第34話
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王都アルトリウムは大まかに分けて階層が3つある。
一つは世界最大の人口を有し、最も活気に溢れた都市を有する上層。
一つは城の背後にそびえ立つジナイ山からの恵みである大水源と、この町の電力を賄う地下大瀑布を有する天然洞窟が広がる深層。
そしてもう一つ、
「上下水や電線を通すために上層と深層の間に作られた、人工の空間である下層」
アルトリウム下水道。
人々の日々の営みが行われているその下で、彼らの生活を支える縁の下の力持ち。
町の地下にクモの巣のように張り巡らされたそこには、いつの頃からか呼ばれ始めた異名があった。
その名も――『王都地下迷宮』。
「よし。入り口の鍵、開いたよ」
そこが俺の、俺達の。
「んじゃまー、始めよっか」
「うん、頑張ろう!」
冒険者デビューの舞台だ。
「了解、行こう!」
「しゅっぱーつ」
冬の日が天頂に昇りきるよりも早い時間のこと。
俺とシルク、アルカの3人は万全の準備を整えて、揚々と王都地下迷宮へ足を踏み入れた。
※ ※ ※
「……思ったよりも臭くないな」
「ギルドで話に聞いた通りだったね」
「ある程度覚悟はしてましたけど、良かったです」
町中に何箇所かある下水道の入り口の一つから、俺達は目的地である根齧り鼠の繁殖場所を目指す。
「こっからしばらく歩くの疲れる、面倒臭い」
「皆で決めたことでしょ? 文句言わないの」
「うえーい」
下水道の入り口は、小さい物ならそれこそマンホールのような通り穴が道路沿いに設置されている。
だが、その狭い穴では武器や防具といった大きな物を持ち込むのに色々と手間が掛かり、それを避けた結果遠回りをしてでも荷物を簡単に運び込める大きな入り口の方を選んだというわけだ。
「イサムさん、光源をお願いします」
「了解」
シルクの指示に従い、意識を集中する。俺がイメージするのは掌の上から飛び立つ光の妖精の姿だ。
「辺りを照らせ……光源!」
イメージが形になる気配を感じたところで詠唱を行ない力を行使する。
その瞬間俺の中のマテリアルは消費され、思い描いたイメージが実現する。
ポゥッ
「よし」
微かな燐光を放つ俺の掌から、光を放つ球体が生成され宙へ舞い上がる。
それは俺の周囲を遊ぶように飛び回り、闇に染まった下水道を照らした。
「イサムさんの光源は、思い描いている物の影響もあって活きがいいですね」
「確かにこれ、シルクみたいに大人しく付いてくる感じじゃないよな」
俺と同じタイミングで光源の法術を行使したシルクの生成した光は、彼女の肩の上辺りで留まり大人しくしていて、俺の作ったものとは全然動きが違う。
いつだったか、同じ魔法でも使い手によってその効果は違うと言われたことを思い出す。
「落ち着きがないよね」
「しょうがないだろ、こうじゃないと想像しにくかったんだから」
からかうアルカにむくれ顔を返す。多少の下手は個性だと思ってもらいたい。
「イサムさん、アルカ。光源も出来ましたし、奥に行きましょう」
「はーい」
「はい」
リーダーシップを発揮するシルクに促され、俺達は下水道の脇を歩き始める。
石で組まれた歩行用の空間がちゃんと作られているのには驚いた。
「いざって時の通路としても使えるようにって、昔の建築家達が頑張ったらしいよ。その時に消臭の魔術も要所要所に仕込んだんだってさ」
「へぇ、だったらその人達に感謝しないとな。おかげで臭いに困ったり、足を汚さないで済むわけだから」
「その分水が流れているところは深めですので、落ちないように気をつけましょうね」
