第20話
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デモン兵の襲撃からジルヴィス村を守るためにやってきた俺は、シルクとアルカが村の住民が避難した教会を砦にデモン兵から身を守っているさなか、逃げ遅れた少女、カトリを救い出すべく単独行動していた。
「ボクの名前はエルトス。男女問わず人をいじめるのが大好き。例えば今、キミの首に絡めた鞭を強く引き寄せたら、無理に引っ張っただけ負荷がかかって最悪ゴキッて折れちゃったりするわけだよね。そういう絶妙なところで苦しんでる顔とかが大好物なんだ」
目的の人物は何とか発見して、後は彼女を村の外にどうにか逃がせば作戦は完了だ。
「そ、そんなことしたら死んじゃう! 王子様が死んじゃう!」
「王子様?」
だけど彼女を見つけた家から出た矢先に、俺達はデモン兵の一人であるサキュバス族の男、エルトスの襲撃を受けてしまった。
「その人は私の運命の人で私が生涯を添い遂げるべき王子様なの! さっき分かったの!」
「あはは、言ってる言葉の意味がさっぱり分からない」
「ぐぁぁ……」
救助対象と襲撃者が言い争っている間、首を絞められている俺はギリギリで踏ん張って苦しみに耐えていた。エルトスのさじ加減で変わる首への締め付けが辛い。
「私の王子様にこれ以上に手を出すのはやめて!」
「……よく分らないけどキミも大変そうだね」
本当にどうしてこうなったのか俺にもよく分からない。
「でも、キミが傷つくと彼女が苦しむみたいだから、ボクは楽しませてもらうよ!」
「……う゛っ!?」
エルトスの腕が引かれ、鞭の締めつけが増す。たまらず俺の体は前に倒れ、引き寄せられるままに引きずられる。人間一人の体重を支える鞭って何だと思う間に、俺は突然戒めを解かれ勢いよく転がされた。
「っぁ!?」
ザザと地面と体が擦れる音と痛みに目を細める。
「お願いやめて!」
「やーめない」
次の瞬間背中に痛烈な打撃をもらった。思いきりしならせた鞭で叩かれたのだ。
「~~~~!!」
声にならない声が出た。喉が切れた気がする。骨が軋む。アルカにぼこぼこにされて少しは痛みに慣れたと思っていたが思い上がりだった。
「だ、ダメーー!」
「かーらーのー」
「!」
避けろ! という声も出なかった。俺の見ている前で、俺を叩き引き戻されていた鞭がカトリの足を打ち据える。
「きゃひっ!?」
脛に当たったのかカトリの膝が折れ、転ぶように地面に倒れ伏す。相手はほとんどその場を動いちゃいないのに、俺達ばかりが一方的に痛めつけられ窮地に陥っていた。
(……悪質な奴!)
エルトスは間違いなく俺達をいたぶるのを楽しんでいる。サキュバス族には特殊な性癖を持った者が多いと聞いたがそれかもしれない。露出過多な服も含めて。太いテープをいくつも巻いただけみたいなあれを服と呼んでいいのかすら怪しい。
「ほら、そろそろ立ち上がれるだろ? 今度はしっかり立ってよね。その上でまた派手に転ばして痛い思いしてもらいたいんだから」
「痛い思いは、勘弁して欲しいんだけどな」
相手の言葉通り、俺は痛みを堪えつつもどうにかこうにか立ち上がる。すぐにカトリを庇いに走りたいところだが、こちらの足の速さよりエルトスが鞭を振るう速度の方が速いのが難点だった。
「何考えてるのか当ててあげようか?」
「予想通りのことを考えてるよ」
相手の言葉に乗らない。少しでも相手の調子を狂わせて隙を作らなければ逃げられない。少しでも彼女の近くに行かないと駄目だ。
「あっそ」
鞭が振るわれた。カトリに。
「っの!」
飛び出しても遅い。しなりを作り急加速した鞭は俺の目の前で痛みに震えるカトリの脇腹に吸い込まれていく。
パァンッ!
