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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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幕間 2 -ララーナの憂鬱-

 弟や妹のバカげたおいた・・・の数々を振り返りながら腕を組む。

 一番手が掛かったのはシャーリーだが、一番相性がよかったのもシャーリーだ。

 2人でメネデール姉さまを何度困らせたことか。

 それに比べれば、今の子らのやることなどらかわいいものだ。

 腕を組んで背もたれに身を預けた。

 しかし親となった以上、かわいいでは済まされない。


「アイツもホーリィがいるんだから、そろそろ落ち着いて欲しいもんだわ」

「最近は随分落ち着いて、立ち振る舞いも威厳が出てきたように思いますよ?」

「そうかしら?」


 氏族クラン会議前に見たスレイモンの様子とソーネの反応を考えると、決してそうは思えない。


「なにか思い当たる節でも?」

「ダーリンが会議の内容を話したがらない」

「あー……」

「会議に臨むホーリィの顔色に疲れが見えた」

「あー……それはもう、うん。あー……としか言えませんね」

「ハッキリ言わなかったけど、間を置かずにやってるっぽいのよね」


 会議を重ねるということは重要案件だ。

 どれほどの頻度なのかも気になるところだが、すでに条件がそろい過ぎている。


「エルフィン側に情報が来てないということは、メネデール様関連ですよね。やっぱり」

「ホントホーリィに同情するわ」

「初恋を引きずるのはルットジャーの伝統ですからね」


 2人でため息を吐き合った。

 なぜこうもルットジャーは乙女チックな男ばかりが出来上がるのか。

 メネデール姉さまも、狙ってやっているわけではない。

 惚れた弱みに始まり、今では長年の情だ。


「そもそも姉さまがヒーネをあっさり取られちゃったのが悪いのよ」

「あー……それを言っちゃいますか」

「何年も旅を一緒にしていながら、思いも伝えられず。平穏を手に入れたと思ったらシュー様が姿をくらまして傷心だものね」


 姉さまはこれがきっかけでヒーネと仲違いしてしまい、距離を取ってしまった。

 気持ちは分からなくもない。

 命を預け合った戦友が行き先も告げずに姿を消し、知っているはずの戦友はだんまりを決め込んだのだ。

 意地になった姉さまはエルフの集落に戻り、司祭としての仕事にすべてを費やした。

 そんな姉さまに仲直りするよう説得し、ようやくヒーネの元へ連れて行くことに成功したかと思ったら、今度は肝心の相手が結婚していたと来たものだ。

 豊穣の女神は一夫一妻を定めてはいないが、ヒト族は基本的にそれを守っている。

 これは水の王国史以前からの文化らしく、ヒーネもそのつもりのようだった。

 打つ手はなし。

 しかも結婚相手は、国王の仕向けた貴族の娘などでもなく、酒場の看板娘だという。

 なんとも間抜けな話である。


 誰が一番の間抜けか?

 意固地になった果てに想い人の結婚というショックで気を失ったメネデール姉さまか?

