第29話
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俺の見ている前で、シルクとアルカの二人が平伏していた。
この季節、石の床は冷たいだろうに彼女達は構わず手を付いて、深く頭を下げては額を地面に押し付けていた。
「い……」
冷静でいられるわけがない。
「いやいやいやいや! ちょっと待ったちょっと待った! どうしてこんなことを!?」
慌てて問いかけても、二人共全力で頭を下げたままで返事をしてくれない。
意味が分からない!
「どうされました!?」
俺の必死な声が外にも漏れていたのか背後のドアが開きエリカさんが駆け込んできた。
(……って、この状況は拙くないか!?)
絵面的に!
「あ、いえ! これは!」
「一体何が……!!」
大急ぎで振り返り止めようとしたがもう遅い。エリカさんは俺の肩越しに二人の姿を見てしまった。彼女の表情が驚きに染まる。
「そんな……"土下座”!?」
「は?」
聞き間違いだろうか。今、日本語が聞こえたような……。
「ご存じないのですか? 土下座とは、ヒュリム国内における最上級の謝罪行為ですよ!?」
「聞き間違いじゃ、ない!?」
バッチリ土下座って言ってる!?
「自らの罪を認めるだけでなく、あらゆる処罰をも受け入れるという意思を示す行為。それが土下座です! 古くは王国勃興の際、北方デモンで飼っている奴隷に隷属を示させるための行為であったとか、東方セルクで決闘の敗者が勝者への屈従を誓う際の作法であったなど諸々の文化が流入し昇華され、今の最上級の謝罪行為として完成したとも言われる伝統ある振る舞いですよ!」
「お、おお……」
慌てていても親切なエリカさんの説明に、とにかくこの世界の土下座がよく分からないけどすごい行為だというのは理解した。
「ヒュリム法的にも土下座は罰則への量刑に関わるほどの効力を持っているのですよ! イサム様、このお二方の謝罪は本物です!!」
「は、はい!」
ついさっきまでの落ち着いた彼女の印象と全く違う言動に圧倒されるまま、俺は再びシルクとアルカに向き合わされる。
「………」
このドタバタを経てなお、二人の姿勢は微塵も揺るいでいなかった。
「土下座はする側がその罪状を口にし、された側が相手の行った罪に対して処断することで成立します。その際、する側は処断が告げられるまで動くことは許されないんです」
「なるほど」
「またされた側の要求に対し、する側は基本的に拒否をすることが出来ません。何をされても、最悪命を取られても文句はありません。ってことですからね」
エリカさんの言葉に二人がびくりと震えたのが分かった。
「それだけ、今回のことを二人は悪いことしたなって思ってるってことですよ」
不意に聞こえた新しい声。
「トマスさん」
「エリカ、私達の役目はここまでです」
「はい」
トマスさんの呼びかけに、エリカさんが部屋から出ていく。
「私達は何も見ていませんので、後はどうぞ当事者の皆様でお話しください」
ドアを閉める際にそう言い残し、トマスさん達はこの場から立ち去る。そうして応接室は再び俺達3人だけの空間になった。
「………」
「………」
お互いに無言の時間がしばらく続く。
俺は彼女達に今すぐにでも顔を上げて立ち上がって欲しかったが、それをするには踏まなければいけない手順がある。
(申告された罪に対して処罰をする、ねぇ)
と、そこで気がついて。俺は口を開く。
「二人はどうして土下座してるんだ?」
俺の問いかけが意外だったのか、シルクが露骨に反応した。
「それは、その」
頭を下げたままなせいで、シルクの言葉がくぐもって聞こえる。
「イサムさんにとってこの上なくいい話を持ちかけられていたのに、私達が勝手にそれを邪魔して、外に放り出してしまったから、です」
「それをした理由だってわたし達の勝手な都合だし、イサムにとって一生を左右する大事なことだってのも分かった上でそうした」
「………」
もう気にしていない、というのは流石に嘘になる。俺の心の中には今でも「どうして?」が居座っているのだから。
