城塞都市ルセイス 4 -秀才と天才-その3
「その後実験は試行錯誤するが見事成功し、雨季と乾季の時期に合わせて定期的に祭りをすることが決まった。
おかげで東側にはほどよく雨が降り、池にはいつも水が満たされている。
そして父上と相談し、この真相とウルールの才華については秘密にされることとなった」
これは副産物の話になるが、ルセイス各地に風呂施設が増えることで石鹸や香油の需要が高まり、東側では香りのよい花畑も開拓されるようになった。
水を充分に確保出来る環境による大きな変化だ。
思うにウルールは、これも想定していたのではないかと思う。
そう。ウルールは計画に盛り上がる私にポツリと言ったのだ。
「これでひがしに『はる』がきますね」と。
妙な言いまわしだったのでよく覚えている。
なにゆえ『春』などと表現したのか。
雨が降って豊かになることだと考えたこともあった。
だが、東側の変化は大きくあったものの、『春』と言うには華やかさに欠ける。
これは凡夫たる者が、天才に理想を持ち過ぎただけなのかもしれないと結論付けたこともあった。
しかし花畑の開拓が街道沿いにまで進み、レウノアーネからララーナ様とともに帰郷した9歳のウルールは、私に笑いかけたのだ。
「東に春が来ましたね」と。
私はひとり、歓喜に震えた。
真の英雄の道程をこの目に出来ているのだと。
父上の興奮の意味を、さらに深く理解した瞬間だった。
いつかこの話が出来ることを何度も夢に見た。
臣下や民衆に広めるには早い。
ウルールはまだ、己の身を守るには力が足りていないからだ。
せめてララーナ様に届く実力がつけば、家臣にも話せよう。
妻に話したのは、向こうで母の一人として過ごしたことがあり、子供らの絶対の味方であるからだ。
「つまりあなたの一番の手柄は、ウルールのものだったのね!」
「……そこなのか妻よ」
確かにそうなのではあるが……。
ウルールの身を守るため、私も心苦しく思いながら黙しているのだ。
冗談でもあんまりではないだろうか。
あれ? 冗談だよね?
あ、ちょっと涙が出てきた。
「まあ、王都で一緒に暮らしていたから、あのコがとても賢いことはよく知っているわ」
「そ、そうだろう?」
「計算も早かったし、帝国や教国の言語と文字もあっという間に覚えちゃったしね」
「ハワードやヘレナが帰郷したときも、1番にその話をしていたな」
ルットジャーの伝統とも言える、兄弟姉妹の自慢。
ウルールが話題だと、好奇心の旺盛さと吸収力のすごさが最初に上がる。
「おかげで座学の時間に出掛けることを許されちゃって、『メネデール様の授業を抜け出す不届き者』って向こうの家臣に噂されるようになって大変だったのよ」
「ああ。ホーリィが躾係になって、ウルールと大ゲンカしたんだったね」
少しばかり優秀で収まるのであれば、メネデール様もそのような許可は出すまい。
協調性を重視するはずだ。
しかしウルールの修学力と好奇心を知れば、自由に学ばせる方針に舵を切ったとしても不思議はない。
出掛ける先にも想像がつくし、神獣ラファナスが護衛としてついて回っていたのだろう。
私も向こうでは、アレが護衛としてよく付いてきたものだ。
「ウルールも別に遊びまわっていたわけじゃないのよ?」
「王立図書館だね?」
「あら。よくわかったわね」
「滅んだ国や、人間と極力接触を持とうとしないドワーフの文字でもないかぎり、今のウルールに読めない文字はないだろうからね」
「英雄譚演劇を観に行ってることもあったから、そこから非難されちゃったのよ」
「それに一番腹を立てたのがホーリィだったわけか」
ヘレナが王都へ旅立ってから、ウルールは頻繁にホーリィのところへ遊びに行っていた。
抱き上げきれずにウルールを引きずるホーリィの姿は、今思い出しても笑いを誘う。
そんなかわいがっていた優秀な妹がバカにされて、あのホーリィが知らぬ顔を出来るはずがない。
家臣らにバカにされぬよう、立派に見える指導にこだわったはずだ。
そしてホーリィはリセーリスに似て几帳面で、自由に学び育ってきたウルールには窮屈だったろう。
ケンカのひとつやふたつ起こるのは必然と言える。
「ハワードもヘレナも表面上には出さなかったけれど、内心では相当だったみたいよ?」
「どうしてうちの子らは、ビックリ箱みたいに感情を発露するようになったんだろうね」
普段はどっしりと構えるように物静かなくせに、怒った時は火山が爆発するような激しさを持つ。
我慢せよと口酸っぱく言った覚えはないのだが、実に不思議だ。
「父親の辛抱強い背中を見てきたからでしょうね」
「なんだ。私が悪いんじゃないか……」
「そこは『だったら誇ってもいい』くらい言ってあげてちょうだいな」
