第37話
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新年祭からさらに1ヶ月ほどが経過し、世界はすっかり春真っ盛りといった様子の竜と精霊の月、その中頃。
「それでは、こちらが今回の依頼の報酬、10万4000ゼニーになります」
「ありがとうございます」
いつものように依頼達成の報酬を受け取ると、今日の受付をしている機械種の男性、ジーフェイさんから声が掛けられた。
「お仕事には、慣れましたか?」
「え? あ、はい」
機械種といってもその性能(本人達がそう表現されることを好んでいる)は千差万別だ。
受付をしているこのジーフェイさんみたいにヒュリム語を流暢に話す人もいれば、花屋のショキさんのようにいまいち上手に発音出来ない人もいる。
見た目にしてみても、ショキさんのようにいかにもロボットといった見た目の人もいれば、ジーフェイさんのようにどう見ても50代の初老の男性な見た目の機械種もいる。彼の内側から時々何かの駆動音が聞こえてこなければ、俺はこの人を人間種だと勘違いしていただろう。
「イサムさん達は、C級になられてからも精力的に頑張っておられますから、このところ、私共ギルドの方でも噂になっております」
「そうなんですか」
何か特別なお仕事の依頼でもあるのかと思ったが、どうやらただの雑談だったようだ。
「はい。注目の的、ですね。皆様の更なるご活躍、心より応援しております」
「ありがとうございます」
声援をくれたジーフェイさんに礼を伝え、俺は受付を離れる。
冒険者になって4ヶ月、ずっと同じ場所で活動を続けていれば、自然と顔馴染みも増えていた。
「イサムさん、どうでした?」
「規定通りの報酬貰ったよ」
「ええー、もうちょっと色付けてくれてもいいじゃん。早く終わらせたんだからさ」
なるほど、さっきのやや唐突な応援はこれに対する気遣いか。
「ふふっ」
「何笑ってるのさ?」
「ジーフェイさんが心より応援してるってさ」
「……あー」
俺の言葉に察しのいいアルカはご理解したようで、腰掛けている椅子の背もたれに身を預け、だらしなく口を開け呻き声を上げる。この頃はよく手入れされているのか、艶を増した彼女のニンジン色の長い髪が身を揺らすたびにふわふわと踊っていた。
「安全確実に仕事をこなすことは冒険者にとって信頼を得る一番の近道だって言いますし、この調子でひとつひとつこなしていきましょう」
「だな」
シルクの言葉に同意して、俺達は一先ず仕事を無事終えたことを互いに称え合う。
手に入れた報酬の内約半分を俺達は山分けし、残り半分は共有財産として貯蓄する。これは仕事をし始めた時にシルクに提案された案で、前みたいな無駄遣い防止のためと、もしもの時の保険になるからということで始めたことだ。
「今回は一人1万8000ゼニーで、残り5万が貯金袋だな」
「ねー、一人2万でよくない?」
「ダメよ。こういう小さな我慢が大事なんだから」
「シルクに同意」
「む、イサムまでそういうこと言う?」
「貯蓄は大事」
「むむむ。まあ、そーだね」
そう、貯金は大事。毎年決まった量の農作物が採れるかどうかは分からないんだから。
(農業に絶対はない)
「いや、決め顔のところ悪いんだけどさ。イサムの分受け取ってよ」
「はい」
1万8000ゼニーを財布袋に入れました。そろそろ硬貨と紙幣を分けられるちゃんとしたお財布を買ってもいいかもしれない。
「さぁ! 山分けも終わったし、サニーのお店に戻って残りを金庫に入れましょう」
「泊まりになっちゃったし、お風呂入って一度寝たいかも」
「俺も戻ったら苗を確認したいな」
虫除け用に保護膜の掛け直しや、傷があったら治癒も使って万全を期したいところだ。
法術のおかげで農薬いらず。魔法万歳。
帰ろう帰ろうとそれぞれに口に出しながら俺達はギルドを出る。
昼を前にしたギルドの門前通りは、今日も今日とていつも通りに騒がしい。
「ここは本当に色んな人がいるなぁ」
「はい。活気に溢れてて、皆楽しそうで、それに種族や国に関係なく等しく付き合っています」