雑談を交えつつ通路を行く。王都地下迷宮という呼び名の通り、道は曲がりくねっていたり交差していたりと複雑で、何の道しるべも持たずに来れば間違いなく元の場所には戻ってこれないだろうと感じる。
「イサム、地図出して」
「はい」
だからその話を聞いて俺達は迷わずに地図を手に入れてきた。準備万端の言葉に偽りなしだ。
「ここからだと、次の交差点は右かな?」
「でもアルカ、真っ直ぐ行った方が早くない?」
「いやシルク、ここ水路の上を渡る橋がないから行き止まりだ」
「あっ。ですね」
「じゃあやっぱり右?」
「右」
こんな感じで地図とにらめっこしながら、俺達は少しずつ目的の場所を目指していく。
闇に覆われた下水道では、俺達の足音と止まらない水の流れる音、そしてどこから吹いているのか分からない風が辺りを撫で抜けていく音ばかりが響いていた。
そんなこんなで歩き始めて30分くらい経った頃だろうか。
「ん? ちょっと止まって」
「どうしたの、アルカ?」
不意に先を歩いていたアルカが足を止め、俺達を制止する。
「今、違う音が聞こえた気がする」
「違う音?」
アルカの言葉に首を傾げようとしたその時、俺の耳にもその音が聞こえた。
チチッ
何か軽くて尖った物が、石畳を引っ掻く音だ。
「これは……」
「武器構えて。この先を曲がったところっぽい」
アルカの言葉に俺はサニーの店で買った長剣を鞘から抜き放つ。目標はもう目と鼻の先だ。
「光源を先行させるね」
「お願い」
シルクが傍らの光球を操り、T字路を右折させる。
「ジ、ヂュッ」
鳴き声がした。
「よし」
俺とアルカが身を乗り出す。交差点を右に、そしてこの目で相手の姿を捉えた。
「ヂュウウッ!」
自らを照らす光球に威嚇し今にも飛び掛からんとしていたのは、1m弱はあるだろう黒に近い灰色の毛並みを持った大鼠。その数3匹。
「根齧り鼠……って、でっか!?」
「森の奴とは違う種類ってこと? うへー面倒臭いー」
俺達の知る森の木の根を齧っていた種類よりふた回りほど大きなそれらは、飛び出した俺達に対し明らかな敵意をもって身構えた。
「でも」
「やるしかないです! 拡散・保護膜!」
絶妙なタイミングで行使されたシルクの護りの法術が、俺達二人を包み込む。
そしてそれが、俺達にとっての戦いのゴングになった。
※ ※ ※
踏み込む。
相手の間合いに飛び込む。
「せーのっ!」
空間の広さを意識して、腕を振るう力を調節する。
(早い振りには、緩急が大事!)
振り抜く瞬間に最も力が入るようにして、俺は剣を薙いだ。
「ヂュウッ!」
「……ッ、浅いか!?」
が、俺の初太刀を根齧り鼠は身を引いてかわし、振り抜いた刃は剣先で軽く相手の額を切るだけに終わる。それでも、
(触れただけでサクッと入ったな。流石サニーが丁寧に手入れしてただけある)
手にまだ重めに感じる剣の持つ威力に、俺は背筋を冷たい物が伝う感覚を得た。
「ヂュウウッ!!」
「はい、一匹」
その横で、アルカが根切り鼠をあっさりと仕留めていた。
切り払うのではなく、相手の急所を真っ直ぐ貫いての一撃だった。
「大きい分狙い易いかも?」
「えぇ……」
未だに隔たる実力差に身震いする。
まぁ、剣を握って3か月も経ってない人間が並ぼうっていうのがそもそも間違いか。
「ヂッ!」
俺が切りつけた奴が飛び掛かってきた。
怪我を負っても逃げるどころか向かってくる相手の目は戦意に満ちて鋭い。
「ふっ!」
「ヂュッ!?」
でもその眼よりも怖い眼を俺は知っている。
相手を痛めつけて嬲り殺しにするのを心から楽しむ悪意の眼。その視線に比べたら、
「怖いけど、理解出来る!」
左腕を前に構える。相手の牙が容赦なく俺の腕に突き立てられる。
ガギッ!
