ずかしそうな、照れくさそうな声音で返ってきた。そして、
「あの、だったら……」
彼女の口からそれは出た。
「……ミュウって、呼んで、下さい。故郷の皆には、そう、呼ばれて、て……」
それは間違いなく。彼女の方からこちらに歩み寄る意思を感じる提案で。
「いいの?」
「………」
聞き返した俺にぶんぶんと首を縦に振る彼女の、その後に見せたやっぱり照れくさそうな笑顔に。
「分かった。俺もそう呼ばせてもらうよ、ミュウ」
「! ……ん」
これから、何かが変わっていきそうな予感を強く感じずにはいられなかった。
だから。
「なぁ、ミュウ」
「?」
「俺の話も、していいかな?」
俺も彼女に負けないように、勇気を奮う。
「俺さ……そうすることが必要だって分かってても、人を斬ったりするの、怖いんだ」
彼女が話してくれたように、俺もその夜営の時間、自分の中の素直な気持ちを口にした。
それは話したところで何かが劇的に変わったわけではなかったけれど。
胸の奥にあった重くてしょうがない何かが、少しだけ軽くなったような気がした。