他の冒険者達を見るシルクの瞳は、強い憧れに染まって綺麗な碧色がさらに美しく輝いて見える。
彼女の眼には雑談に興じながら並んで歩く精霊種と獣人種の冒険者も、昼間から酒を飲みまくって折り重なるように道の端で伸びている冒険者も、視界の先で肩をぶつけ合い遠慮なく文句を言い合っている冒険者も、等しく仲良しに見えているに違いない。
「シルクは、冒険者になれて良かったんだな」
それは特に考えなしに口にした言葉だった。
「……はい!」
そんな言葉に返ってきたのは、あまりにも上等過ぎるシルクの素敵な笑顔だった。
「………」
そんな笑顔を見るのが今、少しだけ辛かった。
現状俺達が受けられる依頼の内、国の外へ出る可能性のあるものはそのほとんどが商隊の護衛だ。そしてそれは、人と命のやり取りをする可能性を忌避する俺のせいで、受けることが出来なくなっている依頼の一つだった。
俺は今、間違いなくシルクの夢の足を引っ張っている。
「?」
首を傾げたシルクから思わず目を逸らした。目を合わせられなかった。
「ん?」
逸らした先で、俺は珍しいものを見つけた。
「………」
それは、制服を着た10代前半くらいの大人しそうな女の子だった。遠目にも分かる紅白でデザインされた制服、その色合いを採用しているのはこの都市ではまずひとつしか浮かばない。
(ヒュリム国立教育学園の生徒? 平日のこの時間に?)
疑問符の浮かぶまま、俺の目は自然とその女の子に惹きつけられていた。
黒いつば広の帽子に、二房の長く豊かな三つ編みの紫髪が目に映る。離れた場所から見たせいもあって、それが俺には綺麗なナスビのように見えた。
「――?」
そんなナスビちゃんは今、二人の男に声を掛けられ話を聞いている様子だった。いや、正確に言えばあれは……
(ナンパ?)
声を掛けているのは冒険者の中に割とよくいる、良く言えばワイルドスタイルな方々だった。
二人組の人間種である彼らはしきりにナスビちゃんに話し掛け、隙あればその肩や、手を掴もうとしているように見える。対するナスビちゃんはといえば、身を縮め嫌がっているように見えた。
(……ふーむ)
ナンパの作法を俺は知らないけれど、なんとなくあれは駄目なんじゃないかと思う。
「――、―――」
男達はなおも情熱的に声を掛け続けているが、ナスビちゃんは困って首を振るだけ。放っておいてももう少ししたら逃げ去ってしまうだろうと、そう思ったが。
少しだけ、嫌な予感がした。
「どったの、イサム?」
「え? ああ……」
あんまり一方を見続けていたからか、アルカに声を掛けられた。ちょうどいいなと思い、俺はナスビちゃんの方を指差し彼女達に教えようとして、
「何だか危なっかしい女の子が居て……って」
ナスビちゃんの居た方を再び見ると、そこにはもう彼女も、男達も居なかった。
「!?」
その直後、視線の奥。大通りを外れる路地へと消える紫の髪と女の子の足を見る。その動きは不自然極まりなく、能動的とはとても思えなくて。
「斯く疾れ……移動力強化」
反射的に、俺は自分に法術を行使した。
「え?」
驚いた声を出したのはシルクかアルカか。それすら気にも留めずにナスビちゃんの消えた路地へと突っ込んでいく。
「おら嬢ちゃん、こっちに来い。ディック、人払いの魔術用意しろ」
「あいよっ」
「やっ、ぁ……!」
聞こえる声に、俺は自分の嫌な予感が的中していたことを知る。
「白昼堂々とそういうことするか普通!?」
「なっ!?」
「チッ、見られてたか!」
路地裏に飛び込んだ俺の目には、天地をひっくり返しても覆らない、現行犯による事件現場がバッチリと映っていた。というか、強引なナンパどころか、この状況から察するに。
「人攫いだったのか!?」
「くそっ、ディック使え!」
「風よ、此方と彼方を別て! 境界!」
相手側には3人目の男が居た。指示を受け、そいつの行使した魔術が俺の背後で何か効果を発揮する。が、それを俺は確かめることもせずに前へと踏み出した。
「このっ!」
「いっ……た……!」
