第23話
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緩やかに秋が終わりに向かい、冬を招く門である女神と人間の月もあと数日で終わりを告げるといった頃。私は自室で荷物の整理をしていた。
「歯ブラシ、手拭い……」
私、ことシルク・フェイトは近日中にキュリオス村を出て王都アルトリウムを目指す。その目的は、自分の夢を叶えるため。
「なるぞ。冒険者!」
準備完了したリュックの蓋を閉じ、むんっと気合いを入れるまま手をぎゅっと握りグーを作る。
「……えへへ。冒険者かぁ」
ついに、だ。考えると自然と表情が緩む。
私にとって冒険者は、自分の夢を叶えるための手段だ。私の夢、世界各国の色々な人と交流して仲良くなる、それを行うのに最も適した職業こそがこの仕事だと確信している。
「いよいよだなぁ」
荷物整理の最終確認も終わらせて、私はベッドに腰掛けこれまでのことに想いを馳せる。
夢の始まりであるハトラ先生の私塾で知った、世界にはヒュリム国以外にも沢山の国があるという話。
王都の学園に入学し、法術と世界史を中心に勉強しながら各国の文化について調べる中新しいことを知るたびに、本の知識が本当かどうかや、実際にこの目に見たらどうなるんだろうと想像しては楽しんだ。憧れはどんどん強くなった。
育つ夢と一緒にぐんぐんと伸びていく背丈も、異国の別種族の人の中にあれば目立たなくなるかもしれない、なんて縋るような想像も少しした。
世界を視野に入れるなんて田舎のポッと出娘が抱くには大きすぎる夢だったけれど、だからこそ2年掛けて対話の法術を習得出来た時は、自分はそうしていいんだ、世界に触れて回る切符を手に入れられたんだって本当に喜んではしゃぎ回った。アルカには「普段でっかいのを気にして大人しく努めてる子がいきなり腕を振り回して暴れるとか、正直ビビるよね」とか言われちゃったけど、それくらい嬉しかったんだから許して欲しい。
「ふふっ」
当時のことを思い出してつい嬉しくなってしまい、私はベッドに寝転がる。手紙で背が高くなったと伝えたら、帰るまでにこっそりお父さんが作ってくれていた特製の大きなベッドで寝られるのも、あと少しだ。冒険者の宿のベッドは背の高い種族のお客様でも寝られるようにって、大きめに作ってあるそうだし、そっちも楽しみ。
「冒険者、冒険者」
私がこの職業について知ったのは、学園に入って2年目のこと。園外実習でその姿を見たのが最初だった。これまでも多分目には入っていたんだろうけど、明確にそういうお仕事があると学んだのはその瞬間だった。私はそこで驚くべき光景を目にしたのだ。
その光景とは、二人の人間種と精霊種のエルフ族、獣人種の兎人族がひと固まりで楽しそうに話をしている姿だった。何かの冒険の始まりなのか帰りなのか、冒険者ギルドの近くを歩いている彼らは4人共楽しそうにしていて、肩を組んだり笑い合ったりしていた。学園の中にも異国から来た他種族の生徒は居たけれど、その特異性はむしろ奇異や特別視といったあまり私の好ましくない視線の中にあって、ただでさえ背が高く変な目立ち方をしている自分が交流を持つことは出来ないでいた。だからこそ、自然体で仲良くしている彼らの姿は私の夢に描いていた理想の姿に見えた。
学園に戻って調べてみると、冒険者について色々と知ることが出来た。冒険者はヒュリム国が生み出した職業だけれど、今の時代その活躍に国境はないも同然となっている。他国で起こる様々な問題にも首を突っ込み、自ら危険に挑む者としての実力を遺憾なく発揮し続けた彼らは今や、世界の何でも屋さんなのだとか。つまり、冒険者となって活躍の幅を広げていけば、自然と世界各国にその行動範囲は広がっていき、多くの人々と交流を持つことになる。そう、図書館の本に書いてあった。