 違う。

 必死に縁を結ぼうと尽力した結果、2人に決定的な亀裂を与えた私だ。

 姉さまはエルフの森に引き籠り、ヒーネとの距離はますます遠のいた。

 おかげでアーウェン様と共にヒーネの町づくりに加わるはめになったのだから大失敗だ。



「まさに女傑でしたよね」

「ルーシー?」

「ええ。頭の回転は早く、柔軟で。人心掌握が非常にうまい方でした」


 酒場で働くただの娘にしては、出来すぎた人物だったのは間違いない。

 魔法が使えるわけでも武術に長けているわけでもなく、吹けば飛ぶようなか細さだった。

 そんな戦いになれば一番に倒れるであろう娘だったが、人当たりがよく弁も立ち、それを貫き通す度胸があった。

 ルセイス建設の助力を理由に利権獲得を目論む貴族や商人をうまくかわし、ヒーネを支え続けた。

 まるでそうあるために生まれたような働きぶりで、的確だった。

 これを思い返す度に、メネデール姉さまとヒーネがくっつかなくて正解だったと思わせられる。

 エルフィンが水の王国貴族や商人たちとうまく付き合えたか疑問だからだ。


「私がヒト族の言葉を教わったのもルーシー様でしたし、交渉事の面白さを教わったのもあの方です」


 よく覚えている。

 ルセイスに人が集まり、建物が増えていく様子を面白がったマレーナにせがまれ、連れて行ったのは私だ。

 そして今の私があるのもルーシーのおかげだった。

 言語や訛りによる地方の推察の仕方。

 交渉術や商売の基礎はルーシーが師匠であると言えた。

 ヒーネが方針を決め、ルーシーが指揮を取る。

 理想的な領主夫婦だった。


「まあ、負けるにして負けた戦いだったのかもね」


 マレーナは複雑そうな顔で答えを濁した。

 立場上明瞭に答えられる内容でないのはわかっている。


「次期族長だから慎重なのはいいことだけれど、踏み出さないでいたらいつまで経っても処女おとめだわ」

「うわー。ララーナ様、それメネデール様に言っちゃだめですよ?」

「無理よ。もう何度も言ったもの」

「あー……」


 手遅れに嘆くマレーナのため息は重かった。


「もしかして時々深酒するのって、それが理由なんじゃないですか?」

「たぶんね。

 でもヒト族と恋愛するなら、エルフィンは相手に合わせないといけないのよ。

 でないと成就する頃にはおじいちゃんだわ」


 ごもっとも、と頷いてマレーナは笑う。

 これはまだ救いはある。

 逆にエルフが男で、女がヒトであったなら、子供は絶望的だ。

 エルフはただでさえ子供が出来にくいし、ヒトは後継ぎなどの問題がある。

 異種族婚を考えるのなら、避けては通れないことだった。


「まあ大抵の場合、相手に逃げられますけどね」

「ヒーネみたいに?」

「ああっ、違います!

 今のはメネデール様のことを揶揄したわけじゃありません!」


 悪戯な表情で首をかしげて見せると、マレーナは慌てて立ち上がった。

 身を乗り出して椅子はひっくり返っている。

 なんとも予想通りのよい反応である。


「うんうん、わかってる。

 わかってるよー。

 ララーナさんはよーくわかってる。

 誤解なんてするわけないよー」

「うわー。わざと誤る気満々だこのひと!」


 大仰おおぎょうに頷いて見せると、マレーナは目尻に涙を浮かべて私を指差した。

 うん、やはり妹分をからかうのは楽しい。

 ソーネが来るまでの暇つぶしに、最近マレーナとお近づきになった”パインの彼”の話をチラつかせるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、聞き覚えのある足音に耳がピクリと反応する。

 待ち人来たるだ。

 マレーナも気付いたらしく、形勢逆転とばかりにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 生意気にも私をからかおうと言うのだろう。

