城塞都市ルセイス 2 -特産品とメイドと剣-
ルセイスの特産品と言えば――。
この問いの答えは趣味嗜好によって様々だ。
エルフの作るお守りは『エルフ細工』を知らしめるきっかけとなった工芸品であるし、
弓を扱う者であればエルフィンの弓。
魔法を扱う者であればエルフィンの杖。
1度は手にしてみたいと言われる産地ブランドだ。
他にもドライフルーツに魚貝類の干し物、バターにチーズ、香草や薬草の粉末などがあった。
しかし意外なことに、ルセイスでワインは造られていない。
ルセイス産ブドウの特徴は酸味が控えめで、糖度が高く大粒。
これをワインにしようとすると、大抵は発酵せずに腐ってしまう。
うまく発酵しても香りがほとんどなく、美味しいとはとても言えない代物が出来上がる。
これはブドウの品種の問題ではなく、土地が豊か過ぎるのが理由だ。
栄養たっぷりな地面で育った果樹は幹が太く葉が茂り、実も自然と大きくなる。
ワインで重要となるのは香味成分を多く含んだ”果皮”と”その周辺少量の果肉”。
だから実が大きくなると、香味成分を多く含んだ部分の比率がぐっと下がってしまうのだ。
もっと言えば果肉のほとんどは水分であり、発酵せずに腐る原因でもあった。
つまりルセイスでは、ワインに適したブドウが獲れないのである。
そのためこの地の主流は、蒸留酒に果実を漬け込んだリキュールやそれを用いたカクテルだった。
今、そのリキュールが目の前のテーブルにズラリと並んでいる。
ブドウ、リンゴ、オレンジ、モモ、チェリーといった果実が丸々入ったものや果皮だけが入ったもの。
香草や花びらが漬け込まれたものなど多種多様で――。
ほんのり色付いたお酒の山は、窓から射し込む日に輝いて宝石のようだった。
さすがに蜂蜜やシロップまでは並んでいないが、側に控えるメイドの顔は「どんなご要望でもおつくりします」と挑戦的だ。
『お酒は大人になってから』
というのはどの世界でも通じる常識らしく、ボクもまだ飲んだことはない。
大人の定義は少しばかり違うけれど、ヒト族の成人は15歳。
ボクはまだ13歳だし、エルフィンの成人は16歳だ。
ここで従事する者がそれを知らないはずはない。
ではなぜ、こんなにもお酒が並べ立てられているのか?
待ち時間に客人の目を楽しませるついでに、特産品を売り込んでいるのだ。
お酒というのは不思議なもので、単体では年齢が問われるのに幅広い客層を持つ商品の1つだ。
料理のアクセントやお菓子の香り付けにひと垂らし。
それはもうすぐやってくる紅茶にも言えることである。
ここはそうやって接客中に試飲させ、反応が良ければ土産に包む。
商品に対してよい印象を与えることで、次回購入への足掛かりにする目論見があるのだ。
商売の基本である。
しかし、よくわからない。
どうしてこんなにも鋭い目つきで不敵に笑うのだろう?
これでは商品の印象を良くするどころか悪くしてしまう。
もう1度彼女を見る。
ヘッドドレスでまとめられた茶髪。
広いおでこにこれでもかと侵入を試みる眉尻。
口元はボクと目が合うたびにニタリという擬音がぴったりくる歪み方をする。
彼女の気に障るようなことでもしただろうか?
どんなに記憶をさらっても、なにも引っ掛からない。
とはいえ、人というのは些細な出来事や仕草に不快感を持つこともあるし、親が原因であったり家柄への嫉妬なんてこともある。
記憶をさらうことにそれほど意味はないかもしれない。
それを踏まえてさらにもう1度、と彼女を確認する。
まだ幼さの残る顔で、普段はきっとかわいらしい印象を与えたに違いない。
ボクと同い年かもう少し下くらいだろうか。
それがビシッとメイド服を着こなして、接客に従事しているのだ。
背筋をピンと伸ばし、時折耳をピクピクと震わせ、あんなに汗までかいて……。
そこでようやく違和感に気付いた。
ああ、そうか。
緊張しているのだ。
そう思えば疑問はほろりほろりと解けてゆく。
よくよく考えてみれば初めて見る顔だ。
つまり彼女は新人で――。
年齢を見るにここが初めての職場で――。
接客経験がない。
これだけ条件が揃うと、理由もわかる。
たぶんボクたちは来客対応の教材にされたのだろう。
彼女の緊張をほぐすために話しかけてあげたいけれど、理由がわかっただけにそれは出来なかった。
成功であろうと失敗であろうと、1度しっかりと緊張した実践を経ることが”本当の本番”の糧になる。
その邪魔をどうして身内のボクが出来ようか。
ふと、ルセイス前でやせ我慢していた自分を思い出した。
つい先ほどの出来事だ。
恥ずかしさと情けなさに頭がズシリと重くなる。
あれは見事な大失敗だった。
新しい関係と環境に浮かれ、旅の常識を欠いた。
苦い記憶は印象深く、今後は何度も思い出して身を正すだろう。