(土下座する側はされる側の要求に対して拒否が出来ない。だっけか)
少しだけずるい気もしたが、その道理を利用する。
「二人が言う勝手な都合について教えてくれるか?」
「ッ!」
(あ、しまった)
二人が、特にシルクがまた体を震わせる。余程言いたくない理由があるのかと察して、俺は自分の軽はずみな行動を後悔した。
「あ、いや。言いにくいなら……」
「わ、私達がイサムさんを」
「イサムに!」
すぐさま前言撤回しようとした俺とシルクの言葉が重なり、さらにそれをアルカのハッキリとした声が打ち消す。驚き硬直した俺とシルクをよそに、アルカがそのまま言葉を続ける。
「わたし達はイサムに、冒険者になってもらいたかったんだよ」
サニーの予想は当たっていた。
「少なくともわたしはイサムは冒険者に向いてると思うし、シルクだって今は」
「アルカ、その先は私が」
言葉途中のアルカを制し、シルクが頭を下げたまま語る。
「ジルヴィス村の一件が起こる前に、私はイサムさんに冒険者になるべきじゃないと言いました。争いごとを好まないイサムさんには向いていないと、そう思ったからです。そしてそれは今も変わりません」
シルクの言葉は「でも」と続く。
「デモン兵達との一件を踏まえて、私とアルカで相談しました。その上で、イサムさんの力を頼りたい。そう結論が出たんです」
くぐもった声でも、真剣な言葉は真っ直ぐに胸に刺さった。
「私達にはイサムさんの力が必要なんです。勝手な物言いなのは分かっています。それでも、どうか私達と一緒に冒険者になってください」
それは真摯で、切なる願いだった。だが俺にとっては、その後に続いた言葉の方が強く響いた。
「一緒に居て、ください」
「あ」
シルクが泣いている。泣かせてしまった。
「うわーーーん!!」
「号泣!?」
ギャン泣きだった。
「ちょ、ちょっとシルク! 落ち着いて!」
「こ、ここでこれかー……」
「アルカ! それ顔伏せてるけど笑ってるだろ!?」
「いや、色々覚悟してたけどこれは無理だって……くふっ!」
「うあー!」
アルカ腹抱えて笑ってるしシルクは泣き崩れてしまってるし二人共土下座が完全に崩れてしまっている。最上級の謝罪はどこ行った。
「大丈夫、大丈夫だから!」
思わず俺も床に正座してシルクを宥める。こんなよく分からないこんがらがった状況になってしまったが、事態を収拾させるためにも考えていたことをちゃんと口にする。
「俺も、二人に誘われたら冒険者になるって決めてここに来たんだ」
「ふぇ?」
「シルクが言うように俺も冒険者が向いてるとはまだ思えないけど、それでも」
一呼吸置いて、はっきりと声に出す。
「俺は二人の力になりたい。だから、それが二人の望みなら俺は喜んで協力する」
「イサム……」
「イサムさん……」
「ので、そろそろ二人とちゃんと顔を合わせて話をしたいです」
そもそもが話し合い不足のすれ違い、ボタンの掛け違えだったのに、俺は彼女達に土下座なんてさせた上に涙まで流させてしまった。
(二人に恩を返すって言ってたくせにこの体たらくだ)
本当にして欲しいことに気づかずして何が恩返しだという話である。
大事なのは何が出来るのか、ではなく、何をすべきなのか、だ。
(そう、出来ないならこれから出来るようになっていけばいい。そのための努力は惜しまない)
「ほら、立って」
「はい」
「うん」
シルクとアルカの手を取り、3人一緒に立ち上がる。そして順番こそあべこべになったが、この世界の道理に従って俺は口を開いた。
「えっと、土下座に対して俺からの要求を伝えます」
「!?」
「は、はい!」
二人の顔に緊張が走る。でも、そんなに気構えなくたっていいんだ。
「要求」
俺は二人に今回の行いに対する罰を告げる。
「冒険者になるにはどうしたらいいのか分からないので、俺に教えてください」
「え、あ、はい。喜んで?」
「……それだけ?」
「それだけ」
アルカの疑いの目に対して俺は頷きを返す。
