10 文化祭 前
授業と掃除が終わり、ホームルームが始まる。
透の担任の深山菜助が教壇に立ち、連絡事項を話していく。いつものようにこれといった重要な連絡はなく、最後の話題になる。
「あと一ヶ月くらいで文化祭だ。一年二年で経験しているからわかっているだろうが、三年の参加は自由だ。よって他クラスのやつと組んでやっていいし、なにもせずにいてもいい。ただしどんな企画でも通るわけじゃないということは覚えておけよ。考えた企画はルーズリーフにでもまとめて、生徒会室に持っていって審査を受けること。なにかほかに聞きたいことはあるか?」
「はいっ!」
すぐに男子生徒が気合いの入った様子で手を上げる。ズビシッと擬音が尽きそうなくらい綺麗に手が伸ばされている。
それを見て菜助は授業中もこれくらい気合いが入ってくれればと思う。
「予算ってどうなるんですか? 一年二年のときは一クラスごとに予算が割り振られてましたけど」
「生徒会と話し合って決めることになる。多くの費用を必要とする企画だと却下されるな。衛生や治安に問題があるような企画も却下だ」
別の生徒が手を上げる。
「却下された企画ってどんなものがあるんでしょうか?」
「そうだなー……たしかストレス発散目的に大声大会の企画がだされたけど、近所迷惑やひどい罵声が出るんじゃないかって却下されたな。早食い大会も却下されたか。これは予算と衛生的な問題だったはずだ」
なるほどと生徒たちが頷き、なにか企画してみるかと話し合う。
菜助がほかに聞きたいことはないか尋ねると、さらに手が上がる。
「例えばスープの屋台をしたい場合、温め用のカセットコンロは予算から買うことになるんでしょうか? それとも家にあるものを使っていいんでしょうか?」
「家にあるならそれを使っていいはずだ。俺が教師になったばかりの頃、たい焼きをやった生徒がいるが、そいつは親戚から鉄板を借りてきていたぞ。ただし持ってきた物に対して学校は責任を負わないから、盗難や破損の対策はきちんと各自で考える必要がある」
ほかにはもうないかと菜助が尋ね、手は上がらなかった。
これでホームルームは終わりとなり、菜助は職員室に戻っていった。
帰ろうかと透が思っているところにわくわくした表情の圭吾が近寄ってくる。
「透っお前はなにかやるか?」
「俺? パスかな」
「なんでだよ。面白そうだから部活を引退した奴らを誘ってなにかやってみないか?」
「推薦の受験日まであと二ヶ月切ったからってのと、家事に支障が出そうだからってのが理由だな」
両親が長期出張中でなければ、透もなにかやろうと思っていただろう。圭吾と同じく面白そうに感じているのだ。
「そっか。それなら仕方ないか。じゃあ、俺はほかの奴に誘いをかけるからさ、アイデアがあれば出してくれよ。それくらいなら大丈夫だろう?」
「いいアイデアがでるとはかぎらないぞ」
「それでもいいさ」
「わかったよ」
「サンキュ! 早速行ってくる」
走って教室を出ていく圭吾と入れ替わるように茉莉子がカバンを持って近寄ってきた。
帰りに夕食の買い物をするということで、一緒に行く約束をしていたのだ。
「もう帰れる?」
「おうさ。そっちは文化祭とかの話を友達としないのか? もう少しなら待ってても大丈夫だけど」
「誘いはあったけど今日は私抜きで話をしてって言っといた。今日お客さんが来るから、夕食を気合い入れて作る必要があるんだよっ」
「へー、じゃあ行こう」
二人が廊下に出ると、いつもより廊下に出ている生徒が少なかった。
聞こえてくる会話は文化祭のことで、その話し合いのため残っているのだろう。
「藤井君はなにかやろうと思ってる?」
「圭吾に誘われたけど断ったよ。推薦とか家事を優先したいってことで。そっちは参加予定?」
「うん。高校最後の文化祭だからね、参加していい思い出を作りたい」
「なにかやりたいことはあるのか?」
「んー……甘いものを出す屋台とかちょっと興味あるね」
「屋台で甘いものというとクレープ、かき氷、わたあめ、アイスキャンディー、チョコバナナってところか」
「開催が十一月だから冷たいものは避けて、クレープ、わたあめ、チョコバナナ。でも手作りアイスキャンディーってのも面白いかもね」
