第30話
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王国歴222年、竜と人間の月6日。
「これが冒険者の証……!」
俺は職業冒険者になった。
(高校を卒業する前に就職してしまった)
考えてみればとんでもない進路変更じゃないだろうか。学業を修めるでもなく、実家の農家を継ぐでもなく、異世界で冒険稼業だなんて。
俺の手の中にある冒険者の証を見る。青銅色でトランプのカードくらいのサイズのそれには、英語でいうところのDの文字に当たるヒュリム語が大きく刻まれており、申請時に登録された冒険者番号等の識別情報が書き込まれている。
「D級冒険者、ね」
「申請したその日に貰えるお手軽身分証明証、なんちゃって冒険者の証。D級冒険者の証~」
俺の隣でカードを掲げ日の光に照らしながら、癖のある長髪を揺らしアルカが言う。
「この世界のどこよりも簡単に手に入る身分証明書、なんても言われてるんだよねコレ」
「へー」
自分の冒険者番号を見る。そこには100万に程近い数字が刻まれていた。つまり、俺の前にそれだけの数の冒険者が誕生したということだ。この証を持っていることで身分が保障され、通常の生活でもギルドと提携している店舗からの優待を受けられる他、就職活動や関所の検閲での身分証明にも活用出来るとなれば、まず持っていたいと思わせる優れ物である。俺も入国前に欲しかった。
「てっとり早く自分の身を立てるって意味では最良の選択肢だと思うよ。最も、なったからって無条件に使い放題ってわけじゃないけどね」
「だな」
受付の女性から聞いた説明の中には、ギルド員であり続けるために年会費の支払いが必要だって話があった。登録した日を基準に一年で10万ゼニー、ギルドに支払う義務をこのカードの所持者は負う。キュリオス村に居た頃に見た、ジョアンさんが小作人の皆に配っていた給金は月8万ゼニー。一家が一か月倹約しつつもそれなりの生活するために大体7万ゼニー程度は必要とするだろうから、この支払金額は決して安い物ではないのだと分かる。
「年会費が払えなければ権利停止の上に払えなかった分がそのままギルドへの借金だからね。利子がないのが救いだけどさ」
「これも商売ってことなんだろうな」
「どっちかっていうと世間に舐められないための対策だとか、適性を量るための“ふるい”なんだと思う」
「なるほど」
命を賭けることもある仕事なのだから当然とも言えるか。
「ここでとりあえずの自分の身を立ててから本命のところに就職して、そっちの方で身分証明を作って貰えたらギルドを退会するなんてこともざららしいよ。その場合でも退会した年での支払い義務は発生してるけど」
冒険者ギルドは各国に支店があるそうだが、冒険者になれるのはここ王都のギルドだけなんだそうな。そうやって情報の分散を防ぎ、お手軽身分証明を管理しているんだろう。もしかしたらこれを餌に王都に人材を集めているのかもしれない、っていうのは深読みし過ぎだろうか。
「それもあってかD級だと冒険者として見てくれないところも多くて、支援内容もD級相手だけ質を落とした物になったりとかもあるんだってさー」
「なるほどなぁ。っていうか、アルカはそういう情報をいつどこで仕入れてるんだ?」
「適当に」
「適当……」
淡々とした口調に対して得意げな顔と力強いサムズアップ。普段のらりくらりとしてるくせにアルカはこういう所が抜け目ない。
「一つ上のC級になるにはギルドでいくらか仕事をこなせばいいみたいだよ。基準としては年会費を冒険者としての仕事で支払うくらい?」
「猫探しの依頼で成功報酬1万ゼニーだったっけ? それを10回こなせば……」
意外と早く達成出来るか? なんて浮かべた甘い考えが通るわけもなく。
「わたし達3人だと報酬も割られるから30回、そんなに猫探しの仕事があるわけないよねー」
「うぐ」
現実的な数字と共に粉砕されてしまった。
「万年人材募集中の兵士隊と一緒に町の警邏のお仕事とか、特定の動物を狩って素材集めて売ったりとか、商隊の護衛に薬草採取、町の掃除に魔物退治、やろうと思えばピンからキリまで仕事はあるわけだからさ」
俺の前に立って、アルカが頷いてみせる。
「適当にやってこうよ。色々と折り合いつけながらさ」
「……そうだな」
彼女の言うことは最もだ。焦らないで一歩ずつやっていけばいい。