天啓だと思った。私はこの職業になるべきだと思った。そして今、ようやく。
「あとは冒険者ギルドに行って、登録するだけ」
ここまで来た。ここまで来れた。
「そう、私の冒険はここからだ!」
ベッドの上で拳を突き上げ、高らかに宣言する。
「あ……」
そこまでやって、今のノリをつい最近も目にしたことを思い出した。それは大きな大きな騒動の直前、彼と話した時のことだ。
「あ、あー」
彼について考えが向いた瞬間、私の中からカッと熱いものがこみ上げてくるのを感じる。月並みな物語に書かれているような、ありきたりで、分かり易い感情。自分の胸の内でそれが、心の臓を素早く鼓動させている。
「イサムさん」
相手の名前を口にすれば、鼓動が熱を全身に巡らせた。特に頭が熱くって、きっと今の私の顔は赤い。
「~~~!」
枕で顔を隠して足をバタバタさせる。お父さん製作の自慢のベッドが軋んで音を立てていた。
※ ※ ※
「はふぅ……」
落ち着いたところで枕を放り、私は天井を見つめる。そこにここにはいない彼の顔を思い描く。
イサムさんと出会ったのはかれこれ3ヶ月弱は昔、学園を卒業した私とアルカがたまたま王都で会った農家のジョアンさんと一緒に、キュリオス村へと帰る道の途中だった。
私服に剣なんていうふざけた見た目と裏腹にやたらと強い強盗に私達は襲われ、ジョアンさんは馬車から転げ落ち気を失い、私は足を怪我させられまともに動けなくされるという突然の窮地に見舞われた。そこに彼は突如として現れ、強盗の放った魔術から私とアルカを身を呈してかばってくれたのだ。支えにしていた杖はあの時吹き飛ばされてしまったけれど、私達は彼のおかげで炎に巻かれて苦しまずに済んだ。
その後も彼は、あの時は言葉も通じなかったのに一生懸命こっちの意図を汲み取ってくれて、ジョアンさんを救助してくれただけじゃなく私達を助けるためにわざわざ戻ってきてくれた。後々知った話だと、イサムさんにそこまでの義侠心があったわけではなかったということだけど、少なくとも彼が強盗に立ち向かって体当たりを仕掛けたあの振る舞いは、彼の中の勇気が導いた行いだったと私は思っている。
落ち着いて話をしようという段階で、未知の言語を話す彼に私の対話の法術が正しく作用したのは僥倖だった。おかげで私は彼と知り合えたし、初めて近しい距離で触れられた異国の存在に、自分の力が通じたことの喜びと達成感が一気に沸き上がって満たされた。それに何よりその時の彼の私を見る目が、よく向けられる奇異の視線でも畏怖の視線でもなかったのが嬉しかった。彼にとっての私は珍しい巨人みたいな背の女なんかじゃなく、自然に振舞う人の範疇にあるんだなって思えたら、何だかほっとしたのを覚えている。
イサムさんはどういう生き方をして来たらそうなるのか、良識を持っていたけれど常識を知らなかった。村の子供でも知っている知識を持ち合わせていないどころか、魔人種の中でも代表的な種族のひとつであるゴイール族を相手に、鳥か何かから派生した怪物であるかのような認識をしてたりもして、もしかしたら人間種にそっくりな精霊種なんじゃないかと思ったりもした。違ったけど。
「でも」
多くを知らなかったイサムさんは学ぶことに真面目で、私の言葉に真剣に耳を傾けながら自分で考え、咀嚼し、理解を深めていった。その姿は彼に教える立場になった私が一番近くで一番長く見ていたからよく理解している。彼は必死だった。一生懸命だった。
「きっと故郷を出て来たのにもわけがあるんだろうなぁ」
イサムさんは自分のことを旅人だと言っていた。でもきっと、普通の旅人じゃないんだと思う。彼は身ひとつに植物の苗を植えた植木鉢一つだけしか持っていなかった。ゼニーもまったく持ってなかったし、もっと言えばお金についての知識も中途半端だった。年齢は私と同じ15歳だと言っていたのに、それまでゼニーに触れてこなかったなんて考えられるだろうか。