砕いた飴を入れてカラフルにしてみるといったアイデアを話しつつ移動していき、スーパーに入る。
「今日はなにを作ろうかねぇ」
「うちはチンジャオロースとワンタンスープとほうれん草の白和えよ。特にチンジャオロースに気合い入れないとっ」
茉莉子はがんばるぞっと両の拳を握ってポーズをとる。
並々ならぬ気合いに、透は興味がそそられ理由を尋ねる。
茉莉子は人差し指で頬をかき、少し照れた様子を見せ答える。
「お客さんってお父さんが可愛がっている部下でね。これまでも何度かうちに来てるの。お父さんが気に入ってうちにまで連れてくるだけあって、いい人なんだよ。何度か接するうちに私も好きになってね。篭絡しようと、それとなく好きな料理を聞いたの」
「なるほど。そりゃ気合いも入るわな。ちなみに恋人の有無は聞いてあるのか?」
恋愛感情に押されて突っ走ってないかと思い聞く。
「大丈夫、調査済みであります。現在付き合ってる人はいないということでした」
「了解。若竹上等兵の任務成功を祈る」
真面目な表情で顔を見合わせた二人は、プッと噴き出し笑う。
その様子を周囲の人々は仲の良いことだと微笑ましそうに見ていた。
「まあ、冗談はさておき、本当にいい結果になることを祈っておくよ」
「ありがと。急いで結果を出す気はないし、こつこつと好意を得ていくよ。私の行動に気づいた頃にはゴールイン間近というのが理想」
ふっふっふっと笑い計算高い様子を見せる茉莉子を、透は頑張れと応援しつつ、双子が大きくなれば同じように行動するのかと考える。
想い人を射止められるよう、早くに家事を仕込んだ方がいいのかねと考えながら、食材を買い物籠に入れていく。
スーパー前で茉莉子と別れて家に帰り、家事を済ませた透は双子が見ているテレビの音を聞きつつ、インターネットで文化祭の出し物について調べていく。
思った以上にたくさんの出し物があり、透は感心し先を読み進めていく。
その様子に気づいた実星が声をかける。
「なにを見てるの?」
「ん? うちの高校であと一ヶ月くらいしたら文化祭があるんだ。そのための下調べ」
「また行きたい! ね、しの」
「うん。行きたい」
「いいけど、高校まで二人だけで来る必要があるぞ、大丈夫か?」
大丈夫だと双子は頷いた。
去年一昨年と母親に連れられて行っているので、道筋は覚えているのだ。
「だったらいいか。でも十分に気を付けるんだぞ? 人が多いからな。当日にも言うけど、校門で待ってるから勝手に中に入らないように」
『うん』
楽しみだと話し合う双子を見て、透はインターネットで調べ物を続ける。
翌日、透は学校で圭吾と文化祭の企画についてなにか案があるのか聞く。
「昨日はとりあえず参加人数を確定させただけだな。友達の友達とかが集まって二十人弱ってとこだ」
「けっこう集まったな」
「俺もびっくりした。これだけいれば人数不足ということはないだろう。問題はなにをやるかだけ」
「参考になるかと思って他校の出し物を調べてみた」
メモ用紙を圭吾に渡す。
サンキューと礼を言って、圭吾はメモに目を通す。
「フラッシュモブってなんだ?」
「ウィキペディアだと、ネット掲示板とかで募集された人たちが一般の歩行者を装って通りすがって、いきなりパフォーマンスを行って、それが終わったら解散って書いてたな。詳しくは動画で見てみればいい」
「あー、なんか見たことあるかもしれない」
おぼろげながら、テレビで流れていたものを思い出す。
「ちょっとした演奏やダンスなら、文化祭までになんとかなりそうだな」
「フラッシュモブが有力候補か?」
「いや、やるならどうだろうって思っただけだ。ほかの奴らもやりたいことを考えているだろうしな。それにしてもゴルフやらもぐら叩きやらいろいろあるな。ジェットコースターもほんとか疑うけど、カジノなんてほんとにやったのかよ」
さすがに許可が下りないのではと言う圭吾に、透は無理もないと頷く。
「一回五十円で、負けても五十円のお菓子を、勝てば百円のお菓子を渡したらしいな。実質無料のゲームだから許可が下りたんだろ」
「まあ、そうでもしないと認められないよな」
圭吾は再びメモに目を向けて、うんうんと頷く。
「これを参考にして話し合ってみるよ」
