↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
22/39

第22話

●

 ジルヴィス村に到着した町の兵士隊は、カトリの案内もあり迷わず教会へとやって来た。相手が8人組だったという前情報から兵士隊の編成は15人の大人数で、リーダーのオルコ含む5名のデモン兵達の内3名が既に無力化されていたのもあり、兵士隊はデモン兵達に抵抗らしい抵抗もさせず瞬く間に確保を完了した。自らの策で部下を犠牲にしてまで攻勢に回っていたオルコの、策士策に溺れるとも言うべき結末だった。

 村の人的被害は0人に抑えられ、襲撃の規模に対して主だった被害が村門と家1軒の破壊と、家畜の餌となる藁を貯蔵している倉1軒が燃え落ちただけで済んだのは奇跡だと、兵士隊の隊長が言っていた。


「この結果を生んだのは君達のおかげだ。ありがとう」


 村長さんにそう言われ、俺達は疲弊しきった顔を見合わせ笑い合う。そしてそれを境に、皆一斉にバタバタと地面に倒れ込んでしまった。長時間、それも格上を相手取り立ち回った俺達に、余剰の体力なんて一欠片も残っていなかったのだ。


 そうして意識を失った俺達はジルヴィス村の人達に運ばれ村長の家の客間に寝かせてもらい、翌日目を覚ました後も手厚く介抱された。起きた時には様子を見に来てくれたジョアンさんが居て、一緒に来てくれたらしいリューイさんを通じて、事の次第はキュリオス村にも伝わっているのだと聞いた。


「頑張ってくれてありがとう。無事で良かった」


 寝起きに事情を聞かせてくれたジョアンさんの締めの言葉は、ひと眠りして落ち着いた心にじっくりと染み込んできて、温かかった。何より自分が生き延びたことを喜んでくれたのが、思っていた以上に嬉しかった。


 この世界の人達は、日々が死と隣り合わせであることをただ受け入れているだけじゃなく、同時に日々生きていることを心から喜ぶことだって出来る人達なんだと、この時になってようやく俺は知る。それが「だから」なのか「であるにも拘らず」なのかは分からなくても、ただただ俺の居た世界よりも命が軽んじられているだけじゃないと思えたことに、俺はすごく安心することが出来た。


「イサム様~~!!」

「ぐぇっ」


 俺が目覚めたと知ってカトリが部屋に飛び込んでくる。ベッドの上で動きの鈍い俺に容赦なく彼女のタックルが決まり、俺は呻き声をあげた。締め付けが痛い。この娘思ったより力ある。


「え、イサムさん?」

「何々、どういうこと?」


 隣とそのまた隣のベッドに寝ていたシルクとアルカが事情が分からないといった顔でこっちを見ていた。


「貴方が無事で本当に良かったわ! 私もう心配で心配で……!」

「へー、そういう……」

「イサムさん?」


 カトリの言葉から何かをお察しして下さったのか、二人の周囲の温度が冷え込んでいく。


「二人共! 正直俺にも何が何やら分からなくて……!」

「まぁ、頑張ってね~」

「知りません!」


 俺の弁明も聞かないで、二人はそっぽを向いて布団を被り直してしまった。決して不真面目にやってたつもりはないけれど、弁明しようがない状況に俺は天井を仰いだ。

 そしてそれから2時間後。キュリオス村に戻るその前に。


「気持ちはありがたいけどお付き合いは出来ません。ごめんなさい」

「いーーーやーーーーーー!!」


 俺はカトリに深く頭を下げ、誠心誠意お断りした。彼女は目の前でがくりと膝を折り地に手をついて、悲しみを全身で表現していた。


「本当にごめんなさい」


 もう一度謝罪の言葉を口にする。俺にはそうすることしか出来なかった。


 どういうわけだが彼女は俺に運命を感じて好意を持ってくれたらしい。そしてその感情は本物で、本気の本気で俺にぶつかってくれていた。昨晩見た灰被りの姿じゃないカトリは見違えるほど愛らしい姿になっていて、驚いたし戸惑ったけど、さっき抱きしめてもらった時は正直に言うと嬉しくもあった。でも、


