11 文化祭 後
賑わう校舎内を双子はわくわくと、綾と里紗は懐かしげに見ている。
「一階から三階へ、最後に体育館って感じでいいか?」
透は双子に聞いて、綾たちにも聞く。
承諾ということなので、一年生のクラスから見ていく。一年を見て、そのまま特別教室のある棟に行き、見終わると二階に上がる。
カーヤのクラスに行くと、時代劇に出てくる茶屋娘姿のカーヤが入口で出迎えてくれる。
「いらっしゃいマセ。あ、トオルさん」
『こんにちは。客として来たよ』
『ありがとう。今案内を呼ぶね。そこの小さな子は妹さん?』
『そうだよ。可愛いだろう?』
妹自慢に少し呆れた視線を向けつつもカーヤは頷いた。お世辞ではなく、たしかに可愛く見えるのだ。
双子にカーヤが微笑む。双子は困ったように透の制服をちょこんと掴む。
ドイツ語などわからない双子は、どう反応すればいいのかわからなかったのだ。
「日本語通じるから、初めましてって挨拶すればいいんだよ」
そう言って透は双子の背を軽く押す。
双子はやや緊張した様子を見せつつ、はじめてましてと小さく頭を下げた。
カーヤは笑みを深くして、日本語で挨拶を返す。
そうしているうちに、案内役の生徒がやってきた。
布をかぶせて和風にした背もたれのない長椅子に座り、黒板に大きく書かれたメニューを見る。
透はお茶と串団子に決めて、教室を見渡す。
ダンボールと紙で作られた赤い大傘、小さめな生け花、障子を模された衝立といった和風の道具が作られ、着物姿の生徒もあいまってそれっぽい雰囲気に仕上がっている。
「ただの喫茶店じゃなくて、一工夫したかいあってそこそこ繁盛してるわね」
同じく周囲を見ていた里紗が言う。
「そういや里紗さんたちは高校の頃、どんな文化祭をやりました?」
「私はこういった売買関連じゃなくて、三年続けて合唱とか演奏だったわ。ほかのクラスは喫茶店とか屋台とかやってたわね。綾はお菓子関連の店をやってたよね」
「うん、二年のときだね。作る人、売る人でわかれて、教室で作って、作った物を籠に入れて学校中を売り歩く。売る人は着ぐるみ着たり、浴衣着たりして、ちょっとしたコスプレをしてたよ」
楽しかったのだろう、懐かしそうな表情の中に笑みが浮かぶ。
「はっちゃけた企画とかありました?」
里紗は高校時代を振り返り、首を横に振る。
「はっちゃけはどうだったかなー、ちょっと珍しいものだと軽音楽部が身の回りのもので楽器を作って演奏したり、パソコン部と科学部が共同でプラネタリウムをやったりしてたね」
「プラネタリウムはうちでもやる見たいですよ」
昨日見物に歩き回っていたとき、視聴覚教室前で看板を見かけたのだ。
「見てみたいっ」
実星がそう言い、透はほかの三人に視線を向けると頷きが返ってきた。
食べ終わったら行こうということになり、のんびりと話しながら団子を食べて、教室を出る。
視聴覚室に入ると、生徒が手作りした小型プラネタリウムが二つあった。十分も順番待ちすれば入ることができたので説明役の生徒を含めた十人で入る。
今の時期と少し先に見ることのできる星座の説明があり、その星座に関する神話も簡単にだがあった。
星に関しての話は双子にとって珍しものではなかった。星好きの両親からもっと詳しい話を聞いたことがあるのだ。それでも手作りプラネタリウムという珍しいものを見ることができて、双子は満足している。
見物を終えた五人は視聴覚室から出る。
「本格的なプラネタリウムが見たくなったわ」
物足りなさを感じた里紗が感想を漏らす。それに実星も同意した。
「今度一緒に行こうか?」
「行く!」
「三人もどうよ」
「俺は受験の追い込みがあるんで無理ですね、残念ですが」
「ああ、そっか。さすがに遊んでいる暇はないよね」
綾と星乃は行きたいということで、透は双子の世話を頼む。
この後は三階に上がり、そこも見終わって体育館を残すのみとなる。
ちょっとトイレと言う綾に双子もついていき、透と里紗は話しながら三人を待つ。
「共学はどうでした? あまり女子高とかわらなかったと思いますけど」
「いやいや雰囲気的に違いがあったよ。女ばかりの場所にある空気っていうのかな、それが薄かったのは新鮮だった」