 いいや、続く話題の危険を察知して、回避できたことを喜んでいるのかもしれない。

 なにげにマレーナは察しが良いのだ。


 ドアがノックされ、相手が名乗りを上げる前に返事をする。


「待ってたわよ」


 ドアが開かれると、魔法詠唱者マジックキャスターらしいローブをまとった優男が姿を見せた。

 金色の長髪で、どこか頼りなさそうな印象を与える笑顔をした、ソーネスト・ルットジャー。

 今年の春に32になった、私の愛しい夫だ。


「遅くなったね」

「お疲れ様です。ソーネスト様」

「マレーナさんも、長旅お疲れ様です。

 卸したその日に青果店でひと仕事とは、恐れ入ります」

「奥様に鍛えられましたからね」


 力こぶを見せつけるようにするマレーナに、ソーネは微笑んだ。

 見たままでは若い女を褒める落ち着いた男だが、年齢を考えると立場は逆だ。

 マレーナももう少し落ち着きを持たせた方がいいのかもしれない。


足の早い・・・・品を扱っているなら当たり前のことよ。ソーネも簡単に褒めないの」


 そうたしなめるとマレーナがぶーたれ、ソーネは困ったような笑みを浮かべる。

 うん、やっぱり再教育した方がいいかもしれないわ。


「それで。結局なんだったの?」

「うん? 会議かい?」

「他になにがあるのよ。さっさと答える」


 急かすとソーネは口元を隠して笑った。


「ウルールの命の恩人を、メネデール様の邸宅に食客として迎えることに対する会議だった」

「何度目の?」

「3度目の」

「アホくさいことやってたのね。

 もしかして、それが理由で愛娘に会いに行くのを少し待って欲しいとか言ってたの?」

「そうだね」


 ソーネの顔にも困ったものだよと書いてある。

 スレイモンが原因なのだろうけれど、それで会議を開くことを認めたサイオンも問題だ。

 ルットジャー氏族クランとしての仕事も忙しいだろうに、なにを遊んでいるのだろうか。

 それになにより、そんな理由で私が愛娘をかわいがることを阻むとはいい根性だ。


「ウルールに命の危険が迫ったことには驚かないんだね。二人とも」


 マレーナと顔を見合わせる。

 意味のない質問だ。

 商売をやっている以上、その手の話を持ちこんでくる常連客は少なくないし、店員もウルールの心配をしていた。

 だが、それ以前の話でもある。


「ソーネはバカね。もしも本当に危険だったのなら、ラファナスが駆け付けてるわよ」

「250年守り続けてきた神獣ですもんね」

「ああ……まあ、そうなのだけどね」

「あのコは危険を嗅ぎ取る能力が飛び抜けて高い。ヒーネの話だと神獣の中でも屈指のセンサー持ちらしいから、助けに行かないということは安全なのよ」


 あの規格外の英雄ヒーネ・ルットジャーが守護魔獣として契約したのだ。

 どうにもルットジャーの子らはアレの力量を過小評価する傾向にあるが、私は活躍した瞬間を目にしている。

 神獣ラファナスの圧倒的な能力を――。

 俊足には誰も追い付けず、尾を振れば風が巻き起こり、溶岩魔人ラヴァゴーレムの群れに躊躇なく飛び込める戦闘力があるのだ。

 普段のすっとぼけた態度は、むやみに恐怖心を与えないためだろう。

 正直な話、もしも本気のラファナスと相対することになるとしたら、なんの躊躇もせずに脱兎のごとく逃げ出すと断言する。

 私に勝てる見込みは、砂粒ほどもない。


「もしくは、安全だと判断するなにか・・・があった」


 可能性について述べると、ソーネの表情に真剣さが帯びた。


「なにか……とは?」

「自分で考えなさいよ。私は妻ではあるけど、ママでも先生でもないのよ」

「みんなのお姉ちゃんでしたっけ?」

「はい、そこの246歳。茶々を入れない」

「まだ245歳ですぅ!」

「今年でそうなるんだから細かいこと言わないの」

「ララーナ。最近知ったのだけど、女性は年齢に敏感らしいよ」

「ダーリンもらない」


 一番真剣に話をしたいのはソーネだったはずだが、ニコニコしていた。

 ああ、やっぱりかわいいなぁ。

 私もまだまだ甘い。


「……仕方がないわね」


 一度区切って、呼吸を整える。


「次代の英雄」

「英雄の血統を助けに現れたと?」

「当時を知ってる私やメネデール姉さまでさえ、ヒーネの出自はわかってないのよ?

