旅の街道 1
――ウルール視点。
夜の自室で一人、ベッドの上に広げた荷物をカバンに詰めていた。
片道一週間といえど、着替えは最小限にせねばならない。
シューちゃんのように修繕や洗濯いらずの魔法服でもないので、街道沿いの水辺で洗濯することも視野に入れる。
この暑い時期の旅路ともなれば、馬車であろうと汗もすごいから水浴びをすることもあるだろう。
乾きやすいタオルと髪の手入れに必須のブラシ、あとは……。
ああ、そうか。
トーガさんもいるから水着くらいあった方がいいのかな?
ふいに口元がにやける。
道中に必要となるであろうものをあれこれと考えるこの瞬間は、妙にクセになる。
出先で忘れものに気付いてため息を吐いたことは少なくないし、その度に次回は忘れないぞと心に留める。
でも実際にその次回では違うものを忘れていたり、新たに必要なものに気付いたりしておかしいのだ。
一度、中身がからっぽの塩の入れ物を持って行ってしまったことがある。
旅に慣れてきたころによくある失敗だ。
自分の間抜けさに落ち込んでいると、母は私を指差して笑った。
おなかを抱えて、獣を呼び寄せんばかりの大きな声で。
ララーナ・サラーサ・エルフィンはそういう人だ。
やさしい言葉で慰めたりはしない。
少女然とした外見で、自分の失敗をたのしそうに話すし、人の失敗はおなかを抱えて笑う。
でも、本当に困っているときはアドバイスをくれるし、手を貸してもくれる。
なにより彼女は、仲間の失敗には喜んで付き合う性質だった。
そんな性格だからか、彼女を慕う者は多い。
彼女が街中に立つと、エルフに限らずヒトも集まってくる。
ルセイスであろうと王都レウノアーネであろうと。
そんな母と作った塩のない具だくさんスープは実に味気ないものだった。
ゴロゴロと野菜と干し肉から染みだした旨味や脂がもったいないと感じるほど、一味足りなかった。
好んでもう一度作ろうとは思わない。
それは食材に対する冒涜だ。
それでも、あのとき飲んだスープの味は嫌いではなかった。
たぶんそういう相手が旅の仲間だったからだ。
今度の旅でもそんな思い出が増えたりするのだろうか?
楽しみでならない。
王都レウノアーネからルセイスを繋ぐ街道の途中には、いくつものキャンプ地が設けられている。
テントを組み立てやすく均してあったり、かまどを作るのに適した石が転がっているし、薪も近隣の林で調達できる。
場合によってはその林でウサギやイノシシを獲ることもあるし、キノコや食べられる野草を採ることもある。
だから旅に絶対に必要なのは、鍋と調味料だ。
トーガさんがわざわざ『食糧と足』を確保しているというくらいだし、その手の物の心配は無用だろう。
1つの疑問がある。
私の記憶が正しければ、トーガさんたちは徒歩での移動だったはずだ。
大イノシシと遭遇したとき、街道を歩いていたのは2人だけで馬車などはなかった。
買ったのだろうか?
白金貨6枚をポンと支払うところを見ているので、往復2週間を可能とする健脚の馬を買うのは造作もないだろう。
今回の旅の理由は私の旅券絡みだ。
親代わりの師とはいえ、出来れば負担を掛けたくはない。
一声掛けてくれれば氏族所有の馬車を借りられただろう。
でもそんなことを言えば「元々買う予定はありましたからね」と受け流されそうだ。
ここは素直に感謝して、師の期待に応えられる弟子として訓練に励もう。
とはいえ気になるのは馬だ。
どんな馬だろう?
足に自信のある馬は大抵の場合気位が高い。
仲良く出来るだろうか?
ブラッシングを嫌う馬は結構多いし、まずは積極的に接してみよう。
こうなると後は、身だしなみを整える小道具に、自身を守るに足る武装か。
ルットジャー領では盗賊の類は基本的にはいない。
発見された日には討伐が終わるのが特徴で、確実に死ぬからだ。
それでも害獣を含んだ野生動物はいるし、万が一ということも考えて最低限の武具は用意しておかねばならない。
私の場合だと、大型のナイフが2つに、投げナイフが10。
ショートボウ1つに、矢は10本と矢じりを少々。
先ほど確認したが、ナイフと矢じりには錆びも欠けも見つからなかった。
ショートボウにも痛みは見つからず、弦は予備の1本も含めてしっかりしている。
10本の矢は出発から間もない緊急用のもので、基本的に移動中や休憩のときに拾った枝を削って矢を作る。
弓矢は優秀な武器ではあるが、矢じりを回収しなければならないし、緊急時にはあっという間になくなってしまうのが難点だ。
〈魔法の矢〉ならぬ〈魔法の川魚〉を習得したおかげで、矢作りにこだわる必要はないが、何事もなくルセイスに到着したらしたで防備として城の武器庫に修めてしまえばいい。
それにしてもエルフィンへの帰郷か。
6歳から王都レウノアーネで暮らして8年。
気まぐれに現れる母ララーナに付き合って、荷馬車で行き来することはあったものの1年に1度あるかないかのペースだったし、去年は帰っていない。
前世では生まれてから死ぬまで病院での生活で、外出も滅多になかった。
だから本や弟の話に出てくる、故郷を懐かしんだり、帰郷する心境には共感できなかった。
でも今ならわかる。
たまの外出から帰るのとは全然違っていて、久しぶりに見る建物や、目線の高さの変化も相まって胸の奥がきゅうっとするのだ。
帰郷途中の馬車からの景色も侮れない。
そういえば私にとって故郷はどちらになるのだろう。
エルフの集落だろうか?
