第28話
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築二十年は経っているのだろう。サニーが王都に構えた店、サニー商店の開かれた扉の向こうからは、微かに古錆びた香りがした。
「木箱は適当に置いてくれたらもう十分だから」
「いや、きちんと最後まで手伝わせて欲しいかな」
「そう? 悪いね」
抱えた木箱の置き所をサニーに確認しながら、俺は店の中へと足を踏み入れる。店内には細工物や武器、書物に加工品の菓子等のジャンルを問わない様々な商品が所狭しと並べられている。トマスさんの店に比べると雑多な印象を受けるが、それがまた実に雑貨屋らしく感じられて悪い気はしなかった。
「木箱はこっちの倉庫部屋の中ならどこに置いてくれても大丈夫だから、そこまでお願いね」
「了解」
指示された倉庫の中に木箱を運び込む。倉庫には店に並んでいる品以上に色々な物が、それこそ雑多と呼ぶにふさわしく置かれていた。
「よっと」
他の商品に気をつけながら木箱を置く。サニーも一つ抱えていたが、それは倉庫ではなくカウンターの裏に降ろされていた。
「お疲れ様。ありがとうー、助かっちゃった」
「どういたしまして」
店内に戻ってきた俺をサニーが労ってくれた。彼女のカラッとした笑顔を見ると、手伝った甲斐もある。
「お礼にお茶とクッキーくらいは出すからさ、ゆっくりしてってよ」
「ああいや、俺は……」
元よりそういった席を外してここに来ているのだと伝えようとしたが、少し前の出来事が頭をよぎりその言葉は出てこなかった。
(今戻っても、参加出来るかどうかは分からないか)
であれば、サニーのせっかくのお誘いを断るのも悪い気がして。
「了解、ありがたく頂戴するよ」
「うんうん! じゃ、こっちに来て!」
案内されるままにカウンターの奥の部屋へと歩みを進めた。
「へぇ、こんな感じなのか」
扉のない部屋の境をくぐった先は、キッチンとリビングが一体になった空間だった。オープンキッチンに木製の棚、同じく木製のテーブルと椅子がきっちりと配置されていて、まだ人が住み始めてすぐの真新しさをそこらじゅうから感じた。
「一人暮らしするにはちょっと広いんだけどね。お店開くのにいい物件がここしかなくて」
「ああそうだ。お店を開くって言ってたの、目的をちゃんと達成出来たんだな。おめでとうございます」
「……えへへ、ありがとう!」
キッチン側に立つサニーが、ポットを置いて何か操作している。ピッピと音がした後、何かの駆動する音が聞こえ始めた。
「んん?」
気になって覗き込む。俺の目に入ったのは黒いプレートと、その上に描かれた白い円の内側に置かれているポットだけ。響く駆動音はプレートの下から聞こえているようで、どうやらそこで何らかの機械が稼働しポットを温めているらしい。
「え?」
その仕組みに俺は心当たりがあった。火を使わずに電気だったか磁力だったかの力で物を温める機械。
「……電磁調理器」
別名……IH調理器。
「どうしたの?」
「これ、もしかして電気で温めてるのか?」
「そうだよ。ちゃんと道具を選ばないと酷いことになるけど、火を使わないでいいから便利なのよね」
うわ、本当にIH調理器だ!
「え、嘘。家にもなかったのに……」
「王都は結構これを使ってるところ多いよ。まぁでも、ここと四都市以外は電化も全然進んでないし、驚くかもね」
「なんてこった」
実家の設備、ファンタジーな異世界に敗北する。
「すごい田舎の出身だったよね? だったらしょうがないしょうがない!」
「うぐっ」
彼女の言葉に悪意はないと分かっていても、今は微妙に刺さってくる!
(キュリオス村や途中の町の宿屋で過ごしてる限り、物語小説に出てくるようなファンタジー感たっぷりだったのに!)
