表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
65/77

旅の街道 2


 大都市は基本的に広大であるため、市内定期便なる乗合馬車が巡回している。

 都市内で個人の馬車が溢れ返ると事故は起こるし、衛生面でも問題が出るからだ。

 馬も生き物である以上、おとしもの・・・・・をする。

 食べれば出るアレだ。

 そのため、荷運びを目的としている動物――馬、牛、ロバを市内で走らせるにはお掃除料・・・・とも言われる税が義務付けられていた。

 大抵の場合は、西と南と東にある3つの城門の近くで運営される馬屋で馬車ごと預け、荷物を運び入れてもらう。

 社会に大きく貢献する動物と言えど、エサとなる飼葉や糞尿の処理というのは手間であり、わざわざ邸宅で世話をするのは火急の知らせを走らせる中級以上の貴族か、大量の物品を取り扱う商人くらいだ。


 王都レウノアーネも言うに及ばず、乗合便はある。

 ただし、馬車ではなく水路を利用した船だ。

 5人ほどが乗れる物から10人ほど乗れる物まであり、観光に訪れた者は必ず乗ると言われている。

 こうした交通手段のおかげで、王都レウノアーネの石畳は他の都市よりも頭一つ抜けた衛生的な道を維持していた。

 それでも馬車が複数すれ違えるような大きな道が敷かれているのは、毎年行われる建国祭のパレードや『豊穣の杖の儀』があるからだ。

 今年は1000年の節目にあたり、早朝にもかかわらずやけに気合いの入った声で準備が進められている。

 特に英雄譚演劇を行う中央オストアンデル大広場で作業する人たちは熱烈だ。

 建国祭で連日演じられる栄誉を得た興行組にとっても1000年の節目というのは大きく、歴史に名が残るのは確実だった。

 演出のための装置や立派な舞台を用意しようと、誰もが力強く機敏に動いていた。

 商業組合の話によるとあそこを間借りして大イノシシ――粉砕する刻印猪スマッシュスタンパーのオークション大会をするようだが、よく興行組を説得したものだと感心する。

 出品者を募ると言っても進行するのは商業組合員なので、舞台を傷つける真似はしないだろう。

 それでも興行組の――演出家を始めとした劇団員がピリピリした空気を放ったのは間違いない。

 発端が私、ウルール・サラーサ・エルフィンだと知ったら恨まれるだろうか。

 もしもなにかあって、女優セリスにイヤミを言われることがあればショックは隠せないだろう。

 実際に言葉を交わしたことはないけれど、風のうわさに乗って耳に入るということもある。

 ぜひとも穏便にオークションが終わってくれることを願うばかりだ。


 メネデール邸で家族に見送られてしばらく、女神の収穫亭で3人分の朝食を受け取って城門を抜けた。

 王都内の馬屋に寄らないことに疑問はあったが、宿場町にも馬屋はある。

 それなりの速度で1週間走る健脚がいないとは言わないが、質が落ちるのは間違いない。

 能力がではなく、操縦の難しい馬が多いのだ。

 言い換えるなら調教具合の足りない馬だ。

 気性の荒いのからおだやかな馬まで性格は色々だが、この手合いは一度放すと帰ってこない。

 王都内の馬屋が扱う馬は、人の好き嫌いがあっても言うことは聞くし、休ませる間に放しても口笛を吹けば戻ってくる。

 その分取引額は桁一つ違うが、使い勝手は随分違う。

 若干の不安を覚えるものの、師のやり方を覚えるのも弟子の仕事だ。

 旅慣れていない馬の接し方はどうだったか。

 母から教わったいくつかの要点を思い出す。


 1つ。接するときは自信たっぷりに。

 これは自信なさげにしている主人を見ると、馬は敏感に察してストレスを感じるようになるからだ。

 言うことを聞かなくなるどころか、自傷行為を始めることもあるので重要だ。


 2つ。主人がいかに頼れるかを見せる。

 旅をしていれば野犬やオオカミ、イノシシと遭遇することはままある。

 これらを相手にするときに行動方針をしっかり固めておくこと。

 逃げる判断が早ければ馬からの信頼を得られるし、

 返り討ちにするなら余裕を持って、時には食べて見せる・・・・・・ことも有効だ。


 3つ。馬の様子に敏感たれ。

 無理をさせ続けると馬も感覚がマヒして体を壊す。

 疲れや興奮には早めに対処し、労ってやることを忘れてはいけない。

 言葉が通じずとも、態度や声色で愛情を感じ取る動物なのだ。


 あとは食べさせすぎないことだったり、道中のおとしもの・・・・・は出来るだけ街道の外へ処理するなどだった。

 一応その手の処理については、馬車に乗る前に聞いておこう。



 そんなことを考えていると、宿場町も通り過ぎてしまった。

 まさか馬車で1週間の道のりを、シューちゃんを連れて徒歩で行くと言うのだろうか?