冒険者をやらせるためにしでかした行動が原因なんだから、俺が冒険者をやると決まった以上責任を持って冒険者の何たるかを二人が教えるのは妥当な線だと思う。
(そもそもが、土下座なんてするほどのことじゃないんだ)
だったら必要なのは足枷よりも、これから一緒に歩いて行くのに役に立つ下駄の方がいい。
「あの、イサムさん。トマスさんのことは……」
「こうなったからには謝らないとな。3人で」
「え」
「せっかくのお誘いだけどお断りしますって言わないとだ」
あの人達は俺達3人の揉め事に巻き込まれただけだ。誠心誠意謝れば、こんな場をわざわざ用意してくれる人達なのだから、ちゃんと許してくれるに違いない。
「あの、その」
「ははー」
この采配で話は綺麗に丸く纏まる。というのにシルクは何だかそわそわしているし、アルカは呆れたような、感心したような微妙な顔で息を吐いている。
「どうかした?」
その表情が気になって問いかければ、おずおずと二人は口を開いた。
「イサムさんが謝る必要はないのでは? 今回の件はどう考えても私達の暴走が原因ですし」
「被害者だよね。イサムも」
いざ聞き出してみて分かった二人の理屈に俺は苦笑する。
「そんなの当たり前だって。二人が暴走したその原因は俺とのすれ違いだったわけだろ? なら、俺だって当事者だ」
俺一人が被害者面して二人だけに謝らせるなんて、到底出来ることじゃない。
「俺は俺がするべきだと思ったからそうするんだ。こればっかりは二人の意見を通せないぞ?」
「……そ、か」
はっきりと言い放った俺の言葉に、二人は戸惑いながらも納得してくれたようだった。
「イサムはなんていうか、すごいね」
「どうして?」
「自覚ないならいいよ。うんうん」
今のやり取りに何かを察したらしいアルカに肩を叩かれる。
「……ありがと」
直後、何かアルカが呟いたのは聞こえたけれど、俺の耳にはハッキリとは届かなかった。
「あの、イサムさん!」
「何、シルク」
「私頑張りますから! 頑張って、イサムさんの助けになれるようになります!」
「え、いや」
「なりますから!」
「はい」
俺が二人の助けになるという話のはずが、何かがずれている気がする。これもボタンの掛け違いなのかと思っても、やる気に満ちているシルクの思いを無碍には出来なかった。
「助け合いってことだよ」
「……ああ!」
アルカの言葉で合点がいった。そういうことなら納得出来た。
(そっか、俺達これから冒険者になって、その、仲間になるんだ)
RPGなんかで目的を果たすために最後まで旅を共にする存在。仲間。その言葉が他人事ではなく自分自身に関わってくるとは思ってもいなかった。
「お互いに助け合っていく」
改めて言葉にすると、今日の話し合いに至るまでの自分がどれだけ独り善がりだったかを思い知る。俺は二人の助けになるんだと思うばっかりで、実際は自分のことばかり考えていた。開けた可能性から目を背けていたのは、俺だ。
「宿に行ったら沢山話をしよう。俺達のこれからについて」
「はい!」
シルクとアルカで食い違う俺の冒険者評についても知りたい。二人がどういう冒険をしたいと思っているのかも聞きたい。
「イサムのイチゴのお世話についても考えないとだよね」
「!」
「私達は仲間なんですから、当然です」
相手だって、俺について考えてくれている。お互いにお互いをこれからもっと知っていかないといけない。いや、知っていきたい。
一蓮托生。これから俺が背負う言葉が頭に浮かんだ。
「行こう。まずは話が纏まったってトマスさんに伝えて、謝らないとだ」
「はい」
「うん」
ようやく皆落ち着いて、俺達は応接室を後にする。店の中は静かで、トマスさんとエリカさんを残し他の従業員は帰っていた。
事の成行きを見守ってくれていたトマスさんが、お店を早めに閉めてくれていたらしい。俺達は重ね重ねお礼と謝罪を告げ、さらに俺はトマスさんに冒険者になる旨を伝えた。
「でしたらどうぞ、トマスの服屋をよろしくお願いしますね」
おどけた調子で言われた言葉に、俺達は否応もなく頷きを返す。後、それだけじゃ申し訳ないので棚にあった安めの服を俺は購入した。