魔法もあるのに電化製品もあるなんて、あの神様はやりたい放題じゃないか。
「興味あるならもっと見てみる?」
「是非に」
切り替える。あるなら遠慮なく活用するべきだし、順応するべきだ。便利万歳機械種万歳。
「まずこれが起動と停止のためのスイッチで、こっちが……」
「ふむふむ」
説明してくれるサニーの背後に立ち、使い方を学ぶ。いつだったか雄介の家で見た奴と多少配置が違うようだけれど、その使い勝手は元の世界のそれと大差なさそうだった。
「……ふふふ」
説明の途中、不意にサニーが笑う。どうしたんだろうと彼女の顔を覗き込もうとしたら、アルカよりも小柄な体がくるりとこちらに向いて。
「この距離感は私的にとてもドキドキするね」
「!?」
「あはは! 続きを説明しようー」
驚いた俺を笑い、すぐに元の態勢に戻って説明を再開するサニー。対して俺は、言われてみればと自覚して妙にそわそわしてしまう。そんな俺の様子を見ずとも分かっているのか、サニーはこの後の説明中ずっと笑っていた。
※ ※ ※
「使い方の一通りはこんなところね……っと、ちょうどいい!」
調理器の使い方を習得したところでポットが鳴き、お湯の完成を知らせる。
「よーし、それじゃお茶を出すから席に着いてて」
「はい」
指示に従い椅子に腰掛け待つ。ほどなくして紅茶の香り漂うカップを二つとクッキーを載せた盆を手にサニーがやって来て、向かいの椅子に座った。クッキーはトマスさんのところで出された物と同じだった。
「これ、自分へのご褒美で買ったちょっと高いところの奴なの。食べるなら心して食べるように」
そう言うサニーはクッキーを一つ摘むと、特に躊躇なくパクッと食べてしまう。
「ありがとう」
俺も一つを手に取って口に運ぶ。さっき同じ物を食べたはずなのに、不思議と違う味がした。
「お茶は、もっと合うお茶がありそう。研究が必要かな」
「それなら、薬草を使ったものとかどうかな?」
「あ、なーるほど。いいかも。今度探してみる」
落ち着いた空間に二人だけでのお茶会。トマスさんには悪いけど、俺にはこっちの方が合っている気がする。
「お兄さんはどうしてここに?」
一息ついたところで、サニーにそう切り出された。俺はここに来た理由、経緯、さっきまでのやり取りをひとつひとつ語って聞かせる。
「なるほどなるほど。世界を知るべくはるばる王都までやって来たお兄さんは、農業を本格的に始めるまでの繋ぎとして就職先を探していた。それが運良く見つかった矢先に、旅の仲間から会談の席を追い出されてしまった、と」
俺の事情を手短に要約したサニーは数回うんうんと頷いてみせてから、くりっとした目を見開いて俺を見て、当然の問いを口にした。
「何で追い出されたの?」
「それが俺にもさっぱりなんだ……」
同じ疑問を持ってくれた人が出来た。それだけでも多少心が浮かばれた。
「普通に考えたら何も口を挟む場面じゃないよね、それ」
「そのはず、なんだけど。二人にも何か理由がある様子だったんだよな」
「うーん」
一緒になって首を捻る。元より二人の近くに居る自分で分からないことなのだから、サニーにしてみればもっと分からないに違いない。
「あ」
「え?」
「分かったかも」
そういうわけでもないらしい。
「教えてくれるか?」
「いいよ。あくまで推測だけど」
推測でもいい。煮詰まっている俺の頭では進めないこの状態に光明が欲しかった。
「その前に、話に出てるシルクとアルカって子は、王都には冒険者になるために来たんだよね?」
「シルクが異国の人と交流する機会が欲しいからって理由だな」
「じゃあ何がどうあってもその子は冒険者になるしかないわけよね」
「? うん」
それが何だっていうんだろう。
「察するに、その子はお兄さんにも冒険者になって欲しいんじゃないかなって思うのよ。私的には、ね」
「……へー」
「あれ? あんまりピンとこない感じ?」
「まぁ、そうだな」
それを考えなかったわけじゃない。でも、それはないと思う。
『実際はとっても難しいと思いますよ』
『……イサムさんはのんびり、自分の生活を少しずつ豊かにする方がいいですよ』
キュリオス村でのシルクの言葉を思い出す。
(あの時のシルクの言葉は、嘘偽りのない本心からの言葉だったし、俺もそうだと思った)
冒険者に向かないというのは自他共に認めるところだ。それはシルクも同じだけれど、彼女には夢がある。彼女は頑張っている。
