第21話
●
体に傷はない。治癒の法術の力だ。だが、
「ぜぇ、はぁ」
度重なる緊張と法術の使用は俺のマテリアルを大きく消耗させていた。今の気分は高い山登りの終盤に差し掛かったところみたいだ。上手に呼吸することが出来ない。
(それでもまだ、気付け薬のおかげで何とか、か)
カトリから貰った丸薬の苦みを口の中に感じるたび、疲労を忘れられる。良薬口に苦しってこういうことかもしれない。
教会のある丘の麓が見えてくる。後はここを登ればこの村のもう一つの戦場が待っている。
聞き慣れたものより激しい剣戟の音と、何かが風を切る音。そしておそらく、何かの魔法が放たれている爆発音。それが沢山の声と共に聞こえてくる。
「休憩は……している暇ないな」
戦いが激しくなっているならそれだけ俺の言葉の影響は大きくなるはず。そう思えばきつくても一歩を踏み出す方を選ばないといけない気がした。
ゆっくりと前進しながら、俺は腰に携えた剣を今の内から引き抜いておいた。一度軽く振ってみて、その速度を確かめ、実感する。
(やっぱり、さっきのより大分遅い)
エルトスを倒した時の一連の動作、その速さは今の振りよりもっと速かった。身体的な疲労はほぼ変わらないのに違いがあるのはおそらく、
(あの時、俺の体には何かが起こっていた)
エルトスとの戦いの最後に感じた妙な加速。おかげで剣の振りが速すぎて切り上げるつもりが突きのようになったし、強振の法術を放つための手出しが異様に早かった。あれらはどう見ても今の俺に出来る動きじゃない。どことなくシルクが掛けてくれた移動力強化の法術に近いものを感じるから、何かしらの法術が発動したのかもしれない。その理由も理屈もさっぱり分からないが。
(あれは土壇場で引き寄せた奇跡だ。次に同じ場面があったとして、そう都合良く出来るとは思わない方がいい)
改めて今の自分に出来ることを冷静に思い描きながら、俺は音と風とをより強く感じつつ麓に立ち、上を見る。そこで俺は目撃した。
「あっ」
視界の先、最初に俺達を襲撃したインプ族のデモン兵が、放たれた矢に頭を貫かれる瞬間を。
※ ※ ※
「いよっしゃー! 見たか侵略者め!」
二階からパリスのおっちゃんの歓声が聞こえた。わたしの視線の先では、さっきまで調子に乗って氷の雨を降らせまくっていたデモン兵が、オランさんの放った矢を眉間に受け墜落していた。デモン兵は地面に着くよりも早く黒い光の粒々になって消えてしまう。
「あれが……」
魔人種の死だ。初めて見た感想は、魔物と同じように消えるんだなぁって感じ。
「チャルゴめ、調子乗ってるからだ」
そいつは仲間の死に悪態をついていた。オーガ族で、周りより一段階いい軽装鎧を身に纏っているデモン兵。今回の諸々の面倒事の原因を作ったデモン兵達の親分だ。オルコって名前らしい。
「さっきも言ったけどさー。わたしらがここに引きこもった時点でほとんど勝ちなんだよね」
わたしはなるべく相手の注意を向けるためと、時間を稼ぐために相手に声を掛ける。そう何回も打ち合いたい相手じゃないから、可能な限り言葉で繋ぐ。
「もう町に伝令は行ってるし、人も逃げきってここに避難完了してるし、そっちも分かってるでしょ? マナ教の教会ってお金は掛かってるから丈夫なんだよ?」
「そうだな」
同意はしてくれるけど諦める気はないっぽくて、ここに集まった仲間のゴイール族二人と、リザードマン族一人がそれぞれに剣と、斧を持ってわたしを取り囲む。っていうか斧二刀流って使い難くない? リザードマンの人。浪漫?