「~~~~!!」
さっきの俺は彼女にそう見えていたんだろう。強過ぎる痛みにカトリが声なき声で呻く。鍛えた俺であれだけ痛かったんだ。彼女のような柔らかな体で受けたその痛みは推し量りようがない。
「大丈夫か!」
「うう、いたい、よぉ……」
数瞬遅れて俺がようやくカトリとエルトスの射線を塞ぐ。さっきまでの彼女の威勢の良さはもうなく、ただ痛みと恐怖に涙を流している。
「……いたいのいたいのとんでいけ!」
俺はエルトスから視線を逸らさず、後ろ手に彼女の体に手をかざし傷が癒えるように強く願う。行使には自然とその言葉を選んでいた。具体的に痛む箇所をイメージ出来た方がより効果的だと教わったが、俺は今この瞬間、彼女の苦痛のすべてが飛び去るようにと強く想像する。思いが通じたのか、俺は手の平から強い力が放たれているのを感じた。
「へぇ。回復法術! キミ、法術士だったのか」
「だったら何だって言うんだ?」
「うん!」
エルトスが自らの周りで鞭を何度も振るい始める。それはひと振りごとに速度を増し、勢いをつけ、見るからに威力を高めていき。
「長持ちする分思いっきりやっていいんだろうなって思ったのさ!」
それが俺を攻撃した瞬間は目で捉えられなかった。
「ぐぁぁ!?」
俺の肩から火が噴いた。胸当てを留めていた金具がバチンと弾け吹き飛ぶ。見れば服が破れ、肩に赤い裂傷が出来ていた。噴いたのは血だった。
「ほら、回復して!」
言われなくとも回復しないと次の攻撃に耐えられそうにない。
「いたいのいたいの……」
肩の傷を法術で癒す。焼けるような痛みが一気に溶け消えていく。今まで何度となく傷を癒してきたが、それまで感じたことのない速さで治療が進んだ。火事場の馬鹿力みたいなものだろうか。
「んっ」
留め具が壊れてしまった胸当てを自ら外す。これがなければさっきの一撃ももっと酷いことになっていたかと思えば、十分に役目を果たしてくれたと思う。
「もう治ったの? すごいね。キミって筋がいいんじゃない?」
「……どうも」
法術の腕前を最初に褒めたのが敵、というのはとても複雑な気持ちだった。
「じゃ、また痛い目見よっか!」
すでに勢いを作られていた鞭が振るわれる。だが今度は俺も対応した。相手が何かをするより先に腕を挙げ上からの衝撃に備える。
バチンッ!
「……!」
耐えた。左腕に強い痺れがあるが、それは鞭の衝撃をそこで受け止めた証だ。手甲の堅い部分で受け止めたのもあって実際のダメージはそうでもない。
「あはっ!」
その瞬間からエルトスの攻撃方法が変わった。連続して、そして狙いを大雑把に乱れさせながら鞭を打ちつけてくる。
「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」
上、横、下、縦横無尽に飛んでくる鞭の一撃なんて今の俺では防御しようがない。乱打する分一撃の威力が落ちているようだが、その分全身いたるところを叩かれて俺は動けず、ただ痛みに耐えることしか出来なかった。
「王子様!」
今までのやり取りの間でカトリはどうにか持ち直してくれたらしい。俺の背後、鞭の射程の外から声がする。
「逃げて!」
「でも!」
「森に入れば追手も来ない!」
「でも!」
「行けよ!」
「!」
気を使っている余裕はない。俺は必死で声を張り訴える。
「は、はい!」
その思いがようやく届いたのか、打ち据えられる鞭の音に混じってカトリが離れていく足音が聞こえた。ひとまずここまでで、俺は当初の目的を達成した。
「あー、逃げちゃったか。まぁでもいいよね。頑丈な玩具が手に入ったし」
エルトスは逃げるカトリを追う気はないのか、一旦鞭での攻撃をやめて俺に語りかけてくる。
「ほら、回復して。キミが法術を使うたびに精神を消耗していって余裕がなくなってくるのも楽しみにしてるんだからさ」
本当に嫌な奴だ。そしてそいつの言う通りにしか動けない自分の弱さも嫌になる。
「いたいのいたいのとんでいけ……」
大声を張るのもきつくなってきて、俺の口からはぼそぼそとした声しか出ない。それでも生きようとする意志が影響しているのか、治癒の法術は高い効果を発揮して俺の体から痛みの元となる傷を取り除いていった。
「はぁー、はぁー……」
効果を高めた分消耗も激しかったのだろうか。傷を癒しても俺の息は荒くなっていた。
「あははは、いいねぇ。衰弱してるねぇ!」
対して相手の気分は最高潮。はぁはぁと俺とは違った意味で息を荒くしている。
「ここまで来たら後は派手に一撃で終わろうかなぁ? ああでもキミならもっと耐えられるかなぁ? どうしようかなぁ?」
エルトスが楽しそうに俺へのトドメの刺し方をわざわざ声に出して考えている。いちいち語尾が延びてるのもこちらを煽っているのだろうが、俺の心はまんまとそれに焦りと憤りを感じていた。
(腹、立つ、なぁ……!)
