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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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城塞都市ルセイス 5 -力関係と歴史-


 ――ウルール視点。



 チラリと視線を寄こすと、エナンサはトーガさんとの会話に花咲かせている。

 薬草庭園で栽培している草花や苔、取り扱っている鉱石とその在庫など。

 機密に触れない程度にエナンサが答え、トーガさんはその豊富さに驚いて見せたり、薬学の知識を披露していた。


 トーガさんは歴史学者であると同時に錬金術師でもあるから、ルセイスの薬学や魔法がどれほど進歩しているのかに興味があるようだ。

 だから師は、相手の自尊心と好奇心をくすぐる。


 誰だって自分の生まれ育った故郷や職場を褒められれば悪い気はしない。

 それを誇っている人間ともなれば、興味津々に耳を傾けられるのは一種の快感だ。

 しかもそうする相手が、それらに深い造詣ぞうけいを持つのであれば饒舌さに拍車がかかる。


 単純なことだけれど、会話ほど簡単で効果的な交流方法はない。

 会話というものはお互いの知識教養と精神の成熟さの理解を深める側面があり、発する声、言葉のリズム、目の動きと表情、なにげない仕草にまとう空気、これら好悪こうおの材料がその評価の土台となって付き合い方が決まってゆく。


 エナンサのトーガさんへの態度も、時間の経過とともにやわらかくなったものだ。

 顔を合わせたばかりの最初などは、失礼にならない程度に警戒心が表れていた。

 なにせトーガさんが城門で提示したのはロッタル侯爵からの旅上身分証明で、理由を告げずにウンディード城へ連行しても動じた様子を一切見せなかったのだ。


 この時すでに『荒事に長けた人物』という印象がついてしまっていた。


 そのため応接室へ案内されることになり、そこでようやくボクらは説明する機会を得ることになった。

 メネデールさまから預かった蝋封のされた書状とここへの目的を知ったエナンサの態度は一変し、かしこまりにかしこまった。

 ルットジャーの三女が同行し、ルットジャーの師メネデールの書状を持つ客人を応接室・・・に案内してしまったからだ。


 トーガさんはその扱いに気を悪くすることなく、ボクを一瞥いちべつしてからエナンサにこうなった経緯――理由を尋ねた。

 もしかするとトーガさんは、あのときから確信していたのではないだろうか?

 連行の原因がボクにあって、エナンサが城主帰還の時間稼ぎをしたいのだと。


 おかげでボクの過去が洗いざらい語られることになり、エナンサのトーガさんへの評価はおだやかで懐深い知識人へと高める結果になった。


 ただ彼女の胸中ではそれ以上の感情が生まれているようだった。

 表情や態度にこそまだ出てはいないが、代わりにカプセラがどうしていいかわからない顔で目を泳がせている。

 これはエナンサの失敗だ。

 しかし彼女だけの失敗とも言い難かった。



 ウンディード城の接客方針では、商品のプロモーションを兼ねているのは先にも語った通り。

 リキュール単品よりも対象年齢が広く、日持ちのするブランデーケーキというのは旅先定番のお土産だ。

 ここで推しておけば、客は帰りに寄った店でブランデーケーキを前に唸ってくれる。

 さらに接客上手なルセイス店員は相性のいい茶葉を薦めるし、うまく運べば小洒落たルセイス産のティーセット、はたまたエルフィン細工の銀食器にまで手が伸びるやもしれない。

 まったくもって接客万歳である。


 そしてそのスタートとなるブランデーケーキは、より見栄えがするよう一本まるまる用意する。

 土産を配る様子をイメージしやすくするのも狙いで、給仕車ティーカートの上で保存ケースから取り出すのがポイントだ。

 目の前で切り分けるので香り高く、大変にウケがいい。

 ウンディード城のメイドとして、エナンサが行ったこれら手順は正しい。


 ただしその接客の相手がトーガさんでなかったら――の話だ。

 ただしその振る舞う相手が英雄シューでなかったら――の話だ。


 プレーン、レーズン、アップル、オレンジ、ピーチにチェリーにパインのブランデーケーキ。

 果ては食べごたえ抜群のスイートポテト入りのパウンドケーキまで。


 このままルセイスで親しまれるお茶請けを網羅せんばかりに食べ尽くすシューちゃんは今、粉砂糖の降り掛けられた刻みフルーツと焼きたてパンケーキの生クリーム添えを頬張っている。