「おう、決まったら教えてくれ」
昼休みは、それぞれが集まってなにをやるのか話し合う様子が見られた。
他のクラスも覗いてみると、三年の半数以上が文化祭への参加を計画しているようだった。
放課後になり、透はカーヤの様子を見るため二年の教室に入る。
何度か来ているためその教室の生徒に止められるようなことはない。
『こんにちは、透さん』
透に気づいたカーヤがドイツ語で挨拶してくる。
『こんにちは、カーヤ。楽しく過ごせているかい?』
『うん。皆と一緒で楽しいよ。文化祭が近いから盛り上がってきているのもいい感じ』
『そりゃ、よかった。このクラスはどんなことをするか決まっているのか?』
『私がいるから、日本独自のものをやって楽しんでもらいたいって話してたよ』
カーヤは候補が書かれた黒板を指差す。
そこには和装喫茶、忍者アトラクション、スポーツチャンバラ、茶道体験といった四つが書かれていた。
『カーヤはどれがやりたいってのはあるのかな』
『そうだねー、着物を着てみたいとは思う』
和装喫茶か茶道推しになるのかと透は思ったが、ほかの二つでも着物を着て受付や審判ができるので、喫茶や茶道で決定したわけではない。
『そちらのクラスではどのようなことをやるんです?』
『三年はクラスごとじゃなくて、グループを作っての参加になるんだ』
受験を優先する生徒もいるからと理由を説明する。
『俺もそういった理由で不参加。当日は妹たちが見物にくるから、その案内をして過ごすよ』
『妹さんがいるんだ。私も弟がいるんだよ。何才になるの?』
話題は文化祭から離れて、家族のことになり、少し話して透は教室から出てる。
ちなみにこの後の話し合いで、クラスの出し物は和装喫茶に決定した。ついでにドイツのお菓子もカーヤから教えてもらい、出すことになる。
喫茶店はほかにも希望クラスがあったが、カーヤに思い出を作ってもらいたいということで生徒会も許可を出したので、無事行えることになった。
文化祭までの一ヶ月、学校は賑やかになる。
一番忙しかったのは生徒会だろう。通常業務のほかに出し物の選定もあったのだ。文化祭委員と風紀委員の助力も得て、選定を終える。
出し物が決まると、一般生徒たちが今度は忙しくなる。昼休みや放課後に話し合い、設置物を作りと楽しそうに作業している様子があちこちで見られる。
透は不参加組だが、昼休みに圭吾たちの話し合いに参加し、たまに意見を出していた。
圭吾たちの出し物は大道芸だ。ピエロに扮して、ジャグリングやパントマイムやアクロバットを交えたパフォーマンスを屋外で行う。部活動をやっていた者たちなので、久々に体を動かしたいと思ったのだ。
文化祭前にあった中間テストもどこか浮ついた雰囲気で終えて、いよいよ文化祭が迫る。
この高校では文化祭は土日の二日だ。生徒のみ参加のリハーサルを兼ねた前夜祭。そして本番の文化祭だ。
生徒や教師が客というだけでも校舎内は大きく賑わいを見せる。
透は一人でぶらぶらと歩き回り、圭吾たちのパフォーマンスの時間が近づくとそちらに足を向ける。
圭吾たち男共に混ざって、CDプレーヤーを持った夕夏がいる。
圭吾たちのマネージャーのようなものとして協力していると言っているが、圭吾と夕夏以外の者たちは圭吾目当てだろうとわかっていて、いちゃいちゃするならよそでやれとはやしたてたかった。
それをやると、夕夏は照れから協力を止めてしまうのでやらない。他の男目当てでも女子一人いるのといないとでは華やかさに差がでるし、女子視点からの意見も欲しかったのだ。
「調子はどうよ」
ピエロメイクと衣装の圭吾に声をかける。
「おう、来たのか。一度やってみないことにはどうにもなー。ほかのところはどうだった?」
「一年は初めてだからか、やたらと張り切ってたよ」
「俺たちもそうだったな。それが楽しくもあったが」
「ほら、圭吾! 話してないで、そろそろ始まるから位置につきなさい」
夕夏の声に、怖い怖いと笑い肩をすくめて、ほかのピエロの中に混ざる。
「三年有志による、クラウン座の開演でーす」
夕夏がメガホンで開始を告げて注目を集め、CDプレーヤーのスイッチを押す。
アップテンポの音楽が流れ始めて、圭吾たちが動き始める。