「俺は君と一緒には居られない」


 そう、心が言っていて。俺の知らないところで俺の心が何かを決めていて。俺は彼女の告白を断っていた。


「………」


 少しだけ、思う。もしも自分が何も知らない来てすぐの頃に彼女と出会って、彼女から沢山のことを学んでいたら。そして今と同じように彼女が俺に運命を感じてくれていたのなら。

 俺の返事は違っていたのかもしれない。


「ううー」

「元気出して、カトリ」

「そうそう、恋はまた出来るって」


 成り行きを見守っていたカトリの友達が、くずおれてしまった彼女を両脇から支えて立ち上がらせる。


「イサム様」


 顔をあげたカトリと目が合って、彼女が本気で俺のことが好きなんだなってそれだけで伝わって、だから。


「ありがとう、ごめん」


 俺は感謝と、3回目の謝罪の言葉を口にした。目を逸らしたりはしなかった。


「……はい。どうか、お幸せに」


 しばらくの沈黙の後、カトリは泣き顔のままゆっくりと微笑んでくれた。


(……きっと俺は)


 彼女を好きになれたんだろう。


「ううー」

「ほら泣かない泣かない」

「それじゃ、さようなら」


 俺は人生で初めて告白されて、そして人生で初めてその思いを打ち砕いた。


「……本当に良かったんですか?」

「はい」

「カトリいい子だよ?」

「知ってる」

「ああ、若いな」


 待っててくれたシルク達と合流し帰途に就く。アルカには少しだけからかわれたけど、皆すぐに気にしないようにしてくれた。俺はジョアンさんの荷馬車の後ろで、今後どうするかについて考え始めていた。

 帰り際に見た森は、思った以上に葉っぱを落とし冬がもう来ていることを示していた。


   ※      ※      ※


 色々と疲れたジルヴィス村での大立ち回りから3日経った。


「うーーん……」


 居候させてもらっている部屋のベッドの上で、俺はかれこれ30分くらいうんうんと唸っていた。

 視線の先にはイチゴの苗が植えられた植木鉢。毎日ちゃんと世話をしたからすくすくと育ってきている。だから悩んでいる。


「間違いなくそろそろなんだよなぁ」

「何が?」


 いつの間にやらジョルジュが俺の部屋に来ていて、背中にドスンと圧し掛かってきた。彼とはもうすっかり仲良しだ。


「イチゴ?」

「そう、イチゴ」


 俺が元居た世界から持ってきた唯一の品。この世界ではあまり一般的ではない物らしく、説明をしてみたら珍しい物を見る顔をされた。あるとしてもヒュリム国の南西、大森林に覆われた精霊種達の国、アストル国くらいだとか。おかげで俺の実家はヒュリム国の南西にあるアストル国に程近いど田舎村ということになったが、これはまぁごまかすのに便利な情報を教えてもらった気がする。越後のちりめん問屋みたいな。


「それ、いつ花を咲かせるの?」

「春。今はつるを伸ばして苗を増やす時期になるよ」

「へー」


 そう、これからこのイチゴは仲間を増やす時期になる。そのためにはこの苗をどこかに植えないといけない。


「植木鉢じゃ小さくない?」

「その通り」


 ジョルジュの指摘の通り、一つの植木鉢で栽培するのには限界が来た。より横長のプランターや、それこそどこかの畑に植える時期がもうすぐに来てしまう。むしろ少し遅いくらいだ。


「じゃあじゃあ、パパの畑に植えさせてもらおうよ! 僕にイチゴの花を見せてよ!」

「うーん」

「……どうしたの?」


 怪訝そうなジョルジュの声が耳に入ってくる。彼の質問は俺の今の悩みとダイレクトに繋がっていた。


「実は俺、悩んでるんだ」

「みたいだね」

「このままここに居ていいのかって」

「え?」


 圧し掛かったまま肩から垂れ下げられていたジョルジュの腕が、緩やかに俺の首へ巻きついた。


「何で? パパのお仕事手伝ってるんだし、このまま本当のお仕事にすればいいでしょ?」

「小作人もひとつの道だよな」


 きっと頼めば、ジョアンさんは俺を正式に雇ってくれるだろう。デヴィーさんを始めとした小作人の皆も今なら快く受け入れてくれる。その中で畑の一部をお借りしてイチゴを育て、増やし、出来た物を出荷し売り上げにして、いずれは小作人を辞めて自分の畑を持つことも出来るかもしれない。その時には雇用問題とか諸々ありそうだけど、その点ジョアンさんも、いずれは畑の経営を受け継ぐだろうジョルジュも信頼出来る。