ナスビちゃんは最初に声を掛けていた男の片割れに腕を捻られた格好で捕らえられている。そこに一人で突撃を仕掛けた俺に割り込むように、もう一人の男が身を乗り出してきた。
「すぅ……」
剣は、抜かない。抜きたくない。怖い。
「はぁ……」
だから、出来ることをする。
「おねんねしてろ!」
「んんっ!」
人攫いを手際良くするためには身軽でないといけないのだろう。男もまた素手でこちらに襲いかかってくる。
が、そうであるなら今、相対は間違いなく俺の方が有利だった。
「おお!」
「なっ!?」
身を屈め、男の一撃をかわすと共にその脇をすり抜ける。今の俺には法術による補正がある、普通の人間が思うような軌道では動かない。
「しまった!」
すり抜けられて、男が振り返ろうとするがもう遅い。俺は真っ直ぐにターゲット、ナスビちゃんを捕まえている男に肉薄し、その肩に思いっ切りアルカ仕込みの手刀を叩き込んでやった。
「あがっ!?」
肩といっても当てたのはその関節部だ。ここにまともに受けてしまえば、最悪肩が外れる。そうでなくとも神経の集まる場所、どれほどの痛みと痺れがくるだろう。
俺と大して変わらない体格のその男も例に漏れず痛みを感じた様子で、目論見通り掴む腕から力を失いナスビちゃんを手放してくれた。
「あっ……」
「逃げるよ!」
この数相手に自分がどうこう出来るとは到底思えない。だから俺は最速で彼女を助け、この場から逃げることを選択した。
「ごめん!」
「え……ひぁ……!?」
ナスビちゃんの膝裏と背中を抱え抱き上げる。法術で強化した移動力を持ってすれば、通りに飛び出すくらいなら俺の腕でも女の子一人抱えて持っていける。
「チッ、欲掻いたか」
「ずらかるぞ!」
「クソ野郎が!」
背後で響く男達の悪態を聞きながら、俺は来た時と同じように全力で駆け出す。通りに向かって真っ直ぐに。
「ウッ!?」
一瞬だけ肌をチリリと刺すような刺激を受けてから、俺は路地裏を飛び出した。
「!? ええ?」
「なんだなんだ?」
通りに飛び出した俺達を道行く人達が驚いた様子で見る。まるで今この瞬間俺達が突然現れたかのような驚きっぷりに、俺の方が違和感たっぷりだった。
「イサムー!」
「イサムさん!」
アルカとシルクが駆け寄ってくる。冒険者ギルドのある向きと逆の方向から。
どういうわけか俺の突入した路地を、後を追って来ていたはずの彼女達はスルーしたらしい。二人がそんなミスをするとは到底思えない。
「……ああ、これが人払いの魔術か」
記憶から答えを手繰り寄せて得心した。本当に、魔法って奴は使い方次第でえげつないことが出来るんだなと、改めて戦慄する。
「あ、の……」
「あ」
声を掛けられて思い出す。俺は今、一人の女の子を胸に強く抱きしめていた。
俺を見つめる女の子の視線は、彼女の長い前髪と、その奥に掛けられた厚いレンズ越しからでも確かに感じられる。
その視線の意味するところは……降ろして、だ。
「あーあーあー、ごめん。どうぞ」
「ん……」
俺はその女の子、ナスビちゃんを降ろす。
「イサム、何があったのさ?」
「……聞いたら驚くと思うよ」
状況を理解しきれていない様子のアルカに問われ、俺自身も考えを巡らせながら、短くも激しいやり取りを行った路地裏を見る。
「手慣れた犯行ってやつか……」
そこにはもう3人組の人攫いの姿はなく、ただ真っ直ぐに延びたレンガの道と、その途中に外れたマンホールの蓋があるだけだった。
※ ※ ※
それから俺達は事の次第をギルドの傍に建てられている兵の詰所に通報した。
詰所の兵士さん達はすぐに動き出し、俺達はここを任されている部隊の隊長さんに引き合わされ、お礼と、そしてこの件と無関係とは言い難い話を聞かされていた。
「実はね、今回みたいな事件が最近ちょくちょく発生するようになっているんだ。白昼堂々と行われたのも一度や二度じゃない」
「そうなんです?」
「手際が良くて痕跡もほとんど無かったんだけれどね。今回は相手の顔をハッキリと見たっていう君達がいるおかげで進展が期待出来そうだ」