(デモン兵達との戦いなんていう大立ち回りを実際にやってみたからこそ分かる。俺に出来ることはこそこそと逃げ回ったり、小賢しく立ち回って、無茶して、そこに運が大きく味方してようやく何とか出来るくらいのものでしかない)
あのアルカですら命を諦めるほどの状況になったという。そんな世界で俺に出来ることなんてたかが知れている。
「俺じゃ荒事に対してそこまで力になれないだろうし、実際その人からも俺は農家してた方がいいって言われてるんだ」
「そうなんだ? ううーん」
自分の考えが外れたからか、サニーはまたうんうんと唸り始めた。
「王都に来た理由は見聞を広げるためと、もう一つ。俺なりに彼女達の役に立てればって思ってのことではあるんだけどな」
荷物番とか。
「むむむ」
「だからまぁ、その二人に就職の道を妨害されるなんて思ってなかったから、悲しいやら空しいやら」
「よしよーし」
雑に頭を撫でられた。お兄さん呼びといいこの動作といい、サニーが自分よりひとつ年上だということが抜け落ちそうになる。
「うーん。真相は本人達に聞いてみるのが一番、かな」
「やっぱりそうか」
ちょっと怖いけれど、勇気の出しどころか。
「大事なのはさ」
「うん?」
「もしお兄さんが冒険者になって欲しいってお願いされたとして、お兄さんがどうしたいかだと思うよ」
「俺がどうしたいか、か」
サニーの予想が当たっていたとして、二人に求められたとして、俺は冒険者になるのか否か。
(役に立てるとは思わない。それでも、それを差し引いても俺を求めてくれているってことなら……)
「……答えは決まってる感じだね」
どうやら顔に出ていたらしい。
「多分、どこかでボタンの掛け違えみたいなのが起こってるんだと思うんだよね。どちらかの考え方がずれてるんじゃないかな?」
「そうかな?」
もしそうだとして、あの二人に気を揉ませていたんだったら、謝らないといけないな。
「ち、な、み、に」
「?」
「当店ではただ今従業員を募集しています。業務内容は力仕事や店番等、未経験者大歓迎。福利厚生は良心的をモットーに、寝床と賄いも保証!」
サニーが両手を広げて胸を張り、労働条件を謡い上げる。
「冒険者にならないなら私がお兄さんを雇うよ。お兄さんなら、信頼出来るからね」
それはとてもありがたい申し出だった。でも、
「……トマスさんのお店が第一候補ってことで」
「そこは義理と人情で何とか」
「ご近所付き合い程度なら」
「いけず!」
むしろこれは、先に提案してくださったトマスさんへの義理と人情です。
「ま、いーけどね」
流石サニー、切り替えが早い。
「それもさ、結局のところ冒険者になるんなら話が変わってくるだろうしね。兎にも角にも一度話してみたらどうかな?」
「そうする」
自分の将来について自分なりに考えていたつもりだったけれど、そこに誰かが関わって来ているとは考えてもいなかった。
(でも、冒険者か)
やはりというか、ここまで言われてもまだ、自分に向いているとは思えない。そこも踏まえてというのなら、その辺りもしっかりと話さないといけないのだろう。
「お兄さん達のボタンの掛け違えが解消されることを祈ってるよ」
「ありがとう」
思ったより長居してしまった気がする。俺は席を立ち、話を聞いてくれたサニーに精一杯の誠意を送る。
「どう転んだとしても、ご贔屓にさせてもらいます」
嘘にするつもりはない。すべてはこれからの行いで示していく。まずは身の回りの物をこのお店で買い揃えるところから。
「ぜひとも! サニー商店をよろしく!」
わざわざ立ち上がって手を振り俺を送り出してくれるサニーは、心からの、太陽みたいに明るい笑顔だった。
※ ※ ※
「やっぱり長居だったか」
俺が路地を抜け金食い通りに戻る頃には日も傾いていて、通りに並ぶレンガ造りの家々から降りる影は深くなっていた。それでも人の流れは途絶えることなくその色を変えるだけで、俺に王都に存在する人々の厚みを感じさせる。
「シルク達の話は終わってるだろうし、早く戻らないとな」
彼女達が俺を追い出した理由について、ちゃんと話を聞かないといけない。それでもし、サニーが言った通りボタンの掛け違えのようなすれ違いがあったのなら、それを正してお互いに悔いの残らない答えを見つけたい。それに、
「もしも本当に、二人が俺に冒険者になって欲しいと望んでいたのなら。その時は慣れない事だろうとやってやるさ」
そうはっきりと口に出来るくらいには、俺にとって二人がこれまでにくれた物は大きい。
(でもそうなるとイチゴの栽培ってどうやったら両立出来るんだ? 農業って安定第一だぞ?)