 ヴァスティタの英雄史に登場する英雄たちに共通して言えることだわ。

 だから新たな英雄が突然現れたとしても、私は驚かない」


 ソーネは自らのあごを手で触れ、意見を咀嚼するように何度もゆっくりと頷く。

 魔法学者でもある彼は、ヴァスティタの英雄史を詳しく調べている。

 ウルールに英雄譚を何度も聞かせたのも彼だし、今でもふいにエルフィンへ赴いては、アーウェン様と議論している。

 傍から見ていると説教されているようにも見えるが、アーウェン様はソーネを気に入っているようだ。

 まあ、生き写しとまでは言わないが、ヒーネとかなり重なるところがあるのも理由だろう。


「水の王国ヴァスティタ建国からもうすぐ1000年。

 大英雄オストアンデルを始め、大魔術師ウィザードマースに続いて現れた稀代の天才魔法詠唱者マジックキャスターヒーネ・ルットジャー。

 誰を師事し、どこから現れたのか。なにもわかっていない」


 彼が現れるまで『ルットジャー』という家名は存在しなかった。

 あれほどの水属性魔法を極めた大魔術師ウィザードが、無名だったというのだ。

 最も古くから存在する教国ドルミラフェンや、帝国エレンシャフト、砂漠の国カービタラサや獣人王国ウェルイーラにもない。


 貴族の称号を得て家名を創るということはあるし、腕に覚えのある輩が適当に名乗ることもよくある。

 寄せ集めの集団が、”一族”や”氏族””兄弟”を冠した名乗りを上げることも少なくない。


赤剣の一族レッドソードクラン

鉄の義兄弟アイアンブラザーフッド


 こういう名乗りは傭兵団や野盗団に多い。

 人間社会から抜けだしておきながら、血の繋がりのような結束に憧れるらしい。


 しかし『ルットジャー』は彼一人であったし、望んで群れることもしなかった。

 もちろん貴族位をもらってから名乗ったわけでもない。

 彼の言い分を信じるなら、ルットジャーとして生まれ、ルットジャーとして育ったらしい。


 ソーネはこれについても調べていた。

 昔からオストアンデルやマースの血統を名乗る詐欺師は居たし、250年前の活躍以降、ヒーネの父や兄弟を騙る愚かな輩も現れた。

 それらはルットジャーが動き出す前に、姿を消すことになった。

 帝国のアブスターフだ。

 いいや、帝国だけではなかったのかもしれない。

 英雄の血統を狙う輩は、水の王国内にもいるはずなのだ。

 以来、英雄の血統を騙る輩は現れなくなった。


 ああ、そういえば。

 ヒーネが亡くなったのを期に、自称隠し子や兄弟がルセイスにやってきたこともあった。

 死人に口無しとばかりに現れ、実に面倒な作業・・だった。

 ヒーネとルーシーがそういう事態に備えた詰問マニュアルを作っていたのだ。

 本当にぬかりのない夫婦であった。


 結局みな詐欺師であることだけがわかり、現在に至っている。


「せめてシュー様の所在がわかればねぇ……」

「うん? ああ、そう言えば。

 その次代の英雄・・・・・も幼子を連れているらしいよ」

「ウルールを助けてくれたっていう食客さん?

 ヴァスティタ英雄史3つに倣って、子供を連れまわす英雄気取りの冒険者は多いわ。

 ホビット族をわざわざ雇い入れるパーティまでいる始末だもの」


 英雄の血筋は騙らずとも、模倣はしたがる。

 彼らに憧れての行動なのか、あやかりたいのか、次代の英雄は自分だと思われたいのかはわからないが、真似るのだ。

 そんなことをしても強者にはなれないというのに。



「とはいえ実力はかなりのものなのは確かだよ」

「そうなの?」

「例の怪物を一撃で屠ったらしい」

「スマッシュスタンパー? あー、肩に担いでたとかなんとか。

 それだけじゃあね」


 単独で仕留めるだけなら、冒険者でB級の実力があれば可能だろう。

 一撃でとなるとA級か。

 実力は確かにあるだろうが、真の英雄を知っているだけに驚きは小さい。

 ところが、続いた情報には興味が引いた。


「無傷で仕留めたらしいよ」

「無傷? 圧倒したってこと?」


 ソーネは首を振った。

 こうしてもったいぶるということは、ソーネ自身になにかの確信があるのだろう。


「怪物には目立った外傷もなく、仕留められていたんだ」

「……魔法?」

「魔法だとしたら、少なくとも僕は知らない・・・・・・ね」


 現在のルットジャー氏族クラン当主サイオンの奥の手、〈凍結する霧雲フローズンクラウド〉を共同研究で再現したのは、ソーネだ。

 その彼が知らない・・・・と断言した。

 それは、遺跡に眠る古代の詠唱魔法が新たに発見された可能性を意味する。


「僕も次代の英雄が出現したという意見には賛成だよ」

「ウルールを助けたのは偶然?」

「そこまではわからないよ」


 ラファナスの対応も考えると、次代の英雄という可能性は非常に高い。

 彼は嗅ぎ取ったのだ。

 守るべき対象を預けるに値する実力と人格を兼ね備えた存在を。


「明日の朝にはご挨拶したいところね」

「僕も一緒に行くよ」

「マレーナはどうする?」


 振り返るとマレーナはだらしなくよだれをこぼしながらテーブルに身を預けていた。


「ララーナ。最近知ったのだけど、女性は体裁をとても気にするらしいよ」

「ハイハイ知ッテマスヨ」


 ソーネの助言に従って眠るマレーナをベッドへ転がし、見なかったことにする。

 そしてとても残念ではあるが、愛娘の弟か妹を授かる夫との儀式は控えて、さっさと床に着いた。

 翌朝、ウルールがその食客に弟子入りし、エルフィンへ向かったと知って絶叫することになるとも知らずに――。




 幕間はひとまず終了。

 次回はルセイスの話を投稿したいところですが、

 登場人物紹介で情報整理ついでの一休みとなります。


 次回更新(登場人物紹介)は9月8日(木)

 投稿時間は未定です。



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