ルセイスで暮らす家臣にはあまり見られないが、王都の――スレイモンが指揮する魔法詠唱者大隊の中には、水の魔術師の血統でありながら才がない私を物笑いにする者は少なからずいる。
スレイモンもソーネストもその手の輩には容赦しないが、ないものはないのだ。
事実を言われて怒る理由はない。
『兄上は俺が最も敬愛する、ルットジャーの根幹を支えし無くてはならぬ存在ぞ!』
弟たちに慕われるのはうれしいが、なぜアレはああもああのか。
あと声が大きすぎる。
正直、恥ずかしくて頭を抱えた。
ただまあ、言わんとすることがわからないわけではない。
臣下からの軽視を受け入れると、命令系統に支障が出ることもある。
かといって権力を振りかざす気にもなれなかった。
自分では立場相応の執務と政務でそれなりに有能なつもりだ。
武官は国と秩序を守るために働き。
文官はそれが機能するように働く。
どちらが欠けても破綻する。
上も下もないのだ。
彼らとていずれそれを知ることもあるだろう。
「そうだね。次回はそう言おう」
「あなたのすばらしさを理解できるのは、身近に居るか働きを知るかのどちらかだわ」
「なんだい、突然?」
「どうせあなたのことだから、向こうの家臣に言われたことを思い出しているんだろうと思ったのよ」
図星を突かれて目を丸くしてしまった。
ブレンダがやさしく微笑んだ。
「若い内は派手な活躍に目が行き、地味なものを軽んじるのは仕方がない。誰もが主役になりたいのさ」
「バカは放っておくとバカのまま育つのよ。知る者が怒鳴るのは正解」
「気付く者もいる。それだけで私はいいんだがね」
「私が嫌なのよ。愛する夫をバカにする者は、私にとっての敵だわ」
ふんとそっぽを向いた妻は、力強くもかわいらしかった。
若い頃から変わらぬ、一番の味方だ。
やはり私は幸せ者だな。
「そういえば、ブレンダ。私も話したんだから、以前にひっこめた話を聞いてもいいかい?」
「うん? なんの話?」
「ウルールの提案をきっかけに、エルフィン青果に大きな利益をもたらしたっていう話さ」
「ああ、アレね」
ウルールに一目置く理由について口をつぐんだとき、妻が腹いせに「すごいことがあったのよ」と話を振ってから黙り込んだのだ。
その後は何度尋ねても「あなたが話したときにでも話すわね」とにこやかに断られた。
調べられぬことはなかったが、わざわざ興味を引いてから黙った妻の意図を考えれば、そんな真似は出来なかった。
妻はしばらく考える素振りを見せてから、話してもいいかなという顔をした。
「広告スポンサーを募集したのよ」
「こうこくすぽんさー?」
「エルフィン青果の荷馬車の”幌”に、一定期間『店の名前とトレードマーク』を描く権利を売ったのよ」
「ほう。動く看板というわけか」
「後に新店舗を増やすだろうレストランのオーナーを狙ってね」
「……後にか。先を見据えての新商売だな」
初回は効果がわからないので様子を見る客は多かったろう。
だがエルフィン青果の知名度は高く、荷馬車も大きい。
果実が売りのレストランの『看板』が目に入れば、嫌でも味を想像する。
想像すれば食べたくなる。
その宣伝効果がじわりじわりと浸透し、店に客が殺到すればオーナーたちは我も我もと手を挙げる。
一体どれだけの金貨が動いたのか想像もつかない。
「それはまた……ララーナ様は儲けただろうね」
「一応その広告料は、必要経費を差っ引いてウルールの貯金にしているみたいよ。伝えてはいないらしいけれど」
「ああ、それでか」
「それでか?」
「ウルールはルセイスに帰郷しても、細々とおこずかい稼ぎをするんだよ。
南部地中海で漁猟をしたり、南の大森林で狩猟したり」
「それはたぶん趣味と実益でしょうね。あのコ考えることはすごいけど、全部今後の生活を見据えてのものだから」
「生活費のためか。スケールが大きいんだか小さいんだかわからないな……」
「たぶん本音は、冒険者になって世界中を旅してまわりたいんでしょうね」
「ああ、そうかもね……」
私も夢想したことだ。
戦う術を持たないルットジャーの血統は、護衛もなしに出掛けることは叶わない。
この年になって未だにそんな大冒険を夢に見ることがある。
ウルールには武術がある。
だが私よりも過酷な害意が息を潜めて狙っているのだ。
英雄の血を引くエルフィン。
アーウェン様がお許しにはならないだろう。
絶対に――。
このころのホーリィは、
神出鬼没のウルールに突然ツインテールを掴まれつつも、
母親に見守られながらお姉ちゃんとして可愛がっています。
おやつを妹にあげすぎて自分のがなくなって涙目になったり。
その妹からおやつのおかえしをもらって感動で涙目になったり。
一番幸せな子供時代と言えます。




