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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第二章
33/39

第33話

●

 早朝。


「……ここはこうしてっと」


 俺は今サニーのお店の隣にある庭で、植木鉢から掘り出したイチゴの苗を新しく購入した横長の植木鉢へと植え替えている。ジョアンさんに頼んで分けてもらったイチゴを育てるのに適した土を敷き詰め、苗を植えるのにちょうどいい大きさの穴を掘り、そこに根や茎を傷つけないようにイチゴの苗を置く。既に伸び始めているランナーの位置に気をつけながら、子株が生るのにいい空間を確保出来ているかをしっかりと検める。


「ふむふむ、なるほどなるほど」


 そんな俺の手際を背後から眺めているのはサニーだ。彼女にはこれから先留守中のイチゴの世話をお願いしているのもあって、こうして作業を見学してもらっている。


「へー、苗に向きとかあるんだ」

「イチゴちゃんが特別ってわけじゃないんですよね?」

「………」


 見てもらうのはサニーだけでいいはずなのだけど、どうしてだかこの場にはアルカとシルクの姿もあった。


「まあまあ、お構いなく」

「こ、後学のためですので」

「うーん」


 居ちゃ駄目だというわけではないのだけれど、女の子3人に傍で見つめられながらの作業になってしまって、どうにも居心地が悪い。


「……これでよし」


 3つの真剣な眼差しをひしひしと感じながらの植え替えは、想像していた以上の緊張の中でも滞りなく進む。最後に如雨露で必要なだけの水をやり、やるべきことを完遂した。湿り気を帯び色を濃くした土と雫を垂らす苗が誇らしい。


「今やった作業については後で紙に残しておくからそれも確かめておいて」

「うんうん、分かった」


 そう言いながら、サニーはすでに自分でメモを取っていた。仕事に対して彼女は本当に真面目で、優秀だと思う。


 サニーが使っていた綺麗な白紙は思ったより安かった。何でも王都の北西にある町に専用の工場があるらしい。町一つがその工場に合わせて作られているそうで驚きだ。


(考えてみれば冒険者の証や紙幣、絵本。色々なところでヒュリム国は紙を使っているんだもんな)


 流石は何でも揃う交易の国、国力の高さに舌を巻く。ちなみに地方で製造に手間の掛かる羊皮紙が未だ現役なのは、工場を持つ商人がその販売対象を都市部に限っているかららしい。手前勝手な考えとは思うけど、ケチケチしないでもっと普及していけばいいなと思う。


「それにしても、よくこんな庭なんてあったなぁ」


 作業を終えて立ち上がり、俺は辺りを見回す。王都の土地は高いだろうに、ここにはこうして剥き出しの土と、生えっ放しの雑草と、何の実が生るのか分からない木が一本植えられていて、尚も余裕を感じる広さがある。背の高い建物に囲まれた店に光が差し込んでいたのは、この空間が明かり取りとして機能していたからに他ならない。一応他の場所にも庭はあるけれど、それは通りに面した場所ではなく家の裏にあるのが普通で、そこからもこのお店の商売に対する本気度がうかがえる。売り物は見え方一つでその価値を変えるものだから。


「ここはね、私のお父さんの知り合いが持ってた場所なんだって。その人も私と同じようにお店を開いてたんだけど、商売が軌道に乗ってきたところで事故にあって死んじゃったんだってさ」

「え?」


 それはちょっと、縁起が悪いんじゃないだろうか。


「ま、だから買い手がつかなくて値下がりし続けて、私がどうにかこうにか買えたんだけどね!」


 縁起の悪さなんて気にしないと、サニーがお得意の笑顔を浮かべる。


「……借金して、ね!」

「世知辛い」

「それは言わないお約束!」


 オチをつけたところをアルカにツッコまれ、サニーがペロッと舌を出す。その表情は裏表なく楽しそうだった。


「でさ、ちょっと聞いてよ。それがね、私が買ったほんの少し後に買いたいって別の人が来たらしくってさ、まさに紙一重だったのよ!」

「へえ」


 奇特な人は居るもんだ。


「運が良かったんですね」

「でしょ? 買えたのは幸運、これも運命だったと思うの! 前の持ち主と私が繋がってるんだって。だからさ、私がその人の分までここでしっかりと繁盛させてあげたいなって思ってるんだ」