死が近づいている。それを自覚していても不思議と怯えたりはしていない。どうしてだか考えた時、不意に答えに辿り着いた。
(ああ、そうだ。そういえば俺、一回死んでるんだ)
俺は死んだ。死んだからここにいる。そしてその時の感覚は今でも覚えている。心と世界を繋ぐ糸が切れたあの瞬間を、死にゆく体をじっと見つめていた時間を。
(それに比べたら、今ってまだ、大丈夫な気がしてくるな)
俺の心は体の中にまだあるし、離れて行っている気もしない。どころか今の俺の内側にはあの時俺に道を示してくれた龍の神様だってイメージ出来る。
(何か、余裕?)
心が軽くなった気がした。気のせいかもしれないが、俺はその瞬間確かに冷静さを取り戻した。
「……すぅー」
ゆっくりと息を吸い、
「……はぁー」
それをゆっくりと吐き出す。この世界に来てからすっかりルーティーンになってしまった深呼吸を繰り返す。
「……うん? 何だかキミ、雰囲気変わった?」
ハトラさんから借り受けた剣を腰の鞘から抜く。稽古で使っていた鉄の剣より刀身は薄くしかし鋭く、重さは少し物足りなさを感じるくらいに軽い。使い込まれた持ち手の握りやすさから、俺は一瞬の間に答えを得た。
(この剣は俺がいくら振り回しても大丈夫!)
俺はエルトスを見る。
「あ……!」
そんな俺から何かを感じ取ったのか、エルトスは途端にうっとりとした表情を浮かべて左頬に手を当てる。
「いい、いいよそれ! 死が近づいているのにまったく諦めてないその顔! 最後まで抵抗しようって覚悟した顔! 滅多に見られない奴!」
相手は最高に気分が高まっているんだろう。鞭が再び高速で振り回され始める。ああなるともう避けようがないし捉えられない。
「何その目、勝つ気? 勝つ気なの? わかる。勝ちたいよね。逆転したいよね。でもだ~め、ボクが勝つんだよ!」
腰の位置を僅かに低くし半身になる、鞭で叩き落とされないよう両手で剣を握り腰に水平に構える。俺は飛び込み、最速で切り上げるための準備を整えた。
「いいよ、おいで! 無防備に飛び込んで来たところを蠅を落とすみたいに叩き伏せてあげるからさぁ!」
「すぅー、はぁー……」
もう一度呼吸を整え、すでに相手の射程内に居ることを意識し、次の瞬間。
「んっ!」
横に軽く跳んだ。
「はいざんね……なっ!?」
軸足が地に着いた瞬間に思い切り踏みしめ、体全体のバネを使って前に飛び出す。振り下ろされた相手の鞭が俺の頬を微かに掠り血の線を引く。
「こ、の!」
一度全力で打ち付けた鞭は引き戻すまで時間が掛かる。それは振り抜いた腕が伸びきっていればいるほどに長い。
「おおおおおおっ!」
雄たけびをあげ直進する。身を低くし相手の懐へ全速力で突っ込む。だが、相手の異常な長さの鞭は射程が槍よりも長い。
「ボクの二撃目の方が速い!」
俺の視界の先で振り抜かれていた鞭がもう彼の背後まで振り戻され、攻撃の準備動作に入っている。こちらの接近を察知したエルトスは当然の如く距離を取るべくバックステップを踏んでいた。
遠い。届かない。間に合わない!