「とりあえずは……あれをいい加減起こそう」
アルカの視線が、ここからやや離れた一点を見つめる。
「ふー」
ギルド前の階段の隅っこ、人通りを避けたところに腰掛けているのは背の高い人間種の女性。俺達の仲間、シルクだ。
「はー」
手にしたD級冒険者の証を持ち上げたり降ろしたりを繰り返しながら、かれこれ10分以上幸せそうな表情でうっとりとし続けている。
「冒険者になったのがよっぽど嬉しかったんだろうね」
「なんたって、シルクにとっちゃ憧れの舞台だもんな」
国境を越え、人種を問わず沢山の人々と交流することを求めていた彼女にとって、世界を股に掛ける冒険者はまさに天職だ。例え今回手に入れたものが申請するだけで手に入る仮免許のようなものだとしても、夢に向かって確かな一歩を踏み出した実感が湧き上がっているんだろう。舞い上がるのも無理ないと思う。
「でもまぁ、そろそろ戻ってきてもらおうか」
これから俺達には行くところがある。いつまでもボーっとしているわけにはいかない。
「シルク」
「うふふ……ふあ!?」
正面から堂々と視界を遮るようにして声を掛けたにもかかわらず、シルクは不意打ちでも食らったかのように声を上げた。
「い、イイイサムさん!?」
「そろそろ行こう」
「は、はい!」
見事な狼狽えっぷりである。さらには慌てて立ち上がるものだから、通り過ぎる人がびっくりしていた。
シルクを連れてアルカと合流。俺は二人を先導して街中を歩き始める。
「あの、イサムさん」
「何だ?」
「私達はこれからどこへ行くのでしょう?」
歩きながらの問いかけに、俺は歩みを続けながら答える。
「ほら、昨日の話に出てきた、行商で村にも来てたサニーの雑貨屋に行くんだよ。俺のこれ、アルカの予備借りてるだけだからさ」
腰に携えた剣を示す。キュリオス村から王都までの道中一度も使う機会はなかったが、万が一に備えて俺が借り受けていた武器だ。ジルヴィス村の一件で使わせていただいたハトラ先生の長剣は、事態が落ち着いた時点で返却済みである。
「荷物運び手伝った時に剣があるのも見たから、まずはそこで色々と見せてもらおうと思ってさ」
「買い物に行くとは聞いてたけど、最初がその店なんだ?」
にゅっと割り込んで来たアルカの問いかけにも頷く。
「昨日、色々とお世話になったからね。そのお礼を言うためにも顔を見せたいんだ」
「昨日……」
流石に昨日の今日で自分達のやったことを思い出してしまうのか、二人共にバツの悪い顔をする。こんな状態も買い物をして少しは紛れてくれればいいなと、心から願った。
※ ※ ※
「へー」
「わぁ……!」
店内に入った二人は、視界一面に所狭しと並べられた商品の数に圧倒された様子だった。
「いらっしゃいませー! いつもニコニコお日様のいる店、サニー商店へようこそ!」
「あ、お邪魔してます!」
店主の登場に驚きつつも挨拶を返すシルクと、商品棚を真剣に見つめたまま何の反応も返さないアルカ。
「おっ。お兄さんいらっしゃーい」
「こんにちは」
遅れて入って来た俺に気づいたサニーは、もうすっかり打ち解けた様子で手を振ってくれた。挨拶しながら俺も手を振り返すと、彼女はちらりと二人を見てから俺の傍までやって来る。
「彼女達が例の?」
「そうそう」
「……なるほどねー」
「?」
「両手に花じゃない? どっちが本命?」
「そういうんじゃないよ。どっちも俺の大事な恩人なんだ」
「ほほー」
「イサムさん?」
ひそひそ話をしているのが気になったのか、シルクも近づいてきた。
「あなたは……あっ!」
アルカより小さなサニーとシルクが並ぶと比率的に子供と大人のようにも見えてしまうな。なんて考えてる俺をよそに、顔を上げ視線をシルクに重ねたサニーが早速それに気がついた。
「その髪留め! そっかそっか、ってことはあなたがシルクちゃん」
「え、あ、はい。あ、そっか」
言われてシルクも気がついたのか、髪留めに手を添えてそっとそれを撫でる。
「いやぁ似合ってるよ! しかも大事に使ってくれてるんだね。傷一つない!」
「あはは。はい」
「そんな風に大事にしてもらって、私も売った甲斐があるってもんだよ。私サニー・エコノミエ。この店の店長なの。よろしくね」
「よろしくお願いします。シルク・フェイトです」
サニーの差し出した手をシルクが掴んだ。
「フェイトってことは鍛冶屋さんところの?」
「そうです。よくご存じですね」
