第32話
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サニーのお店の2階に厄介になることが決まって、俺達はその日の内に元居た宿を引き払い拠点を移す。宿には一週間の宿泊費を前払いしていたが、流石はトマスさん紹介の宿、実際に泊まった1日分と少しの料金を除いて残りは全額返金して貰えた。
「来てすぐだったから荷物も多くなくて良かった良かった」
「ですねぇ」
引越し作業もひと段落し、今は1階のリビングに3人集まり休憩している。まだ昼食を摂った時間からそんなに経っていない時間のはずだが、窓から差し込む光に日の傾きを感じた。
「で、この後の予定は?」
「俺は“プランター”……えっと、植木鉢を探しに行くよ」
「イチゴちゃん、早く仲間を増やせるようにしてあげたいですね」
「だな」
かなり窮屈な思いをさせてしまっている。すでに新しい芽に繋がる茎、ランナーが伸び始めているから、いい土に着地して丈夫な子株を作ってもらわないといけない。
「私、付いていってもいいですか?」
「もちろん」
シルクの提案を歓迎する。一人で歩いて財布をこの町の誘惑から守りきる自信は、未だ俺にはない。
「わたしはここでだらだらする。ようやく落ち着けるんだから3日はだらだらしたい」
「あー」
言われてそうだと得心した。アルカの言い分も最もだ。
「それじゃ、アルカはお留守番お願いね」
「はいはい、いってらっしゃーい」
テーブルに突っ伏したままのぞんざいなお見送りである。
「暇ならお店手伝ってくれてもいいんだよー」
「断る!」
「えぇー」
店から聞こえたお誘いにもNOを突きつけるアルカの強い意志を感じつつ、俺とシルクは街へ繰り出した。
※ ※ ※
昼下がりの金食い通りは月4回の祝福日なのもあって、人通りが昨日より多くなっていた。
馬車が離合出来るギリギリの幅を除いて街道には露天が立ち並び、通りの店屋も自分の軒先にお勧めの商品を陳列している。
「植木鉢なら陶芸品のお店か花屋さん辺りにあると思いますし、ゆっくり探しましょう」
「はい」
行き交う人並みに紛れ込むように俺とシルクは並んで歩く。時に露天に立ち止まり、時に見世物を遠巻きに眺めたり、移動中に食べられる串焼きの店で買い食いしたりと満喫しながら、目的の店を探して歩き続けた。
「意外とないな、花屋も陶芸品扱ってる店も」
道端で摘んで来たのであろう花を売っている男の子には出会った。その子が花屋の息子ではないかと思って聞いてみたが、首は横に振られてしまう。
「この通りにはないのかもしれませんね」
「皿や椀みたいな日用品の陶器を売ってる店ならあったんだけどな」
何でも揃うと豪語する王都の商店街も、一箇所に全部あるわけではないのだろう。
「“百貨店”みたいなところがあればいいんだけど」
「Hyakkaten?」
「ええっと、色々な売り物が一箇所に集まった大きな雑貨屋みたいなところ」
「へぇ、確かにそんなところがあれば便利ですね」
ともあれ、無い物ねだりしたところで仕方がないから大人しく足で稼ぐことにする。
そうこうして数十分、俺とシルクは歩き通してそこに辿り着く。
「イサムさん。ここが王都の中心部、アルトリウム大広場です」
王都の南西部に位置する金食い通りを通り抜けた先、多くの道が繋がったこの都市で最も広い場所。
「おわー」
この場所をどう形容すればいいだろう。大きな大きなターミナル、辺りが適切かな。
馬車も歩行者もある程度好き放題に移動しながら、それでもまだ余裕を感じる道。中央には人工の池に囲われる形で巨大なレンガ造りの塔が建造されている。ぱっと見ただけでも30m以上の高さを持ったその塔は、
「なるほど、時計塔か」
その先端に程近い場所に大きな大きな時計を四方に掲げていた。
「そういえば今朝どこかで鐘が鳴っていたけれど」
「はい、あの塔の屋上にある大きな鐘が鳴らされているんですよ。朝、昼、夕に1回ずつです」
「なるほど」
如何にも、如何にもだ。
「……登れないかな」
「登っちゃだめですよ?」
即答だった。残念。
「でも、イサムさんの気持ち分かります。あそこから見える風景はきっと、とーっても素敵だと思いますから」
「だよな」
その景色を見れるのは、鐘を鳴らす役目を負った人の特権なんだろう。少しだけ羨ましかった。
「あ」