「あははははははは!」
エルトスの高笑いが聞こえる。俺は、
(もっと速く、あいつをぶっ飛ばすために速く!)
願う。自分の中にある可能性に訴えかける。このままじゃ負ける。普通にやってたら負ける。ただ頑張るだけじゃ負ける!
(俺に、力を!)
より速く駆け抜ける自分をイメージする。そして作り上げたイメージを、自分自身に、世界に認識させる。
「おおおおおおおおおおっ!!」
「なっ!?」
大地を踏んだ。その瞬間から次の一歩が速くなった。
「身体強化の法術? そんな、詠唱は!?」
二歩目を踏んで、さらに速くなった。
「No, non è possibile. Magitecs del silenzio……ah!?」
相手の鞭が振り下ろされる。でもその射程内に俺はいない。
(腕の一本くらいは勘弁してくれ……って!?)
相手を無力化するべく全力で切り上げた剣は想像以上に早く振り上がり、エルトスの左腕を切るのではなくその肩へと深々と突き刺さる予想外の結果に繋がった。だがもう止まれない。
「おおおおおお!!」
「Ahhhhhhhhhhーーーーー!!!」
勢いに任せて押し抜く。何か固いものを断ち切った感触の後、剣は彼の肩を貫通した。
「あ、やめっ……!」
「ああああッッ!!」
あらん限りの声を張り、俺は突き立てた剣を思いっきり引き抜いた。
「Giyaaーーーーーー!!」
想像を絶する痛みを感じているんだろう。さっきまでの余裕面が消え、苦悶に瞳を開ききり叫び声をあげている。だから、終わらせる。
「震えろ、響け!」
相手の顔面に左手を押し付け詠唱する。自分でも驚きの手の速さだった。だがそのおかげで相手が何をするよりも先に動く!
「強振!」
押し付けた手でエルトスを地面に押し倒すのと同時に法術が発動する。気合を込めた力で放つ魔法の強振動。相手の意識を刈り取るとどめの一撃。響くたびにエルトスの体は震え、剣を引き抜いた肩から血が噴き出す。
「ぁ、A……!」
手を離せば、エルトスは白目を剥いて意識を失っていた。
「はぁー……はぁー……」
頭がくらくらする。だがそれ以上に何か心の奥底から湧き上がる気持ちがあった。
「……勝った」
口にしてみて初めて気づく。戦って、勝った。その事実が心の奥底の気持ちに名前を与えた。
「おおーーーっし!」
結月勇。人生で初めて命がけの戦いに勝った経験を得る。周りにいるかもしれない敵、それこそ入口を見張っていたくちばし男が来るかもしれないとか、そういうことは一切考えられないままに声を上げていた。
「王子様ー!」
「ええ!?」
そこに逃げたはずのカトリがやって来た。彼女は勢い任せに駆け込むと、エルトスを膝で踏んで俺に抱きつく。
「流石は私の王子様! 信じてたわ!」
「ま、待って! 本当に待って!」
抱きつかれたことで冷静になる。勝利の雄たけびをあげはしたけれど、これでは何も解決していないのと同じだ。
「くちばし男は」
「どこにもいないわ!」
「教会の方は!」
見れば、教会では未だ激しい抵抗を続けているのか戦いの気配があった。おそらく入口の兵もそれで援護に行ったんだろう。
「助けていただいて、このご恩はどうお返ししましたらいいでしょう!?」
「とりあえずそこをどいて! 肩の傷は致命傷だ!」
「えっ?」
言われてようやく踏んでいる物の正体に気づいたのか、カトリが慌てて手を離す。自由になった俺は相手の意識がないのを確かめてから傷つけた肩に手をかざす。
「カトリ、縄を持ってきてくれ。こいつを拘束する」
「はい!」
俺のお願いに対してカトリの反応は早かった。彼女が隠れていた家に再び入っていくのを見てから、俺は本格的に治癒の法術を使い始める。
「詠唱……ああもう面倒だ。いたいのいたいのとんでいけ!」
正しい手順、何度も繰り返し練習したそれよりも感覚で治癒を実行する。その方が妙にしっくりと来て効果も出た。
「縄をお持ちしました!」