「そんな違いがあるんですね」
「同性ばかりの気安さとか連帯感、異性の目がないから生まれる緩みや陰湿さ、そういったものが向こうにはあったよ。こっちにはこっちの空気があるんでしょうね。違いといえば……学校にはつきものの七不思議。そういったものにも違いは生まれるのかな」
昨日怪談関連の本を見たため、そんな発想が出てきた。
透は自身が知っている七不思議を話す。
それは音楽室の絵が動くといった、どこの学校でも聞けるようなものだった。
「うちと似たりよったりだね」
「あ、でも数ヶ月前に新たにでてきた怪談がありますよ」
里紗は少し期待した表情で先を促す。
「絵の中の少女が消えるといったものです。この学校にはちょっと名の知られている絵描きがいまして、その人が書いた絵が正面玄関近くに飾られてたんですよ。題名は『夢の中の少女』といって、林の中にいる少女を描いたというものです」
「ここらに住んでいて、高校生で名が知られている……田中善一って子かな」
「そいつですね。そいつが書いた少女が絵から抜け出して校舎を歩き回っているという噂が出始めて、ある日絵の中から少女が消えたんです。少女が描かれていたところは、白くなっていて、その部分だけ綺麗に消したようになっていました」
「実際に絵を見たの?」
「はい。今はありませんけど、当時は大騒ぎになりましたから。俺も見に行きました」
透が言ったように少女だけが消えていたのだ。
「悪戯という可能性は? 少女が歩き回ると聞いた田中君が似たようなものを描いて驚かそうとしたとか」
「その可能性は皆考えたみたいで、田中は教師に呼び出されたんですが、否定しました。絵をすりかえるとしたら夜ですけど、家族が家にいたと証言したようでして」
「じゃあ他の人がすりかえたのかしら?」
「そもそもすりかえられてない可能性もありまして。パソコン部の連中が、以前の絵と少女がいなくなった絵のそれぞれを映像としてパソコンに取り込んで照合したんですよ。悪戯ですりかえたとしたら、二つの絵にわずかでも違いがでるはずですよね? 似た絵は描けても、まったく同じ絵は無理です」
絵具の乾きで色の濃淡に違いがでるし、同じ線を描くことも不可能だ。
しかし二つの絵は少女がいない以外はまったく同じだったのだ。
それを聞いた里紗は背筋に冷たいものがはしる。
「同じ? それってすりかえられてなくて、本当に少女が……」
「真相は誰にもわからないんですけどね。その絵は学校が回収して、どこにいったのか。新聞部がそこら辺インタビューしたんですが、教師も田中も知らないということでした」
「噂じゃなくて本当に怪談だったわね。今年に入って日本中で、幽霊目撃談とか怪談話が増えたって聞いてたけど、その話もその一つなのかしらね」
「ただいま。なに話してるの?」
トイレから戻ってきた綾に、里紗はしがみつく。
不思議そうな顔で綾は抱き着かれたままになる。
歩き出しても綾の腕をとったままの里紗に、双子は楽しそうとでも思ったのか透の両側から腕をとって歩く。
体育館では卓球部やバレー部やバトミントン部といった室内競技の部活が出し物を行っていて、ステージ上では午後からのライブ準備が進められていた。
体育館を一周した五人は、少し早いが昼食を屋台で食べることにして、外に出る。
「あ、この時間帯だと」
「どうしたの? にーちゃん」
見上げてくる実星に、圭吾たちのパフォーマンスが始まる頃だと言い、昼食の前に、そちらへと足を運ぶことにする。
準備していた圭吾たちの視線は綾と里紗に向く。
圭吾が透の首に腕を回し、小声で話しかける。
「お隣さん来るなら来るって言えよ。両手に花で、デートかよ羨ましいな」
「いや俺も来るのは知らなかったんだ。みほしのから話を聞いたんだとさ」
「まあいいさ。かっこいい所を見せれば、惚れられなんかしちゃったり。いてぇっ!?」
なんだと圭吾が振り返ると、不機嫌そうな顔をした夕夏が背中をつねっていた。
「なにすんだよ!」
「そろそろ始まるのに馬鹿なこと言ってるから気合い入れてやったのよっ」
そう言って夕夏はふんっと顔を背けてCDプレーヤーのところに向かう。