彼の人となりについて考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
「本当に、不思議な人だなぁ」
交流を求めていた私の元に現れた、未知と不思議と非常識の塊。それがイサムさんだ。そんな彼に対して私は初め、純粋な好奇心や世俗を知らない彼を助けるといった使命感、危機から助けてくれたことへの感謝の気持ちで向き合っていたはずなのに、気づけば今やそれらをすべて塗り替える勢いで彼自身に夢中になっている。
今は純粋に彼のことが知りたい。彼の好みが知りたい。彼に好かれるものになりたい。彼に好かれたい。そんなことばかり考えていて、それは彼について知れば知るほどに深まっていく欲求だった。
「ふぅー……」
寝返りを打つ。後ろ髪を纏めていた髪留めがかちゃりと音を立てて外れた。彼がくれたプレゼント、最近は知らず知らずに触れる癖が付いてきた。
「………」
思い起こす間、ちょっとだけ持っていよう。
「……ふふっ」
学び始めてからのイサムさんの成長は目覚ましかった。教えた知識はちゃんと吸収し活用して、彼の中で形にしていった。家に帰ってからもちゃんと復習しているみたいで、翌日には分からなかった部分を聞いてきたりもした。教師もいいかもしれないなんて思うくらい、彼には教え甲斐があった。
「あれに関してだけは、怒ったけど」
法術の基礎を習得してから、彼は何度か限界まで精神を追い込んだ。マテリアルを枯渇させることはあまりよろしくないと伝えたにも拘らず、だ。どういう意図があったのかは分からないけれど、命を悪戯に傷つけちゃいけないと思う。今は反省してそういった無理はしていないようで安心した。と、いうか。
「法術覚えるの、すごく早かった」
魔法は感性だと、法術科の教師が言っていた。強いイメージとそれを形にしたいと望む心がなければ成立しないのだと。理屈や理論だけでは成り立ないこの部分が魔法の不安定なところであり、在野に魔法が広がらない理由であり、才覚であると言われている部分だ。すぐに出来るようになる人もいれば、いつまで経っても出来ない人だっている。それが原因で学園を去った人だっているくらいだ。
イサムさんは前者だった。私から指導を受けた後、彼は数日の内に治癒の法術を行使してみせた。これまでに魔法を使った経験なんてなかったはずなのに。それについて私の教え方が上手いなんて自惚れる気はない。彼が練習を経て、短期間でコツを掴み、自分で習得したんだ。
「イサムさん、魔法使いの資質本当に持ってるかもしれない」
この世界の人類は3種類いる。己の力をイメージした時、女神マナを視る者と、破壊神ケイオスを視る者。そして、龍の巫女を視る者。女神マナを視る人のマテリアルは魔術に適しており、破壊神ケイオスを視る人のマテリアルは法術に適している。そんな中、龍の巫女を視る人はそのいずれも行使する力に適していると言われており、人間種の偉大なる勇者、建国王アルト一世も龍の巫女を視る者だったとか。
「……ううーん」
でも、そこまで考えて私は首を傾げる。世に語られる数多の天才達に比べると、彼には足りない物がある。それはマテリアルの総量だ。魔術であればマナの量、法術であればケイオスの量が、術を行使する上で重要になる。真の天才であればマテリアルの量もまた多いはずだが、簡単に精神衰弱状態に陥る彼のそれは、残念ながら多いとはいえない。もっとも、龍の巫女を視る人は総じてマテリアルの量が少ないとも言われていて、魔法を行使するとすぐに体調を崩してしまうから、むしろ魔法から離れた道に行きやすいと聞いている。見る限り、イサムさんもその枠を出ていないと私は思う。治癒の法術の使用回数が増えているのは、術の習熟による消費の軽減が起こっているだけでしかない。
「………」