「ありがとうございました。今後とも御贔屓に」
「はい」
「お金が溜まったら私も必ず買いに行きます」
「可愛いの用意しといて」
「はっはっは。もちろんですとも。皆さんもどうぞ頑張られてくださいね」
店を出る時に激励される。トマスさんのどこまでも紳士的な振る舞いに俺達はすっかりこの店のファンになっていた。
今日だけで俺は王都に贔屓のお店が二つも出来てしまった。王都には新しいものが沢山ある。そう考えて出て来たが、それは人との出会いも例外じゃなかった。
アルカ達が当たりをつけていた宿屋に泊まるのは時間的に難しいと、代わりにトマスさんにお勧めされた宿屋に向かいながら、俺は今日を振り返る。
(人、物。どれをとってもこれまで居た場所とは段違いの密度だ)
溢れんばかりの人の力の波を感じた。これがこの世界における社会だというのなら、何て強大で途方もないんだろうと思う。
「………」
手に持つリュックを強く抱きしめれば、中で植木鉢が小物と擦れる音がする。
(俺ん家のイチゴ……)
色々とギリギリで、早いところ対応しないといけない状態のそれを思っても、不思議と焦りのようなものは浮かばない。
(大丈夫。何とか出来る)
毎日様子を確かめながら世話を続けて生育の見立てがちゃんと出来ているというのもあるけど、それ以上に俺には妙な確信があった。根拠のない自信なはずなのに、何だかこれは上手く行くっていう思い。
「神様の加護だったりして」
もしそうなら改めてあの神様に感謝しよう。そして図々しくももう一つお願いするんだ。
「これからも平穏無事に過ごせますように」
「出来るわけないじゃん。わたしらこれから冒険者になるんだよ? 危険な職業危険な職業」
「心掛けは大切だよ、アルカ」
「神様にお祈りするならむしろこっちだと思うね。楽にいっぱい儲けられますように!」
「あー、なるほど」
「もー」
3人で笑いながらまた歩き出す。宿の看板が見えた。
(明日から俺は、冒険者になる)
大変だろうとは思うけれど、俺の心は不思議と高揚していた。
※ ※ ※
翌日、俺達は王都内にある冒険者ギルドへと足を運んだ。
「これは、すごいな」
人の集まり方がおかしい。ここに市場でもあるのかってくらいの盛況ぶりで、大きな建物であるギルドハウスの二つ並んだ両開きの扉がひっきりなしに開いたり閉じたりし続けている。
「おい、急ぐぞ!」
「待ってよー!」
「だー、重たかったー!」
「お酒欲しいよぉ!」
「うるせぇ!」
「冒険仲間募集中ー! 誰か助けてー!」
「ヒャッホー!」
「美しき耳尻尾のお嬢さんこれから私とお出かけなど」
「すまにゃいけど顔面モフモフはお断りにゃ!」
「いざ行かん北の遺跡!」
「あ、剣忘れた」
「はぁ!?」
「依頼料これっぽちかぁー」
ちょっと耳を傾けるだけで聞こえてくる彼らの日常の声。剣や鎧といった物々しい装備から杖にローブの実に魔法使いらしい格好の人まで、さらには人間種に限らず獣人種や機械種等の他種族の姿もあるそこは、
「あああ……!」
「だよね」
「だよな」
シルクがうっとりするほどの無国籍地帯だった。
「イサムさんイサムさん! 行きましょう!」
テンションが上がりきったシルクに腕を掴まれ引っ張られていく。そんな俺らの姿もこの場所では大したことではないのか、多少人の目を引き付けただけで悪目立ちするようなこともなかった。
「よかったじゃんシルク」
引き摺られる俺の後に続くアルカの呟いた言葉の意味に気がついて、俺も心が温かくなる。
(ここじゃシルクだって、普通の女の子だ)
背が高い程度じゃ、個性にはならないのだ。
「あそこが受付ですよ!」
無邪気にはしゃぐシルクを見ながら、俺とアルカは顔を見合わせ、そこから俺もしっかりとした足取りで歩き出す。
「いらっしゃいませ。当ギルドにどういったご用件でしょうか?」
受付の向かいに座る女性に笑顔で迎えられる。彼女の問いかけに対して俺達3人は声を揃えてこう言った。
「冒険者になりに来ました!」
王都に着いて二日目。俺達は冒険者になった。