「そうだよ。なればいいでしょう?」

「うーーん」

「イサムは何で悩んでるのさ?」

「それは……」


 俺はしばらく考えたあと、ここで生活を続けていて思った正直な気持ちを口に出した。


「王都に興味があるんだ」

「え?」

「俺は世間を知らない。世界を知らない。だから、知りたいし、触れてみたい。そんな風にも今、思ってる」


 王都アルトリウム。シルクから聞いた話ではこの世界のほぼど真ん中に位置する場所で、ヒュリム国建国の地であり、世界で一番栄えている場所らしい。他国との交易で栄えたその場所ではこの世界に存在する物で手に入らない物はなく、六賢種の中でも幻とされる巨人種を除いたすべての人類を日常的に見ることが出来るのだそうな。


「俺はここに来て、皆に色々なことを教えてもらって、沢山のことを学ぶことが出来た。きっと生きて行く上で最低限のことは出来るようになったんじゃないかって思う」


「まだイサムのヒュリム語は変に訛ってるよ!」


 日本語訛りです。


「それに王都に行けば、このイチゴの苗の植え付けが出来る横長の植木鉢だって手に入るだろうし」

「だからそれはパパの畑に……」

「見たことのない物がきっといっぱいあるんだろうなって、俺の知らないことがもっと沢山」

「それを知ってどうするの?」

「……どうするんだろう?」

「別にいいって、わざわざ行かなくてもさ」

「かもしれないよなー」


 だからずっと、迷ってる。悩んでるわけで。


「……いいじゃん。行かなくて」

「え?」


 耳元に聞こえた小さな呟きに俺が反応を返した、その次の瞬間。


「イサムここにいればいいじゃん! バカーーーーーー!!」

「!?!?」


 鼓膜が破れそうなくらいの大声を聞いた。ジョルジュが俺の肩を思い切り突き飛ばし、ベッドから飛び退いて駆け去っていく。


「っつー……」


 耳鳴りに頭を押さえながら俺は開け放たれたままのドアを見つめ、目を細め、小さく唇を噛んだ。


「はぁ」


 ベッドに仰向けに倒れる。頭の上の方にある植木鉢を抱え、胸の上に置いた。


「どうしようかな……はぁ」


 ジョルジュの大声を思い出し、俺はもう一度深くため息をついた。


   ※      ※      ※


 誰かの手で開けっぱなしのドアがノックされた時、俺はすやすやと眠っていた。


「んん?」

「起こしてしまってごめんなさい、私です」


 音に気付いて目を覚ました俺のそばに近づいてきたのは、いつもの私服を身に纏ったシルクだった。彼女はやや緊張した面持ちでベッドの傍に立ち、ちらりと椅子の方を見る。


「どうぞ」

「はい」


 俺の言葉でようやく椅子に腰かける彼女を見て、英検三級の面接試験を思い出す。座っていいですと言われるまで座れない奴だ。シルクならそんなの気にしなくてもいいのに。


「実はイサムさんに大事なお話がありまして」

「大事な?」


 これは、寝起きに聞いていい話だろうか。


「ちょっと待って、顔を洗ってくる」

「あ、はい」


 とりあえず席を立ち顔を洗う。服がヨレヨレになってしまっていたが、素材的には元々固めだし気にしなくていいだろうと適当に整えた。


「お待たせ」

「いえいえ」


 この部屋に椅子は一つしかないのでベッドに腰かける。シルクの方を見ると彼女は緊張を解そうとしているのか深呼吸していた。どうやら今から話す話題は本当に大切な物らしいと感じて、俺も居住まいを正す。