「なるほどねー。いいんじゃない、やれるだけ頑張れば?」

「もちろん。だから、アルカちゃんやシルクちゃんを休ませる気はあんまり無いからね!」

「げっ、お断りします」

「アルカ、私達は泊めてもらってるんだから文句言わないの」

「イヤだ面倒臭い」

「もー!」

「あははは!」


 楽しそうにしている女の子達を横目に、日の当たる場所に置いた植木鉢を見つめる。新しい場所に植えられたイチゴの苗は、ようやく落ち着く場所に収まったと喜んでくれているように見えた。


「お前もここからだ。まずは仲間を増やしていこうな?」


 爺ちゃんの代から続く結月家相伝のイチゴだ。俺が元居た世界から持ち込んだたった一つの大切な縁が、今もこうして息づいているのを見ると元気が湧いてくる。


「イサムくんは相当そのイチゴに思い入れがあるんだね」


 不意にサニーに声を掛けられ、俺は反射的にそちらを向いて返事をした。


「ああ。本当に、大切な物なんだ」

「おっ……ぁ」


 どうしてだかその言葉を聞いたサニーと、後ろの二人が戸惑ったような表情を見せる。


「あー、これはやっぱこう、ねえ。シルク」

「えぇ!? 私に振られても!」

「……あはは。こりゃ、二人共苦労するわけだ」


 語り合いしみじみと頷き合う3人のやり取りの意味が分からなくて、俺は首を傾げるしかない。


「さ、さぁ! 農業の時間が終わったのなら次は冒険の時間ですよ!」


 取り繕うようにシルクが声を張る。未だ釈然としていない俺をよそに、話は進んでいく。


「イサムさんは特に急いでお仕事をこなさないといけませんし、頑張りましょう! ね!」

「それはシルクもでしょ? お財布の中身半分切ってるとか散財し過ぎだって」

「うぐっ」

「二人共金食い通りの洗礼を受けちゃったからねぇ」

「ごめんなさい」


 さもあらん。俺とシルクは昨日、機械種のショキさんと知り合いになったことで浮かれて、帰り道で派手に集られてしまったのだ。冒険者になるためにずっと貯蓄を続けていたシルクはともかく、元より手持ちが心許無かった俺はそのほとんどを失ってしまっている。


(サニーに鑑定してもらって、買った物自体はそう悪い物ではなかったって保証してもらったけれど、迂闊に過ぎたよな)


 昨日のことは反省しきりだ。特に占いやクジなんて今の俺には無駄もいいところだ。


「ま、失った物はしょうがないよ。その分頑張って稼いで、前以上にすればいいんだって!」

「……そうだな」


 考えて落ち込みそうになったところをサニーに励まされる。彼女の言う通り、失った分は頑張って取り戻せばいい。


「ありがとう、サニー」

「どういたしまして」


 二人で笑って、互いの掌を軽く打ち合わせる。土いじりした手でも、彼女は触れることを迷わなかった。


「手を洗ってくるから、シルクとアルカは先に準備してて。そうしたらギルドに行こう」

「了解ー」

「店の前で待っていますね」


 声を掛け合い俺は手を洗うべく裏手に回る。そこは店と一体になっている居住スペース用の玄関があるところだ。その脇には水汲み用のポンプが設置してある。


「うはー、冷たい!」


 王都は上下水道も管理されていて、豊富な地下水源から汲み上げられた水は王国の管理する特別な魔法で何にでも使えるように浄水してあるらしい。これは昨日知ったことなんだがなんと、水を貯めて使える水洗トイレまである。本当にこの都市は何もかもが規格外だと思い知らされる。恐るべし王都アルトリウム。