 メネデールさまやご先祖ヒーネ・ルットジャーと共に旅をしていた英雄シューとはいえ、歩幅は外見よろしく子供そのもので、私の半歩ほどだ。

 トーガさんと比べれば3歩の差はある。

 誰に歩く速度を揃えても、これは大きな負担だろう。


『足も食糧の手配もすでに終わっているので大丈夫ですよ』


 いいや、トーガさんはそう明言した。

 見る限りでは、食糧と水を1週間分詰めた荷物を持っている様子はない。

 女神の収穫亭で受け取った朝食3人分の入った袋くらいだ。

 一応もしもの場合を考えて携帯食を2日分カバンに入れてはいるが、3人で分けるとなると1日持たない。

 あれ?

 そういえばおかしい。

 どうして出会ったとき、トーガさんは荷物を持っていなかったんだろう?

 大イノシシが迫る中、外套を脱いで落とした以外の物はなかった。

 仕留めた大イノシシを背負って運ぶ時も、荷物らしい荷物を持っていなかった。

 城門で旅上身分証明を出したのは懐からだ。


「そろそろウルールと出会った場所ですね」

「え? あ、はい」


 いつの間にかうつむいていた顔を上げると、トーガさんは中央地中海スピルパールへ目を向けていた。

 街道から白い砂浜へと続く草地は青々と風に揺られている。

 もうあの大イノシシの蹄に抉られた跡は見つけられない。

 たった3日で、足首ほど高さの緑に呑まれていた。

 命を救われた場所だ。


「なんだか不思議です」

「なにがです?」

「もしかしたらあのとき死んでいたかもしれないのに、今はトーガさんの弟子で、英雄シューちゃんとの旅も始まってます。カッコイイお話の始まりではないんですけど、冒険譚の主人公になったみたいで……」

「わくわくしますね」


 意外な応答に振り返ると、トーガさんが笑っている。

 シューちゃんはそんなトーガさんを見つめていた。


「日記を書いてみてはどうですか?」

「……日記ですか?」

「もしかしたらそれが冒険記に変わるかもしれませんよ」

「冒険記……」


 口の中でつぶやくと、この3日間の出来事がよみがえる。

 大陸史上最大のイノシシに襲われ、旅人トーガ・ヴェルフラトに救われ、英雄シューと出会い、王都を案内して、館へ招待したら師である英雄メネデールと一触即発、果ては魔法を教授されて、初めての魔法の発動に成功した。

 夢では不思議な毛玉のメーに出会い、アドバイスに従って魔法を披露したら弟子入りを認められ、英雄シューとの旅に同行することになった。

 英雄の血統の3姉妹がコテンパンにされたり、新技術の教授に興奮したり、すごい密度の毎日だ。


『著者、ウルール・サラーサ・エルフィンの冒険記』


 に自信たっぷりに聞かせるに申し分ない話だ。


「……おもしろそう。トーガさん、それすごくおもしろそうです!」

「……たのしみ」


 いつの間にか隣に立っていたシューちゃんが、拳を握り込んでこちらを見上げていた。


「うん、ボク書くよ。最初の読者はシューちゃんね」

「……よんで」

「もちろんだよ! 嫌だって言ったって付き合ってもらうからね」


 妙な高揚感に浮かされて小さな両手を握ると、シューちゃんはうれしそうに笑った。

 ああ、こんな表情もするんだ。

 いつもちょっぴり不機嫌そうにも見える眠そうな目で、時々見せる笑顔は不敵そうだった。

 そんな上機嫌な彼女が小さな唇を開いて出した最初の言葉は――。


「……おなかすいた」


 だった。

 英雄シューはマイペース。

 心のメモ帳にそう記した。




 ようやく冒険っぽい小旅行が始まりました。


 ウルールはトーガとシューに同行するための旅券を求めて城塞都市ルセイスへ。

 その間、姉妹ヘレナ・ホーリィ&メネデールは課題に臨む。


 肉料理や果物が豊富なルセイスの街並みと

 ご飯の描写をするのが楽しみです。



 次回更新予定日は8月18日(木)

 投稿時間は未定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