 つい先ほどなどは、バニラビーンズの利いた濃厚なアイスクリームが運ばれたのだが、蒸発でもするかのような食べっぷりでテーブルから消えてしまった。


 トーガさんは普段良識的だが、ことシューちゃんの食に関しては非常識に寛容で、周囲に対する遠慮が消失する傾向にある。

 シューちゃんもシューちゃんで、それが礼儀だとばかりに出されたものは一欠片も残さない。

 知らなかったとはいえ、そんな2人にエナンサは言ってしまったのだ。

 いつもの調子の接客のセリフを。


「おかわりが必要でしたらいくらでもお声掛けください」


 それは決して口にしてはいけない言葉。


 たぶん、負い目もあったのだろう。

 だから撤回を諦め、ただただ彼女が早く満足することを祈った。

 なにせあの小さな体だ。

 食いでのあるブランデーケーキの山が、キレイさっぱり整地されてしまうと誰が想像出来ようか。

 同情の目をエナンサへ向けると、平静を保つ限界に差し掛かったのか笑顔が痙攣するように引きつっていた。



 城塞都市ルセイスを治めるルットジャー侯爵家にとって、この程度の接客費は問題ではない。

 むしろ接客対象の重要性を考えれば、控え目なくらいだ。

 彼女が笑顔を引きつらせる理由は費用でなく、厨房で働く料理人たちとの関係不和だ。


 ブランデーケーキというのはとかく時間がかかる。

 パウンドケーキは焼いてしまえばそれでいいが、リキュールを染み込ませてからはある程度の間を置かねばならない。

 熟成期間だ。


 熟成の足りないブランデーケーキはアルコール臭く、遠路の土産に丁度よくとも、即座に食する接客にはとても使えた代物ではない。

 特にウンディード城のブランデーケーキには、ドライフルーツや蜂蜜漬け果実ハニーフルーツが使用されており、保存に向いた超熟仕様。

 熟成期間に1カ月。

 長いものだと2カ月掛けるのが当たり前だった。


 そんな接客用ケーキをポンポン飲むように消化されてしまっては、それを管理する料理長のこめかみに青筋が浮き上がるのは想像に難くない。

 なにせもうすでに9本目だ。

 9切れ・・ではなく、9である。


 しかもブランデーケーキのみならず、アイスクリームをかなりの種類食べた。

 こちら・・・にアイスクリームを自動で作る機械があるわけもなく、すべては職人の手作り。

 しっとり食感を生みだすために、空気を含ませながら混ぜては冷やしを何度も何度も繰り返す。

 これを怠るとシャーベット状のシャリシャリアイスになってしまうのだ。


 さらにウンディード城の料理人は『料理が仕事で趣味が料理』のこだわり派の集まりだった。

 店舗へ仕入れるのをよしとしても、店舗から仕入れるのは職人の矜持に関わるらしい。


 今回の接客の責任者は、エナンサ・オエノス。

 料理人たちからグチグチとイヤミを言われるだろうし、朝昼夜に出される食事が貧相になる可能性もあった。

 これは住み込みの奉公人にとっての重大事で、毎日の楽しみを失うに等しい不幸だった。



 さすがにフォローせねばなるまい。

 元をただせば、シューちゃんの機嫌を直そうとしたボクの責任と言えなくもないのだ。


 相手がメネデールさまの客人と知れば厨房のみんなもいくらか納得するだろうし、応接室・・・に案内したエナンサが事情を説明するよりも効果的なはずだ。


 自慢ではないが『脱走姫』の名は伊達ではない。

 料理長とは脱走中に釣り上げた魚を託して小腹を満たし合った仲なのだ。

 あとで思い切り褒めちぎっておこう。


 とりあえずその前に。


「シューちゃん」


 ホットケーキを一生懸命口に運んでいたシューちゃんの手がピタリと止まり、こちらに振り返った。

 フードに収まる彼女の顔はあちこちに粉砂糖や生クリームがついていて、お茶菓子との激闘ぶりを物語っている。

 そして、相変わらず眠そうに見えるその大きな目には、まだまだ終わりが映っていなさそうだった。


「あんまり食べすぎるとおなかがいっぱいで舌が鈍っちゃうよ。夕食は今度こそ名物料理を食べるんでしょ?」

「……ん」

「とりあえずそれが終わったら、休憩にしよう。

 そこの窓から出たテラスの景色は、お茶菓子に負けないくらいすごいんだ。

 なんせ水の大魔術師ウィザードヒーネ・ルットジャーのお気に入りの場所だったらしいからね」

「……ん」


 シューちゃんはボクの意見にこくりこくりとその都度頷いた。

 食事を美味しく取る準備。大好きな英雄譚の英雄に関わる場所。

 付き合いが短くとも彼女の興味を引く条件は心得ている。


 どうやら納得してくれたようで、食べる速度はゆるやかに。紅茶も味わうように口付けた。

 でもすでに窓の向こうが気にるらしく、そわそわし始めていた。

 まったくもって”ちっちゃなかいじゅう”は欲望に従順だ。


 顔を上げるとエナンサと目が合い、小さく頭を下げられた。

 客の前で取れる密かな感謝の意。

 笑って応えると彼女も微笑み、丁度そのタイミングで扉がノックされた。


 領主代行ジョーバート・ルットジャーのご帰還だ。




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 あるじの方針にもよるが、留守中に来客を迎えた場合にはいくつかの手順とパターンがある。