トーガさんは師として弟子に経験を積ませてくれた。
彼女の場合は師ではなく先輩で、きっと彼女なのだろうけれど……。
ボクはおとなしく教材となることを決めて、視線を持ち上げる。
ソファに全身を委ねてしまいそうになるほど、部屋の天井は高かった。
壁の上の方には天窓から陽光が差し込み、あるものを照らしていた。
壁に掛けられた長剣。
何代も前のヴァスティタ国王から下賜されたもので、名は契約を果たす者。
ミスリル製の青白く輝く刀身は、邪気を祓い清める力を帯びているのだとか。
ある女当主の忠誠に応えるため、国王が伝説の刀匠に造らせた超一級の名剣だ。
そして、その上にはここがどこであるのかを物語る紋章旗が掲げられていた。
鮮やかな明青の生地に、世界樹の葉と白い恐怖大狼。
ルットジャー侯爵家の紋章だ。
ここは城塞都市ルセイスの主の居城、ウンディードの応接室である。
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遡ること1時間前。
ルセイスの城門に到着するやいなや、衛兵に囲まれてウンディード城へ強制的に連行されてしまった。
都市内で昼食を取ってから城へ向かう予定だと伝えても、お疲れでしょうからだの遠慮はいらないだのとこちらの話をほとんど聞かず、文字通りにぐいぐい馬車へ押し込められた。
正直な話、ルセイス兵の強引さに戸惑った。
母に同行したときと随分違っているし、やたらと早口だったのが印象的だ。
理由はわからない。
城門から今まで、トーガさんは終始ニコニコとしていたし、身を任せるふうだった。
シューちゃんは車窓の景色を楽しんでいたけれど、途中からボクたちの顔をチラチラと覗き見て、馬車から下りる頃には鼻息が荒くなって不機嫌さでいっぱいだった。
今も眠たげな目をこちらにじっと向けている。
ソファに座るボクの真ん前で。
こうなった原因がボクにあるのだと彼女も気付いているのだ。
理由はわからずともボクにもその自覚があった。
だから言い訳も出来ず、その視線に耐えるしかなかった。
しかし彼女は諦めるという姿勢は見せなかった。
フードの奥の顔からは相変わらず感情が読めないものの、納得のいく理由が述べられるまで辛抱強くボクの視界に割り入るところを見ると、相当におかんむりのようだ。
紋章旗を見上げたときなどは膝によじ登られ、あまりの気まずさに思考が停止した。
「シュー。許してあげなさい。事情の推測はできているのでしょう?」
「……ん」
「なら、これからなにが運ばれてくるかも気付いているのでしょう?」
「……ん」
「ここはルセイス自慢のウンディード城ですからね」
言いながらトーガさんは、ボクをチラリと見て笑う。
さあどうぞ。と言いたげに。
あ。
助け舟だ!
これを生かさない手はない。
シューちゃんは名物料理をたのしみにしていた。
もうすぐ運ばれてくるのは紅茶。
ここは侯爵家の応接室。
お茶請けが1つや2つあってもいいはずだ。
当然それはなにかしらの特産品だから、シューちゃんとしても望むところに違いない。
ルセイスの特産物は果物、海水魚、上質な生乳にリキュール。
となると――。
「も、もちろんです!
ルットジャー侯爵家の紅茶のおともと言えば、ブランデーケーキ。
突然のお客様にもお出しできるよう、焼き上がったパウンドケーキにブランデーを染み込ませ、熟成したしっとり触感は絶品です。
ルセイスは果物が豊富ですから、バリエーションも同じだけあります。
レーズン、アップル、オレンジにピーチ。チェリーや変わりどころではパイナップルなんてのもありますよ」
ざっと挙げたブランデーケーキの種類に、シューちゃんがピクリと反応した。
耳が拾った情報からイメージし始めたのかもしれない。
なにせ彼女は、青い小麦畑を眺めるだけでよだれを溢れさせる無限の想像力を持っているのだ。
せっかくなのでそれを助長する情報を提供しよう。
「そこにあるリキュールを紅茶にひと垂らしすれば、食も進むでしょうね」
テーブルのリキュール群を指差すと、シューちゃんのフードがバッと荒々しい音を立てた。
……そんな早い動き出来るんだ。
ちょっとびっくりした。
「もしかすると、そのリキュールを利かせたアイスクリームなんかも出てくるかもしれませんよ?」
トドメとばかりに告げると、シューちゃんはリキュールの山を乗せるテーブルへ齧り付くように飛び付いた。
よし。完全に興味が昼食からお茶請けに移った。
密かにため息を吐いて、気持ちをリセットする。
これでひと安心だ。
今のやり取りをうちのメイドが聞けば、すぐに察して用意してくれるはずだ。
水の王国貴族は基本的に商売熱心で、当然メイドもそういう接客に長けている。