それでも、彼にもしかしたらを空想するのは。あの習得の早さと努力の姿勢から、いずれ彼が建国王とも肩を並べる姿を夢想するのは。
「恋、かぁ」
色眼鏡を掛けてしまった自分の身勝手な期待に他ならない。
「あー……! ひゃー……!」
言葉にしてしまって私は再びバタバタと暴れ回る。ぎゅっと握り締めた髪留めの指触りが心地良くて妙に気分が高揚する。
「でも」
今日まで何度も至った結論に今回も辿り着く。
「イサムさん。ここで農家になるよね」
彼自身が言っていた。冒険者は自分には合わないと。私もそう思ったし、そうするべきだとあの時確かに口にした。
イサムさんは優しく、良識的な人柄をしている。荒事を好まないし、彼自身が農業という仕事に誇りと愛着を持っているのはジョアンさんを手伝っている姿を見れば一目瞭然だ。そんな彼を荒事と、時に命のやり取りを必要とする冒険者への道へ進ませることには抵抗があった。私だって荒事は苦手だけど、それ以上に叶えたい夢があるからこそこの道を選んだし、それ決めるまで長い時間を必要とした。
彼は学園の法術科の生徒としても、武術科の生徒としても、今なら一定の成績を認められるくらいには術技に拓けた感はある。きっと村の一員として過ごすのであれば、この間のデモン兵の襲撃くらいの理不尽が起きない限り、平穏無事に難事を乗り越えていけるだけの力は備わったんじゃないだろうか。イサムさんのことだから、これからも一生懸命研鑽を積むだろうし、そうであるなら尚の事盤石だと思う。
そんな彼のこれからの平穏を奪っていいのだろうか。というよりそもそも、私が誘ったとして彼は付いて来てくれるのだろうか。
「ああ……」
どうしてあの時私は素直に冒険者になると伝えて、イサムさんも一緒に来ませんかと誘えなかったのか。まだあそこで伝えきれていたなら、彼にも熟考に値する問いかけになったかもしれないのに。私は未だ、彼に出立の予定すら伝えきれていない。明日明後日に出ると決めているくせに、だ。
「辛い」
己の未熟さと、自信のなさが呪わしい。願いも想いもハッキリしてるのに、それを口に出すことが恐ろしくて出来やしない。私は臆病者だった。
いっそこのまま彼に何も告げずに旅立つことこそが最高の判断なんじゃないかとすら思えてきた。私のような存在に好かれても彼は困惑するだけに違いない。私なんかより、そう、それこそカトリちゃんのような積極的な子の方が、彼とは相性がいいんじゃないだろうか。
「……汚いなぁ、私」
彼女がフられるところを見たくせに、こんなことを考えてしまっている。それで少しだけホッとしてしまっている。卑しい。
気分が一気に落ち込んでいく。彼のことを考えただけで、私の心はあっさりと安定からほど遠い世界へと迷い込んでしまう。
「お邪魔しまーす。って、この子はまーた塞ぎ込んでる」
そんな時、というか、今回も。不意に部屋の扉が開いて彼女が現れた。
「アルカ?」
「よく分かんないけど自虐禁止。自分を苛めない」
ベッドの上で落ち込んでいる。ただそれだけでアルカは色々と理解して、私の心に響く言葉を選んでくれる。彼女の察しの良さは本当にすごい。
「どうしたの?」
私は自分の中に生まれかけたもやもやを抑え込み、体を起こす。来るとは聞いていたけれど、予定の時間にはまだ早かった。アルカが時間に遅れることは多くても時間より先に来るなんて珍しくて、私はきょとんとした目を彼女に向けた。
アルカはテーブルを挟んで向かいの位置にある椅子に腰かけて、私を見て口を開く。
「とりあえず相談っていうか提案なんだけどさ」
「うん」
「イサムを冒険者にしよう」
「うん、うん?」
「イサムを冒険者にして、このまま鍛え上げよう」
「………」
理解するまでの少しの間、私の思考は凍結した。
「え、ええーー!?」
解凍された私の口からは、驚きの色に染まった大声が出ていた。