そんな俺の気持ちを弄ぶかのように、西から一台の風の猛禽が時計塔へと飛んでいく。それはぐるりと時計塔の周りを一周してから、王都の東へと飛んでいった。
「羨ましい!」
「うふふ」
「おっと」
我慢出来ず口に出してしまっていた。
「空が飛べたらなぁ」
「魔術には棒に飛行能力を付与する術があるそうですよ」
「おお」
シルクの言葉に俄然魔術への興味が沸いてくる。
「イサムさんなら法術に限らず魔術へも手を出していいかもしれませんね」
「でも、シルクみたいな先生が居ないと何から学べばいいのかさっぱりだ」
「学校で学ばない人の中には、家庭教師を雇ったりする方も居るそうですよ」
「へぇ」
「お高いですけど」
「だよな」
そういう芸当が出来るのは、お城に仕える貴族か大店の商人くらいなものだろう。
「何より俺にはそこまで時間がないからね」
「そうです、ね。でも、イサムさんに私から教えられることってもう殆どないですよ」
「そうなのか?」
再び歩き出しながら、俺達は雑談を続ける。
「はい。法術の基本的な部分、治癒等の回復系に強振や衝撃等の攻性系、光源等の生成系に対象を強化する付与系。それらを学んだ後はそれぞれに習得したい法術を学ぶ応用の授業に入ってしまうので」
「ふむふむ」
今の俺が使えるのは治癒と強振、それにイチゴの育成に使えるかと思って学んだ光源と保護膜。彼女が基本と言った回復、攻性、生成、付与の4分類は一通り覚えてしまっている。
「ですので法術に関して私から言えるのは、ここからはイサムさんのしたいことに合わせて勉強をする必要があるということです」
「したいこと、か」
したいことと考えて、ひとつだけ思い当たるものがあった。
「自分を強化する法術について学びたいかもだ」
「付与系ですか」
「ああ」
ジルヴィス村での戦いの最中、自分の身に起こった異常事態を思い出す。
自分でも上手くコントロール出来ないほどの加速。
(あの時、間違いなく俺は自分に何かの力を付与していた。あの感覚をいつでも引き出せるようになれば、色々と役に立つに違いない)
素早さは武器だと思う。それはシルクの移動力強化の法術然りだ。
「自分を強化出来るようになれば踏ん張りも利くし、臨機応変に対応出来るようになると思うんだ」
「なるほど。実践的ですね」
俺の意見にシルクも頷き、賛成してくれる。
「それでは付与の法術を中心に今後はお手伝いさせてもらいますね。私の得意分野も治癒と付与なので、まだまだお役に立てると思います」
「よろしくお願いします」
シルク先生にはこれからも是非お世話になりたい。
「あ、それと」
「何でしょう?」
「デモン語の勉強もしたいなって」
俺は温めていたもう一つの考えも伝えることにした。
現状最も気にしないといけない国はデモン国だと思う。何しろ戦争をしている相手だし、この間はそのいざこざに巻き込まれもしたのだから。
「少しでも魔人種のことを知りたいからさ。シルクにはそっちの授業もお願いしたいんだ」
「そう、ですね」
俺の提案にシルクは思案顔を浮かべる。少しして歩く足を止めてから、彼女は俺に向き直った。
「正直に言って、イサムさんの言語習得能力はかなり高いと思います。3ヶ月前は全く話せなかったにも関わらず、今では殆ど遜色なく文字を書いたり話したりが出来る段階に入りました。特に基本を学んだ後の応用の段階からが顕著でした」
「お、おお」
授業に関しては厳しくしていたシルクに褒められてびっくりする。だが、褒めている彼女の表情は険しい。
「ですが、先日のような言い回しの失敗がある以上、まだ致命的な失敗を起こしうる可能性がないとも言い切れません」
「あ、うん」
続く言葉に頷く。頷くしかない。
「復習の必要性はイサムさんご本人がよく分かっていますよね」
「はい」
「ですので、近い内に試験をしましょう」
「試験」
「私が学園に居た頃の試験段階に合わせた問題を出題しますから、それに見事合格してください」
シルクの提案に、俺は唸った。
「そっか、試験かぁ」
高校入試を思い出す。受けた学校のレベル的にそこまで苦労しなかったとはいえ、中学3年生の時に経験した試験勉強の日々は思い出すだけでため息が出る。
「いい区切りになると思いますよ。合格すればイサムさんの自信に繋がると思います」
シルクの後押しにさらに唸る。確かにその通りだと思った。
「……“英検みたいなもんだと思えばいいのか”」
「?」
「ああごめん。ええっと、資格を得るための試験だと思えばいいよなって思ったんだ」