「よし!」


 ポンプで汲み上げた冷たい水で手を洗い、ついでに顔にも水を被って気合を入れた。

 シルクの言葉通り、ここからは冒険者の時間だ。


「……うん!」


 自然と高鳴ってくる胸の鼓動を聞きながら、俺も冒険の準備をするべく玄関へと向かった。


   ※      ※      ※


 昨日の今日で訪れた冒険者の集い場――冒険者ギルドは、今日も変わらず盛況だった。


「おーい、集めた薬草はどこに持ってったらいいんだー?」

「収支計算も出来ないのかお前は! お前のせいで赤字だぞ赤字!」

「逞しくも流麗な機人のお嬢さん。これから私とお出かけなど」

「我拒绝」

「またあの糞兎湧きやがったのか! ぶっ飛ばしてやる!」

「求む! 前衛ー! 提供、後衛の魔術使いー! 助けてー!」

「最近角が生えそうで生えない」

「すまない、その悩みは共有出来ない」

「おら! とっとと報酬寄越せー!」


 どことなく荒っぽい声が多くて、王都の中でもここは雰囲気が一味違う。


「日常的に怒号が飛び交うなんてここか堕落街くらいだね」

「堕落街?」

「金食い通りからさらに外壁側にある区画のことです。名前の通りガラの悪い方が根城にしている場所で、王国法違反者等も隠れ潜んでいると言われています」

「それはあんまり近づきたくないな」

「ですね。冒険者の仕事の中にはそこに行くようなのもあるそうですし、そういうのは受けないようにしましょう」

「賛成ー、面倒なの嫌いー」


 雑談もそこそこに俺達はギルドの中でも人だかりのある場所に足を運ぶ。


「C向け! C向けの奴ないかー!」


 その板の前では、多くの冒険者達が食い入るように貼り出された紙を見つめている。


「魔物討伐! 魔物討伐!」


 ある者は目的の依頼を必死になって探し、


「おい! ここにあった魔人迷宮(セグレタ)の張り紙持ってった奴誰だ!」

「ふふっ、早い者勝ちだよ。おじちゃん!」


 ある者は当たりをつけていた依頼を奪い合う。


「肉! 肉!」

「まーたあいつに猫探しの依頼先越された!」


 それぞれに目的を持って見つめる視線に向き合うのは貼り出された大量の、そして様々な依頼達。


「昨日よりは少ないでしょうか?」

「まだ朝早くだし、これから増えるのかも」


 冒険に赴く者達のスタート地点。依頼掲示板は俺達にも等しくその威容を誇っていた。


「すいません、通ります!」

「あ、こらっ」

「はーい、どいてどいてー」

「うおっ」

「お邪魔しまーす」


 俺達はひしめき合う人の中を搔き分けて掲示板の前に立つ。背中を押されながらもぐっと堪え、依頼の紙に目を配った。


「あ、これいいんじゃないか? 薬草の採集。王都を出てすぐの所にある森だって」

「それよりこっちのが良くない? 南の平原に出た駆け足狼の討伐」

「あの、このお婆ちゃんの話し相手ってどうかな?」

「え、何。そんなのあるの?」


 うおお本当にあった。“お婆ちゃんの話し相手”報酬1万ゼニー。何でもありだな冒険者。


「はい却下。猫探しと一緒じゃん。今の私達は実入りのいいお仕事しないといけないってーの」

「あう、ごめんなさい」

「ってことで、とりあえずこれ」


 やいのやいのやっている間にアルカが一枚の依頼書を確保していた。


「下水道に湧いた根齧り鼠の討伐?」

「D~C級の冒険者推奨で報酬も討伐数一匹あたり8000ゼニ―で他のに比べて割高。地下での仕事で明かりが必要だけど、それについてはシルクとイサム、二人とも光源が使えるでしょ? ランタン持たなくていいから他の人より有利に立ち回れる」