「なに怒ってんだか」
「お前が悪い、のかねぇ」
透は圭吾の腕を外して、圭吾を皆のところへ押しやる。夕夏が告白してない時点で、圭吾が誰に懸想しようが問題ない。今は自分勝手な嫉妬にしかなっていない夕夏に、さっさと告白すればいいのにといった思いを込めた視線を向けた。
圭吾は不思議そうに首を傾げつつ、ピエロに混ざる。
昨日のリハーサルである程度自信はついたようで、圭吾たちに気負った様子はない。
パフォーマンスが始まると客の多くが足を止め、楽しそうに見物していく。
流れていた曲が終わり、圭吾たちが一礼すると客から惜しみない拍手が送られた。それにほっとした様子で圭吾たちは手を振って応えていた。
透たちも拍手を送ったあと、昼食を買うためそこから離れる。
たこ焼きや焼きそば、焼きおにぎりといったものを購入して皆で分け合う。
「このお好み焼きなかなか美味しいよ」
高校生が作ったというわりには、美味しく仕上がっていて綾はやや驚いた様子を見せる。
「本場出身の人がいて、こだわったんだって友達が言ってたよ」
茉莉子から聞いたことだ。
このお好み焼きのことはリハーサル前の練習のときから噂になっていたのだ。
「綾、少しちょうだい」
あーんと口を開けた里紗に、仕方ないと苦笑し割り箸でお好み焼きをつまんで入れる。
「にいちゃんもいる?」
同じようにお好み焼きを食べていた星乃が透に聞き、頷きが返ってくる。
綾のようにお好み焼きを切り分けて、透の口元に持っていく。
「はい、あーん」
「あーん」
透はわけてもらったお好み焼きを食べてから、星乃に礼を言う。
お返しにフライドポテトを星乃の口に持っていくと、実星からもねだられた。
昼食を終えた五人は、少しその場で雑談してから、体育館のライブを聞きに行く。
しばらくそこで過ごし、そろそろ帰ろうかということになった。
跡片付けで学校にいる必要のある透は、四人を見送りに校門まで一緒に歩く。
「帰るのは六時過ぎになるよ。夕飯は何食べたい?」
透の質問に双子が答える前に綾が声をかける。
「よかったら今日は一緒に食べない? 私が作っておくから」
「そうしなよ。片づけのあとに夕飯も作って大変よ?」
少し考えた透は綾と里紗に頭を下げる。
「甘えさせてもらいます」
「うんうん。寒くなってきたしあったかいシチューを作って待ってるよ。時間があるからルーから作ろうかな」
「楽しみにしてます」
スーパーに寄ってから帰るという四人を見送って透は学校の敷地内に戻る。
圭吾たちと合流しようかと思っているところに、男友達に声をかけられる。
「藤井一人か? 少し前まで美人さんたちと一緒だったろ?」
「あの人たちは帰ったぞ。今さっき見送ってきた」
「そっか。あの人たちは誰なんだ? 恋人とか言ったら妬みで人が殺せそうだ」
「残念ながら恋人じゃないな。大人二人はうちの隣に住んでる人だ。よくしてもらってる」
「それはそれで羨ましいんだが、じゃあ子供の方はあの人たちの妹?」
「俺の妹だ」
男子生徒は驚きすぎて動きを止めた。
「お、お前にあんな可愛い妹がいたのか!?」
「慕ってくれる可愛い自慢の妹たちだ」
「……五年後くらいの成長が楽しみだ、今のうちに仲良くなっておくの手か? 紹介してくれっていうのは冗談だ」
わりと本気だったのだが、透が強く睨んでいたのですぐに意見を翻す。
透が睨むことを止めて男子生徒はほっとした様子で歩き出す。
その隣を歩く透に、男子生徒は双子についてさしさわりのないことを聞いていく。そうしてほかの友達と合流したときに、透に可愛い妹がいることを話していった。
携帯に写真があるということで見たがる者たちに携帯を見せると、誰もが透と写真を見比べた。
そういった反応は、部活の試合に双子が応援に来たとき、圭吾たちがやっているので慣れている。
はいはいと軽く流して、携帯をしまう。
そんなことを話しているうちに、校内放送が流れる。午後三時に終了だと来客たちに知らせたのだ。
それを聞いて敷地内から人が少しずつ減っていく。二時四十分頃にはほとんど客は帰って、片づけを始めだした生徒もいる。
『午後三時です。今年の文化祭は終了しました。生徒の皆さんは、片づけを始めてください』