「まぁね。あなたのお父さんに砥石買ってもらったんだー」
「そうだったんですか」
「あはは、もっと気楽な喋り方でいいよ。遠慮しないで、ね、ね?」
「は、はいぃ」
ぐいぐいと距離を詰めていくサニーに、こういう場面で遠慮しがちなシルクの心の壁がパリンと破壊されていく。俺が破るのに躊躇したそれはサニーには通じなかった。案外シルクも彼女のやり方を見習った方が、今後のためかもしれない。
「この子がシルクちゃんなら、そっちがアルカちゃん?」
「んー」
さっきから商品棚の一か所をずっと見つめているアルカは、サニーの声掛けにも微妙な反応を返す。
「あー、そこの商品? それはね……」
相手の反応が鈍いと見るや否や、スイッチを商人モードに切り替え商品の説明を開始するサニー。アルカが興味を持った品についてテキパキと説明をしながら、それがどれだけいい物なのかとアピールし始めていた。
「なるほど、悪くないね」
「でしょでしょ? 今ならなんとお値段、これくらいで……」
アルカにだけ見えるようにサニーが指を動かしている。
「!?」
それを見ていたアルカの表情が変わり、次の瞬間。
「買った」
「毎度あり!」
あっという間に商談が成立してしまった。商品棚に置いてあった小瓶がサニーの手ずからアルカに渡される。何を買ったのか非常に気になるところだが……
「ふっふっふ、他にも面白い商品はあるかね店長~?」
「くっくっく、当然。まだまだ色々ございますよお客様~」
何だか二人が怪しい笑みを浮かべているし、聞かないでおこう。っていうかこっちが見てることに気づいてるなあれ。
楽しそうにしている二人は放っておいて、俺も自分の用事を済ますことにする。
「さて」
店の角に置いてある金物の大きな樽に、何本もの剣が鞘に入った状態で突っ込まれている。鞘の部分にラベリングがしてあり、店主に聞かなくても値段が分かるようになっていた。
「へぇ、親切」
試しに一本手に取ってみる。ずっしりとした重さを感じるそれは、アルカから借りていた剣よりもいくらか重量があるようだ。
「サニー、抜いても大丈夫?」
「大丈夫ー。でもぶんぶん振り回さないでね」
「了解」
店主の了承を得て鞘から刃を抜き放つ。よく磨かれた刀身は、窓から差し込む光を浴びて鏡面のように俺の顔を映し出す。
「ふわ……」
思わず声が出た。
「へぇ、手入れしたの店長?」
これにはアルカも驚いたようで、会話を止めて隣にいるサニーにたまらず問いかけていた。対してサニーは堂々と胸を張っている。
「打ち直したりとかはそりゃ出来ないけど、商品を良く見せるための努力なら惜しまないよ」
商人の鑑だ。
「これ、いいな」
その思いに俺も打たれてしまったのか、購買意欲がムクムクと湧き上がってくる。
「どれどれ、お値段はっと……」
鞘に貼ってある値札を確かめる。
「う、2万5000ゼニー」
自分の財布を検める。王札が一枚、二枚……買えはする。が、結構な痛手だ。
(もうちょっと安価な奴は……)
とりあえず剣を元の場所に戻し、他の剣を持ち上げ値段を確かめていく。
「お、これ。8000ゼニー」
「ああ、ダメダメ。ちゃんと使う目的ならこれは売れないよ」
「おわっ」
突如割って入ってきたサニーに掴んだ剣を戻されてしまう。
「今のは刃を潰してある訓練用の剣なんだから、そんな物を実戦で使って命を落とされでもしたらうちの評判ガタ落ちするし売れません」
「はい」
安い物には安いだけの理由があった。
「実戦でちゃんと使い物になる奴は、最低でも1万5000は覚悟してもらわないと! 常識だよ、常識!」
「ご、ごめんなさい」
思いっきり怒られてしまった。
「ってことで、お勧めはこれかこれ」
「え?」
落ち込んでいるほんの僅かな時間にサニーが剣を見繕ってくれていた。
「軽くて使い易いのがこっち、ちょっと重いけど威力が出易いのがこっち。どっちも2万と少しだけど、今回は就職祝いで1万8000ゼニーで売ってあげる!」
「おお、太っ腹」
「いいんですか?」
「へへ、お金払いの良さそうなお客様を二人も連れて来てくれたしね。それも含めてだよ」
「! あ、じゃあその。そこのハンカチ買うね」
「毎度あり!」
見ていてなんだか、サニーの術中に見事に嵌められているような気がしなくもない。でも、
「ならこっちのちょっと重いけど威力が出易い方で」
「はーい! ありがと、お兄さん! お兄さんだったら重さはすぐに慣れると思うよ」