そう語る隊長さんの隣では、俺達の証言を参考に似顔絵をガリガリと描いている画家が居る。それを横目に隊長さんの話は続いた。
「どうにも堕落街で悪党共の権力争いが起こっているらしくてな。あそこの連中が派手に悪さをしているようなんだ」
「それは、危険ですね」
「うへー」
「ああ。しかもあいつらは下水道を上手に使うからな。今回みたいに逃走経路に使われたりして困っているんだ」
その言葉に俺は、あの冬の出来事を嫌でも思い出す。
あの時出会ったロゼという人物は、堕落街の住人だったに違いない。
彼女に突きつけられた問いに俺の臆病な心はずっと迷って、恐れて、前に進めなくなっている。
……いや、人のせいにしちゃ駄目か。
「とにかく今回はありがとう、事件を未然に防いでくれて。それと、君達の腕を見込んでひとつ頼みがある」
改めてお礼を言ってから、隊長さんは俺達の後ろに居る人物に視線を向けた。
「彼女を学園の寮まで送り届けて欲しい」
ナスビちゃん。本名、ミウイ・ナナクサちゃん。
彼女はあれからほとんど何も話さず、元々そうなのか、借りてきた猫のように大人しくしていた。
「俺でよければ」
あれだけ怖い目にあったのだから、それくらいは当然のことだろうと俺は彼女の護送を即断で承った。
「イサムさん、私達もお付き合いしますから」
「うちの後輩だもん。それくらいはね」
「ありがとう」
俺が勝手に首を突っ込んだことだったが、シルクとアルカ二人共付き合ってくれるらしい。その心遣いが素直にすごいと思った。
「それじゃあ君達、頼んだよ」
「はい」
こうして俺達はミウイちゃんを真っ直ぐ寮へと送り届ける……そのはずだった、のだが。
「………」
「……ええっと」
俺は今、詰所を出て少ししたところ、正確には冒険者ギルド前の広場で立ち往生していた。
「………」
「……俺の服の裾、どうして掴んでいるのか聞いてもいいかな?」
その原因は先程の事件の被害者。ナスビちゃんことミウイ・ナナクサちゃんだった。
どういうわけだか彼女は冒険者ギルドの前に来た時から俺の服の裾を掴み、その場で立ち止まり動かなくなってしまったのだ。
「えっと、どうしたの? ミウイちゃん?」
シルクが訳を聞こうとすると、
「!?」
ミウイちゃんはシルクから距離を取り、俺を壁にするようにして身構えてしまう。
「……あ、う。ごめん、ね」
訳も分からぬまま拒絶され、シルクのガラスハートは粉々になった。
「ま、とりあえず理由くらいは話してよ。ね?」
「ひゃ……」
シルクを避けているミウイちゃんの背後から、今度はアルカが声を掛ける。それにも慌ててミウイちゃんは俺の前に回って距離を取る。
どうやらミウイちゃんにとって、俺は視界を遮る柱か何からしい。
「うーむ……怖がられるようなことしたかなー?」
相手の行動を不思議がり首を傾げるアルカ。何か思うところがあるのか彼女はそのまま考え込んでしまった。
「……ふむ」
こうなると、問いかけられるのは俺しか居ないわけだが。
「………」
「………」
目線を向けるとミウイちゃんと目が合った。つば広の帽子に長い前髪、さらには厚めの眼鏡と変わらず難易度は高いが、確かに感じる視線。
「………」
物凄くじーっと見られている。そして裾を掴む手にさらに力が込められた。
「えっと?」
さっきまでの出来事が怖かったとか、そういうのとは何か違う気がする。何か伝えたいことがあるのだろうというところまでは察せる。
「………」
それでもミウイちゃんの口は中々開かれない。
「………」
少し考えてから、俺は敢えてこちらから言葉を掛けず彼女の言葉をじっと待つことにした。
行き交う人達が俺達を避けつつ歩いて行く。昼のギルド前広場。激しい往来の中待つこと数分、ようやく彼女は口を開いた。
「あ、の……」
「はい」
再び目が合う。ミウイちゃんはどこか縋るような表情をしていて。だが、言葉はまた止まってしまって。
「………」
ふと、何かに気づいたように自分の腰のポーチから紙とペンを取り出すと、
『助けてください』
と、一文したため俺に見せてきたのだった。