武闘派貴族で有名なロッタル侯爵でさえ、油製品や鉄鋼採掘と鍛冶業に力を入れているのだ。
最近では金属の特殊な加工技術をよみがえらせたとかで、王都でも注目されている。
たぶん今年の建国祭でその技術を売り込みにやってくるはずだ。
今回は予想外の収入もあったし、予備のナイフをそこで購入するのもいいかもしれない。
ああ、そうだ。
銛を新調しよう。
返しの利いたステキなやつ。
危機から脱した解放感からそんなふうにあれやこれやと考えていると、視線を感じて顔を上げた。
トーガさんだった。
助け舟へのお礼に小さく頭を下げる。
けれどもトーガさんはじっとボクを見つめていた。
首をかしげて見せるとトーガさんは首を振り、それから目で誘導した。
新人メイドへ。
ガチガチに固まって、エプロンの端を握りしめていた。
力いっぱいにそうしているせいで、手は血の気を失って白くなっている。
ああ、聞いてない。
これは絶対聞いてない反応だ。
そうだった。
今日は運が悪いことに、ボクたちは新人の教材になっているんだった。
どうしよう。
トーガさんに視線を送ってみると、また誘導される。
今度は期待と想像が無限に広がっているシューちゃんへ。
ああ、これはマズイ。
本当にマズイ。
もしもこれで紅茶しか運ばれてこなかったら、シューちゃんのこの期待のエネルギーはどこへ向かうというのか。
食べることに関しては恐ろしく貪欲な一面を持つのは、今日までにも随分見せつけられている。
トーガさんの分もぺろりと平らげ、あのメネデールさまでさえ甘やかし尽くした”ちっちゃなかいじゅう”だ。
その小さな体躯のどこに収まったのかと不思議なくらいよく食べる。
しかし彼女がその食事量に匹敵する運動量は見たことがない。
もしかすると今日、そんな蓄積されたエネルギーを放出する英雄シューのまだ見ぬ一面を見ることになるかもしれない。
いいや、諦めるのは早い。
聞こえないのなら、聞こえるようにすればいい。
わざとらしくてもいい。
ガチガチに緊張しているのなら、そんなことに気付くはずもない。
まずは我に返ってもらう。
それには大きな音が最適だ。
先ほどの声もかなり大きかったはずだが、それでも気付かないくらいに緊張している。
半端な音ではダメだろう。
けれども威嚇するようにテーブルは叩けない。
うちの応接室のテーブルは天板も含めて重厚だ。
叩けば重くて鈍い音がする。
こういう音は反射的に萎縮させ、余計に緊張させてしまう。
軽くてそこそこ響く音が理想的だ。
そうなると――。
ボクは大きく深呼吸をひとつして、これからの一連の流れを確認する。
そして、もうひと呼吸してから、パンッと1つ手を叩いた。
高い天井に向かって反響する乾いた音に驚いた小さなメイドは、音源を探してボクを見た。
なにかを思い出したような素振りをするボクを。
しっかりと目が合う。
心の中で3秒半。
ニコリと微笑んで、できるだけわざとらしく大きく息を吸った。
「ルットジャー侯爵家自慢のお茶請け。ブランデーケーキはプレーンもなかなかです!」
新人メイドはぽかんとした表情を浮かべている。
まだ頭が回ってないらしい。
これは想定内。
もう一声かな?
「やっぱり基本がおいしいからこそフルーツ入りもおいしいんですよね!」
新人メイドはこくりこくりと頭を振った。
違う違う。ただ同意を求めたんじゃない。
気付いて。
直接言わずに催促する客なんていくらでもいる。
そんなちょっと手間のかかる客も気分よく帰すのがメイドの仕事だよ。
「それにプレーンはシンプルゆえにアイスクリームと相性がとってもいいんです!
世界樹が立つ旧火山半島の牧草地帯で、ストレスなく育ったルセイス牛から取れる生乳は濃厚で甘く、アイスクリームの素材としては一級品」
新人メイドはいつの間にか振り返ったシューちゃんと一緒に、ボクの話に何度も興奮気味に頷いていた。
キミが聞き入ってどうするのさ。
もう少し直接的な情報の方がいいのかな?
「きっともうすぐ紅茶と一緒にやってきますよ! たのしみですね!」
そこでようやく、新人メイドが「あっ」という顔をした。
こちらの意図に気付いたようだ。
新人メイドは小さな頭を丁寧に下げて、ドアの外で控える兵士に2、3言告げてから戻ってきた。
なにやら成し遂げたような顔をしていた。
うまく事が進んだようだ。
この経験は彼女に1つの自信を与えたことだろう。
ボクも出来れば失敗ではなく成功で経験したいものだ。
次回は気を付けよう。
ボクはホッと息を吐く。
これでシューちゃんも満足するだろうし、教材としての役目も十二分に果たしたはずだ。
トーガさんに改めて視線を送ると笑顔で応えてくれた。
そこで気付いた。
ああ、そうか。
これも成功の経験か。
新人メイドのおでこちゃんの名前は次回に。