昔を思い出すあまり思わず日本語で呟いてしまっていた。まだ独り言を言う時に日本語が出る癖がある。それを一概に悪いとは思っていないけれど。
「そうですね。卒業試験の一つだと思ってもらえればいいです」
訂正した俺の言葉にシルクは頷き例えを合わせてくれる。
「私の教えが上手くいったかの試験にもなりますので、一緒に頑張りましょう」
「了解」
すっかりやる気になったシルクに俺も覚悟を決める。
(こんな試験さくっとクリアして、どんどん前に進もう)
ひとつずつ修めて、もっともっと沢山の事を学びたい。この世界に来てから生まれた新しい願望だ。それがひいては皆の力にもなると、俺は信じている。
「あ、イサムさん。あそこ、あそこじゃないです?」
話が一区切りついた丁度その時、シルクが広場の外れの一角を指差す。
「あ!」
確かにそこに、目的の店があった。
「花屋さんだ」
店先を彩る色とりどりの花達。見れば横長の植木鉢に植えられた物もあり、目当ての品があることを確信させる。
「行きましょう!」
「ああ!」
二人駆け出し店へと向かう。そこには俺にとって初めての出会いが待っていた。
「イラッシャイマセ」
「うおっ!?」
「きゃっ」
店の前までやって来た俺達を出迎えたのは、2m級の鉄の巨体、機械種の店員だった。
「清洁花店ヘヨウコソ」
「シン……?」
聞き慣れない音の響きに思わず固まる。それを察してか、機械種の店員が教えてくれた。
「ひゅりむ語デ“綺麗ナ花屋”トイウ意味デス」
「なるほど」
言われて店の看板を確かめれば、そこには漢字に似た文字と、その隣に説明書きのように「綺麗な花屋」とヒュリム語で書かれていた。
「じゃあ今のは……」
「ハイ。ぎあ語デス」
「おおー」
機械種との初遭遇。俺は自分の身の内がぶるりと震え上がるのを感じた。
「貴方が店主ですか?」
「イエ、店主ハ奥ニ居マス。オ呼ビシマスネ」
「お願いします」
シルクの問いかけに機械種の店員は淀みなく応対し、店の奥に居る店主を呼ぶ。声の高さ的に彼? が喋る時、口を模した部位が動いているのを確かめたが、俺はその口の中にスピーカーのような物があるのを見逃さなかった。
「はーい、いらっしゃい」
奥から出てきたのは60代くらいの老いた女性。
「ショキちゃん。お店番ありがとうねぇ」
「オ安イ御用デス」
その女性は機械種の店員を労い鋼の胴体を優しく撫でてから俺達に向き合う。
「びっくりさせちゃったかしら?」
肩を竦め、微笑む。可愛らしいおどけ方だった。
「初めて機械種の人と話しました」
「あらそう。ショキちゃんはヒュリム語の発音はちょっと慣れてないから、聞き苦しかったらごめんなさいね」
「ひゅりむ語ハ、趣味デ覚エマシタ」
俺と店主との会話もしっかり聞いていたのか、ショキと呼ばれた機械種の店員が答える。確かに、ギア語だと言った部分に比べて今この人が話しているヒュリム語は発音がぎこちない。ちょっとだけ親近感が沸く。ちょっとだけ。
「機械種はそれぞれギア国内の町にある工場で生み出され、それらを統括するオラクルという存在に生まれ持った役割とそれに見合う技能を付与されるそうです。それら持って生まれた役割以外を行うことを、彼らは趣味と呼称しています」
シルクが授業で教えてくれたことを改めて説明してくれる。こうして目の当たりにしてこそ、その説明の意味を実感する。
「じゃあお店の手伝いも趣味なんですか?」
「ハイ。ソウデスヨ」
「おおー」
今、異文化コミュニケーションをしている感がすごい。相手がヒュリム語を使ってくれているからこそ出来ているというのを差し引いても、この感動は大きい。
ショキさんはこちらの質問に淡々と答えながら、その見た目に見合ったパワーを発揮して花の配置を変えている。その様子はどことなく楽しそうな印象を受けた。
「イサムさん。本来の目的を忘れてませんか?」
「あっ」
シルクに言われて我に返る。彼女が店主を呼んでくれたのは俺のためだ。
「店主さん。お尋ねしたいんですけど」
「はいはい、なんでしょう」
「そこにあるような横長の植木鉢は売っていますか?」
緊張の瞬間。
「はい、ありますよ」
「ありますか!」
俺はついに辿り着いた。
「ちょっと待っててね」
そう言って再び店の奥に引っ込む店主のお婆ちゃん。俺は達成感に包まれてシルクを見た。
「シルク! 植木鉢あるって……」