「だがお前をぶち殺してそこの扉をぶっ壊せば俺達の勝ちだ。そうだろ?」
「違います」
違わない。わたしが負けたら扉は物理的に破壊されて、後はデモン兵による楽しい狩りの時間が始まってしまう。
「いい加減じれったいんでな。そろそろお嬢ちゃんには退場してもらいたいんだがどうだ?」
「わたしもさー。出来れば家に帰って温かい布団で寝たいと思ってるよ」
ゴイール族達が動いた。
「Syaaaah!!」
「Provalo!」
左右からの同時攻撃。
「……んっ!」
まず左から来る奴の剣に一撃。重なった瞬間に前に一歩、押し返す。
「……そーれっ!」
剣先で引っ掛けて絡め取り、そのまま無理矢理相手を右へと横移動させる。
「Gya!?」
「Uh!?」
右から来る剣のひと振りを避けて、後は思い切り右方向に吹き飛ばす。
「Ahーーーーーーーーー!!」
吹き飛んでいく連中を気にする暇はない。
「んん!」
時間差でリザードマン族の兵士が飛び込んで来る。同時に振るわれる左右の斧を、無理矢理剣のお腹で受け止める。いくら丈夫に作ってあっても、攻撃を何度も受け止め受け流し続けた剣の刃からは、みしりと嫌な音がした。
「Fiamme che mi scoppiano in mano!」
リザードマン族の兵士が飛び退き、新たな攻撃が立て続けに来る。聞こえてきたのはオルコの詠唱、もう3回は繰り返された嬉しくない花火の魔法だ。
「シルク!」
「わかってる!」
わたしは上に向かって声を張る。待機していたシルクの杖が窓からにゅっと飛び出してきた。
「彼の者を守りたまえ! 保護!」
「Un'esplosione」
爆発。目の前で強烈な破裂音と煙が巻き起こる。でも発生した煙をわたしは吸わない。わたしの身体を包み込むように広がる守りの法術が衝撃や煙の害からわたしを守ってくれていた。だけど、
ズンッ……!
「うわっ、また揺れたぞ!」
「キャー!」
「……うへー」
わたしの背後の建物はそうもいかない。壁が焼け、衝撃に揺らぎ、中から避難している人達の叫び声が聞こえる。いくら魔法に抵抗力がある造りをしているといっても限度がある。絶対はない。
今回で4回目。確実に教会の耐久力は削られていってた。
(正直、最初の3人の攻撃を凌いでるので精一杯なんだよねー)
背後から襲われる心配がないのもあって、前の攻撃に集中出来る。だから今この状況で戦える。インプ族の魔術士が本当に厄介だったけど、それについてはパリスのおっちゃん達が上手くやってくれた。
「食らえ!」
再び距離を取ったデモン兵達にパリスのおっちゃんとオランさんの放った矢が迫る。けど、
「Ha!」
「Fuuu!!」
頭数が少ない弾幕にあんまり意味はないみたい。今みたいに直接狙っても切り払われて終ってしまう。後は運良く刺さるのを祈るだけの状態だ。
だから時間を稼ぐにはわたしとシルクが頑張らなきゃいけないんだけど……
(シルクはもう限界が近い)
インプ族と上でやりあっている間に結構消耗させられてしまった。上に下に放たれる氷の雨は深手こそ負わないけれど確実に消耗を強いてくる。シルクはその攻撃からみんなと建物を守るためにさっきの保護の法術を何回も使っていた。
(相手の数を減らさないと……)
そのためには打って出ないといけない。でも、わたしがここを空けたらこの人数差じゃすぐに扉を突破されてしまう可能性が高くってそうも出来ない。オランさんはともかく、パリスのおっちゃん辺りが下で一緒に戦ってくれたらって思わなくもないけど、現役退いて結構経つあの人に万が一なんてのは見たくないなー。っていうか、ちょっと白兵戦で役に立つかどうか怪しい。
(イサムはちゃんと逃げられたかな?)
駆け去って行ったイサムを思い出す。もう流石に、カトリを見つけて村を脱出してて欲しい。
(っていうか、そういう意図で合ってるよね?)
イサムが丘を駆け降りた直後はちょっとした騒ぎだった。っていうかシルクがうるさかった。心配と驚きで取り乱しまくりだったし、ちょっと説明する間に氷の雨をもう一発食らう羽目になった。その分はシルクが癒してくれたけど。
(見つかったりしちゃダメだかんね)
実力者はもう一人いた。サキュバス族だった。今ここにいないってことは、村の物色だか破壊だかをしているんだと思う。あれに見つかったらイサムじゃただじゃ済まないことになる。
「……」
一瞬最悪の想像がよぎってわたしは目を細めた。それはないと信じたかった。じゃないとシルクが悲しむ、シルクが。
「……あと2回ってところだよな、お嬢ちゃん?」
オルコがにやりと気に食わない笑顔で言ってくる。あと2回、それを耐えきれる自信は今のわたしには、ない。
「Qua……」
「おら、とっとと配置につけ」
「Ha, sì!」
よろめきながらも起き上がったゴイール族達がオルコの指示でまた配置につく。
「ドルガーン。次は……」
「Ha、He!?」
「……?」
オルコがリザードマン族の兵士に何か言っている。猛烈に嫌な予感がする。
「Facciamolo!」
「……Sì!」
部下達がさっきと同じような布陣で構えてきた。新しい攻撃の準備は完了したようだった。けど、リザードマン族の兵士の表情がさっきとは違う。
(何を仕掛けて来る?)