鋭い牙を、より硬い守りが受け止めた音がした。
「ふっ!」
「ヴッ!」
アルカに倣い、相手の腹に剣を突き刺す。牙よりも鋭い刃はあっさりと大鼠の腹を裂き、背中を突き破った。
程無くして相手は力を失い噛みついた牙が外れる。それは俺の肉を齧り引き裂く威力を持った一撃だったが、そうはならなかった。
「よし」
俺の左腕には鎖を編んだアームカバーを巻いてある。
DIYで作った即席の鎖篭手。それで相手の必殺の一撃を受け止めたのである。
『盾を持つよりイサムは篭手で受け流すくらいがちょうどいいかも』
これは冒険に際しアルカからアドバイスを受けていた俺が用意した、身を守るための一手だった。
「何とか上手くいったな」
腕の負担になり過ぎないよう厚みのない鎖を一重にしか巻けなかった程度の即席の品。正直それだけでは今の牙は通っていたかもしれない。
だがその上にシルクの守りの法術が掛かればご覧の通り、十分な防具として機能するのだと確かめて俺はホッと息を吐いた。
「ウ……」
刃の先で、命の零れ落ちる感覚を得た。
「……後一匹!」
剣を引き抜き残る一匹を目で追う。そいつは他の個体と違い慎重に様子を見ていたのか、飛び掛からずに距離を取っていた。
不利を見て俺達相手には勝てないと悟ったらしく、次の瞬間には背中を向け一目散に逃げ出していく。
「うおっ!?」
四足歩行は早かった。あっという間に光源の外へ消え、音も遠ざかっていく。
ドボンッと続けて聞こえてきた音からして、水路に飛び込んで最短ルートで逃げていったに違いない。
「ふー……」
剣に付着した血を払い、一息つく。俺の冒険者としてのデビュー戦はあっさりと終了した。
「怪我はありませんか!?」
「大丈夫。シルクの法術のおかげだよ」
シルクが噛まれた俺の左腕を強引に掴み様子を診る。
防具にも傷一つないのを確かめて、彼女はホッと息を零した。
「シルク、こっちの心配はしないの?」
「アルカ何か苦戦してた?」
「疲れた」
戦いの後でも二人は軽口を叩き合う。余裕がある証拠だ。
(悪くない、んだよな)
戦いに身を置くって経験があまりない俺にしてみれば、何から何まで何をどうしたらいいのか分からないことだらけだ。
そんな俺に出来ることは少しでもその状況に慣れている人達から、ひとつでも多くの何かを学びとることだけ。
「イサム、上出来上出来」
この中では一番その手の戦いの経験があるアルカの意見が参考になる。
「でもわざわざ自分から噛まれてやる必要はないからね。動物相手は先手必勝」
「分かった」
実戦の中にあっても、俺はアルカの指導を受けていた。痛いところを突いてくる辺り、本当によく見てくれている。
「……それにしても、ここに“湧く”奴はでっかかったね」
「だな」
俺達は依頼成果の証明のために、根齧り鼠の死体をギルドから支給された袋の中に回収する。
「おお、すごい」
袋に鼠の頭を押し込んだ辺りで、吸い込まれるようにして死体は袋の中へ消えていく。そうなったらもう、重さもさほど感じなくなった。
「俺は今すごいものを見た」
「ねー。これどういう理屈で出来てんだろ」
「巨人の胃袋、便利ですよね」
ギルドから支給されたこの袋。巨人の胃袋という名前のそれは、その見た目とは大きくかけ離れた容量を持っている。開いた口から入るサイズの物であれば何でも収容出来て、一度口の中に入れてしまえばまるで消化したかのように呑み込んだ物の重さを溶け消えさせる。さらには呑み込んだ物は個別に管理されているらしく臭いや汚れが移ったりはしないという優れ物。時間経過で中身が普通に劣化する以外に非の打ち所のない品なのだ。
「これひとつあれば旅もすごく楽になりそうだよな」
「ねー」
もう一匹の鼠の死体を回収し、俺は袋を見る。ほんの僅かに重さを増したそれの表面には、冒険者ギルドを表す鳥のマークと番号が刻まれていた。
この刻印、探査の魔法に引っ掛かるらしい。盗難紛失防止の対策はばっちりだ。
「市場に出回ってたら、袋の大きさによっちゃ100万ゼニー以上するだろうね。今のわたし達じゃ手が届かない品だよ」
「それを盗難予防してるとはいえ駆け出しの冒険者にあっさり貸し出すギルドって……」
いったいどれだけの力を持った組織なんだろうか。
「ま、使える物は何でも使って、精々楽しようよ」
「だな」