 互いに準備が出来たところで、シルクが口を開いた。


「話というのは、私とアルカのことなんですけど」

「うん」

「実は……」


 核心部分を語る前に、シルクの口は重い。俺は静かに待ち続け、相手の目を見続ける。


「近い内、それも明日か明後日には村を出ようと思っているんです」

「え、は?」


 ようやく彼女の口から紡がれた言葉は、聞きに回っていた俺の耳を滑っていった。


「え、何だって?」

「王都に出て、そっちで生活しようと思っています」

「王都に?」


 寝耳に水だった。俺はてっきり二人共この村で生活していくものだと思っていたから、その言葉をにわかには信じられなかった。


「え、何で?」

「それは、私の夢が関わってくるんです」


 夢。シルクの夢といえば、


「ああ。そうか」


 いつだったか、将来なりたいものは決めていると言っていた。それと彼女がこれからやろうとしていることを考えれば、おのずと答えは導き出せた。


「冒険者になるんだな」

「はい」


 冒険者は何でも屋。色々な仕事があって、色々な場所に行く。その職種上冒険者ギルドの支店はヒュリム国に限らず他の国にもあると言うし、そこここで依頼をこなす機会にも恵まれている。それはつまり異国の人と触れ合う機会も大幅に増えるということだから、


「色々な人と話して仲良くなりたい。シルクの夢に一番近い仕事なわけだ」

「はい」


 あの時言い淀んだのは、直前に俺が冒険者は自分に向かないとか口にしてしまったからかと察する。


「アルカは?」

「アルカは元々身軽な身分を求めていたから、私と一緒に冒険者になると言ってくれていて……」

「なるほど」


 もちろんそれだけじゃないだろうというのは容易に想像出来たけれど、口には出さずにおく。


「そっか」

「はい……」


 この村から彼女達がいなくなる。唐突に告げられた事実は心に重く受け止められた。

 ここでの生活を支えてくれたジョアンさん一家はもちろんのこと、シルクとアルカにも同じくらい、もしかしたらそれ以上に俺はお世話になっている。彼女達が俺に戦う術と、世界について教えてくれた。今日まで親身になってくれたことにはどれだけ感謝してもし足りないくらいだ。


「……」


 降りる沈黙に、俺は静かに驚いた。どうしてだか、寂しくなるなって言葉が思いはすれども口から出ていかなかった。俺の視線はシルクを真っ直ぐに見つめていて、俺の口は何も声に出さずに相手の言葉を待っているようだった。


「あの」


 待っていた言葉は彼女の口から届けられた。


「イサムさんにも、一緒に来て欲しいんです」

「あ……」


 言われるまで、俺は自分の気持ちに辿り着いていなかった。そして答えを得たことで、ここ数日のやり取りの全部を理解した。


「どう、でしょう?」


 カトリの告白を断った理由、ジョルジュが怒った理由、俺の口から寂しいと言えなかった理由。そのすべてがそこにあった。


「あの、今のイサムさんは一般常識を必要なだけ学んだとは言いますが、やっぱりまだ色々な不具合があって……」


 俺は外の世界を見てみたくなったんだ。そうしたいと、そうするんだと心の向きがもう定まってたんだ。


「出来る限り私がそばに……補助出来れば…………」


 だから村に留まることになる選択肢がピンと来なくなってしまっていたんだ。ジョルジュが怒ったのは、それに気づいたからだ。


「それに……行けばイサムさんの身分も……」


 居ればいいなんて大声で言ってたけど、それは叶わないって、分かってしまったんだな。彼は俺が気づいてないことに気づいてたんだ。


「……ですし。その、どうでしょう?」

「俺、ジョルジュに謝ってくるよ」

「え?」

「ありがとう、シルク!」


 立ち上がり駆け出す。家の中には居ない。なら、ジョルジュはきっとあそこにいる。

 外に出る。昼過ぎの空が微かに赤く染まり始めていた。


「え、え? ええ!? イサムさん!! ま、待って。待って下さいー!」


 俺は全速力で走り、村長の家を左に曲がる。村から出て森に入り、あの場所を目指した。

 はたして、ジョルジュはそこに居た。


「ジョルジュ!」 

「イサム!?」


 俺が声をかけると、座り込んでいたジョルジュは慌てて立ち上がり顔を腕でゴシゴシとした。腕を離した後に見えた彼の顔は怒り顔だった。


「何だよ!」


 俺はジョルジュを抱きしめた。


「!?」

「ごめん!」


 全力で抱きしめ、全力で謝る。じたばたとジョルジュが暴れているけど構わず俺は抱きしめ続けた。


「なんだよう、なんだよう……」


 背中をポカポカと叩かれるが、その力は次第に弱まっていく。遂には止まって、代わりにジョルジュの泣き声が聞こえてきた。


「ばーか、ばーか」


 涙声の罵倒を聞く。こっちが何をしようとしているのか、賢い彼は気が付いたに違いない。この頭の良さは、衛と同じだ。そうだ、俺はジョルジュを本当の弟みたいに思って今まで接してきたんだ。