……この辺りの現実的な問題については、追々考えていこう。悩むにしたってまだ早い気がする。
「とにかく、まずは会って話さないとだ」
勝手に出てきてしまったから、心配させてしまっているかもしれない。トマスの服屋の看板が見えた時、自然と俺の足は早くなっていた。
「ただいま戻りまし……」
「あ、イサム様! お戻りになられましたか!」
店内に入った俺を迎えたのは、慌てた様子のエリカさんだった。
「どうしました?」
ただならぬ気配を感じて顔を引き締めた俺に、エリカさんはハッとした表情を浮かべた後何か言葉を選ぶ間を取ってから、改めて口を開く。
「ああ、えっとその、こちらで少々お待ちをー」
「え、あ、はい」
何かとんでもない言葉が飛び出てくるのかと思ったが、彼女の口から出たのはゆるい口調と店内に置かれた椅子への誘導だった。拍子抜けした俺は言われるがままに椅子に腰掛け首を傾げる。それを確かめたエリカさんはすぐに店の奥へと引っ込み、見えなくなってしまった。
「えっと……」
想定外の状況にそわそわしてしまう。が、待つ時間は思ったよりも短かった。
「大丈夫です。どうぞ」
戻ってきたエリカさんに呼ばれ、俺は席を立ちさっき追い出された応接室の前へと向かう。
「イサムさん」
と、そこで奥から現れたトマスさんに呼び止められた。
「え、あれ?」
てっきり部屋の中に居ると思っていたから面食らう。立ち止まった俺にトマスさんは近づくと、肩に手を置いて語りかけてきた。
「どうか驚かないで、ちゃんとお二人の話を聞いてあげて下さいね」
「!?」
この短時間でどれだけ揺さぶられれば気が済むのか。まるで俺の考えを読んでいたかのようなトマスさんの言葉に目が開く。
「今日その部屋は貸切ですから、私達のことはお気になさらず。それでは」
言うべきことは言ったとばかりにトマスさんは俺の元を離れ、本来の業務に戻っていく。去り方まで渋い人だった。
「………」
改めて応接室の前に立つ。トマスさんの口ぶりからして二人共この部屋に居るのは間違いない。
(大丈夫。ちゃんと話をする)
まずは勝手に外をうろついたことを謝ろう。居辛さがあったとはいえ一人で出歩くなと言われていたのに、それをあっさりと破ってしまった。
(それから、どうして俺を部屋から出したのか。それを聞く)
トマスさんなら事情を知っているかもしれないが、それこそ俺達の事情に部屋まで貸してくれた彼をこれ以上巻き込んじゃいけないと思う。事が進めば俺は彼の誘いを断ることになるかもしれないのだから。
「すぅー、はぁー」
ゆっくりと深呼吸してから、俺は扉をノックする。
「俺だよ。シルク、アルカ」
口にしてから少し待ち、俺は「入るね」と断ってから扉を開けた。
「二人共、いきなり居なくなってごめ……」
頭を下げて部屋に入ってから、後ろ手に扉を閉じる。だが、俺の視線は上を向かなかった。
向ける必要がなかった。
「へ?」
視線の先に二人が居た。床に正座して、手を前に付いて、深く頭を下げていた。
「イサムさん」
「イサム」
二人の声が揃う。
「ごめんなさい!」
「は、えええ!?」
それはそれは、見事なまでの土下座だった。