そこで見た。
「なるほど、ショキさんは旅の途中でこの花屋に出会ってお仕事を手伝い始めたと」
「这是一个很好的工作场所」
「あ、ズルい!」
対話の法術使ってる。万が一に備えてと持ってきていた杖が有効活用されている。
「这非常有趣」
「それは何よりですね」
「我相信命运」
「ぐぬぬ」
二人の会話に入れない。この瞬間はシルクをちょっと恨んだ。
「よいしょっと、これでいいかしら?」
「あ、はい!」
そうこうしている内に持ってこられた植木鉢を受け取る。ずっしりと重い陶器のそれは、室内に置かれていたからか冬の風に冷えた手にも少しだけ温かみを感じた。
「やっとだ」
ようやく俺の手元に、農家として新しい一歩を踏み出すための道具が届いた。
※ ※ ※
これでようやくイチゴの苗を窮屈な思いから解放出来る。と、心から喜んでいると、
「何か育てているの?」
その様子が興味深かったのか店主のお婆ちゃんに尋ねられた。
「はい。大事なものです」
「そう」
俺の言葉に店主はゆっくり頷くと、エプロンのポケットからメモ帳を取り出しさらさらと筆を走らせる。そうして俺の眼前に差し出された物には、980ゼニーと値段が書かれていた。
「植木鉢のお値段ですか?」
「ええそうよ。払えるかしら?」
「はい」
俺もジャケットのポケットから小銭の入った袋を出し、980ゼニーぴったりを支払う。
「ランダ、这是打折太多了」
「え、いいんですか?」
やり取りの際にショキさんとシルクが何か言っていたが、ショキさんの言葉がギア語だったので俺には分からなかった。
「その子のこと、大切に育ててあげてね。ランダお婆ちゃんとの約束よ」
「はい」
店主、もとい、ランダさんに頷きを返す。元よりそのつもりだったが、ますます気持ちが入った。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
ランダさんにお礼を言ってからショキさんにも頭を下げる。
「色々不躾に聞いてしまってすいません」
「没问题。大丈夫デスヨ」
ショキさん、笑った?
見つめ合う俺とショキさんの隣、シルクもランダさんに挨拶している。
「よければこれからも、ちょっとずつ顔を出してもいいですか?」
「女の子が花屋に来るのは普通のことよ。遠慮しないでいらっしゃい」
「あ、ありがとうございます」
どうやらシルクにも行きつけの店が出来たようだ。まぁ、このお店には俺もこれから何回か足を運ぶことになるのだろうけど。
「良かったね」
「はい」
俺以上に異国の人と触れ合えたことを喜んでいるシルクに、今何か言うのは無粋だろうと思う。
「俺は一度帰ろうと思うけど、シルクはどうする? 対話の法術使ったんならまだお話したらどう?」
「いえ、お仕事の邪魔は出来ませんから私も帰ります」
そう思い気を利かせて先に帰ろうと声を掛けたが、シルクも弁えていたのか首を横に振った。
「それじゃあまた来ます」
「はいはい、いつでもいらっしゃいねー」
「再见」
最後に軽く挨拶をして、さらにはギア語らしい別れの言葉もショキさんからサービスしてもらいながら、俺達は花屋を後にする。
「まだちょっとドキドキしてます」
「俺も、びっくりした」
帰り道、二人して初めての降って湧いたような出会いに高揚した思いを語り合う。目的の物が手に入ったのもあって、結構な距離を歩く帰り道も苦じゃなかった。
その時の俺達は、間違いなく気分が大きくなっていた。
「そこのお兄さん! この薬草、年末年始の病気予防に効くよ!」
「おお」
「お姉さん。この魔除けの腕輪、今なら安いよ!」
「そうなんですか?」
「ククク、我がお主を占ってやろう。むむっ、お主の周りに12の輝きが視えるぞ」
「へー?」
「こっちのぬいぐるみ、贈り物にどうだい?」
「わぁ、可愛いですね」
「このクジを引いて当たりが出たら素敵な物と交換だ!」
「外れた。うーん、後一回だけ」
そう。
その時の俺達は、間違いなく気分が大きくなっていた。隙だらけになるほどに。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「おかえ……あ?」
「あー、やられちゃったかー」
「?」
サニーのお店に戻って来た時、俺の財布の中には後1枚の王札と、多少の小銭だけが入っていた。
その現実を俺がしっかりと認識したのは、晩御飯を食べて気分が落ち着いた後だった。