それとも城塞都市ルセイスの居城?
2人の姉は間違いなくルセイスと答えるだろう。
しかし私に限っては母がエルフィンであるし、種族のことも考えるとエルフの集落と答えるのが正解のような気もする。
首をかしげて見るが、それで答えが出るはずもない。
「なにやってんのよアンタ」
声に振りかえるとホーリィがドアを開けて立って居た。
「ちょっと考え事」
「あっそ」
素っ気なく返すホーリィが、ズカズカと入ってくるとヘアブラシを押しつけてきた。
職人の丁寧な仕事を見られるなかなかになかなかの品だ。
これはお気に入りのヘアブラシだったはずだ。
昔勝手に触って殴られたことがあった。
確か、ホーリィの亡くなったお母さんが使ってた形見の品の1つ。
「こんな大事なものもらえないよ」
「誰がやるって言ったのよ! 貸すだけよ」
「えー……もらえると思って言ったのに」
「アンタホント図太いわね……」
「ありがとうホーリィ」
「褒めてないわよ! あげないわよ!」
ヘアブラシを守るようにホーリィは抱きかかえた。
からかうと本気で反応してくれるから好きだ。
「どうしてそれを貸してくれるの? 安全な街道の往復とはいえ旅だよ?」
「無事に帰ってきて返してもらうためよ」
「お守りってこと?」
「アンタが無茶しないための予防策よ」
「大丈夫だよ。トーガさんもシューちゃんも、スーちゃんだっているからね」
そう言うと、ホーリィは複雑そうな表情をした。
たぶん今日の実践訓練を思い出したんだろう。
結局足止めもうまくは行かなかったし、一撃必殺と言わんばかりにみな気絶だ。
正直時間を計るお香がもったいないとすら思ったくらいだ。
「アレなんとか出来ないかしら」
「スーちゃん強いよね」
「アンタの推測と対策の方向性は悪くなかったわ。無事に帰ってきたらすぐに再戦出来るよう、道中の訓練もしっかりやるのよ?」
「えー……帰ってすぐは嫌だよ」
「なんでよ! 悔しくないの?」
「2週間の旅路に1週間の説得があって、すぐになんて倒れちゃうよ」
「……ああ、そうだったわね」
アーウェン様のことを思い出したのだろう。
人一倍メネデールさまを尊敬しているホーリィにとっては、その父である人物には頭が上がらないのは仕方がない。
私個人の感想で言えば、それよりも大事なことがある。
「建国千年祭もあるし……」
「遊ぶ気満々じゃないの!」
「だって……」
「だってじゃないのよ!」
「ヤダー! 毎年お祭りの準備手伝ってるし! お祭りだって楽しみたい!」
ベッドの上でひっくり返って駄々をこねて見せる。
正直恥ずかしい気持ちはあるが、背に腹は代えられない。
メネデールさまやヘレナ、ホーリィと一緒に屋台の食べ物を手に英雄譚演劇を見たいのだ。
家族で舞台演劇を見に行きたいのだ。
今年でヘレナは17になるし、ホーリィは15になる。
来年までに結婚してしまうかもしれないし、そうなれば氏族の仕事が増えるだろう。
私なんかはトーガさんの弟子入りが決まった身だ。
いつ遠方へ同行するかわからないし、どこで命を落とすかもわからない。
チャンスを逃すわけにはいかないのだ。
イメージは夢の中の先生メーちゃんの駄々っ子だ。
効果は期待できる――はずだ。
ホーリィだって私がどれだけ祭りの準備に時間を費やしているかは知っている。
再戦を少し遅らせるくらいの度量は持っているはずだ。
なにせ彼女はお姉ちゃんなのだから。
「……形見のブラシを無傷で返してくれたら、千年祭の後にしてもいいわよ……」
「ホント?」
「約束するわ」
「よし。じゃあこのブラシは部屋に置いておこう。これで無傷に返すのは確実」
「ちょっ――!」
「冗談だよ、ホーリィ」
久しぶりにお姉ちゃんに本気で殴られた。
こういうのも悪くない。
マジで今上がりました。
修正版が進んでなくてもうしわけない。
次回更新予定日は8月15日(月)
投稿日時は未定です。