文化祭終了の放送が流れ、学校のあちこちから拍手とお疲れさまといった声が聞こえる。
楽しかったという感想があちこちから聞こえ、片づけに動いていく。
教室の飾りをとり、机を元に戻し、敷地内のゴミを拾い、モップで拭き掃除もしてと動いていくとすぐに二時間が過ぎた。
グラウンドには燃えるゴミが集められ、高く積まれている。その中には演劇道具や屋台の一部といったものもある。これらはキャンプファイヤーとして燃やすのだ。生徒会が役所に連絡して許可をもらっているので、勝手にやっているわけではない。
夕日が沈みかけた頃、粗方片づけが終わり、放送が再度流れる。
『五時三十分から文化祭の締めを行います。参加は自由です。帰宅する人はお疲れさまでした』
生徒の半数がグラウンドに移動し、余った食材を片手にキャンプファイヤーを待つ。
透も少しだけ参加することにしていたので、グラウンドにいる。
生徒会役員と風紀委員と美化委員が、ゴミの中にプラスチックなどがないか確認し、見つけたものを排除していく。こういった細かい部分を守らないと次回からキャンプファイヤーができなくなるのだ。
確認を終えた生徒会役員たちがゴミに火をつける。
暗くなり始めていたグラウンドに大きな明かりが生まれる。
CDプレーヤーからゆったりとした音楽が流れ出し、それに合わせて手拍子をする者や躍り出す者がいる。
大騒ぎの終わりを感じさせる、少し寂しさのある光景は三年生ならば見慣れたもので、高校最後の祭りが終わったこともあってしんみりと眺める。初めての一年生はもっと騒ぎたいという思いを抱き、来年の文化祭に思いをはせて騒ぐ。
そういった光景を写真に収めた透は、圭吾たちに別れを告げて帰る。
キャンプファイヤーは六時には終わり、生徒たちは帰される。
先に帰った透は六時を少し過ぎた頃に家に帰り着く。玄関を開けると屋内は暗く、双子は隣にいるのだろう。
着替えた透は、インターホンを鳴らし家に入れてもらう。
「「おかえりなさい」」
玄関を開けて出迎えてくれた双子にただいまと返して入る。
「おー、おかえり」
「おかえり」
双子とゲームしていた里紗が座ったまま手を振り、綾も洗い物の手を止めて言う。
その二人にもただいまと返して、床に座る。その両側に双子が座る。
「二人とも今日は楽しめたか?」
「「うん」」
「そりゃよかった」
「二人に聞いたんだけど、去年は女装コンテストに出たんだって?」
にやにやとしつつ里紗が聞く。
透は少し照れたように頬をかく。
「聞いたんですか。テンションが上がって出たんすよ。ネタ方面で賞をもらいましたよ」
あれはあれで盛り上がったので、いい思い出なのだ。
「今年はどうしてでなかったの?」
「みほしのの案内ができなくなるからですね。誘われてはいましたよ」
「写真とか残ってる? 見てみたいな」
「ないですねー」
圭吾たちが携帯で撮っていたが、ある程度からかったら消していた。透自身は写真に撮っていないため、身の回りの者に聞いても残している者はいないだろう。
残念だと言う里紗に、皿を並べるのを手伝いつつ透は大学祭について聞く。
「うちは来週の土日だね。でも私らはサークルに入ってないから準備とかはないよ」
「学科ごとになにかするって思ってたけど」
「学科でなにかするという話は聞いてない。ゼミだとやってるかもしれないけど。主にサークルが活動の中心かな」
「二人ともサークルには入ってなかったんでしたっけ」
パンの入った籠を双子に渡しながら、綾は好みのサークルがなかったからと答えた。
「私は綾と過ごす時間を取るために入らなかったね。バイクのサークルが少し気にはなったんだけど。透は大学でなにかサークル入ろうと思う?」
「今のところは特に。高校と同じ部活を大学でもやりたいとは思ってませんし」
そんなことを話しながら皿を並べて、夕食の準備が整う。
クリームシチューが湯気を立てて、美味しそうだ。
「じゃあ、いただきます」
『いただきます』
皆で手を合わせて言い、スプーンを動かす。
食べながら来週ある小学校の学芸会のことを話し、穏やかな時間が流れていく。
点数と間違い指摘ありがとうございます