「パパの仕事手伝ってればいいじゃんかぁ……」

「ごめん」

「あの部屋、もうちょっとしたら僕の部屋なんだぞ。僕がいいって言ったらずっと居ていいんだぞ……!」

「ありがとう、すごくお世話になった」

「居てよぉ……」


 そう言ったきりジョルジュはわんわんと泣き出してしまった。俺は彼が泣き止むまでずっと抱きしめ続けた。


「ばーか、イサムのばーか……」


 時折思い出したように紡がれる罵倒も、攻撃も。全部受け止め続ける。


「うっ……うっ……」


 どれだけ経ったか。空がすっかり赤くなった頃、ジョルジュの泣き声もようやく落ち着いてきて嗚咽ばかりが零れ始める。


「大丈夫?」

「……うん」


 静かに呼び掛け相手が応えたのを聞いてから、俺は抱きしめていた腕を離して腰を屈めたままジョルジュと正面から向き合った。


「ジョルジュ。俺な、王都に行くよ」

「うん」

「王都に行って、色々知って、色々なこと経験する」

「うん」

「ここにもまた来る」

「! 本当!?」

「はい」


 ようやくジョルジュが笑ってくれた。俺も笑顔になった。


「絶対?」

「絶対」

「いつ来るの?」

「それはちょっと……」

「あ゛あ゛~~!」

「でもちゃんと来るから。その時はイチゴの花、ジョルジュに見せるよ」

「……約束」


 ジョルジュが小指を差し出す。この世界には、元居た世界と似たような文化をたまに見かける。それもまた不思議で、面白い。


「ああ、約束」


 小指同士を絡めて約束を交わす。ゆびきりげんまん。


「この誓いは」

「ケイオスでも壊せない」


 ゆびきった。


「……ん」


 左手でジョルジュが涙を拭った。改めて見たその表情はさっき以上に格好いい笑顔だった。


「約束したからね!」

「約束した」

「戻って来た時にはもっとヒュリム語上手になってないとダメだからね?」

「はい」


 先生から大きな大きな宿題をもらった。


「良かった、ここに居てくれた!」

「!?」

「シルク?」


 不意に聞こえた声に振り返ると、息を切らしたシルクの姿があった。ジョルジュは泣いてた顔を見られたくないのか、すぐに俺の背後に隠れる。


「あの、さっきのお返事を……」

「ああ」


 明日明後日にも彼女達は出ると、そういえば言っていた。


「ごめん。走らせた」

「いえ、大丈夫です」


 シルクには本当、迷惑を掛けっ放しだ。


「シルク」

「はい」

「よろしくお願いします」


 頭を下げる。


「……じゃ、じゃあ?」


 顔を上げると、口に手を当てたシルクがふるふると震えていた。


「うん。俺も王都に行くよ。そこで出来ることをやっていこうと思う」

「~~~!」


 俺の言葉に感極まった様子でシルクがぶんぶんと首を縦に振りじたじたする。振り乱れてしまっていたレモン色の髪がふわふわと揺れていた。


「ありがとうございます! イサムさん!」

「こっちこそ。これからまた迷惑かけるかもしれないけど、少しずつでも役に立てるように努力していくよ」

「……はい!」


 こうして俺は王都行きを決め、その日の内に準備を終えるとジョアンさん達に挨拶した。俺が村を出ることをジョアンさん夫妻や小作人の皆は残念がっていたが、最後には笑顔で送り出すと言ってくれた。その日の晩に出たカルラさんの料理は、収穫し保存されていた野菜と肉がたっぷりと使われた豪勢なものになっていた。