考え巡らせている暇はなかった。
「Hooooooo!」
「Yeahーーーー!」
ゴイール族の兵士達が再び飛びかかってくる。私はそれを返り討ちにするべく身構え、
(今度は……仕留める!)
剣に殺意を込める。相手は魔物と同じ。生きるか死ぬか。そう言い聞かせる。そして、
「はぁぁぁ!!」
力を込めた一撃で、先に飛びかかって来た方に刃を振るう。振るおうとした。そこで気付いた。
「えっ!?」
リザードマン族の兵士も来ていた。二人の背後で、二刀流の斧を振り上げている。わたしを狙って刃を振り下ろす線の先には、ゴイール族の二人も含まれていた。
「Guaaaaaa!!!」
「Higya!?」
「Gehe!?」
予想外の行動に反応が遅れる。わたしは剣を振るう勢いのまま守りを固める方向へ変化させる。けど、それが間違いだった。
「ぐ、ぅぅぅ!!」
振り下ろされた斧はゴイール族達の頭をかち割り叩き伏せ、そのままわたしへ押し付けられる。わたしはそれをさっきと同じように横向きにした剣のお腹で受け止め、押し込まれた。
「Ga!」
「Ge!」
目の前でゴイール族の二人が消失する。残された斧がより強く剣を押す。そして次の瞬間、
ガキンッ!
「うああああっ!!」
わたしの剣を砕いて肩に打ちつけられた。事前に色々な物に当たっていただけ威力こそなくなっていたけど、重さに従って刃が沈み、わたしの両肩に食い込んだ。
「Ja!」
「っつう!!」
斧が振り抜かれなかったのはわたしにとって幸いだった。両肩の骨を砕かれたり深く裂傷を負ったりはしなかった。でも、その結果わたしは押し切られ、地面に仰向けに押し倒される。教会の扉が無防備になってしまう。
「お疲れさん」
空を見上げるわたしの視線の先を、熱を持った球が真っ直ぐに飛んでいく。わたしが守ろうとしていた扉は、直後の爆発と共にあっさりと破壊されてしまった。
「うわああああ、もうダメだー!!」
「助けてー!」
「奥だ、奥に逃げろー!!」
全力は尽くした。けどダメだった。あとちょっとできっと終わったはずなのに、そのあとちょっとが出来なかった。
「お前は見せしめにしてやるよ。今からのお楽しみの時間を始めるためのな?」
体動かない。肩痛くて腕上がんない。シルクの守りの法術も飛んでこなかったし、こりゃ本格的にダメだね。矢も飛んでこないのは村の人を守るために上から移動済みだからかな?
「楽しいショーだったぜ。Addio」
「Addio」
オルコの合図でわたしを倒したつやつやの蜥蜴野郎が斧を振りかぶる。ご丁寧に腕を踏まれて逃げられやしない。しょうがないから、わたしは諦めた。すごく痛いだろうけど、怖いけど、どうしようもない現実を受け入れる。
「お前達の負けだ! デモン兵!」
そんな時に、わたしは声を聞いた。
「すでに村に居たサキュバス族とゴイール族は無力化した! 村人の一人が兵士隊を迎えに行った! もうお前達に残された時間はない!」
あー、なんか今までで一番安心する声だ。
「……」
現金だなぁって、思っちゃった。さっきまでまったくこれっぽっちも考えていやしなかったつもりだったのに。
「そんでもって、そこはどけぇーーー!!!」
今はこんなこと考えてる。
「もうちょっと早く来いっての。ばーーか」
認めよう、わたしも黒だ。
※ ※ ※
「Giyaーーー!!」
相手が驚いている隙に飛びかかり、目の前の蜥蜴っぽい魔人種を蹴り飛ばす。多分これが8人目のデモン兵だ。
「!」
そいつに踏まれていたアルカは、どうやら肩に大きな怪我を負っているようだった。俺は即座に彼女へ向かって手をかざし治癒の法術を行使する。
「いたいのいたいのとんでいけ!」
アルカの全身から淡い光が放たれ、苦痛にゆがんでいた彼女の表情を和らげていく。俺は治癒が完了次第手を伸ばし、アルカを立ち上がらせた。
「アルカ、大丈夫?」
「カトリは?」
「兵士隊のお出迎え」
アルカは立ち上がるとすぐに、近くに落ちていたデモン兵の剣を拾い上げる。彼女の使っていた剣はどうやら壊れてしまったようで、すぐそばに根元近くで折れたそれを見つけた。
「チッ、マジかよ!」
デモン兵のリーダーが距離を取る。吹っ飛んだリザードマン族のデモン兵も起き上がり、その場で斧を構えた。二刀流の斧。カッコいい!