(お日様の笑顔だ)
この笑顔も含めて、彼女の商いには誠実さと温かさを感じているから。
(その笑顔に踊らされるのも悪くはない、よな)
ちょっと照れ臭くなって視線を上げたら、ふとある物が目に留まった。
「あれも、長剣?」
樽の中に纏めて置いてあるんじゃなく、棚の一段にひっそりと捧げられるように置かれた一振りの長剣。商品棚の中にあるからには商品なのだろうけど、今触れた剣とは何か雰囲気のようなものが違う気がした。
「お。あれに目を付けるとは中々だね」
俺の指摘に含みのあるにんまりとした笑顔を浮かべて、サニーが棚の中から長剣を取る。
「これは一品物で、その名も魔剣“皮剥ぎ”」
「ひぇっ」
紹介と共に鞘から抜き放たれ見せられた刀身は鈍く光っているように見え、名前と相まってぞくりと寒気を呼び起こした。
「その名の通り、どんなに硬い皮に覆われた怪物相手だろうとずるりとそれを剥いでしまえるほどに鋭い切れ味を持った、鋭刃と頑強の魔術が付与された剣だよ」
紹介するサニーの雰囲気満点の笑顔も恐ろしい。
「これ、何らかの魔術が付与されているのは間違いありません」
「うわぁ」
シルクが効果に太鼓判を押した。
「ちなみにお値段150万ゼニー」
「ひゃ……!?」
とんでもない品はお値段もとんでもなかった。俺もシルクも目が点になる。
「まぁこれはさ。お店の看板みたいなもので、売るために置いてある品じゃないんだよね」
「お店の宣伝、評判のための品ってこと?」
「その通り! ここ路地に入ったところにあるからさ、見世物の一つも置いてないと足を運んで貰えないでしょ?」
「だねー」
値段に唯一驚かなかったアルカが話を進め、ついでに魔剣を借りて軽くひと振りする。
フォンッ
聞き慣れた剣が空気を断つ音とは違った、どこか不思議な音がする。魔剣独特の物なのだと後で教えてもらった。
「ん、ありがと」
「どういたしまして」
アルカから魔剣を受け取り、サニーが元の棚に飾り直す。
「ベテランの冒険者になって来ると、この辺の剣にも普通に手が届くようになるんだよ」
「そうなのか。すごいな冒険者って」
剣一つ満足に買えない俺とはまさしく雲泥の差がある。
「その冒険者に、お兄さんもなったんでしょ?」
「……あ」
直接言われて、俺はようやくサニーに冒険者になったことをまだ伝えていないことに気がついた。
「残念。これでお兄さんにお店手伝ってもらう計画はとん挫してしまったかー」
「ごめん」
ちゃんと伝えていなかったことも込みで謝った俺に、サニーはまた明るい笑顔を見せる。
「いいのいいの! これからもこの店をご贔屓に。私の店もあと少しで冒険者ギルドとの商業加盟店になるから色々お安く売るよ!」
「はっ!? やられた、さっきの薬」
「あっはっは。別に冒険者割引でもいいよ」
「大丈夫。今さら面倒臭いし……」
「今欲しいと思ったから買ったんだもんね」
「上客過ぎるぞシルクちゃん、アルカちゃん!」
「で、雇うってどういうことなんです?」
「え」
「その辺詳しく」
「えー?」
(もう仲良くなってる)
女の子同士打ち解けるのも早かったか。それともこれも、サニーの信用のなせる業だろうか。いずれにしても、シルクもアルカも気落ちした状態からはすっかり元気になってくれたみたいだ。
「………」
俺はこれから自分の相棒になる剣を見つめ、考える。
(戦うんだな。自分のために)
これで本当の意味で俺は武器を手に入れることになる。戦うための自分専用の道具。誰かを殺める可能性もある道具だ。
「道具の善し悪しは使い方で決まる。だったっけ」
元の世界のどこかで聞いた言葉を思い出す。俺はこの剣で、出来る限り自分にとって、そして誰かにとって善いことをしようと心がける。
時に誰かに頼りながら、誰かに頼られながら。冒険をこなしていく。これはその手伝いをしてくれる道具なのだと自分に言い聞かせる。
と、その時だった。
「あ」
ピコンと閃いた。
「サニー」
「何? その剣のお支払い?」
「それもあるけど……ひとつ頼みたいことがあるんだ」
「うん?」
ちゃんと話を聞こうと俺の正面に向き合ってくれたサニーに、俺は閃いたことを提案する。
「俺が冒険に出ている間、俺の育てているイチゴの世話をお願い出来ないか?」
「うん……うん?」
突拍子もない俺の提案にサニーは反射的に頷いた後、かくんと首を傾げるのだった。