難しいことをあれこれ考えてばかりじゃ前に進めない。便利な物は有り難く使わせてもらおう。
「冒険者が必要なわけも分かったしね。あのサイズがひょっこり町に出て来たら、戦う術がない人は大怪我だ」
「鼠達もここで生を受けてただ生きているだけなんでしょうけど、これも縄張りの奪い合い、ですね」
シルク達の言葉に俺は頷き、アーチ状の天井を見上げて呟く。
「定期的に駆除しないと最後には動物や魔物に埋め尽くされてしまうって、本当途方もないというか何というかだ」
この世界に、創造神マナと破壊神ケイオスが造り出した6種の人類とは異なる物が4つある。
植物を含む自然、動物、魔物、そして道具。これら4種の存在を、六賢種に対して四従種というのだそうな。
その中でも道具を除いた3種は人類と同じようにのんびりと変化を行いながら、同時に神の加護により世界に現出させられる。
つまり、神様の気まぐれだか何だか分からないが、ある時世界にポンッと湧き出すのだ。
自分達で繁殖もしつつ、さらには神の気まぐれでそれその物が世界に現れる。となれば結果どうなるかは簡単に予想が出来るだろう。
「放っておくと増え過ぎて災害になるなんて常識常識」
そう、大発生からの災害化だ。スタンピードなんて起こった日には村や町があっさり吹き飛ばされることもあるらしい。
「むしろ毎年必ず肉が獲れるって思えばありがたい話でしょ」
それに対してこの世界の住人の取っている行動は至ってシンプルだ。
増え過ぎる前に採る、狩る、倒す。そうして来た。そうして恵みとして受け取ってきた。
この世界の食べ物の底値が安いのは、これら無限の恵みから集めた採集品が存在するからなのだ。農家の育てる高品質で安定供給出来る育成品との二重構造で、この世界の食は賄われているのである。
多くの命が溢れ返るこの世界だからこそ、人々は様々な工夫を凝らしている。
時に人々を脅かす神が与えた無限の恩寵は、この世界の人類に困難に立ち向かう術を考えさせる教科書なのかもしれない。
「獣人種なんてそれをするために神が創ったって神話で言ってるくらいだもんな」
「これも命の営みなんでしょうね」
狩りのプロだという獣人種とはまだ知り合いと呼べるような人は居ない。いつかはその人達からも話が聞きたいもんだ。
大量の植物に覆われた大森林に国を作ったっていう精霊種とだって知り合いたい。
世界について一つ知る度に、俺もシルクと同じようにどんどんと好奇心を刺激されていた。
※ ※ ※
「さ、雑談はこの辺にしてさっさとお仕事終わらせよう?」
「ああ。目標15匹!」
「借りた袋いっぱいに詰め込んで帰りましょう!」
休憩代わりの雑談を終え、俺達は再び歩き出す。幸先のいいスタートを切れたのもあって、足取りは軽い。
散発的に遭遇する相手を蹴散らしながら、奥へ奥へ。そして、
「ここだな。壁に数字が書いてある」
大きく描かれているのは15の数字。ここが依頼で指定された狩場、15番水路で違いなかった。
「そこかしこに気配があるね」
「これ、15匹じゃ済まないよな」
「二人共どういう勘してるの?」
道の先、途中にある下水管の奥。色々な所に獣の気配を感じる。
まるで俺達のことを待ち構えていたかのようで、正直怖い。
「まぁでも、頑張れば何とかなる、かな?」
「ヤバくなったら逃げればいいでしょ。撤退の指示はシルクにお任せするからね」
「わ、分かった」
それでもやれるだけはやろう。そう言葉にせずとも3人で確かめ合って、俺達は気配に対して身構える。と、
(……ん?)
迫る数多の気配の中から感じた小さな違和感。そのたった一つの気配を察知出来たのは奇跡だったんじゃないかと思う。
「!?」
俺は自らに迫り来る害意に対して咄嗟に自分の剣を向ける。
ガギンッ!
響いたのは牙と刃が交わる音ではなく、刃と刃が打ち合う音だった。
「えっ」
俺の背後を飛んでいた光源が前に回る。相手は明かりに照らされるのを嫌がり一気に距離を取り、闇の中へと消えて行く。
それでも離れ際の姿を、僅かだが俺は捉えることが出来た。
(青い、短髪……!)
そして鼻先をくすぐるこの場に似つかわしくない柑橘系の香り。それだけあれば判断には十分だ。
(人に襲われた……!)
「イサム!」
「イサムさん!?」
「お、おお……!?」
予想もしなかった襲撃に、突然過ぎる命の危機に、俺の膝は震え上がっていた。