「サキュバス族、本当に倒したの?」
アルカが問いかけてくる。疑ってる目だ。
「鞭がすっごく痛かった。あとすっごい変態だった」
だから俺は素直に戦った感想を口にして、大げさにため息をついてみせた。
「……へー」
俺の言葉に嘘はないのを感じ取ってくれたようで。アルカはようやく、いつもみたいなけだるげで、でも含みがある笑みを見せてくれた。
「で、何で来たの?」
「そりゃあ、もちろん……」
流石に押しつけがましいかと思って、言うのを止めた。でも、助けようと思って動いていて良かったと心から思う。あと少しでも丘を上りきるのが遅ければ、アルカは敵の手によって命を落としていた。
「……」
何だかすっごい強い視線をアルカから感じるけど、言い淀んでしまった言葉を改めて口にするのは気恥ずかしいし、そんな余裕もない。だから言葉を変えて気持ちを口にする。
「でも良かった。ギリギリだった」
「いや、わたし諦めてたしもっと早く来て」
「き、気を付けます」
辛口評価が返って来た。でも確かにあと1分1秒早ければもっと、とは思った。
気を取り直して再びアルカに問いかける。状況確認だ。
「シルクは?」
「……」
すっごく睨まれた。
「……多分、もうマテリアルの限界が来てて、教会の二階でのびてると思う」
ああ、どうやら俺は本当に遅かったようだ。こうならないようもっともっと精進しようと心に誓う。
「敵は後二人?」
「そう。それだけ」
俺達の視線の先に立つ、オーガ族とリザードマン族の魔人種が、無力化されていない最後のデモン兵。
「時間切れか。っつーか、こんなに相手の戦力が整ってるなんて知らなかったぞ!」
「そりゃ、助っ人だしな」
「まさか……」
どうやら相手もようやく俺達の存在に行き着いたらしい。
「キュリオス村からの増援、あいつらを捕まえた野郎共か!」
「せいかーい」
ここぞとばかりにアルカが煽る。場の空気は完全にこちら側が握っていた。
「戦士と法術士、じゃあお前が魔物狩りの英雄!」
動揺するデモン兵のリーダーの姿は、最初に感じていた死のイメージを俺から払拭していく。強さっていうのは流動的なものなんだな、なんてちょっと思った。
「まぁ、傷ついてたエビルボアに勝ったってだけなんだけどさ」
「傷? って、あれか……!」
何か、心当たりがあるようだ。
「そうか、所詮は噂だな。お前が倒したエビルボアってのは、捕まった仲間の様子を探る途中で俺達がいたぶってた奴だぜ」
思わぬところで繋がった。
「それを倒して英雄だなんだって粋がってたんなら、へっ、ビビって損したぜ」
「あ、ビビってたんだ? へー?」
「なっ!?」
会話のイニシアチブは、アルカが絶対的に握っている。
「てめぇ! 覚悟しろよ!」
デモン兵のリーダーが集中を開始する。空に突き上げた手の平から強烈な力が収束していくのを感じる。
「この建物ごとぶっ飛ばす俺の最強の爆裂魔術を食らわせてや……」
突き上げた手に矢が刺さった。収束していた力は霧散した。
「Gya!?」
「いぇーい、ざまぁかんかんってな!」
教会の二階から、パリスさんがしてやったりと笑っている。
「ついでに本当の時間切れだ」
高い所から、彼はどうやら見つけていたらしい。その言葉に俺とアルカも勝利を確信する。
「この音は……!」
多数の馬の蹄の音が、ここに向かって来ている。
「ヒヒーンッ!!」
響く馬のいななきが、戦いの終わりを告げる合図だった。