「ああ、ありがとう」
治癒を完了し少ししたところでカトリが戻ってくる。俺は彼女と協力しエルトスを縛りあげ無力化した。
「お優しい、のね」
「え?」
ようやくひと心地ついたといったところで、カトリにそう言われる。彼女の視線はエルトスの肩に向けられていた。
「殺そうとしてきた相手に温情を与えるなんて、中々出来ることじゃないわ」
「それは……違う」
「違う?」
「殺すことが、出来ないだけだよ」
この世界には命の奪い合いが蔓延っている。身を守るため、何かを得るため、いつかはこの手に人の命を刈り取らないといけない可能性がある。この国で人を殺すことは、日本で人を殺すことと同じではない。その機会はより多く、その罪はより軽い。それでもまだ、その行為に心が納得出来ていなかった。怖かった。
「カトリ」
「はい」
「俺と一緒に来てくれ」
縛り上げたエルトスをすぐそばの家にあった空の壺に押し込み蓋をして、俺は彼女を連れて村の入り口に向かう。カトリの言った通り、そこにはもう一人としてデモン兵はいなかった。軽く足跡を調べて外に向かった様子がないことも確かめてから、俺は彼女にお願いをする。
「もうしばらくしたらここに町の兵士隊が来てくれる。そうしたらカトリ、教会で俺達が籠城していることを教えてあげてくれ」
「え、貴方その身体で行くの!? 無茶よ!」
「流石に休み休みしながらで行くよ。でも、俺が行くことには意味がある」
8人のデモン兵の内、二人を倒した。それも、片方はおそらく部隊でも実力者だ。それを失ったことを伝えれば相手に少なからず打撃を与えられる。それで攻勢が弱まるなら万々歳だ。
「でしたら、これを」
俺の言葉にカトリは意を決して、胸元から紐に繋げてある小さな袋を取り出しその中身を俺に差し出した。黒い丸薬だった。
「近所で採れる薬草で作った気付け薬よ。飲んで」
「あ、ああ」
言われるままに口に含む。強烈な匂いと苦みに気持ち悪くなる。それでも何とか唾液に絡めて飲み込むと、いくらか気分もしゃきっとした気がした。
「どうかご無事で。貴方のカトリはその武運よりも、生還を望んでいます」
手を握られ、カトリは神に祈るかのように目を閉じてそう口にした。
(悪い子では、ないんだよな)
最初に彼女を怖いと、そう思ってしまったことを俺は少し恥じる。まだちょっと彼女の言葉は独創的に聞こえているが、今はその厚意をありがたく頂戴する。
「ありがとう、カトリ。万が一敵に見つからないように、兵士隊が来るまでは茂みに身を潜めていてくれ」
「分かったわ!」
「それじゃ行ってくるよ」
「あの!」
いざ背を向けたところで呼び止められ、俺は反射的に振り向く。そして次の瞬間危機を全力で回避した。
「んー!」
「そういうのは本当に、いらないと……!」
よくあるあれだ、旅に向かう想い人の無事を祈ってキスとかする奴だ。カトリのそれを俺は寸前で彼女の頭を掴み押し留める。不意を突いてそういうことをしようとしてくる辺り悪質だと思う!
「チッ」
チッとまで言われた。
「どうかご無事で、私の王子様」
小首を傾げカトリが可愛らしく微笑む。白い灰を被って色々と台無しでも、その笑顔は可愛いと思った。かと言ってごまかされないが。
「そうだ」
「?」
そこに来てすっかり忘れていたことを思い出す。
「俺の名前はイサム・ユヅキ。王子様じゃなくてそう呼ぶようにお願いします」
「……はい!」
俺はようやく、彼女の普通の笑顔を見た気がした。
「イサム様、お気をつけて」
どこまでも浮ついた呼ばれ方がくすぐったいが、いつまでも押し問答しているわけにもいかない。彼女のくれた気付け薬のおかげで思いの外心持ちも安定している。
「行ってきます」
そうして俺はもう一度教会を目指す。
町の兵士隊が来るまできっともうすぐだ。それまでの時間を何としてでも稼ぎ、この村を、人を、何よりシルクとアルカを守るために。
俺の冒険は大詰めを迎えていた。