 たとえば主が帰還したとき。

 客が目上であったり、急ぎを要する内容であったり、身内だけであったなら外套や帽子を脱いですぐに現れる。


 しかし身元が不確かであったり、爵位などが目下めしたであると対応は違ってくる。

 まずは衣装。

 貴族たる威厳を示すため、いくつかのランクに分けられた召し物に着替える。

 次に情報。

 着替えの最中に接客していた者が来客者の目的と戦闘能力・・・・の目算を伝える。

 エナンサが先ほどカプセラを残して応接室を出て行ったのもそれが理由だ。


 どんなに善政を敷こうと立場ある者はなにかしらの邪魔や恨みに思われるもので、それがヴァスティタ南西部一帯を統括する侯爵家ともなれば必要な手順だった。


 ボクだけであれば身内対応だが、ジョーバート伯父さまがトーガさんたちの詳細を知るのはこれから。

 城主対面にはまだ少し間があった。

 だからボクはお茶請けを食べ終えたシューちゃんをテラスへ誘うことにした。

 トーガさんも先ほどの情報で興味を持ったらしく、応接室の掃き出し窓から一緒に出た。


 応接室は、庭と玄関に次ぐ館や城の顔。

 氏族クランの持つ力がいかほどかを示すこともあり、広さと美しさを重視する。

 当然応接室から続くテラスともなれば秀麗だ。


 そしてここは、水の大魔術師ウィザードヒーネ・ルットジャーお気に入りのティースポットだった。


 南部地中海シレーナライから吹き上がるのは、そよ風の居城ブリーズキャッスルの異名に違わぬおだやかな風。

 手すりへ歩んで眼下に広がるは、色鮮やかな街並みと海面の乱反射。

 小高い丘の上に建つ城ならではの大パノラマだ。


 視線を持ち上げればどこまでも続く南部地中海シレーナライの水平線があり、それを悠然と断つのは伝説の世界樹。

 250年前の英雄譚の大舞台――火山島を苗床に雲を突き破る巨体で蒼天を覆っていた。


 生まれ育った6年と帰省する度に見てきたそれは、今も変わらず夏の暑さを忘れさせる幻想的な光景だった。


「……おーぅ」

「まさに歴史が描き出した絶景ですね」

「……歴史、ですか?」

「ええ。

 右手に広がる南の大森林は、オストアンデルが精霊の樹の宝種ほうしゅを植えることで創生しました。

 中央の南部地中海シレーナライは『外』との大戦で生まれ。

 世界樹はヒーネとメネデール公の長旅の末に復活させたもの。

 左手に賑わう街並みに至っては、250年を掛けて作り上げたルセイス民の歴史そのものです。

 どれも奇跡や偶然ではなく、ヒトとエルフが勝ち取り、その手で生み出した景色です」

「……そうか。そう言われればそうですね。どれもはじめから在ったものではないんですね」


 改めて考えると不思議だ。


 大森林の創生は豊穣の女神が起こした奇跡とは言え、オストアンデルが試練を乗り越えて掴み取ったもの。


 海底火山が灼熱の島を形成したのは『外』の勢力の侵攻で、撃ち滅ぼしたのはヒトとエルフの同盟軍。


 世界樹復活を成したのは、〈実りを求めし者シードシーカー〉という英雄3人と神獣1匹の功績。


 火山島は世界樹に吸われながらも拡大を続け、北東部と南部が大陸と繋がる頃に安定して半島となり、南部地中海シレーナライを生み出した。


 ルセイスは250年前の若き建築家たちが計画し、次世代が受け継ぎながら完成させた城塞都市だ。

 それも『国』と言って差し支えない規模の都市。


 でも1000年以上前には都市どころか地中海もなく、大森林さえ存在しなかったのだ。

 むしろ今『それらすべてがなかったら』を想像しろと言われても難しい。



「人間が積み重ねた歴史は神の奇跡よりも貴い。この麗しい努力がさらに続くことを期待しています」


 しみじみと言うトーガさんに違和感を覚えた。

 しかしすぐに師の肩書きを思い出し、それは霧散する。


 歴史学者。


 そう。師トーガ・ヴェルフラトは古代遺跡――多くの滅びた歴史に触れてきているのだ。

 いつ何時なんどきルセイスがその危機に瀕するかはわからない。

 平和であることは一番だけど、危険に近寄らずとも脅威というものはやってくる。

 疫病や飢饉、侵略してくる国もあれば、『外』の勢力という存在もある。

 それは歴史が――英雄譚が証明していた。


水の王国ヴァスティタやルセイスがそうあるよう、ボクもがんばります」


 弟子としての気持ちを新たに宣言すると、


「あとで授業の時間を作りましょう」


 トーガさんはうれしそうに笑った。





 6大都市でもっとも美しい都市ルセイス。

 正直行きたい。

 人魚観察しに。


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