「しっかり食べて行きな!」

「はい!」


 俺はお代わり3杯して、お腹がパンパンに膨れるまで食べた。


「イサム!」

「はい」


 その日の晩はジョルジュと一緒に寝た。ランプの明かりで少しだけ夜更かしして、一緒に魔王勇者物語の最新刊を読んだ。

 

   ※      ※      ※


 翌日、早朝。

 俺はシルク、アルカと一緒に村の入り口に立っていた。


「とりあえずー……街道まで歩いて、定期乗合馬車を見かけたら飛び乗る。あとは道なりにらっくらくー」

「なるべく早い方がいいから助かるよ」

「その子に合った新しい植木鉢が見つかるといいですね」

「だな」


 俺は腕に抱えていた植木鉢を細縄を編んで作った網に入れ、さらにリュックサックの中へと詰め込む。これはジョアンさんが昔使っていた物で、大容量なのがウリなんだとか。実際すっぽりと植木鉢が入ってしまったし、頂けたのはありがたかった。


(ジョアンさんには何から何までお世話になったな)


 貰ったリュックの中には小袋が一つ入っていた。中に入っていたのは総額10万ゼニーの貨幣。一人で質素に生活するだけなら、宿に泊まっても安心して冬を越し生活出来る金額。


(本当に、お世話になってばかりだ)


 ここで貰ったお金は、いつか必ず返すと心に決めた。


「そろそろ出ないと乗合馬車を逃すかも」

「え、それはヤダ」


 旅装束の二人を見るのは最初に出会った時以来な気がする。まったく見慣れてないはずなのに、この恰好がすとんと腑に落ちた。


「ってことで、おねーちゃんもう行くから」

「やぁだぁ!!」

「こらマルカ。ダメでしょ!?」

「や゛~~!!」


 アルカの小さい方の妹がさっきからずっとアルカにくっついて離れない。それをアルカの大きい方の妹さんがどうにかこうにか引っ張っていた。アルカの身体能力なら簡単に引き剥がせそうなものだけれど、それが出来ない気持ちは俺にもよく分かる。


「もー、しょうがないなぁ」


 アルカが妹さんを抱き上げよしよしと背中をさすりなだめる。それが決定打となってようやくアルカは解放された。


「お待たせ。じゃ、行こっか」

「うん。それじゃ行ってきます」


 シルクの言葉に合わせ、俺達は見送りに来てくれた村の人達に向き合い頭を下げる。


「気をつけてな」

「ヘマすんなよ?」

「イサム、頑張れよ!」

「頑張れ、お姉ちゃん!」

「いつでも帰っておいでね?」

「………」


 彼らの口々から告げられる温かい言葉の数々に胸がいっぱいになる。俺は恵まれた場所に居たんだと、もう何度目になるか分からないくらいに実感する。


「……行ってきます」


 この言葉を言っていいのか。と、俺は迷いながら口にした。村の人達はそんな俺の様子に気づいたのか、皆で含みのある顔をして微笑む。


「行ってらっしゃい!」


 ジョルジュが俺にそう言ってくれた。


「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい」

「行ってこい!」


 そこから次々と発せられる挨拶達。そのどれもが力強くて、温かかった。だから、


「行ってきます!」


 俺はもう一度、今度はハッキリと声に出して村の人達に挨拶をする。


「行こう!」


 3ヶ月弱を過ごしたキュリオス村は、俺にとって大切な場所になっていた。そんな場所だと思えたから、一度振り返り歩き出してからはもう振り返らない。いつでも帰って来れる場所なら、いちいち湿っぽく、女々しくなんてやってられないんだ。


「……ごめんね、私ちょっとウルッてしてる」

「シルクが泣いてどうするのさー。でも、ちょっと誇らしいよね」

「うん」


 こうして俺達3人は王都に向かって出発した。

 まだ見ぬ王都での新生活を思う。きっとここでは得られない新しいものが沢山あるに違いない。未知の文化、未知の経験。未知の出会い。それが俺に何をもたらすのかはまだ分からないけれど。


「もっと、この世界について知りたい」

「はい!」


 俺の胸の中には、これまで抱いていた小さな幸せを願う夢とはまったく別の何かが、確かにその芽を出していたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。