「なるほど」

「うん」

「それに……動物相手ならイサム、遠慮しないでいいでしょ」

「う」


 どうやら見透かされていたらしい。


「小規模な盗賊の討伐とか、隣町までの商隊の護衛とか、人とぶつかりそうな依頼からは目を逸らしてたもんね?」

「………」


 図星を射抜かれ俺は黙り込む。アルカの指摘の通り、俺は人と切り結ぶ可能性がある物をなるべく目に入れないようにしていた。


「その点これなら害獣相手だし、イサムもやれるよね?」


 念押しするように問い掛けられて、俺は頷く。


「なら決まり。受付に持っていこう。いいよね、シルク?」

「うん。アルカの言ってることは間違ってないと思う。このお仕事をしよう」

「………」


 受ける仕事が決まり、俺達は依頼掲示板の前から移動する。アルカは剥ぎ取った依頼書を持って受付へと向かい、俺とシルクはそれを待つ。

 また気を遣われてしまった。何て思っていると、不意に肩に手を置かれ、シルクに声を掛けられる。


「私もまだ、それをする勇気を持ててませんから。アルカは……覚悟は決めてるかもしれないですけど、迷いがないわけじゃないと思います」

「シルク……」

「私達は私達に出来ることを頑張りましょうね」

「……ああ、そうだな」


 仕事を選ぶのは悪い事じゃない。出来ることの中から選び取る自由は、冒険者に与えられた権利だ。


「受けてきたよー」


 手際良く依頼を受付に通して来てくれたアルカと合流し、いよいよ俺達は冒険者としての初仕事に向かう。

 この選択が、その後に続く奇妙な縁に繋がるなんて、その時の俺は考えてもいなかった。


「頑張りましょう!」

「おおー!」


 今はただ、目の前の仕事を完遂することに一生懸命になっていた。


   ※      ※      ※


 暗い暗い闇の中、そいつは必死に逃げていた。


 何から?


「ひぃっ、ひぃっ! 来るな、来ないでくれ! ……ロゼ!」


 アタシからだ。


「親分(パパ)の金に手をつけたアンタが悪いんだよ。ディーン」

「ひぁぁ! やめてく……!」


 五月蠅い口を封じてやる。首をなぞるように刃を這わせ、振り抜いた。


 ビシュッ!


「カハッ!」


 喉ごと掻き切ってやったディーンは情けない声を最後に零して倒れ伏す。びしゃりと床を汚し、裏切り者らしい最期を辿った。


「ふぅ……」


 死体の掃除をする仲間が来るまで、アタシは暇になった。首に下げていたお守りを取り出し、女神(マナ)を模したそれを手慰みに弄ぶ。


「終わったか、ロゼ」

「相変わらず仕事が早いな」


 声と共にランタンの明かりが近付いてくる。


「まったくバカな奴だ。親分の金に手を出すなんてな」

「どうせ他所の集いに唆されたんだろうよ。弄ばれてるとも知らねぇでな」


 やって来た二人組の男は、ディーンの死体を前にしても日常と何も変わらない様子で黙々と仕事をし始めた。さっきまで生きていた物を手早く解体して、袋に詰め込んでいく。そこに同類への思いなんて微塵もありゃしない。


「………」


 そう、これがアタシの居る場所の常識で、日常。


「なぁロゼ。こっから帰ったら俺の部屋に来ないか? お前とは一度しっぽり話がしてぇと思って――」

「おいバカ止め……!」


 止めるのがちょっと遅い。


「五月蠅いよ」

「ひっ」


 アタシの短剣の刃が、優しくナンパ野郎の首筋を撫でる。


「そういうお楽しみはアタシじゃなくて、もっとふさわしい女とやりな?」


 動かなくなったナンパ野郎の背後を取り、内股、腰、肩を軽く掌でなぞり耳に吐息を吹きつけてやる。その間も刃は優しく首の皮を一枚切ったところで添えておく。


「あ、ああ! 悪い……!」


 謝ったから許してやることにする。でもその顔は覚えた。次に言ったら鼻を削いでやろう。


「お前本当にバカだな。ロゼに手を出して何人死ぬ目に遭ったと思ってやがる」

「うう……」

「あの親分の飼い猫だぞ? 今死ななかっただけ良かったと思えよ」


 男達のやり取りに興味はない。ただ、何かされるのは不快だったからやり返しただけ。


「面白くない」

「ひっ!?」


 おっと、必要以上に怖がらせるつもりはなかったんだけど。


「………」

「す、すまねぇ。二度とお前をナンパなんかしねぇよ」


 まぁ、結果が良ければ全て良しだ。


(……面白くないわね)


 何もかもが面白くない。仕事も、この環境も、その状況を変えられずにここまで来てしまった自分も。全て。


「んじゃ、15番水路を通っていくぞ。あそこは今、根齧り鼠が数増やして人気が減ってるからな」

「はいはい」


 仕切り屋の仲間に案内を任せて歩き出す。一仕事終えた後でもアタシの中に達成感なんてものは湧いてきやしなかった。


(何か起これ。でも、何も起こるな)


 変化が欲しかった。でも、どんな変化が欲しいのかはさっぱり分からなかった。


「あーあ、やってらんないわね」


 不満を隠さず溜息を零しながら、アタシは自分の短い髪をひと撫でした。


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