始めはパントマイムや組体操やチアガールが見せるような動きで、次にゴムボールやクラブを使ったジャグリングを行う。
十五分のパフォーマンスに、足を止めて見物する者もいる。
夕夏の視線は常に圭吾を捉えており「そのタイミング」「ちょっと遅れた」といったふうに小さな声で応援している。
はたから見れば、夕夏が圭吾をどう思っているかはわかりやすい。それなのに思われてる本人は気づかない。
幼馴染だから距離が近すぎて気づけないのだろうかと思いつつ、透は二人が上手くいくことを祈ってみたりする。
前夜祭を終えて、本番も問題なくいけると喜ぶ者、問題が見つかり修正に急ぐ者と騒がしく、放課後遅くまで学校は賑やかだった。
早く帰れと注意する先生や生徒会たちの姿は、毎年見られるものだ。
そして当日、学校に来て圭吾たちの準備を手伝った透は、双子と約束していた時間に校門で待つ。
「来たよー」
周辺を見渡していた透に実星が声をかける。
透がそちらを見ると、綾と里紗の姿もあり、少し驚いた様子を見せる。
「みほとしのを連れて来てくれたんですか?」
「いやついてきたっていうのが正しい。何日か前に二人から高校の文化祭に行くって聞いてね、興味がわいたんだよ」
里紗はそう言いながら校舎やグラウンドを興味深そうに見る。
「高校生のときにやったでしょうに」
「うちは女子高だったからね、共学はどんな感じなんだろうってね」
「そうだったんですか。とりあえず学校を一周という感じでいいですかね?」
「私たちたちはついでだから、実星ちゃんと星乃ちゃんが行きたいところでいいわ」
里紗は綾に視線を向けると、綾は同意だと頷く。
「みほしのは学校一周でいいか?」
「「うん」」
「じゃあ、まずはグラウンドの出し物を見て回ろうか。っとその前に二人にお小遣いあげないと」
財布から四千円取り出して、それぞれに二千円ずつ渡す。
「それで飲み食いしたり遊ぶように、大事に使うんだぞ?」
もらった二千円をポケットに入れて頷いた双子を見て、透は歩き出す。
グラウンドに行く道にはいくつか屋台が並ぶ。
カレーライスに焼きそばにおでんといったがっつり系。チョコバナナ、わたあめ、リンゴ飴という甘いものが売られている。
美人の綾と里紗に、男子がおまけするから買っていかないかと声をかける。
「どうしようか? お昼には早いし。ちょっとした甘いものでも。実星ちゃんと星乃ちゃんはどれがいい?」
綾の質問に、双子はじっと屋台を見てわたあめを指差した。
綾が近づくと男子生徒はにこやかに笑みを浮かべて出迎える。
「いらっしゃいませ! いくつ作りましょう?」
「三つでお願い」
「かしこまりっ」
おまけすると言った以上けちるわけにはいかず、これまで作ってきたものより二十パーセント増しの綿あめを作る。
「どうぞ!」
「ありがとう。はい、実星ちゃん星乃ちゃん」
先に渡された二つを双子に渡し、最後の一つをもらってお金を渡す。
「おつりの百円です。お買い上げありがとうございました」
「こちらこそ、おまけありがとう」
笑顔で礼を言うと、男子生徒はそれだけで嬉しいという表情を見せた。
「里紗姉さん、半分こしよう」
そう言って差し出されたわたあめに、里紗はパクリと食いつく。
「わたあめって久しぶり」
「たまにはこういうのもいいわよね」
反対側に綾も食いついて言う。
その仲良さげな様子を見た屋台の男子たちは、いいもの見たとだらしない笑みを浮かべた。
「にーちゃん、私の少し上げる」
「私のもあげる」
「ありがとうな」
差し出されたわたあめを少しちぎって、口に放り込む。
「甘いな。いや当然だけど」
「「あまーい」」
わたあめを片手にグラウンドに入り、運動系の出し物を見ていく。
サッカー部や野球部が出しているストラックアウトがあり、バスケット部はフラウープを使った輪投げ、陸上部は重りをつけて短距離走で競争して勝てばお菓子をプレゼントという企画をやっていた。
ほかに三年生がバルーンアートをやっていたり、似顔絵描きをやっていたり、発泡スチロールと木材と紙で大きなキャラクターを製作し置かれていた。
それらを見て回り、双子がバルーンアートで動物を作ってもらったりして、校舎に入る。




